団子と少女と狼の子
「それで、どうやって班を別けるんだ?」
「じゃあいつも通り、皆の希望を聞くとするかのぅ」
ヤマオノ達のとの結納が終わったあと、私たちには各々に一室ずつ部屋を宛がわれた。そして今、私たちはカナビコの部屋に集まり、かいがいしく作戦会議を執り行っている。
「ツミキ様の護衛に二柱、荒ぶる神の討伐に、三柱だ」
なるほど。あくまでメインはサンモトの討伐って訳か。そしてユキメは私とセットだから、二人で一柱という考えなのだろう。
「じゃあ希望がある奴はおるか?」
「俺は断然後者だ」
真っ先に口を開けたのはオクダカ。しかし彼は武神だ。サンモト討伐には欠かせない一柱であることに間違いはない。
「……オクダカは討伐っと」
そしてカナビコが一枚の和紙に、すらすらと文字をかき込んでいく。
「クサバナ、護衛がいい」
「……クサバナは護衛だな」
きっと彼女はサボりたいだけ。ツミキ様の護衛はしてくれるだろうが、多分ずっと寝てるだろうな。
「私も討伐がいいな」
「……蒼陽姫と、ユキメ殿は討伐」
これで粗方決まったようなものだが、果たしてカナビコとサカマキが上手く譲歩し合えるかが試される。イチゴ一つで喧嘩するような神様だから、ちょっと不安は残る。まあ私としては、正直どっちでもいいが。
「私は討伐に行くぞッ!」
「サカマキは討伐だな」
何という事だ。先鉾の中でも結構好戦的だと思っていたカナビコが、文句を言わず護衛に付くだと?
「よし、主らのお陰で、滞りなく決めることが出来た。感謝するぞ」
カナビコッ。あんたは立派なリーダーだよ! 出来る事なら貴方の神使になりたかった。
――――と言う訳で、オクダカをリーダーにした討伐チームは、その日の夜に出立し、今現在フウキ達が住まう湯栗の村に足を運んでいる。
「な、ななな、何ですかいこの方々はッ!」
オクダカ、サカマキ、私、ユキメの四柱は、栄白から湯栗までひとっ飛びし、再びフウキの家の玄関を叩いた。そして眠たげな表情で現れた彼は、私たちの姿を見た途端、腰を抜かしてしまった。
「……あはは、あの、前に言っていた、天都の神々です」
「なんちゅう御神霊やッ、ありがたや、ありがたやッ!」
正座し、万歳をしながら何度も頭を下げるフウキを見て、私たちは互いの顔を見合わせ、そして軽く首を横に振った。
「御ひい様、本当にここで合ってるのか?」
「大丈夫だって」
「オクダカ様、ソウ様の記憶力を舐めないで頂きたい」
「そうだぞッ! 私は蒼陽様を信ずるッ!」
「わ、分かったよ。頼むから睨まないでくれ」
多分ユキメは怖い顔でオクダカを睨んでいる。私はそれを見ていないが、オクダカの怯えようを見れば一目瞭然だ。
「フウキさん、サンモトを誅伐するまでは、ここで寝泊りしてもいいですか?」
「も、もちろんでございます! 小さくて汚い家ですが、どうぞ中へおくつろぎください!」
私は今、神霊を完璧に抑え込んでいるが、しかしオクダカとサカマキはそれが出来ないので、フウキはその神霊に驚いているのだろう。
「な、何事だい、あんたっ」
そして家の中から飛び出してくる雪女のユウキ。さらにその背後に隠れるように、娘のアシナが奇怪な目でこちらを見ている。
「天都の神々が参られたんだッ。お、おお茶を用意するぞ!」
「いえ、我らは食客の身、そのようなお気遣いは無用です」
流石はユキメだ。その礼儀正しい言葉は多分、私含め他の二柱からは決して出なかっただろう。だが、それでも彼らは頭を下げ続け…………。
「な、なんと腹の太い方々だッ」
「お茶くらいは用意しますッ」
まるで聞く耳を持たない。
なんとも忙しない人たちだ。けれどまあ、その内慣れるだろう…………。
斯くして、私たちは彼らに散々もてなされ、その夜も見張りを交代しながら、床に就いたのだった。
――――そして翌朝。
「む、西の団子もまた一味違って美味ですね」
「団子好きだねー」
昨夜、私たちはまた作戦をたてた。その内容は、必ず一柱はこの村に置き、他の二柱でサンモトの捜索に出ると言う作戦だ。ちなみにこの策は、ユキメが一から講じてくれた。流石は私の未来のお嫁さん。頼りになる。
そして初日の今日は、私とユキメが村にて待機することになり、今は見張りも兼ねて村の甘味処で団子を食べている。
ところがその店の店主が…………。
「おお、天津神様。かの暴神を討伐されるために、わざわざ我らの国まで足を運んでいただき、恐悦至極に存じまする。もちろん代金は頂きませんよ!」
などと気前のいいことを言って、私たちの団子を全部タダにしてくれた。もちろん最初は断ったが、店主の強引さに押し負けたのである。
「団子食べ放題とは、このユキメ、笑みが止まりません」
「あはは。まあほどほどにね」
とは言っても、既に彼女の隣には何百枚もの皿が重なっているけど…………。
「あああ、初っ端から待機なんて。この有り余る体力が爆発しそうだよ」
「うふふ。ソウ様、ほらお口を開けてくださいまし」
「え」
そこにあるのは妖艶な笑み。ではなく、さながら恋する乙女の様な恥ずかし気な微笑み。そんな私の中の違うところが爆発しそうな面もちで、彼女は私に団子を差し向けてきたのだ。
ああ、幸せとは、このことを言うんだろうな。本当に幸せだ!
「あーん」
そうして私はユキメに団子を食べさせてもらった。なんというか、嬉しいを通り越して恥ずかしい…………。よくよく考えてみれば、私は初めて恋人と呼べる存在を得たのかもしれない。
「如何ですか?」
「うん。うまし」
私がそう言うと、彼女は何とも嬉しそうに笑ってくれた。いやほんと、今頃オクダカとサカマキが苦労していると思うと、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「はい、あーん」
「あーーん」
二本目も、私の口に運ばれる団子。ユキメが食べさせてくれるなら、私は無限に団子が食べられるだろう。胃袋と愛は無限大なのだ。
そして五分後。
「あははっ、そんなにお腹が空いてたんですか?」
「…………う、うん」
「じゃあ、もっと食べさせて差し上げますね。あーん」
「…………あ、あぁん」
ヤバイッ、止まらない! 団子が胃袋の中で餅になっているよぉ。
だが頬を赤らめ、初めてのデートのような顔で笑う彼女を見ると、断ることも嫌になってしまう。などと、私は自分に言い聞かせながら、かれこれ20本以上の団子を既に食している。
…………これ以上は吐く。
「もし、少しばかりよろしいですか?」
するとここで割って入る声。そんな可愛らしい声に視線を向ければ、そこには天狗のお面を付けた白狼族の少年が立っていた。歳の頃は大体9歳か10歳ほどだ。
「ん、どうしたの?」
しかしこの村で天狗のお面とは、中々肝が据わっている。
「あの、僕、お腹が空いてて」
「だ、そうですよ。どうしますか?」
見た目はそこまで飢えてなさそうに見えるが、まあ彼が団子を欲しているのなら、与えてあげようホトトギス。
「いいよ。好きなだけ食べて」
「有難うございます」
彼は軽くお辞儀をすると、静かにユキメの隣へと座って、お面を少しだけ上にずらした。食べるときくらい、外せばいいのに。
「坊やはどこから来たの?」
ユキメが問う。
「僕は、この村の住民だよ」
「ふむ。ご両親は?」
「いない。宇野師村で死んだ」
何という事か。宇野師村はサンモトによって既に滅ぼされた村だ。という事は彼は、孤児という事になるのか?
「それはまた…………」
なんて言葉をかければいいのか分からず、私はそこまで言いかけて、残りを奥に押し込んだ。それでもユキメは、俯いて黙々と団子を食べる幼子に、優しく声をかける。
「私も、幼い頃に両親を殺されたので、そのお気持ちは分かりますよ」
「そうなんだ。お姉ちゃんも一緒なんだね」
「うん。でもきっと、貴方にも幸せは訪れます」
「だといいな」
まだこんなに小さいのに、なんて気丈なんだろう。私じゃ絶対無理だろうなあ。産まれた時から、私は恵まれてたから。
「君は、幸せになりたい?」
「…………え?」
私がそう聞くと、彼は少し驚いた様子でこちらを見た。一度幸せに逃げられたら、誰もが取り戻すことを考える。だから必ず、彼はそう願っているはずだ。
「幸せとは、何でしょうか」
思ってもいない言葉が帰って来た。しかもどう答えればいいのかすら分からない質問。
「僕は、幸せになれるんですか? こんな僕でも、また普通の暮らしに戻れるんですか?」
「君が願えば、神様が叶えてくれるよ」
「でも、そんなことを願えば、僕のお母様はきっと許してくれない」
「あれ、両親は亡くなったはずじゃ」
「新しいお母様。前のお母ちゃんよりずっと怖いけど、それでも僕に優しくしてくれる」
なんて複雑な。私は知らない間に、どうやら地雷原の真ん中にまで来てしまっていたようだ。
「そ、そうなんだ」
「うん。だから僕は今、幸せなんだ」
ここで神通力を使うのは大きなお世話かもしれないな。人には人の幸せがあるという事を、忘れてはいけない。
「ところでお姉ちゃん達は、なんで女どうしなのに夫婦みたいな事してるの?」
「えッ?」
「団子、食べさせ合ってた」
しまった、見てたのか。周りに人がいなかったから、てっきり誰も見てない物だと思い込んでいたようだ。だがここは、包み隠さず話そう。
「私たちはね、結婚するんだよ」
その瞬間、ユキメの表情がどう変わったのかは、最早言わずもがなとして。けれど男児は、ただ淡々とその疑問を私にぶつける。
「女同士なのに?」
「ふふふ、甘いな。女同士だからこそ、その愛もより強力なんだよ」
「ふーん。なんだか不思議だね」
彼はそれだけ言うと、食べ終えた一本の串を皿に戻し、ゆっくりと立ち上がった。
「そういう愛もあるんだって、お母様に言ってみるよ」
「う、うん。あまり変な風に言わないでね」
「分かった。それじゃあ、ごちそうさまでした」
そうして彼はずらしたお面を元に戻し、そのまま一礼して去ってしまった。何と言うか、つかみどころのない子供だったな。
「何だったのでしょうか?」
「さあ、不思議な子だったね」
結局、彼は団子を食べに来ただけのようにも見え、お互い首をかしげたのだが。しかし私たちはこの時、彼がサンモトの手の者であるなどとは微塵も考えていなかった。




