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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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嵐の前とは風が強いもので

「ツミキ様、何処に行かれてたので?」


 オクダカが顔を伏せたまま、ツミキに問う。


「うむ。少し外の空気を吸いたくてな、しばし出ておった」

「しかしながら、いくら供の者を連れているとしても、そのような行動は控えて頂きたく存じます」

「分かっておる」


 そう言ってツミキはカナビコとオクダカの真ん中に座り、手の仕草だけで私たちに座るよう促した。

 確かにこの自由さは天陽様っぽいが、それ故になんだか腹が立ってくる。あまりこういう事は思いたくないけど。


「さて蒼陽よ、俺にも何か適当に見繕ってくれ」


 彼はその視線を机上に並ぶ料理に向けると、自身は腕を組んだまま何もせず、あろうことか私にそう言ってきた。

 くっそ何だコイツ、滅茶苦茶言いやがって。


「は。ただいま」

「…………ソウ様」

「大丈夫、私は平気だから」


 濃ゆい影を顔に浮かべながらこちらを見るユキメに、私はため息交じりにそう返した。まあ、ここは堪え時だ。大人の余裕ってものを見せてやる。まあ向こうの方が年上だろうけど。


「さあどうぞ」


 しばらく皿が空かないよう、私はこれでもかと言うほど、沢山の料理を乗せてやった。もはや見た目など一切気にせずに。


「野菜が多い。やり直せ」

「ツミキ様、此度の神勅では、ツミキ様の好き嫌いも直せと言う勅も下っております」

「嘘を申すな。なんなら、おばあ様に聞いても良いのだぞ」


 っち。


「天孫の命とあらば、致し方ありませんね」


 今すぐこいつを殴ってやりたい。


「して、お主らが俺の許嫁になると言う女神であるか?」


 そうして私はせっせと皿に野菜を盛り付け、それを隠すように他の料理を盛り付けていると、ツミキが彼女らにそう問うた。


「はい。私は苔乃花コノハ比売と申しまする」

「手前が末永岩スエナガと申す」


 再び自己紹介をし、頭を深々と下げる二柱。まるで双子のように息ピッタリな返答だ。だがスエナガ比売だけは、どこか態度が大きい様にも見える。なんというか、太々しい感じだ。


「そうか。だが今回俺が許嫁にするのは、苔乃花だけにする」


 おっ。欲張らず一柱に絞るか。なかなか話が分かるじゃない。


 などと浮かれる私を他所に、他の神々はその目を丸くして額に汗を浮かべる。そんなに驚くような事か?


「しかしですな、ツミキ様。我がこの子らを差し出すのには、意味がありまして」

「なんだ?」

「は。苔乃花はまさに花のように美しく、そして末永岩はまさに岩のように強い子です。つまり、この先の天津神の繁栄を願っての事なのです」


そう言って言葉を繕うヤマオノだが、本当にそれ以外の理由はないのか?


「ふむ。其方の言い分はよく分かった。だがな、俺はこの先妃屶ひなたを治めることになる天津神だ。無用な反発は止めてもらうぞ」


 ヤマオノの説明を聞いても尚、彼は相も変わらずその姿勢を貫き通す。都弥紀の歳は知らないけれど、子供の姿でこうも言われると、相手方も溜まったもんじゃないだろうな。


「ではなぜ、末永岩の事をお気に召されなんだか、理由だけもお聞かせ願えますか?」

「簡単だ。その方は俺が天降りした際、真っ先に挨拶に来た苔乃花と違い、今この場で初めて顔を合わせたからだ」


 顔だけで選んだという訳ではないという事か。仕方ない。野菜は除けてやるとするか。


「左様ですか。でしたら此度の縁談は、なかった事にしてもらえますか?」


 ここで口を挟んでくるスエナガ。しかも何と言う事か、まるで今回の件の重みを受け止めていないのか、そんな言葉を口走らせたのだ。もちろんその発言には全員もれなく口を開けてしまう。


「末永岩、何を言うか! 此度の縁組は、お前だけの話ではないのだぞ」

「父上、かような事を申されたのに、私ではなく天都に忖度するおつもりか」

「確かに末永岩の言う通りにございます。私としても、姉上を無下にするような殿方には嫁ぎたくありませぬ」


 オーマイガッ。何てことしてくれたんだよツミキ、これじゃあ祝いの席と言うより修羅場じゃんか。それにこのままじゃ、妃屶ひなたを無血で平定する事も難しくなってしまうぞ。


「皆の者、しばし落ち着かれい」


 おお、カナビコ。ここは何かビシッと言って、この場を収めてくれー。


「もし縁組の話が無くなれば、我らは直ぐにでも妃屶ひなたを平定せんと、事に当たる次第であるぞ」


 それって脅しじゃ…………。


「天津神よ、それは脅しであるか?」


 ホラ来たよ。多分この場で一番、この空気を支配している末永岩ちゃんが出て来ちゃったよ。やはり、どこか柔らかい印象のコノハとは違って、スエナガはその見た目通り、キツそうな性格だ。


「言葉に気を付けよッ!」

「よいサカマキ。末永岩比売がそう受け止められるのも栓なきこと。今の言葉に、偽りは無いからのう」

「待てカナビコ。この俺を抜きに話を進めるな」


 ツミキ。お前のせいでこうなったんだよ。

 …………仕方ない。私も少しカナビコに力添えするか。


「では、何かいい案でもあるんですか?」

「そんなものはないし、俺は心を変えたりはせぬ。ただ、先ほどの発言に無礼があったのなら詫びさせてくれ」

「……と言う訳なんで、許してもらえませんか末永岩比売」

「無理だ」


 おいおいおい。どうすんだよコレ。あちらさんはもう結婚する気ないよこれ。嗚呼、天陽様に叱られる。


「ではこうしては如何でしょうか姉上」


 するとここで、この場を取り繕うように口を開く苔乃花。どうやら少しは話の分かる神のようだが。しかしなんだか嫌な予感がする。


「何だ苔乃花」

「天都の神々に、荒ぶる神の討伐をお願いするのです」


 ここでもその話が出てくるのか。

 でもまあ、元々ヤマオノはそれが目的で今回縁談を持ってきたのだから、そりゃあ出てきても不思議ではないか。


 ――そして苔乃花の提言に黙り込んでしまった末永岩は、何かを思案するかのように腕を組む。


「そうだな。それがいいかもしれない。父上、天都の神々がサンモトを討伐したら、私も潔く諦める」


 諦める――か。なんとも上からの物言いだ。もしかしたら彼女もまた、天孫の嫁になって権力を物にしたいと考える一柱なのかもしれない。


「と、という訳なのですが、天津神よ、如何様にされますか?」


 そう言って目を泳がせながら、こちらの様子を恐る恐る窺うヤマオノ。これではどちらが親か分かったもんじゃないな。


「どうするよじじい」

「うむ、しばし考慮する時間が欲しいものだ」

「――分かった。その申し出、受けようではないか」


 オクダカとカナビコが目を合わせる中、ツミキは一切の迷いを見せることなく、ヤマオノ達にそう言い放った。もうなんと言うか、我儘を通り越して馬鹿だ。


 だがしかし、彼がここで思い切った事を言ってくれたおかげで、私たちも踏ん切りがつきそうな事に間違いはない。


「まあツミキ様がそう申されるのであれば、それも仕方はないな」

「だなッ!」


 オクダカとサカマキは俄然やる気のようだが、しかしカナビコだけは私の方に視線を移し、自慢の髭をモフり始める。


「如何様しますか、蒼陽姫」

「うーん。サンモトに関する手掛かりは無いに等しいけど、かと言って無視するわけにも行かないからな。ここは彼らの条件を呑んでも良いと思う」


 湯栗村のこともあるし、それに私は、サンモトの所業をこの目で見ている。

 跡形もなく焼かれた建物、放置された死体。それらを食いに来た獣。ユキメと共に廃村を調査したとき、私はそれらの光景をこの目に焼き付けてきた。だからこそ、積もる思いもあるという事だ。


「じゃあ決まりだな」

「うむ。我らの君も、それを望んでおるような口ぶりじゃったしの」

「それじゃあ、頼んだぞ先鉾よ」


 まるで他人事だが、まあツミキは重要人物。彼を討伐に連れて行く事はできない。


「では、ツミキ様の護衛をする者と、討伐する者とで分けなければなりませんね」

「おう、ユキメの言う通りだぜ。その辺はどうするんだ?」

「それはまぁ、おいおい考えるとして…………」


 ここでカナビコは話を一旦区切り、鋭い目つきをヤマオノの娘達に向ける。


「苔乃花比売、末永岩比売。我らが荒ぶる神を誅伐した暁には、お主らも此度の縁談を否応なしに受けてもらうぞ」

「ええ、構いません。ねえ、姉上」

「ああ」


 なんだか手玉に取られているようで、あまりいい気分はしないが、まあ利害は一致しているようだし、今はそれで良しとしよう。


 こうして結局、胃に穴が空きそうな想いをした私達は、それから何の問題も無く進んだ結納も、決しておめでたい気分で臨むことが終ぞ出来ずにいた。

 まあそれも今回の当事者であるツミキと、ヤマオノの娘たちの我が儘のせいなのだが。お陰で私たち先鉾も、今後の展開に対して帯を締め直す必要があるのだと、しみじみと思い知らされたのだった…………。


※※※※※※※※※


「では、上手く事は運んだと?」


「ああ。ここまでは順調だ」


「ツミキの性格を逆手に取ったのは成功でしたね」


 一切の光が差し込まない暗闇の中。そこに声が三つ。


「左様ですか。ではこのまま行けば、天津神が妃屶ひなたを治め、彼女の処分も天津神がやってくれると言う事ですのね」


「はい。全て我らの筋書き通りです」


 楽しそうな声音、落ち着いた呼吸。彼女らの表情は窺えないが、どこか和やかな空気が空間を満たしている。


「だがやはり、天津神どもは私たちを警戒している様だ」


「それでいいのです。ひひひ。出来れば、その思慮に捕らわれている御姿を、見てみたい物ですが」


「話を変えるが、アラナギはあれでよかったのか? 結舞月は吾月に不満を持っているぞ」


「あの子はあれでよいのです。それに今もしっかりと、飛儺火で自分の務めを果たしています」


「まああれだけ派手に国を落とせば、民の信仰も天都には向かんわな」


「ええ。その点で言えば、やはりアラナギとアラナミに任せたのは正解でした」


「それも、吾月が殺しちゃいましたけどね」


「馬鹿、それ以上は申すな」


「そうですよ。此方だって、長年連れ添った伴侶を殺す事は、出来れば避けたかったのですから」


「まあ、誓約を破ったのですから、これも栓なき事ですよね?」


「ええ。その通りです。貴女方もゆめゆめお忘れなきよう、お願いしますわ」


「私たちは大丈夫だ。神使の方は知らんがな」


「心配いりません。彼女もまた、私たちの為に尽力しています」


「今は男じゃなかったか?」


「そうでしたっけ?」


「性別の違いなど、大したことではありません」


「まあそうだな。ところで、常夜とこよの国の方はどうなったんだ?」


 その問いには、一拍を空けて吾月が答える。


「あの三柱も、今はしっかりと責務に努めていますわ」


「驚いた。千詠はてっきり使い物にならないと思ってたんだがな」


「まああれだけの事を経験すれば、仕方ないでしょ」


「ええ。ですがそこも、荒魂が上手く取り繕ってくれました」


「流石は荒魂。積極的ってのは恐ろしいねぇ」


「――それより吾月、四莵三よつみの方はどうするんです?」


「焦らずとも、いずれ時機が来るでしょう。それまでは、気を長くして待ちますわ」


「また天津神頼りか。そろそろ私も動きたいんだがな」


「姉上、それはまだ気が早いわ」


「ああ分かってるって。けど、いい加減あのオヤジの娘をやるのも疲れて来たぜ」


「ヤマオノをあまり怯えさせてはいけませんわ」


「そうですよ姉上。私も天津神と婚約するんですから。だから姉上も、文句言わずに仕事してくださいな」


「その姉上って呼び方やめろ」


「ええ、いいじゃないですか。それに、誰かに聞かれても困るでしょ?」


「まあ、そうだけど」


「仲が良いのは結構ですが、誰にも悟られることの無いよう、お願いしますね」


「はいはい」


「分かってます」


 ギシギシと、ここで聞こえる足音。それはもれなく彼女たちの耳に入り、雑談の様だった彼女らの会話も、そこで中断せざるを得なくなった。


「誰か来たようなので、私は一度ここを出ます」


「じゃあ、私もそろそろ寝るとすっかな」


「再三言うようですが、アラナギの二の舞は踏まないように」


「分かってるよ。我が君」


「では、お先に失礼」



 ヤマオノの屋敷の一室。そこは苔乃花に宛がわれた部屋であり、室内は一本のロウソクによって、なんとか明るさを保っている。


 そして、部屋の前で止まる一つの足音。


「どなたですか?」


 彼女がそう問いかけると、襖の奥から透き通るような声が響いて来る。


「俺だ」

「もしや、ツミキ様ですか?」

「ああ。先ほどの無礼を詫びたくてな」

「うふふ。そのためだけに、わざわざ私の部屋まで出向いて来られたので?」

「ああ」


 都弥紀ツミキは確かに、それだけを言うために彼女の部屋へと赴いていた。自分の軽はずみな一言のせいで、末永岩が傷ついているのではないかと思い込み、それを相談するべく苔乃花コノハに会いに来ていたのだった。


 だが当然、末永岩スエナガも苔乃花も、その発言についてはどうとも思っていない。それどころか、彼の一言に感謝すらしているほどでもあったのだ。


「ツミキ様が良ければ、今夜は同じ布団で寝ませんか?」

 

 黄金に輝く目を細め、その口角を三日月のように吊り上げる苔乃花は、声に艶めかしさを持たせて、襖の奥にいる都弥紀にそう言った。


「馬鹿を申すな。俺たちはまだ他人同士。同じ床で眠るなど、言語道断だ」

「ふふふ。天津神と言うのは、お堅いんですね」

「馬鹿馬鹿しい。言いたい事はまだあるが、これにて失礼させてもらう」


 そう言ってツミキが立ち去ろうとした時、部屋の襖が勢い良く開く。そうして中からは、ツミキよりも三十センチほど背の高い苔乃花が現れ、何とも言えない妖しい表情で微笑みながら、彼の袖を握った。


「なんだ」

「こういう時って、殿方の方からお誘いくださるものだと、私は心得ておりました。ですがツミキ様は、違うのですね」

「当たり前だ。俺をその辺の男神と一緒にするな」

「うふふふ、素敵です。私、貴方のようなお方と夫婦になれること、誠に嬉しく思います」


 膝に手を着き、ツミキの耳元でそう囁く苔乃花。その声は子供のように無邪気で、しかしどこか余裕を含んだ言葉だった。


「そうか。俺も、嬉しく思うぞ」

「ええ。ではまた明日にでも、妃屶ひなたの街を共に歩きましょう」

「そうだな。いずれ俺の国になるのだ。民がどのように暮らして居るのか、見ておかねばなるまい」

「ふふふ。畏まりました。私が案内して差し上げます」


 献身的な態度と、その出来た言葉遣いによって、ツミキは次第にその心を苔乃花へと寄せて行く。その一連の行動が全て、計画されている物とはつゆ知らず…………。

投稿時間の設定をミスってしまい、昨日はいつもの時間に上げる事が出来ませんでした。すみませぬ

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