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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
16/202

祝詞3

龍文書―15


【黄泉の国】:死者の国。下界よりもさらに下部に位置する。通ずる道は一本だけあるが、知る神は少ない。


「いかがですか? 初めてのまといは」


 ――――気が付くと、私は見慣れた我が家の中庭に立っていた。

 驚くことに、あの空間でどれだけの時間を過ごそうと、現実では一秒の時間も経ってはいなかったのだ。


「纏い?」


 この言葉は書物にも書かれていないな。――待てよ。もしかして家の書物って、あまり当てにならない感じか?


「纏いとは、神のお力を得ている状態の事です」


 私が質問するとユキメはいつも嬉しそうに答えてくれる。だから彼女には気兼ねなく聞けるのだ。

 しかし“纏い”と言うのか。何ともおしゃれな名前だ。しかし…………。


「うーん。何かイマイチぱっと来ないなあ」


 想像してたのと違う。というより、ユキメがやって見せた時より迫力がない気がする。どうした最高神。


「ふむ。天陽大神は願いを聞き入れてくれる神様です。もしかしたら、願い事がないと祝詞は無効になるのかもしれませんね」


 なるほど。ユキメは水の神を信仰しているから、祝詞を奏上した時点で水を操れるようになる。でもアマハル様は特殊だから、それには当てはまらないって事か。


「しかし、いくら短いとは言え、ひふみ祝詞を一発で覚えるとは。さすがソウ様です」

「まあね」


 ユキメはそう言って、小さくかがんで私の頭を撫でる。人に頭を撫でられるのはいつでも心地いいものだ。これも子供の特権。今のうちに堪能しておこう。


 ――――そうしてその日の武鞭は終わり、私は倒れるように布団へと潜った。時間はまだ夕刻だが猛烈に眠い。禊に契約、そして纏い。今日のイベントは濃かった。


 そういえば、明日からは何を勉強するんだろ? ユキメから聞いておけばよかった。

 枕に顔をうずめ、羽毛のように柔らかい布団を頭にまで被る。この瞬間が何とも言えないくらい心地いい。ご飯を食べることの次に好きだ。



「…………きて」

 なんだ? 誰かが私を読んでいる。

「起きてソウ」


 襖の奥から優しい声が聞こえる。

 お母さんか? 夕飯ならいらないから、このまま朝まで寝かせて欲しい。せっかく布団も暖まっていることだし。


「朝よ、ソウ。武鞭に遅れるわよ」

 朝だって? そんな馬鹿な。さっき布団に入ったばかりなのに。

「朝ごはん、もう出来てるからね」


 その言葉を耳に入れて、私は亀のように布団から頭を出す。すると、爽やかな陽の光が障子を貫いて、私の眼球に突き刺さる。


「――――え! もう朝!?」


 布団を押し退ける。今何時だ? 

 私は急ぎ、枕元に用意していた袴を身に着ける。

 ひもが多くて最初は何が何だか分からなかったが、何十年も着続けていれば、もうお手の物だ。


「おはようございます!」

 

 朝日が直接当たらず、日陰と日向が丁度よく織り交ざる居間。小さい中庭がよく見渡せ、たまに響く鹿威ししおどしの音色が、眠たい脳を起こしてくれる。


「お早うソウ。禊に血交わしの儀式。昨日は大変だったな」


 そういう父上の食器にはまだまだ食べ物が残っている。ゆっくり食べるのはいい事だ。私は早食いだが、そこは母親似なのだろう。


「うん。昨夜はあっという間に寝ちゃった」

「子供はそれくらいが丁度いい!」


 父との会話を進めながら、私は食卓に並べられた朝ごはんをパクパクと口に運んでいく。朝はパン派だが、存外、米と味噌汁も悪くない。


「――――それで、ソウはどの神と血を交わしたんだ?」

「アマハル様だよ」


 まだ少し眠く、そのせいか白米が上手く喉を通らない。朝の閉じた喉には、米はいささか窮屈すぎる。


「い、いま何と申した、ソウよ?」

「ごめんなさい。天陽大神様だよ」


 迂闊だった。アマハル様と呼ぶのは本人の前だけにしておこう。他の人の前でこんな呼び方したら、罰当たりな奴だと思われる。


 箸で紅鮭の身をほぐし、その淡く色付いた身を白米の上に乗せる。そうしてそのまま白米と一緒に食べようとしたとき、瞬く間に()()()()()()()()()()()


「なんという事だ。大御神が、大御神様が我が子とご契約なされたというのかッ?」


 私を抱きかかえたまま、父上は雄叫びを上げる。

 全く、朝はゆっくりと食べたいんだけどなあ。ってあれ。私がアマハル様と契約したって今初めて知ったのか?


「かの大神様が。龍人族は愚か、他の獣神とも血を交わさなかった太陽神様が。まさかうちの子と血を交わすなんて! 皆の物、今夜は祝いじゃぁ!」


 私の何倍もの大きさの顔から、何倍もの大きさの涙が溢れ出てくる。もちろんその量も倍量だ。

 しかしまいった。この事はもっと後で言うつもりだったのに、ついうっかり口を滑らしてしまった。


「父上っ。そろそろ降ろしてください。武鞭に遅れてしまいます!」


 もう少しこのままでいたいが、ユキメを待たせる事だけはしたくない。それにまだ紅鮭も食べていないのだ。


「おお、すまない。ではまた今夜にでも、ゆっくりと話を聞かせてもらうからな」

「はい、もちろんです!」


 そうして私は母の作った朝ご飯を口へかき込み、今日の武鞭に期待を膨らませながら、ユキメとの待ち合わせ場所へと足を急がせるのであった。


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