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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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二柱のお嫁さん

 結局あれから私たちは、湯栗ゆぐり村を拠点にサンモトの手掛かりを探していたのだが、どの村にも、残っているのは瓦礫と放置された死体のみで、手掛かりらしい手掛かりは残ってはいなかった。


 そしてそうこうしている内に時は流れ、遂に天孫がこの妃屶ひなたに降臨する時が来た。


「いよいよ今日だね」

「ええ」

「じゃあ、行くよ」


 そうして私たちは今、天都から降る天孫を迎えるべく、湯栗から栄白はしろの街へと戻って来ている。


「頼もーうッ!」


 栄白の街の沿岸沿い。そこに佇むのは、東京ドーム程の面積を誇るヤマオノの屋敷。もちろん門も規格外に大きく、その両端には妃屶ひなたの文字が入った提灯が飾られている。

 そして私が放った大声は、分厚い扉によって虚しくも跳ね返されてしまう。


「あれ、聞こえなかったのかな?」

「門を叩いてみますか?」

「それなら私が」


 相も変わらずユキメの背で寝ているクサバナは放って、私たちがそうやって話し合っていると、心臓に響くような、そんな重苦しい音を立てながら、屋敷の大門。ではなく、その隣に設けられた小門が開いた。


「もしや、天都から参られた天津神にございますか?」


 そう言って現れたのは、真っ黒な髭を蓄えた初老の男。しかし身長はカナビコよりも高く、その声にはどこか威圧感を感じる。

 だから私も、彼に負けじと声を低くする。馬鹿にしてると思われていないか心配になるくらいだ。


「ええ。我々は天孫よりも数刻ほど先に降って来た者です」

「なるほど。となると、天孫はまだご到着されていないと」

「はい。何か問題でも?」

「いえいえ、それではどうぞ、屋敷の中でゆるりとお過ごしくだされ」


 と言って、彼は自身が出て来た小門を指し、私たちを中へと誘う。

 しかしどうしたものか。私はもっと、盛大な歓迎をされると思っていたのだが、実際はこの様だ。ちょっとくらい怒ってもいいかな。


「どうしましょうか」

「行くしかないね。天孫が来る前に、中が安全か確かめよう」


 そうして私たちは意を決し、屋敷の中へと足を踏み入れた。

 そうして目に入るは琵琶湖のように広い敷地と、遥か遠くに見える城のようにドデカイ屋敷だ。


「広すぎだろ」

「ええ。目がくらんでしまいそうです」

「しかも見てあれ、敷地の中に川が流れてるよ」

「魚が食べ放題という事になりますね」

「じゃあ私たちも、家買ったら川作ろうね」

「い、家だなんて、気が早ようございます」


 などと会話しながら、私たちは初めて目の当たりにする金持ちの屋敷に、ついつい浮き足立ってしまう。

 けど、なーんか匂うんだよな。まるでずっと誰かに見られている様だ。


「気付かれましたか?」

「うん。なんか嫌な感じ」


 辺りを見渡しても誰もいない。これだけ大きいのに、出会った家中はさっきの男だけだ。それに加え、今私たちが歩いている場所からも、つい先ほどまで人がいたような気配を感じる。


「不味いな。天孫が来る前に安全確保と行きたいが、この広さじゃ間に合わないだろうし」

「蒼陽、心配しすぎ」


 いつの間にか目を覚ましていたクサバナが、ユキメの背中からそう言ってきた。


「なんで?」

「何かあれば、全員裁くだけ」

「確かにそうだね。って、何かあってからじゃ遅いんだよ」


 と言って、私は口を尖らせて溜め息を吹きながら、もう一度周りを見渡す。

 そうして見えるのは、馬小屋とか林とか、後はちょっとした小屋みたいな物ばかり。つまり大勢が隠れられるだけの死角があるって事だ。


「まさか、ツミキ様が到着した瞬間を狙ってるとか?」

「ありそうですね」

「だから、心配しすぎ」


 そうやって、戸惑いと不安を心の中で育てていると、私たちはとうとう折り返し地点まで来てしまった。

 

 するとここで、突然聞こえてくる甲高い笛の音。さながら鳥の鳴き声のようにか細いが、しかしこの音には聞き覚えがある。


「カナビコ達からの合図だっ、もう来たのか!」

「クサバナ様、ここはまだ、合図を送るのは止めておきましょうっ」


 だが時すでに遅し。クサバナはユキメの抑止を無視し、いつの間にか銜えていた鳥に、思いっきり息を吹き込んだのだ。

 今日まで何もしてこなかった癖に、何でこう言うときだけ行動が早いんだよ!


「馬鹿! クサバナの馬鹿!」

「うるさい、裁くぞ」

「仕様がありません、もし戦になった時の為に、纏いをしておきます」

「分かった!」


 そうして、ユキメが祝詞を奏上し始めた丁度その時。


「皆の者ッ、天都の神々が参られたぞ! 出でよ出でよ!」


 私たちを中へと入れ、そしてそのまま門から離れず、外の様子を絶えず窺っていた初老の男が、声帯が壊れないかと心配になるくらいの声で叫び始めた。


「来たぞッ! 雅楽をッ、雅楽を奏でるのじゃ!」

「…………え?」


 先ほどまでの静寂が嘘だったかのように、物陰と言う物陰からわらわらと出てくる男女。しかも皆一様に畏まった服装で、中には和太鼓や横笛を持つ者まで見えた。


「えぇ」


 そして始まる演奏。腰を直角に曲げ始める人々。その光景を一言で表すとしたら、歓迎だ。


「がっはっはっは! いやこれは申し訳ない!」


 後ろから響いて来る笑い声。そんな豪快な声に振り向けば、そこには身長三メートルほどの巨体がにこやかに立っていた。


「ヤマオノ殿」

「まさか二つに別れてくるとは思いませんでしたもので、貴女方の歓迎は出来ずじまいでしたな!」


 どうやら彼は、私たちが護衛を二つに分けるとは思っていなかったらしく、それ故だからか、自らの非を詫びるように頭を下げてきたのだ。


「あぁ、そういう事でしたか」

「ええ。だがしかし、この無礼は後の結納にて、遺憾なく詫びさせて頂きますぞ」


 見た目通り、なんとも豪快な神様の様だ。


「天津神の御成りである!」


 そして再び、門の方から声が上がり、これまで固く閉ざされていた大門も、大地を揺さぶりながらド派手に開門を始める。

 どうやら、やっとこさカナビコ達が入ってくるようだが、こんなことなら、私もあっち側から入りたかったものだ。


※※※※※※


「さあさあ、今宵は祝いの席だ、ここは無礼講で、酒を楽しもうではありませんか!」


 そんなこんなで始まりました、結納。両家の親族が顔を合わせる食事会みたいなものだが、ヤマオノのその一言で、私の緊張は一気に緩み始めた。


 ちなみに今私たちが料理を囲んでいるこの場所は、ヤマオノの屋敷の一番奥。数えきれないほどの畳が敷き詰められた大広間だ。そして大きな机を挟んで、その両側に先鉾とヤマオノの陣営が、酒を片手に膝を交えている。


「そしてカナビコ様、オクダカ様、クサバナ様、ソウヨウ様、ユキメ様。その節での無礼、誠に申し訳ありませんでした」

「ふぉっふぉ。あの時のお主の発言には、流石のワシも肝を冷やしましたぞ」


 私たちの名前を憶えていたのか。しかも神ではないユキメの名まで。なんとも殊勝なことだ。


「いやはや、あの時のカナビコ様の迫力には、流石の我も身が固まってしまいましたぞ」

「まあ、あれしきの事で取り乱してる様じゃ、まだまだだがな」

「なんじゃとオクダカ」


 どうやら彼らも緊張はしていないようだ。なんというか、場の空気は親戚の集まりみたいに和んでいる。


「ところで、ツミキ様は?」


 ここで私が、天孫であるツミキ様の所在について問う。彼は昼間、この妃屶ひなたに天降ってから、どこぞをほっつき歩いているのだ。


「さあな。サカマキを連れているから心配はねえが、直ぐに来るだろうよ」


 なんかというか、私は護衛として、ツミキ様の傍を片時も離れなものだと思っていたのに、こうも自由奔放でいられると、心配になってしまう。先鉾しかり、天孫しかり。


「してヤマオノ殿、そちらの女神が、縁を組ませるというお主の息女であるか?」

「ええ、左様にございます。……ほら、挨拶せんか」


 ヤマオノは自らの両端に座らせた二柱の女神に、そう促して頭を下げさせる。

 ん、待て待て、娘は一柱じゃないのか?


「お初にお目に掛かりまして、光栄にございます。私、名を苔乃花コノハ比売と申します」

「同じく我が父ヤマオノの娘、末永岩すえなが比売と申しまする」


 一つ言っておくと、二柱とも超美人だ。まず最初に挨拶をした苔乃花は、緑色の髪に金色の目、そしてその見た目は、まさに花のように華奢である。

 そして次に挨拶をした末永岩も、苔乃花と同じで金目なのだが、しかし髪は黒く短く、その身長はヤマオノに似たのか、かなりの高身長だ。


 さらに姉妹だからか、その目鼻立ちもどことなく似ている。それでもヤマオノには似ても似つかないが。


「確と聞き入れましたぞ。して、こたび天津神の妻室となるのは、どちらですかな?」

「カナビコ様。我は、この二柱の娘を、天津神様に娶らせたいと思うておるのです」

「ちょっと待った!」


 しまったぁぁぁ。思わず声に出してしまったぁぁぁ。


「蒼陽姫、どうされた?」

「いや、だって結婚でしょ? どっちか一柱としか出来ないんじゃ」

「何を言うか。そのような決まりはないぞ?」


 カナビコの言葉に、私は驚愕した。何を隠そうこの世界、まだまだ一夫多妻制が取り入れられているらしいのだ。


「いや、それでもでしょ。ツミキ様はまだ子供なんだし、そう言うのは些か…………」

「ふぉふぉ。確かにツミキ様の見た目はまだ童の様じゃが、しかしお主より長く生きておる。どうという事はないぞ」


 そう。今回私たちと共に妃屶ひなたの国へ降った天津神。都弥紀命ツミキノミコトは、まだまだ見た目が一〇歳ほどの子供。確かにカナビコの言う通り長くは生きているのだろうが、しかしそれでいいのかと不安になる。


「そうだぞ、ソウヨウ」


 そしてここで割り入る一つの声。襖を開けて、その女のような声でそう言ってきたのは、噂をすればのツミキ様だ。


「俺はおばあ様の孫であり、別天津神の孫でもある。女子の一人や二人、訳ないぞ」


 ツミキが現れるや否や、その場にいた全員が起立し、頭を下げる。

 天陽様に似た金色の髪色。そして下の毛も這えていないような初心さと、女の子のような甲高い声音。やっぱり、どこからどう見ても子供だ。しかも天陽様をおばあ様呼ばわりとは、なんとも恐れ多い物だ。


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