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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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妖怪の中の妖怪

妃屶ひなたの国に降りてから数週間が経過した頃。天孫降臨まで残すとこ後僅かとなり、私たちの気分は少し楽になりかけていた。


「うーん。妃屶は確かに良い国だよ。まあ、栄白はしろの外は知らないけどねえ」


 料理茶屋、食事と共に酒類も提供する、いわば居酒屋のような定食屋にて、私たちは昼食がてら、そこの主人に話を聞いていた。


「そうですか。有難うございます」

「それは構わねえけど、あんたら、ちゃんとお代はくれるんだろうねえ」

「あぁ、まあそう思いますよね」

「頼みますよぉ」


 料理茶屋の店主は、ユキメが積み重ねていく皿の数に驚きながら、どこか怪しんだ目つきで聞いて来る。まあこれだけ注文したら、食い逃げ犯と疑いたくなるのも仕様がない。


「うーむ。どうやら誠に妃屶は良き国のようですね」


 ユキメは出された料理を全て平らげ、注がれたお茶を飲み終えると、ほうっと息を吐きながらそう言った。


「だねえ。ここまで何にもないと、なんか本当に旅行に来たみたいだね」

「クサバナ、それでいい」


 などと、早々に昼食を済ませたクサバナは、私の膝を枕にしながら、うとうとと朧げな様子でそう呟く。しかしこの神様、驚くことにこの数週間何もしていない。強いて挙げるとしたら、見つけた野良猫を追って行って、迷子になったくらいか。


「聞いた感じじゃあ、ヤマオノも吾月とは何の関係もなさそうだし」

「……蒼陽、頭撫でて」

「ええ。しかし、まだ調べたりぬ気もします」


 私は、膝の上で寝息を立てるクサバナの頭を撫でながら、箸で煮物をつまむ。


「んー。もう少し踏み込んでみるか」

「そうですね。天孫になにかあってからでは遅いですものね」


 などと、私たちが話し込んでいると、反対側の座敷で食事をしていた中年くらいの男が、私たちに声を掛けてくる。


「もし、あんたらさては、妖の討伐に来た方々ですかい?」


 この感じだと、どうやら私たちの話は聞かれていないようだ。にしても荒ぶる神ではなく、妖の討伐とは、見当違いも良いところだ。


「いえ。違いますけど」


 と、ユキメが返すと、瘦せこけた男はあからさまに肩を落として見せる。勝手に期待を抱いていたのだろうが、しかし失礼なものだ。

 それでも私は気になってしまったので、その事について少し詳しく聞くことにする。


「おじさん。なんで私たちが討伐隊に見えたんですか?」


 すると男は顔を上げて、しかし視線を伏して言葉を続ける。


「いやあ、立派な得物を佩いておったもんで。まさかと思いまして」

「なるほど。ちなみに私たちが討伐隊だったら、どうされたので?」

「実は、少し頼みごとを聞いてもらうつもりで」


 そうして男は懐から煙管を取り出すと、脇に置いてあった火鉢から火種を取り、火皿に入れた葉をあぶり始めた。


「俺ぁ、ここから更に北方にある湯栗ゆぐり村んもんです、近頃妖怪共が活発になって来やして、仕事どころやなかとですよ」


 ぷかぷかと煙を吹かしながら、彼は血色の悪い唇をせっせと動かし続ける。


「俺たちん隣村も妖どもに襲われ、次は自分たちん村なんじゃねえかって、皆大慌てなんで」

「なるほど。それはまた難儀ですね」

「ええまあ。やけんこうして、俺は妖ば退治してくるる果敢な人ば探しに、こん街に来た次第なんです」


 どうにも訛りが強すぎて話が入ってこないが、しかし彼が言いたいことは分かった。けれど今は、妖の退治に現を抜かしている場合でもない。さてどうしたものか。


「どうするユキメ?」

「うーん、そうですねえ。無視することも出来ますが、調べてみる価値もあるのではないでしょうか?」

「調べる価値?」

「ええ。確かこの国には、妃屶の主宰神でも手を焼いている暴神がいるんですよね。もしかしたら、何か繋がりがあるやもしれませんよ」


 確かにその通りだ。それに今の私なら、どんな神が相手だろうと負ける気はしない。ここはユキメの言う通り、サクッと行って、ちゃちゃっと片付けてくるのも一つの手かもしれない。どうせ暇なんだし。


「そうだね。やっぱりユキメがいてくれて良かった」

「…………ソ、ソウ様」


 頬を染め、その身をよじらせるユキメを他所に、私は再び視線を男に戻す。


「では、その妖の討伐、我らが請け負いましょう」

「そら本当ですかい!?」

「ええ」

「そいつは有り難かッ。なら早速参りましょう、湯栗へ!」


 まるで狙ったキャラをガチャで引き当てたかのように、男は煙管を火鉢に叩きつけてそう燥いだ。先ほどまでは、今にも首を括るほどの勢いだったのに、忙しい人だ。


 ――――という訳で、私たちは栄白を離れ、今は男の言う湯栗という小さな村に足を運んでいた。季節が冬という事もあり、作物も育ってはいないが、真っ白な田畑を見る限り、春から秋にかけては、綺麗な小麦色が辺りを覆いつくしているのだろう。


 そして栄白からここまでの道のりは長く、到着するや否や、私たちは疲れ切った体を男の家で癒していた。


「お父ちゃん、こん人たち誰?」


 これは道中で聞いたのだが、男の名前はフウキと言い、一人の愛娘と、娘と同じくらい愛している奥さんがいると言う。

 そして今、父のフウキの袖にしがみ付きながら、なんとも不思議そうにこちらを眺めているのが、娘のアシナだ。髪は短く、纏う着物はいかにも農民と言った感じ。歳は5歳か6歳といったとこか。


「こん人らはなあ、父ちゃんたちん為に、えすか妖怪を退治してくるる、誠高潔な方々じゃ」

「ばってん、大人は一人しかおらんよ?」

「だ、大丈夫だっ。こん人らは普通ん使い手じゃなかと、アシナは何も心配いらん」


 なんだか、ちくちくと針を刺されているような気分だ。確かに父親のフウキには見る目があるが、しかしながら、子供のアシナからすれば、私とクサバナは頼りなさそうに見えるだろうな…………。


「そうですよアシナ殿。ここにおられるお二方は、私よりも凄く強いんですから」


 子供が好きなユキメは、その顔に如何なる者も骨抜きにする、艶めかしい笑みを浮かべると、それをアシナへ向けてそう言った。

 しかしアシナは…………。


「…………父ちゃん、怖いよ」


 と呟き、その目に涙を浮かべてフウキの影に隠れてしまった。どうやら包帯で目を隠している、ユキメの顔が怖い様だ。

 そしてもちろん、その言動はユキメのハートを粉々に打ち砕き、遂には彼女の表情をも殺してしまった。


「…………怖い。…………私が、怖い?」

「ゆっ、ユキメ、仕方ないよ。まだ子供なんだから」


 くそ。この良さは子供には理解できないか。この痛々しさがまた良いと言うのに。


「ソウ様、私の顔は、怖いですか?」

「ううんッ、ぜんっぜん! 私はむしろ大好きだよ!」


 目を潤わせ、鼻をすすって私を見つめてくるユキメ。その様はまるで人懐っこい子犬の様。大丈夫だよユキメ、貴女の魅力は、私が一番よく分かっているから。


「…………ソウ様」

 

 私の懐で、おいおいと泣きじゃくるユキメを撫でながら、私は再び彼らの方へと視線を戻した。


「ところで、先ほど村の周囲を歩いてみた感じ、妖怪の類の気配は感じなかったのですが」


 私がそう聞くと、フウキは火かき棒で囲炉裏の薪を突きながら答える。


「ええ。奴らはいつも、決まって夜に現るるんです」

「まあ、妖ですからね」

「そら俺たちも分かってます。ただ、こん村はそこまで大きゅうなか、妖ん襲撃は昔からようあったんです」

「じゃあ何で今更、妖退治を依頼しに、栄白へ参ったのです?」


 すると彼は、火を照り返して、てかてかと光る顔に影を作ると、私ですらビックリするほどの長い溜め息と共に言葉を続ける。


「妖どもも馬鹿じゃねえ。頭ん良か奴は、小さか村ば襲うても、見返りが少なか事ばよう知っとる。故にこん村には小鬼みてえな弱っちい奴しか来んかった。…………ところが最近になると、何でん天狗や犬神みてえな、都や山奥に住んどるような強か奴まで、こぞって村々ば焼いて回っとるんです」


 彼の口から出て来た妖は、誰もが耳にしたことがあるだろう名前ばかり。私もその習性は良く知らないが、しかしどれも神に近い妖術や念動力の類を使う妖だ。


「天狗に犬神…………」

「何か知ってるの?」


 先ほどまで死んだ顔をしていたユキメも、その名前を聞くや、一気に生気を取り戻して呟き始めた。しかし何処か危惧の念を抱いている様子。


「ええ。妖がどのようにして生まれるか、ソウ様は知ってますか?」

「確か、思想や自然から生まれてくるんだよね」


 これは官学の邪学で学んだことだ。オッキュ先生が苦手だけど、意外と面白いから取っていた授業。まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。


「左様です。ですがもう一つ、妖が生まれる原因があるのです」

「もう一つ?」

「はい。思想や自然から生まれた妖の中には、人に益をもたらす妖もいるのです。しかし、純粋な悪を持って生まれる妖は、皆一様に同じ原因から生まれてきます」

「…………それって?」


 私がそう聞き返すと、ユキメは土筆のように細い指をもう一本立て、どこか重たい口調でその言葉を口にする。


「怨念です」

「………………怨念」


 あまり響きの良くない言葉だ。

 でも確か文献で読んだことがある。恨みを持って死した神や獣神からは、稀に不浄なるものが生まれてくると。だからどんな形であれ、しっかりと供養してやらなければならないということも書いてあったな。

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