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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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二つのお仕事

 オクダカの神前式が終わり、ヤマオノによる政略結婚の話が出てきてから一年後の冬。私たちは今、天陽様の神勅で、西ノ宮から遥か西方に位置する妃屶ひなたの国に足を運んでいた。


 降り積もる雪の都。その街中を楽し気に歩く人々。

 犬は外を駆けまわり、猫はこたつで丸くなるような寒い季節だが、しかし雪合戦に興じている子供らの姿を見ると、この凍えるような季節も良い物だと思えてしまう。


「さむぅ」


 妃屶で一番の大きさを誇る都、栄白はしろ。南方にはオーシャンブルーが広がり、その街並みは西ノ宮ほど整ってはいないが、しかし何処か趣のある控えめな街だ。

 そして、そんな栄白の雪化粧に見とれながら、私は白い息と共に小さく呟いた。


「ソ、ソウ様っ、大事ないですか?」


 人一倍寒がりなユキメは、人一倍その身を震わせながら私に擦り寄る。しかし、彼女のそんな行動を身に受けた私の心は、これ以上にないくらい暖かかった。


「私は大丈夫だけど、ユキメの方こそ大丈夫?」

「わ、わわわ、わたくしは、大事ありませんよっ」


 滅茶苦茶寒そうですけど…………。

 しかし小腰をかがめ、ぶるぶると子犬のように震っている彼女は、何と言うか超絶可愛い。これはレアなものを見られた。


「し、しかし何故、先鉾でもない私が、ツミキ様の護衛に選ばれたのでしょうか?」

「ああ、そう言えば、まだ話してなかったね」


 今回の仕事の主な目的は、天陽様の孫であるツミキ様を、ヤマオノの娘に会わせることだ。

 しかしその前に、妃屶の国が天孫にとって危険ではないかどうか見定めるために、先遣隊として私とユキメ、さらにクサバナが内密に送り込まれた。


 ちなみにクサバナは、普段の眠たげな感じは一切見せず、なぜか楽し気に目を輝かせながら、私たちの遥か前方を、大手を振って歩いている。


 そしてユキメを連れてきた理由。それは…………。


「ユキメはね、私の安全装置みたいな役割なんだよ」

「安全装置、ですか?」

「うん。私の神通力は天龍体じゃないと使えなくってさ、しかもいつ暴走するかも分からないから、その時の為にユキメの同行が許されたの」


 そう。私の神通力はその燃えるようなエネルギーに耐えるため、天龍体とセットになっている。もちろん正気は保っていられるが、正直どれくらいの時間、自我を保てるのかは私ですら分からない。  

 

 幾度か行った天龍体の訓練でも、私は何度か正気を失いかけた。例えるなら、気持ち良すぎて頭が真っ白になる感じだ。しかしユキメが傍に居てくれると、なぜか自我を保てる時間が劇的に伸びたのだ。

 この事実を知った時、私はどれだけ嬉しかったか。

 ユキメは最早、私にとって特別以上の存在なのだと感じる。


「な、なんと。では私は、ソウ様のためだけに連れて来られたのですか?」

「そうだよ」


 本当は私も悪いと思っている。ユキメは大が付くほどの寒がりだし、官学は長期連休が始まったばかり。本当なら家でゆっくりしていたかったはずだ。それなのに私は、そんな理由で彼女を遥々妃屶まで連れてきてしまった。


「ごめんねユキメ。この埋め合わせは…………」


 そう私がやり切れぬ気持ちを抱えながら謝ろうとすると、しかし彼女は腰をかがめ、私に強めの抱擁をしてきた。


「ああ、ソウ様ッ。このユキメ、誠に幸せ者でございます! ソウ様にここまで頼られるとは、嬉しい限りです!」


 そう泣きながら私に頬ずりをするユキメ。やっぱりユキメは変わらない。どんな苦境に立たされようとも、決して私を放そうとしないのだ。本当にうれしい。


「私も、ユキメが来てくれてよかった」


 見知らぬ土地の、それも見知らぬ街のど真ん中。それでも私たちは、一目など気にせずに抱き合った。そして芽生える一つの感情。それが愛だという事は分かっている。


「あのねユキメ。私ね…………」

「ええ、何でございましょう」


 彼女の耳元で、私は囁くように言葉を始めた。だが、それを押し留めようとする感情も、また生まれてくる。それが恐怖だという事も、分かっている。


「ううん。やっぱり何でもない」

「ソウ様、そのように申されると、気になってしまいます」

「いいから、いいから。さっさと行こ」


 そう言って私は彼女の残った腕を取り、久しぶりの彼女との遠征に心を弾ませる。ユキメと一緒に仕事ができるなんて、常世の国に行った時以来だ。


「ユキメ。おんぶ」


 そうやって私が気分を良くしていると、先ほどまで前方を歩いていたクサバナが、半分閉じかかった目で彼女にそう言った。


「ええ。畏まりました」


 まるで子供のようなお願いだが。それでもユキメは笑顔を見せてそれを快諾し、私より少し背の高いクサバナを、その背中に受け入れる。

 ああくそぉ。なんでクサバナまでいるんだよ。私とユキメの甘い時間なのに。


 ちなみにクサバナは、先鉾以外にも“天秤”と呼ばれる組織に属している。そして彼女は天秤のトップであり、その下には四柱の神がいて、その下はもっと数えきれないくらいの神々が、四柱の元で働いている。そして天秤の神々は、今では天都の統治下に置かれている国々の、その罪人を裁くのが主な仕事だ。つまり、超絶激務なのだ。


 などと、私は心の中で改めてクサバナの凄みを認識し、まあこれも仕方のない事だと、どこか諦めながらため息を吐いた。


 彼女がいつも眠たげなのは、私が一番の苦手とする両立を、毎日毎日、足しげく学校に通う高校生のように、頑張っているからだ。


「どうやら眠ったようですね」


 そんなユキメの言葉にふと我に返り、私は彼女の背で眠りこけるクサバナに目を向ける。しかしこの感じ。まるで日曜日の休日に、公園でくたくたになるまで遊んで、家に帰る途中の家族みたいだ。


「ふふ。そうだね」


 さて、それじゃあそろそろ、舌もとろけそうなほどの時間とはオサラバして、仕事に取り掛からねば。


 先ずはおさらいしよう。今回の主な仕事は二つ。

 今日からおおよそ一か月後に降臨する天孫のために、私たちは妃屶がどんな国なのかを確認せねばならない。

 そして二つ。この国を統治するヤマオノが、吾月の手先ではないか調べることだ。


 まあ前者は欠伸をしながらでも出来そうなものではあるが、しかし後者はそうも行かない。何せ今回の私たちの妃屶訪問は、トップシークレットでの潜入作戦。妃屶の主宰神であるヤマオノにバレてしまえば、天都の信用が落ちかねないからだ。まあバレたらバレたで観光と言えばいいだけなのだが。


 だがしかし、もし仮にヤマオノが吾月と繋がっているのであれば、この眠ってしまいそうなくら平和な妃屶は、飛儺火の二の舞を踏むことになる。それだけはどうしても避けたい。


「ここが私たちの拠点になるね」

 

 と言う訳で、ヤマオノに感づかれても言い訳できるよう、私たちは妃屶でもトップスリーには入りそうな高級宿にチェックインすることにした。


「こ、これはまた、絢爛豪華にございますね」


 まるでどこかの神社のように趣のある外装。そして横断幕の如し大きい暖簾をくぐれば、真っ赤な提灯が幾つも宙に浮かぶ、そんな眩しいロビーに出る。


 もちろん宿屋のオヤジらしき者はおらず、そこにいるのは皆、接客に長けたプロフェッショナルばかりだ。一体、一泊すればどれだけ財布が痩せることだろう。天陽様に感謝せねばなるまい。


「ようこそおいでくださいました。此度は数ある旅籠の中でも、この雄嵐ゆうらん亭の門を潜っていただき、誠にありがとうございます」


 だだっ広い玄関を上がり、ロビーらしき広間を進んだ奥。その受付らしき一角にて、鹿のような角を生やした受付嬢が、堅っ苦しい挨拶と共に頭を下げた。


「半月ほどの滞在を考えておるのですが、部屋は空いておるでしょうか?」


 私とクサバナは見た目が子供なので、ここはもちろんユキメが対応するのだが、その言葉を聞いた受付は、何かの冗談だと思ったのだろう、当然眉をひそめる。


「半月ですか?」

「ええ。可能であれば一か月」

「…………い、一か月ですか」


 ここで受付の美人さんは目を皿にするが、一か月もの長期滞在に驚いているのではない。この世界では一か月の宿泊なんてざらにあるのだから。


「し、しかし。それだと前勘定のみとなりますが、よろしいでしょうか?」


 恐らく彼女の驚きっぷりから察するに、この旅籠は本来、その値段設定故に一週間ほどの宿泊を想定しているのだろう。


「かたじけない」

「……畏まりました」


 そうして受付さんは、額に汗を浮かべながらも手元のそろばんを指で弾き始めるのだが、ところがどっこい。彼女はここにいない誰かに呼ばれたかのように、ふとその視線を遠くの方へやると、慌しい口調で私たちにこう言う。


「し、しばしお待ちくださいまし」


 何度も視線を往復させていた彼女は、私たちにそれだけ言い残すと、するすると堅木の床に足袋を滑らせてどこかへ消えてしまった。


「やっぱり、支配人に直接お願いした方が良かったかな?」

「そうかもしれませんね。でもいずれにせよ、結果は同じようですよ」


 ユキメは受付が消えて行った方向に顔を向けながら、私にそう言った。だから私もその視線を追ったわけだが、どうやらユキメの言う通りの様だ。


「いやはや、事前の連絡も無かったので肝を冷やしましたが、皆様は非常に運に恵まれておりますな」


 などと笑みを浮かべて現れたのは、この旅籠の従業員の中でも、特に立派な召し物に身を包んだ小太りの男だった。どうやらこの雄嵐亭でもかなり上位のお方のようだが、恐らく私たちと受付の会話を、どこぞで聞いていたのだろう。


「申し遅れました。私、この雄嵐ゆうらん亭の支配人。名をヒグラシと申します」


 嫌味を感じない落ち着いた色合いの着物。しかし羽織る羽織は花畑を思わせるかのような華美な染物。どうやらかなり高給取りのようだが、それでも男の口調や仕草は美しいほど洗練されている。


「しかしながら、お月もの宿泊になりんすと、我らも貴女方の素性を知っておかねばなりません。差し支えなければ、是非ともこのヒグラシめにお聞かせ願いたく存じます」


 いやあ、これは困った。てっきり上客には手をこまねくばかりだと思っていたのだが、まさかここまで徹底されているとはな。一回作戦会議を挟むか?


 と思っていた矢先、ユキメはヒグラシに顔を近付けると、周りには聞こえないよう、且つ私たちにはギリ届く程の声量で言葉を並べ始める。


「我らは日頃、天界への奉公に身を勤しむ者。その激務から逃げ果せるように、ここへは羽を伸ばしに参っておるのだ」

「なんと、つまり貴女方は天都の遣いであると?」

「ええ。故にこの事は他言無用でお願いしたい。もしこの事が天都に知られれば、私どもだけの問題ではなくなるのです」


 なんだか上手い言い訳だ。私の知るユキメは、素直でいい子なのに。まさかここまで口が達者だとは思わなかった。

 そうしてユキメの言葉を漏らさず聞き取ったヒグラシは、上唇に被るような髭を整えながら、ニッコリとその顔に笑みを浮かべた。


「そう言う事でしたら、このヒグラシめにお任せくだされ。この雄嵐亭は、お客様を第一に考えておりますので」

「かたじけない」


 どうやら、話はうまく収束したようだ。これでヒグラシの口が堅ければ、私たちの素性が外部に漏れる心配は無いだろう。グッジョブユキメ!



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