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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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国津神ヤマオノの憂い

「我が妃屶ひなたの国を、恐れ多くも天都の統治下に置いて頂きたく、御願いに参った次第にござる」


 その瞬間、その場にいた全員が、泳ぎまくっていた視線をヤマオノへと向けた。

 それは確かな服従の宣言。それを今このタイミングで述べたという事実は、このヤマオノと名乗る男神の、そのしたたかさを表しているかのようだった。


「ふむ。出来れば、その理由をお聞かせ願いたいのう」


 そして当然、我らの神もその言葉を鵜呑みにすることはしない。美味い話には裏があると言うのは、この世界でも通用する様だ。


「では単刀直入に申し上げさせて頂きます」


 天津神、果ては国津神までもが固唾を呑み、次の言葉を聞き逃すまいと聞き耳を立てる。


「我が娘を、天津神の妻にして頂きたいのです」

「つまり、国を明け渡す代わりに、統治する神の妻室にしろ。と?」

「はい。左様にございます」


 なるほど。いわゆる政略結婚という奴か。自分の娘が天津神の嫁になれば、己の地位も保て、あわよくば更なる向上にも射程が届くと言う訳だ。いずれ降ることになるのなら、今のうちに長い物に巻かれようというスタイルらしい。


「確かに妃屶は、西側でもかなりの力を有する。故にお主の話は実に魅力的ではある」


 依然として綺麗な正座を保たせたまま、天陽様は更に言葉を続ける。


「しかし現状、天都には一つの憂いが残っておってな、今すぐにお主の話を信用する訳にもいかぬのじゃ」

「成る程。その憂いとはつまり、月の神の事ですな」


 流石だ。

 ――天陽様の話によれば、かつて吾月は国つ神を率い、天都による中つ国の平定を阻んだらしい。故にその思想が色濃く残っている国つ神が、まだ葦原に存在することは火を見るよりも明らか。

 そして、天都がそれを未だ警戒している事を、ヤマオノはよく理解している。


 …………ん? 

 でも仮にヤマオノが吾月の配下だとしたら、わざわざ国を差し出す事もしないはずだ。やはり自分の利益だけを考えているのか、それとも別の狙いがあるのか?


「話が早くて助かる」

「どうやら大御神様は、われが吾月の息がかかった国津神であると、疑っておられるご様子」

「左様。故に其方が真の目的を申すまでは、その縁談も適わぬ物と受け止めよ」


 遠回しに、縁談は却下だと言ってるようなものだ。しかしヤマオノは、依然としてその顔から笑みを消すことなく天陽様に食らいつく。


「流石は、天都を統治する主宰神様であらせられる。その貴し御目に掛かれば、嘘偽りは申せますまい」


 彼の言う通り、天陽様の前では、誰もが太陽に嫌われまいと正直になる。その証拠に、平気を装っているつもりのヤマオノの額にも、ぽつりと汗が浮かんでいるのが見受けられた。


「では申してみよ」

「はっ。では恐れながら」


 そう言ってヤマオノは床に握り拳と頭を着けると、どこか重い口調で言葉を始める。


「恥ずかしながら、我が妃屶ひなたの国には、今も民を苦しませている神がいます。我らも幾度か討伐隊を送るも、未だ一柱として帰って来ぬ始末」

「それが、此度の申し出と何か関係があるのか?」


 天陽様はそう言って、道端に捨てられた空き缶でも見るような視線をヤマオノに向ける。それは私でさえ身震いしてしまう程の、冷え切った眼差し。

 

「は。誠に勝手ながら、我が娘と天津神が縁を結べば、この事実が天都にも明るみとなり、その御力添えを期待できると、存じ上げたが故の提言にございました。――もちろん、そこに私欲が無いと言えば嘘にもなります。しかしそれ以上に、傍若無人の限りを尽くす暴神を、一刻も早く打倒したいという気持ちの表れでもあるのです」


 まるで子を想うかのような口ぶり。最早なりふり構ってはいられないと言わんばかりの様子を見るに、どうやら相当焦っている様だ。


「お主の言い分はよく分かった。その見上げた気構えも評価に値する」

「ではっ」

「しかし、これほど話が大きくなると、余の一存だけでは決めかねる故、他の神と話し合う猶予を貰う」


 そんな言葉を聞けばもちろん、ヤマオノは眉根をひそめて肩を落としてしまった。そしてその大岩の様な巨体のくたびれた姿を見ると、どこか同情の念すら抱いてしまう…………。


「畏まりました。何卒、前向きに検討して頂きたく存じます」

「うむ。お主の心情を察したが故に、こちらも早く結論を出そう」

「は。ありがたき御言葉」


 そうして、天陽様とヤマオノの長きにわたる会談は、これにて幕を降ろしたのだった。



 ――――それから数時間後。オクダカの祝賀会を終えた私たち先鉾は、会談の後すぐさま退室した天陽様によって、彼女の書斎に集められていた。

 そして天陽様とクサバナを除いた全員が、そわそわと落ち着かない様子で立ち尽くしたまま、天陽様の次の言葉を待ち続ける。


「さて、我が先鉾の神々よ。祝いの余韻に浸っておるところ悪いが、早速余の結論を述べさせてもらうぞ」

「…………は」


 オクダカには悪いが、私は正直そこまで宴を楽しむことが出来なかった。しかも、それは私に限った話でもなかったようで、皆一様に表情を強張らせたまま、その思考を巡らせている様子だった。つまり、浸ろうにも浸るほどの想いが無いという事。

 それでも天陽様は、そんな私たちに構わず言葉を続ける。


「余は、此度の話を受けようと思う」

「…………ふむ。我が君がそう仰るのであれば、異論ありませぬ」

「俺もだ」

「右に同じくッ!」


 私とクサバナ以外の先鉾は、まるで自分の意見を殺したかのように、天陽様の言葉に悉く同意して見せた。もちろん私もそれに賛成するつもりだが、その前にその理由を知りたかった。


「天陽様。出来れば、その訳を聞きたいのですが」


 申し訳なさを含ませた声音で問うと、天陽様は僅かに表情を綻ばせ、私のリクエストに応えてくれる。


「なあに簡単な事よ。西側の大国である妃屶が、我らに降ると言っておるのじゃ。これを逃す手はあるまいて」

「じゃあ天津神と国津神を結婚させるんですか?」

「うむ。じゃがこちらとしても、やるからには半端な事はせん」


 その言葉を聞くや否や、カナビコが真っ先にその顔を白くさせて冷汗を流す。


「…………まっ、まさか大御神」

「そのまさかじゃ」


 一体何の話をしているのか分からない。だがそれは他の神々も同じようで、先ずはオクダカがカナビコに噛みつく。


「おい、何の話だカナビコ」

「大御神は、都弥紀ツミキ様を向かわせる考えでおられるのじゃ」

「ツミキ様だと!? ――大神、それは誠ですかッ?」


 何だ? 誰だツミキって。

 などと、頭にはてなマークを浮かべた私はつい、いてもたってもいられず…………。


「あの、ツミキって誰ですか?」と、問う。――――すると天陽様は。

「ツミキは、余の孫じゃ」

「…………え?」


 孫!? 天陽様に孫いるの!?


「孫いたんですかっ?」

「まあの」


 天陽様の見た目は20代程。この若さでお祖母ちゃんとは恐れ入る。…………いや、そもそも天陽様って歳いくつなんだ?


「しかし大神ッ!」

「なんじゃサカマキ」

「ツミキ様が天降りするとなるとッ、その護衛はどの神が担うのでしょうかッ?」


 もっともな質問だ。天陽様の孫という事は、必然的にランクもかなり上位となる。そうなれば、並大抵の神では務まらないだろう。…………てことは。


「もちろん、お主らに決まっておるじゃろ」


 ――――やっぱりか。 

 だがそうなると、どうやら今回の一件が、私が先鉾として司る最初の仕事となるな。これは逸る気持ちも抑えられないぞ。


「ふふ。先鉾がそろって仕事なんて、何十年ぶりだ?」


 オクダカの無邪気な笑み。と言うより、クサバナ以外の全員が、同じような表情を作っていた。どうやらワクワクしているのは私だけではないようだ。


「ヤヅノ蛇神以来かのう」

「それって、私も含まれてるの?」

「うむッ! 再び主らと仕事ができるとは、光栄に思うぞッ!」


 どこか嬉しそうに髭をモフるカナビコと、いつもに増して声量が大きいサカマキ。クサバナは、まあ相変わらず眠たげだが、話はしっかりと聞いている様子だ。


 そしてここで、まるで忘れかけていた例の一件について、オクダカが天陽様に捕捉を求める。 


「して大神、かのヤマオノが言う、荒ぶる神については、どうされるおつもりで?」

「うむ。放っておけばいずれ我らの障壁になる。もし主らがそ奴に遭遇し、そして危険と判断した場合は、主らの判断で討伐に当たれ」


 その言葉を耳に入れた瞬間、カナビコとオクダカの両者が、まるで悪戯を企てている子供の様な笑みで、互いに視線を向け合った。


「ふははっ。いいねえ、楽しくなってきたぜ」

「私も楽しいぞッ!」

「…………んんっ。うるさいぃ」


 状況は理解しているのだろうが、クサバナは依然として表情の一切を変える事無く、耳を塞ぎながら僅かに眉をひそめる。

 などと思っていると、私の遥か頭上から声が降ってくる。


「おひい様はこれが初任務だな。緊張してんじゃねえか?」


 そう言ってオクダカは、腕を組んだままの姿勢で、そのきらきらと輝く両眼を私に向けた。だから私も、同じように笑みを浮かべてこう返す。


「馬鹿ちん。私はアラナギに勝ったんだよ。これしきの事じゃ、張り詰める糸も見当たらないって」

「ふっはははっ。それもそうだな」

「いやはや、誠に頼もしい限りじゃよ」


 まあどうやって勝ったのかは、正直あまり覚えてないんだけど。これは秘密にしておこう。


「…………いいのぅ、お前らは楽しそうで」


 私たちが夏の花火大会の如く盛り上がっていると、天陽様はそう言って深い溜め息を吐かれた。その表情はどこか曇り空だが、しかし彼女は天都の主宰神。長時間ここを離れる訳にもいかない。


「お土産買ってきますよ」

「じゃあ西の名産品でも買ってきてくれ。出来れば甘味がいいのう」

「御意のままに」


 そうして私たちはその後、天陽様から事細かく仕事の説明を受け、一年後に設定した出立の日を、今か今かと心待ちにするのであった。


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