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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
15/202

祝詞2

龍文書―14


【花柳町】:龍人の里の繁華街。ここに来れば大概のものは揃う。



 ユキメと私は、ヨウ家の中でも特別に広い中庭に出る。真ん中には一本の木が立っており、その枝はふくふくと紅葉を纏って美しい。


「それでは始めますね」


 まず喘ぐような咳払い。そしてユキメは胸の前で二回手を叩く。それは風船を割った様な破裂音だが、風鈴の如し静けさも持ち合わせている。


 続けて大きく息を吸う。つむじから爪先までを酸素で満たすかの様な驚異的な長さ。

 ――――そうして呼吸を止めると、彼女は祝詞を奏上し始める。それはまるでパイプオルガンの様な甲高さで、声には一切の揺れがない。


「ひふみぃ…………」


 すると周りの落ち葉や空気が、そのことばに呼応するかの様に渦を巻く。そこに可憐さなどはなく、ただただ美しさだけが残っていた。


「……ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」


 あれだけ激しく舞っていた幾枚もの紅葉が、時間が止まったかの様にぴたりと静止する。空気は震え、砂や小石は重力に逆らい浮遊する。


 ――――そしてその瞬間から、ユキメが纏う雰囲気は神のそれと同じものになった。


すい、青。水宝玉すいほうぎょく


 近くの池から突如水が大量に浮き上がり、それは惑星の様に丸みを帯びはじめると、ついには寸分の狂いも無い完璧な球体へと成り代わった。


「これが私の神。水を司る天美水あまみずの神の御力です」


 ――――神通力すげえ! 

 やっとで魔法的ポジションの術が登場し、私はひどく興奮している。それにしても、ここまで来るのは長かった。


「それでは、ソウ様も実際にやってみましょう。先ずは祝詞の最初の一節から読んでみて下さい」

 全部覚えてるもんね。

「お任せ!」


 先ずは二回拍手。そして奏上の間、出来るだけ息継ぎをしないために、大きく息を吸って止める。


 よし、行くぞ。

「ひふみい…………」


 文字だけで見れば簡単そうに見えるのだが、いざ声に出してみるとその難しさがよく分かる。

 ユキメのように綺麗な声は出せないけれど、しかし祝詞を奏上している間は、不思議とこの世界と同化しているような気持になる。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」


 ――――瞬間、私の精神は弾き飛ばされたかのように体を離れ、どこに位置するのかも分からない異空間に飛ばされた。


「早速呼んでくれたのだな」


 今日会ったばかりなのに、もう懐かしさを感じる声。ちょっと軽いけど、どこか重みのある声。日差しのように暖かく、太陽のように力強い声だ。


「忙しい所すいません。天陽アマハル大神様」


 腰を曲げてお辞儀をする。しかし何を話せばいいのか分からない。

 ――そもそも何処だここ。五億年ボタンでも押したのか?


「それより、ここは一体どこなのでしょうか」

「ここは一二三ひふみと余だけの世界じゃ。血を分け合った神と神使だけの空間。あと余の事は“アマハル”でよいぞ」


 なるほど。SNSのトークルームみたいなものか。ていうか“アマハル”って、そんな友達感覚でいいのか最高神様。


「ところで、私は何でここにいるんでしょうか?」

「何でって、祝詞を唱えて繋がりを作ったでしょ?」


 なるほど。この場所が神と使いを繋ぐ空間というわけか。しかし、上下左右がないから酔ってしまいそうだ。


「なるほど。ここで力を借りるというわけですね!」

「そ! でも余は忙しいから、力は貸せても、お話はあまりできぬかも」


 流石は太陽の神。世界を照らし続けているのだから仕方ない。――などと、ふわふわと浮遊するだけの空間で、私たちは会話を進める。


「ところで余の力じゃが。私、万能だから。ひふみが願えば何でもできるぞぉ」

 ピースサインを作って、斜め上から私を見下ろす大神。

「なんでもって、何でも?」

「なーんでも。でもその代わり、一回の奏上で一回のお願いだから、時と場合を見極めて使う事。オーケー?」

「はい」――――英語?


 両手の人差し指を立てて、それを可愛くふりふりと振ったり曲げたりして説明する。まるで人形遊びをしている様だ。ちょっとかわいいかもしれない。


「でも、黄泉の国へ行ってしまった人は呼び戻せないから、そこは注意するのじゃ」

「ふむふむ。分かりました」

「あとはぁ…………」


 アマハル様は考える。何か言い忘れている事があるようだ。しかし、願い事がなんでも叶うっていうのはチートすぎるのではないだろうか。


「あ、そうそう!」

 握りこぶしを手のひらに打ち付ける。

「余は人々の幸せを願う神じゃから、誰かを傷付けるような願い事は聞きませんからね」


 なるほど、確かにそうだ。彼女は最高神で、常に誰かの模範であり続ける存在。そういうのは願い下げということか。


「――――分かったら返事」

「かしこまりました」


 深々とお辞儀をする。そろそろ様になってきたかも。


「じゃあそういうわけで、余は天都に戻るから」


 そう言って彼女が火の粉のように姿を消した時、私の精神も何かに引っ張られる。

 どうやら私も帰らなければならないようだ。


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