祝詞2
龍文書―14
【花柳町】:龍人の里の繁華街。ここに来れば大概のものは揃う。
ユキメと私は、ヨウ家の中でも特別に広い中庭に出る。真ん中には一本の木が立っており、その枝はふくふくと紅葉を纏って美しい。
「それでは始めますね」
まず喘ぐような咳払い。そしてユキメは胸の前で二回手を叩く。それは風船を割った様な破裂音だが、風鈴の如し静けさも持ち合わせている。
続けて大きく息を吸う。つむじから爪先までを酸素で満たすかの様な驚異的な長さ。
――――そうして呼吸を止めると、彼女は祝詞を奏上し始める。それはまるでパイプオルガンの様な甲高さで、声には一切の揺れがない。
「ひふみぃ…………」
すると周りの落ち葉や空気が、その詞に呼応するかの様に渦を巻く。そこに可憐さなどはなく、ただただ美しさだけが残っていた。
「……ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」
あれだけ激しく舞っていた幾枚もの紅葉が、時間が止まったかの様にぴたりと静止する。空気は震え、砂や小石は重力に逆らい浮遊する。
――――そしてその瞬間から、ユキメが纏う雰囲気は神のそれと同じものになった。
「水、青。水宝玉」
近くの池から突如水が大量に浮き上がり、それは惑星の様に丸みを帯びはじめると、ついには寸分の狂いも無い完璧な球体へと成り代わった。
「これが私の神。水を司る天美水神の御力です」
――――神通力すげえ!
やっとで魔法的ポジションの術が登場し、私はひどく興奮している。それにしても、ここまで来るのは長かった。
「それでは、ソウ様も実際にやってみましょう。先ずは祝詞の最初の一節から読んでみて下さい」
全部覚えてるもんね。
「お任せ!」
先ずは二回拍手。そして奏上の間、出来るだけ息継ぎをしないために、大きく息を吸って止める。
よし、行くぞ。
「ひふみい…………」
文字だけで見れば簡単そうに見えるのだが、いざ声に出してみるとその難しさがよく分かる。
ユキメのように綺麗な声は出せないけれど、しかし祝詞を奏上している間は、不思議とこの世界と同化しているような気持になる。
「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」
――――瞬間、私の精神は弾き飛ばされたかのように体を離れ、どこに位置するのかも分からない異空間に飛ばされた。
「早速呼んでくれたのだな」
今日会ったばかりなのに、もう懐かしさを感じる声。ちょっと軽いけど、どこか重みのある声。日差しのように暖かく、太陽のように力強い声だ。
「忙しい所すいません。天陽大神様」
腰を曲げてお辞儀をする。しかし何を話せばいいのか分からない。
――そもそも何処だここ。五億年ボタンでも押したのか?
「それより、ここは一体どこなのでしょうか」
「ここは一二三と余だけの世界じゃ。血を分け合った神と神使だけの空間。あと余の事は“アマハル”でよいぞ」
なるほど。SNSのトークルームみたいなものか。ていうか“アマハル”って、そんな友達感覚でいいのか最高神様。
「ところで、私は何でここにいるんでしょうか?」
「何でって、祝詞を唱えて繋がりを作ったでしょ?」
なるほど。この場所が神と使いを繋ぐ空間というわけか。しかし、上下左右がないから酔ってしまいそうだ。
「なるほど。ここで力を借りるというわけですね!」
「そ! でも余は忙しいから、力は貸せても、お話はあまりできぬかも」
流石は太陽の神。世界を照らし続けているのだから仕方ない。――などと、ふわふわと浮遊するだけの空間で、私たちは会話を進める。
「ところで余の力じゃが。私、万能だから。ひふみが願えば何でもできるぞぉ」
ピースサインを作って、斜め上から私を見下ろす大神。
「なんでもって、何でも?」
「なーんでも。でもその代わり、一回の奏上で一回のお願いだから、時と場合を見極めて使う事。オーケー?」
「はい」――――英語?
両手の人差し指を立てて、それを可愛くふりふりと振ったり曲げたりして説明する。まるで人形遊びをしている様だ。ちょっとかわいいかもしれない。
「でも、黄泉の国へ行ってしまった人は呼び戻せないから、そこは注意するのじゃ」
「ふむふむ。分かりました」
「あとはぁ…………」
アマハル様は考える。何か言い忘れている事があるようだ。しかし、願い事がなんでも叶うっていうのはチートすぎるのではないだろうか。
「あ、そうそう!」
握りこぶしを手のひらに打ち付ける。
「余は人々の幸せを願う神じゃから、誰かを傷付けるような願い事は聞きませんからね」
なるほど、確かにそうだ。彼女は最高神で、常に誰かの模範であり続ける存在。そういうのは願い下げということか。
「――――分かったら返事」
「かしこまりました」
深々とお辞儀をする。そろそろ様になってきたかも。
「じゃあそういうわけで、余は天都に戻るから」
そう言って彼女が火の粉のように姿を消した時、私の精神も何かに引っ張られる。
どうやら私も帰らなければならないようだ。




