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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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おいおいおい


 ――――そうして、花嫁行列はたくさんの天津神に見守られながら広い敷地を進み、ついに天陽様の社へと足を踏み入れる。


 そんな社の中にはいつもの賑やかさはなく、どこからか流れる雅楽の旋律だけが、心地よくこだましている。なんだか新鮮だ。


「それではオクダカ様の親族は右側のお席へ」

「ヤチオ様のご親族は左側のお席にが着席ください」


 と、本殿へと入る前に、巫女装束の二柱の女神が、私たちにそう言うと、それからさらに後ろの参列者たちにも、同じような案内を始めた。


「うう、なんだか緊張するね」

「クサバナ。眠い」


 行列が歩き始める前に目を覚ましたクサバナは、まだ寝足りないのか、目をごしごしと擦りながら欠伸。

 この調子だと、本番中に寝そうだな。


「それでは、どうぞ中へ」


 そうして巫女に案内されるがまま、私たちは静かに本殿へと入る。


 すると見えたのは、体育館ほどの広さはある空間に、真ん中の通路で仕切られた参列者用の席。他にも、神棚のような貴い装飾やら、沢山の雅楽隊が、顔を真っ赤にさせながら龍笛に息を吹き込んでいた。


「ずっと吹いてたのかな」

「こう言う儀式の場では、神通力の使用が禁止されとるのじゃ」

「それってさ、パワハラじゃない?」

「何を申したんじゃお主は……」


 などと、最前列にある親族用の腰掛椅子に座って、カナビコとひそひそやっていると、同じ入り口から、お待ちかねの二柱が入場した。

 

「おおー。いいねえ」

「ふぉふぉ。まさかオクダカの晴れ姿を見る事になるとはのう」

「クサバナ、早くお神酒飲みたい」


 こちら側、つまり天都チームの親族席には、私含めた先鉾が座っているのだが、意外とみんなリラックスしているように見える。


 そしてサカマキは空気を読んだのか、ついに黙り込んでしまう始末。いや、もしかしたら喋っているのかもしれないが、私とサカマキは端と端、ここからだと全く聞こえない。


「各々方、ご起立ください」


 そうしてオクダカとヤチオが、親族席より前に置かれた椅子の前に立つと、再び巫女が声を張る。

 なのでそれに従い、全員が腰を持ち上げると、なんと天陽様が最奥の間から、数柱の巫女と共に現れたのだ。

 そしてその御姿を目にした途端、全員が一斉に最敬礼をする。


「それでは誓詞奏上です。皆様はご着席くださいませ」


 神前式とはまさにそのままの意味だが、まさか本当に天陽様がお出ましになるとは。恐るべし……。

 いつもとは違う物々しい着物。装飾の数も尋常ではなく、おまけにその顔には化粧。そんな見慣れない天陽様に見惚れている私だが、巫女の一柱は構わず進行を続けたのだった。



 ――――それから式は滞りなく進み、オクダカの神前式は時間にしておよそ30分で終わりを迎えてしまった。

 私にとっては全てが初めての事で、そのどれもが新鮮だったので、本当にあっと言う間の時間に感じた。

 

 ちなみに、途中カナビコが泣いていたのは、ナイショの話。


 ……私もいつか、天陽様の御前にて、誓いを立てたいものだ。相手は言わずもがなだ。


「それでは宴の準備に入りますので、皆様はこのまま、天都にてごゆるりとお過ごしください」


 式が終わり、最後天陽様が退室されたのを確認すると、進行役の巫女は私たちにそう言った。

 ん? いま宴と言ったか?


「宴!?」

「うむ。両家の親睦を深めるための場じゃ。もちろん蒼鷹姫も、参加するのじゃぞ?」

「まじでかっ。それは誠楽しみですな!」


 などと言って、私は大いに燥いだ。だがそれもそうだ。なんせ私は無類のパーティ好き。皆でワイワイ食事を囲むのが大大大好きなのだ!

 天都で開催されるくらいだから、きっと美味しいお肉料理とか、魚とか、珍しい物を一杯食べられるに違いない。うふふふ。


 ――――と、その時の私は、まるで少女漫画にトキメク中学生のように、心を弾ませていた。しかし現実は厳しい!


「それでは、此度の縁組を祝して」


 オクダカの神前式から数刻後の夜。私は先鉾やシロギ学長、その他諸々の神々と共に、祝杯を掲げていた。


「ソウ様。それはお酒ですよ?」

「まあ食前酒くらいならいいって、天陽様が言ってたからさ」


 カナビコの音頭から始まった祝賀会には、ユキメも呼んでよかったらしいので、私は心置きなく彼女を誘った。もちろん楽しい宴を予想してだ。


 しかしどうだ。今私を包み込んでいるこの雰囲気。例えるなら、コミュ障だらけのドキドキオフ会みたいな感じの空気だ。

 そんな誰一人として喋らず、ただ黙々とご飯を食べているこの宴は、社の大広間を使って行われているのだが、私たち天都チームの反対には、ヤチオ率いる親族チームが鎮座している。


「ソウ様、神前式で何かあったのですか?」


 などと、ユキメは相変わらず美味しそうに料理を頬張りながら、なんとも奇怪な目で辺りを見回してそう呟いた。


「いや、すっごく静かに終わったよ」

「では何故皆様は喋らぬのでしょうか」

「んー。緊張?」


 まあ最初こそは楽し気な会話も生まれたさ。何の神なんですか? とか。どこに住んでるんですか? とか。まるで初心者だらけの合コンみたいな質問だったが…………。

 そしてその質問全てが、天都側から投げた質問であって、ヤチオ側の参列者はそれに答えるのみだった。故に、天都側からも次第に声は消え、今の空気が生まれたのだ。


 これは流石に気まずいなあ。


 と思って、上座に座るオクダカとヤチオの方へ目を向ける。


「オクダカ様っ、あーん」

「よ、よせって。恥ずかしいだろ」


 いや、心配は無用だったようだ。

 何だあれ。なんであそこだけ実家の様な安心感を築いてるんだよ。


「んもぅ、いいではないですか。これからは毎日こうして、ご飯を共にするんですから」

「いや、しかしだな」

「それに、今夜から私たちは同じ床で眠るのですよ。今のうちに精を付けておかないでどうするんです?」


 ヤチオがその言葉を発した時、オクダカよろしく、天都チームの何柱かがお茶を噴き出した。


 ――おいおいおーい。会話聞こえてんぞ。ていうかヤチオ、それじゃあ肉食っていうか獣だよ。


「ねえユキメ。ヤチオってあんなんだったっけ?」

「んー。私はヤヅノ蛇神の一件以来、ヤチオ様を見ておりませんので、何とも」


 ユキメはおちょこを傾けながらそう言う。そして気付けば、彼女の台の上は殆ど空になっていた。


「そっか」

「しかし、ヤチオ様もすっかり元気になりましたね」

「そうだね。あの時はどうなるかと思っていたけど」

「ええ、しかし時の流れとは早い物です」


 そんな彼女の言葉に私が頷いていると、大広間の襖が静かに開き始めた。


「天陽様の御成りです」


 そう言って襖を開けたのは女神シンだったのだが、彼女の言葉を聞くや否や、部屋内の全員がもれなく一斉に立ち上がり、襖の方へ最敬礼をする。そろそろ面倒くなってきた。

 けど、天陽様が出席するなんて聞いてないぞ?


「皆、楽にしろ」


 神前式の時とは打って変わって、どこか服装が軽くなった天陽様は、威厳だけは変わらず保たせながら、両家の間をゆるりと歩く。


「オクダカ。まさかお前が身を固めるとは思わなんだが、改めて祝辞を述べさせてもらうぞ」


 そして彼女は、上座にて頭を下げるオクダカの元まで歩くと、その肩に手を置いて優しく言葉をかけた。


「は。身に余る幸福に存じまする」

「うむ」

「しかしながら、恐れ多くも我が君。わざわざかような事を申されるために、ここへ参られたので?」

「なに、ちょっと野暮用じゃ」


 そうオクダカに言葉を返すと、今度はヤチオへと視線を移し、彼女は自身よりも背の高いヤチオに対し、暖かい微笑みを見せる。


「ヤチオ。オクダカは頼りになる男じゃ。何かあれば、存分に頼ってくれ」

「ふふふ。誠かたじけのうし御言葉、祝着至極に存じます」


 そう言って、ヤチオも深々と頭を下げる。まるで妻と姑の様な光景だ。

 

 ――――斯くして、そんなヤチオの畏まった言葉を耳に入れると、天陽様はくるりと振り返って、国津神たちの方へ面を向けて、その声を張った。


「して、余に話があると言伝を残した者は何処じゃ?」


 その瞬間、映像が暗転したかのように、場内が一斉にどよめき始める。それも主に天都側の神々がだ。


「――――なんじゃと! それは誠かお主ら!」


 急なカナビコの怒号に、私の肩はすくみ上った。しかし彼が怒るのも無理はない。天陽様は天津神の主宰神。そんな彼女を伝言だけで呼び出すとは、流石の私も度肝を抜かれる。


 しかし天陽様の性格なら、本来そんな伝言は無視するはず。


 だが私が思うに、今日はオクダカの祝日。恐らく彼女は、それを無下にはしたくなかったのだろう。あくまでも私の憶測だが。


「カナビコ、そう波風を立てるでない」

「しかしッ、幾らヤチオ殿の親族と言えど、かような事は許すまじき粗暴ですぞ!」


 そう言ってカナビコは、依然として相手方を睨みつける。しかしぞっとしないのは彼だけではないようだ。現に先鉾やシン。さらにはいつも呆け面のシロギ副学長までもが、その目を尖らせているのだから。

 ――それに私だって、天陽様を舐めているかのような行為に、むかっ腹が立っている。晴れて先鉾に任命された私でさえ、彼女と会うためには面倒な手続きが必要だって言うのに。


「まあ、先ずは話を聞いてみようではないか」

「…………っく。大神が、そう仰せられるのであれば」


 そう言ってカナビコは、一歩後ろへと下がる。

 まさに一触即発。…………と言いたいところだったが、しかし国津神たちは、カナビコの迫力に押し負けたのか、まるで子供のように怯え切った表情をしていた。


「さあ皆の衆、腰を据えて話そうぞ」


 そう言って天陽様は、にこにこと笑顔を浮かべながら、両陣営の間に正座すると、その神体を国津神の方へと向けた。


「わ、わしは知らんぞ」

「誰ですか、天津神に話があると言うのは」

「私ではありません!」


 しかし国津神たちは、まるで面倒ごとを押し付け合うかのように、懸命に首を振る。その行動が、私たちに苛立ちを植え付けるということも知らずに。


 ――全く。私たちをヤクザとでも思ってるのか?


 するとここで、飛び入るように声。


「恐れ多くも、天都を治めし主宰神様。火急の事だったとは言え、我が不躾な願い、お聞き入れ頂いた事を、心より感謝申し奉りまする」


 ざわざわと国津神たちが動揺する中、ただ一柱だけ、深々と天陽様に頭を下げてそう言った。

 彼は一番端の下座にて、今の今まで無言を貫いていた大男だが、ここに来てようやく、その沈黙を破ったのだ。


「うむ。して、お主は?」

「は。申し遅れました。我はここより遥か西の国、妃屶ひなたを治める国津神。名を、耶麻斤ヤマオノと申します」


 力士のように全ての髪を後ろで結った、ヤマオノと名乗る巨躯の神。その図体は、サカマキよりも大きく、そして顔には余多もの傷跡が痛々しく残っている。恐らくここにいる神々の誰よりも大きい。


「確と。して続けて問うが。一体何用で余に言伝を残したのじゃ」

「は。では僭越ながら、この場をお借りして申し上げまする」


 いちいち言葉が固く、決して礼儀を欠かさないヤマオノ。そしてそんな彼が次に放つ言葉は、私たち天津神をもれなく仰天させることになる。

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