おいおいおい
――――そうして、花嫁行列はたくさんの天津神に見守られながら広い敷地を進み、ついに天陽様の社へと足を踏み入れる。
そんな社の中にはいつもの賑やかさはなく、どこからか流れる雅楽の旋律だけが、心地よくこだましている。なんだか新鮮だ。
「それではオクダカ様の親族は右側のお席へ」
「ヤチオ様のご親族は左側のお席にが着席ください」
と、本殿へと入る前に、巫女装束の二柱の女神が、私たちにそう言うと、それからさらに後ろの参列者たちにも、同じような案内を始めた。
「うう、なんだか緊張するね」
「クサバナ。眠い」
行列が歩き始める前に目を覚ましたクサバナは、まだ寝足りないのか、目をごしごしと擦りながら欠伸。
この調子だと、本番中に寝そうだな。
「それでは、どうぞ中へ」
そうして巫女に案内されるがまま、私たちは静かに本殿へと入る。
すると見えたのは、体育館ほどの広さはある空間に、真ん中の通路で仕切られた参列者用の席。他にも、神棚のような貴い装飾やら、沢山の雅楽隊が、顔を真っ赤にさせながら龍笛に息を吹き込んでいた。
「ずっと吹いてたのかな」
「こう言う儀式の場では、神通力の使用が禁止されとるのじゃ」
「それってさ、パワハラじゃない?」
「何を申したんじゃお主は……」
などと、最前列にある親族用の腰掛椅子に座って、カナビコとひそひそやっていると、同じ入り口から、お待ちかねの二柱が入場した。
「おおー。いいねえ」
「ふぉふぉ。まさかオクダカの晴れ姿を見る事になるとはのう」
「クサバナ、早くお神酒飲みたい」
こちら側、つまり天都チームの親族席には、私含めた先鉾が座っているのだが、意外とみんなリラックスしているように見える。
そしてサカマキは空気を読んだのか、ついに黙り込んでしまう始末。いや、もしかしたら喋っているのかもしれないが、私とサカマキは端と端、ここからだと全く聞こえない。
「各々方、ご起立ください」
そうしてオクダカとヤチオが、親族席より前に置かれた椅子の前に立つと、再び巫女が声を張る。
なのでそれに従い、全員が腰を持ち上げると、なんと天陽様が最奥の間から、数柱の巫女と共に現れたのだ。
そしてその御姿を目にした途端、全員が一斉に最敬礼をする。
「それでは誓詞奏上です。皆様はご着席くださいませ」
神前式とはまさにそのままの意味だが、まさか本当に天陽様がお出ましになるとは。恐るべし……。
いつもとは違う物々しい着物。装飾の数も尋常ではなく、おまけにその顔には化粧。そんな見慣れない天陽様に見惚れている私だが、巫女の一柱は構わず進行を続けたのだった。
――――それから式は滞りなく進み、オクダカの神前式は時間にしておよそ30分で終わりを迎えてしまった。
私にとっては全てが初めての事で、そのどれもが新鮮だったので、本当にあっと言う間の時間に感じた。
ちなみに、途中カナビコが泣いていたのは、ナイショの話。
……私もいつか、天陽様の御前にて、誓いを立てたいものだ。相手は言わずもがなだ。
「それでは宴の準備に入りますので、皆様はこのまま、天都にてごゆるりとお過ごしください」
式が終わり、最後天陽様が退室されたのを確認すると、進行役の巫女は私たちにそう言った。
ん? いま宴と言ったか?
「宴!?」
「うむ。両家の親睦を深めるための場じゃ。もちろん蒼鷹姫も、参加するのじゃぞ?」
「まじでかっ。それは誠楽しみですな!」
などと言って、私は大いに燥いだ。だがそれもそうだ。なんせ私は無類のパーティ好き。皆でワイワイ食事を囲むのが大大大好きなのだ!
天都で開催されるくらいだから、きっと美味しいお肉料理とか、魚とか、珍しい物を一杯食べられるに違いない。うふふふ。
――――と、その時の私は、まるで少女漫画にトキメク中学生のように、心を弾ませていた。しかし現実は厳しい!
「それでは、此度の縁組を祝して」
オクダカの神前式から数刻後の夜。私は先鉾やシロギ学長、その他諸々の神々と共に、祝杯を掲げていた。
「ソウ様。それはお酒ですよ?」
「まあ食前酒くらいならいいって、天陽様が言ってたからさ」
カナビコの音頭から始まった祝賀会には、ユキメも呼んでよかったらしいので、私は心置きなく彼女を誘った。もちろん楽しい宴を予想してだ。
しかしどうだ。今私を包み込んでいるこの雰囲気。例えるなら、コミュ障だらけのドキドキオフ会みたいな感じの空気だ。
そんな誰一人として喋らず、ただ黙々とご飯を食べているこの宴は、社の大広間を使って行われているのだが、私たち天都チームの反対には、ヤチオ率いる親族チームが鎮座している。
「ソウ様、神前式で何かあったのですか?」
などと、ユキメは相変わらず美味しそうに料理を頬張りながら、なんとも奇怪な目で辺りを見回してそう呟いた。
「いや、すっごく静かに終わったよ」
「では何故皆様は喋らぬのでしょうか」
「んー。緊張?」
まあ最初こそは楽し気な会話も生まれたさ。何の神なんですか? とか。どこに住んでるんですか? とか。まるで初心者だらけの合コンみたいな質問だったが…………。
そしてその質問全てが、天都側から投げた質問であって、ヤチオ側の参列者はそれに答えるのみだった。故に、天都側からも次第に声は消え、今の空気が生まれたのだ。
これは流石に気まずいなあ。
と思って、上座に座るオクダカとヤチオの方へ目を向ける。
「オクダカ様っ、あーん」
「よ、よせって。恥ずかしいだろ」
いや、心配は無用だったようだ。
何だあれ。なんであそこだけ実家の様な安心感を築いてるんだよ。
「んもぅ、いいではないですか。これからは毎日こうして、ご飯を共にするんですから」
「いや、しかしだな」
「それに、今夜から私たちは同じ床で眠るのですよ。今のうちに精を付けておかないでどうするんです?」
ヤチオがその言葉を発した時、オクダカよろしく、天都チームの何柱かがお茶を噴き出した。
――おいおいおーい。会話聞こえてんぞ。ていうかヤチオ、それじゃあ肉食っていうか獣だよ。
「ねえユキメ。ヤチオってあんなんだったっけ?」
「んー。私はヤヅノ蛇神の一件以来、ヤチオ様を見ておりませんので、何とも」
ユキメはおちょこを傾けながらそう言う。そして気付けば、彼女の台の上は殆ど空になっていた。
「そっか」
「しかし、ヤチオ様もすっかり元気になりましたね」
「そうだね。あの時はどうなるかと思っていたけど」
「ええ、しかし時の流れとは早い物です」
そんな彼女の言葉に私が頷いていると、大広間の襖が静かに開き始めた。
「天陽様の御成りです」
そう言って襖を開けたのは女神シンだったのだが、彼女の言葉を聞くや否や、部屋内の全員がもれなく一斉に立ち上がり、襖の方へ最敬礼をする。そろそろ面倒くなってきた。
けど、天陽様が出席するなんて聞いてないぞ?
「皆、楽にしろ」
神前式の時とは打って変わって、どこか服装が軽くなった天陽様は、威厳だけは変わらず保たせながら、両家の間をゆるりと歩く。
「オクダカ。まさかお前が身を固めるとは思わなんだが、改めて祝辞を述べさせてもらうぞ」
そして彼女は、上座にて頭を下げるオクダカの元まで歩くと、その肩に手を置いて優しく言葉をかけた。
「は。身に余る幸福に存じまする」
「うむ」
「しかしながら、恐れ多くも我が君。わざわざかような事を申されるために、ここへ参られたので?」
「なに、ちょっと野暮用じゃ」
そうオクダカに言葉を返すと、今度はヤチオへと視線を移し、彼女は自身よりも背の高いヤチオに対し、暖かい微笑みを見せる。
「ヤチオ。オクダカは頼りになる男じゃ。何かあれば、存分に頼ってくれ」
「ふふふ。誠かたじけのうし御言葉、祝着至極に存じます」
そう言って、ヤチオも深々と頭を下げる。まるで妻と姑の様な光景だ。
――――斯くして、そんなヤチオの畏まった言葉を耳に入れると、天陽様はくるりと振り返って、国津神たちの方へ面を向けて、その声を張った。
「して、余に話があると言伝を残した者は何処じゃ?」
その瞬間、映像が暗転したかのように、場内が一斉にどよめき始める。それも主に天都側の神々がだ。
「――――なんじゃと! それは誠かお主ら!」
急なカナビコの怒号に、私の肩はすくみ上った。しかし彼が怒るのも無理はない。天陽様は天津神の主宰神。そんな彼女を伝言だけで呼び出すとは、流石の私も度肝を抜かれる。
しかし天陽様の性格なら、本来そんな伝言は無視するはず。
だが私が思うに、今日はオクダカの祝日。恐らく彼女は、それを無下にはしたくなかったのだろう。あくまでも私の憶測だが。
「カナビコ、そう波風を立てるでない」
「しかしッ、幾らヤチオ殿の親族と言えど、かような事は許すまじき粗暴ですぞ!」
そう言ってカナビコは、依然として相手方を睨みつける。しかしぞっとしないのは彼だけではないようだ。現に先鉾やシン。さらにはいつも呆け面のシロギ副学長までもが、その目を尖らせているのだから。
――それに私だって、天陽様を舐めているかのような行為に、むかっ腹が立っている。晴れて先鉾に任命された私でさえ、彼女と会うためには面倒な手続きが必要だって言うのに。
「まあ、先ずは話を聞いてみようではないか」
「…………っく。大神が、そう仰せられるのであれば」
そう言ってカナビコは、一歩後ろへと下がる。
まさに一触即発。…………と言いたいところだったが、しかし国津神たちは、カナビコの迫力に押し負けたのか、まるで子供のように怯え切った表情をしていた。
「さあ皆の衆、腰を据えて話そうぞ」
そう言って天陽様は、にこにこと笑顔を浮かべながら、両陣営の間に正座すると、その神体を国津神の方へと向けた。
「わ、わしは知らんぞ」
「誰ですか、天津神に話があると言うのは」
「私ではありません!」
しかし国津神たちは、まるで面倒ごとを押し付け合うかのように、懸命に首を振る。その行動が、私たちに苛立ちを植え付けるということも知らずに。
――全く。私たちをヤクザとでも思ってるのか?
するとここで、飛び入るように声。
「恐れ多くも、天都を治めし主宰神様。火急の事だったとは言え、我が不躾な願い、お聞き入れ頂いた事を、心より感謝申し奉りまする」
ざわざわと国津神たちが動揺する中、ただ一柱だけ、深々と天陽様に頭を下げてそう言った。
彼は一番端の下座にて、今の今まで無言を貫いていた大男だが、ここに来てようやく、その沈黙を破ったのだ。
「うむ。して、お主は?」
「は。申し遅れました。我はここより遥か西の国、妃屶を治める国津神。名を、耶麻斤と申します」
力士のように全ての髪を後ろで結った、ヤマオノと名乗る巨躯の神。その図体は、サカマキよりも大きく、そして顔には余多もの傷跡が痛々しく残っている。恐らくここにいる神々の誰よりも大きい。
「確と。して続けて問うが。一体何用で余に言伝を残したのじゃ」
「は。では僭越ながら、この場をお借りして申し上げまする」
いちいち言葉が固く、決して礼儀を欠かさないヤマオノ。そしてそんな彼が次に放つ言葉は、私たち天津神をもれなく仰天させることになる。




