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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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おめでたい日


 そしてあの夜から数か月が経過した今日。私は今、オクダカの挙式に参加すべく、天都にある天陽様の社へと足を運んでいる。


「やさしいー。もーりーにはー。神話がー。いーきーてるー」


 などと、境内の林の中にある池を眺めながら、一人で口ずさんでいると、背後から玉砂利を踏む音が聞こえた。


「よお蒼陽」


 少し低めのハスキーボイス。そんな耳に優しい声に振り向けば、そこにはいつもと違って、地味で真っ黒な袴に身を包んだシロギ副学長が立っていた。派手派手な耳飾りも、今日は外してきたようだ。


「シロギ先生。官学の仕事はいいんですか?」

「馬鹿言ってんじゃねえ。友の祝日だ。仕事なんてしてる場合じゃねえだろ」


 などと言って、シロギ先生はどこか嬉しそうな顔で空を見上げる。何しても格好つくのが腹立つんだよな。


「オクダカと友達なんですか?」

「まあな。アイツが先鉾に任命される前は、よく下界へ遊びに行ってたもんだ」

「へえ」


 まあ女好きの二柱ゆえ、どこか気が合うところがあったんだろう。どことなく雰囲気も似ている。


「それより、今日はズイエン先生も来てるんですか?」

「いや、流石に二柱揃って官学を出る訳にもいかねえからな。学長は今も仕事中だ」

「ふうん」


 でもまあそれもそうか、平和な現代の高校でもあるまいし、ましてや、いつどこで賊の襲撃があるかも分からないからな。


「そう言えば、オクダカは化生した神だから、親はいない筈ですよね」

「その代わり、先鉾が親族として参加するんだぞ」

「へえ。なんか笑っちゃいそうですね」


 そう言って、私がどこか他人事でいると、シロギ先生はなんとも不思議そうな表情で小首をかしげた。


「何言ってんだ。お前も先鉾だろうが」

「…………あ、そっか」


 この世界で見る初めて結婚式に浮かれて、私はすっかりその事実を忘れていた。


 “天陽の先鉾”は、天陽様から直々に拝命された者のみがなれる栄誉ある役職。私は生まれてすぐ天陽様の神使になったので、彼らと接する機会も多く、その偉大さを忘れていたが。しかし尋常であれば、一生に一度拝めるかどうかの瀬戸際らしい。


「先鉾かあ。未だに何の仕事もしてませんけどね」

「馬鹿。先鉾は主宰神の懐刀だぞ。そんなホイホイ勅が下るかよ」

「え、そうなんですか?」


 んー。でもまあ、確かにそうかもしれない。

 現に飛儺火を平定する際、先鉾は一柱として動員されなかったし、私が官学に入学した時こそは、カナビコも単身で私のバックアップに来たが。しかしたったの十年で退職したのだ。

 

 例外を挙げるとしたら、ヤヅノ蛇神を誅伐する時くらいだが、それは彼がそれだけ危険だったって事か、私を護衛するためのどちらかだったのだろう。


「あっ、そうだ、俺はお前を呼びに来たんだった」

「私を?」


 私が考え耽ていると、シロギ先生は手の平をぽんと叩いて、忘れ物を思い出したかのように言葉を続ける。


「そろそろ神前式が始まるんだ。早く行くぞ」

「あ、もうそんな時間か」


 そうして、私はシロギ先生と共に会場へと向かったのだが、しかし今回あたしはオクダカの親族として出席するので、彼とも直ぐに分かれることとなった。なぜなら、私はオクダカとヤチオの花嫁行列に並ばないといけないからだ。


「おお。ようやく来られましたな、蒼陽姫」


 行列に参加する集団の中に入ると、真っ先にカナビコが私の元に寄って来た。ちなみに彼の服装も、落ち着いた色の袴に、真っ黒な羽織という、まるで葬式の様な格好だ。

 それどころか、他の参列者も皆同じような着物を纏って楽しそうに談笑している。


 そしてかく言う私も、普段は着ないような地味めの袴を着て、赤い菊の紋が入った深緑色の羽織を羽織って来た。というか、それしか暗い色の羽織が無かったのだ。


「ごめん、こういう雰囲気には慣れてなくてさ。ちょっと一人になってた」

「ふぉっふぉ。無理もない。それに、クサバナもまだ寝ておる」

「いつも寝てるね、あの女神」

「先鉾の仕事以外にも、奉行の仕事で忙しいからの」

「ふうん」


 そう相槌をして、クサバナを探すべく辺りを見回してみるが、いかんせん皆身長が高すぎて、探そうにも探せない。


「ところで、知らない神も多いようだけど」

「ああ。あの神々はヤチオ殿の親族ですな」


 集団の中でも、取り分け背の小さな神々たちが目立っている。というか、天都チームの背が高すぎるのだ。これも信仰の差ってやつなのか? 

 だがよく見ると、ただ一柱だけ背が長く、他の国津神とは様子が違う男神も目に見えた。恐らくサカマキよりも大きい。


「…………陽殿」


 そして、ここで聞こえる囁き声。最初は聞き間違いかとも思ったが、それは確かに私の名を呼ぶ声。


「…………ぶりです」


 噂をすれば。というやつなのか、振り返るとそこには、カーブミラーほどの身長を誇る巨神サカマキが、眠りこけたクサバナを背負いながら白い歯を零していた。

 白髪の短髪に、まるで巨木のように太い体幹。本来は声もそれに負けなくらい大きいのだが、今はクサバナを起こさないように声を抑えているのだろう。


「久しぶり!」

「…………お元気でしたか?」

「もちろんよ。サカマキは?」

「…………私はこの通りです」


 声は小さい物の、サカマキはその背筋をしゃんと伸ばして、自慢してそうな肉体美を私に見せつけてくる。

 しかし、相変わらず音量調整が下手くそだな。私はもう慣れてしまっていたが、最初はこれを聞き取るのに苦労した。


「皆の者、此度の主役が来るぞ」


 ここでカナビコが、口角を僅かに上げながら境内の入り口の方を見やる。そしてその視線を追っていけば、目に入るのは巫女に先導された二柱の神。それは黒とストライプ柄の袴に身を包んだオクダカと、白無垢の着物を纏ったヤチオヒメだ。


「おお。和風だ」

「いやはや、めでたいですのう」


 参列者の注目を浴びる中、オクダカは照れたように頬を赤くし、ヤチオはまさに花嫁らしく、その表情を少々綻ばせながら、しずしずと歩みを進めている。

 なんだか、見てるこっちまで恥ずかしくなる。


「おう、悪いな忙しいのに」


 そうしてオクダカは私たちの前に立つと、その頭を照れくさそうに搔きながらそう言った。


「なあに、お主の祝日じゃ。礼はいらぬ」


 その会話を始めとし、彼らはさながら親子のように話を広げ始めた。

 オクダカとカナビコには、私の知らない過去がある。かと言って、そこに踏み入ろうとも思わないが…………。 

 そして私はその時、そんな二柱の取るに足らない雑談にさえも、どこか重みを感じた。


「おひい様も、官学を休んでまで来てくれたこと、礼を言わせてもらう」

「ふふ、よしてよ気持ち悪い。私は興味本位で来ただけだし」


 腰を落とし、わざわざ私に目線を合わせるオクダカに、私はつい笑ってしまった。こういう時って、普段お茶らけてる奴こそ大人しくなるから面白い。


「そうか。そう言って貰えると、俺も気が楽になるよ」

「っぷ。もしかして緊張してるの?」

「当たり前だろ。縁組なんて初めてなんだからよ」

「まあそれもそうか。とにかく、結婚おめでとう」


 私がそう言うと、オクダカは呆れたように息を漏らし、その皿の様に大きな手を私の頭に乗せた。


「あ、ソウちゃん?」


 そしてここで割り込んでくる声。次から次へと忙しいが、だからと言って嫌な気分でもない。


「ヤチオヒメ!」

「久方ぶりですねっ」


 私に声をかけてきたのはヤチオだったわけだが、しかし私はあまり彼女の事を知らない。まあ確かに彼女を助けたのは私たちなんだけど、だからと言ってそこまで交友があった訳でもなかった。

 そして何を隠そう、ヤチオと会うのはこれで三度目なのだ。妖の夫婦から助けた時と、彼女の神体から毒が抜けた時。そして今日だ。


 透き通るような白い肌に、艶々とした金髪。そして背丈はなんと、オクダカより少し小さいくらいの超高身長なのだ。にしても二柱とも2メートル越えとは、産まれてくる子供が楽しみだ。


「いやあびっくりしたよ。まさかヤチオヒメがここまで積極的だったとは」


 そう。なんと今回の結婚は、ヤチオヒメの果敢なアタックが功を奏したが故の結果なのだ。だが確かに、初心そうなナナナキとは違って、彼女にはどこか遊び慣れている感じもある。


 これは聞いた話だが、なんでもカナビコが、ヤチオを救ったのはオクダカだと教えていたらしい。あながち間違いでもないが。


「はい。私のお命を救ってくださった殿方ですもの。お慕いするのも当然ですっ」

「へ、へぇ」


 そう言ってヤチオは、まるで木々にしがみ付く蝉のように、オクダカの神体に体を寄せる。どうやら彼に首ったけの様子。しかもオクダカもどこか嬉しそうだ。全く見せつけやがって。


「ふぉっふぉ。良い子ではないか、オクダカよ」

「うるせ」


 カナビコは髭をモフりながら、優しいお爺ちゃんのように笑んで見せる。更にサカマキも、声には出さないものの、何度も頷きながら目から涙を零していた。まあクサバナは相変わらず寝ているが。


「それでは準備が整いましたので、皆々様、本殿の方へ参りましょう」


 しばらく談笑すること数分、ここで巫女装束を着た女神が、その言葉を隅々まで行き渡らせようと声を張った。


「さて、わしらも並ぶとしますかの」

「だね」


 はてさて、一体どうなる事やら。

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