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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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二つの喜びと、大きな一つの問題

 時は流れてクリスマスの夜から約一年後の冬。官学の女子寮にて、私が一人で本を読んでいると、その通達は来た。


「今年も寒すぎだろ」


 相変わらずの寒さにウンザリしながら、私は布団にくるまり、蝋燭の明かりを頼りに本を読み更けていると、なにやら縁側の方から物音がする。


「なんだ、またユキメが山の方から入って来たのか?」


 私はユキメとちょいちょい夜を共にする。だからと言って、別にいやらしい事をしているわけではない。


「ユキメ。別にそんなコソコソしなくても…………」


 と言いつつ、私も声を落として襖を開けると、そこにユキメの姿はない。しかし視界の端には黒い物体が映る。

 そんな違和感にふと視線を下げて見れば、そこには一羽の烏が止まっており、せっせとと毛づくろいをしていた。


「烏?」


 ちなみに烏は好きだ。アイツらは地球を綺麗にしてくれる益鳥だから。

 しかしこのカラス、何か変だぞ。足が三本ある?


 あれ、なんか既視感…………。


 と思ったその瞬間、なんと烏は火を付けられたフィルムのように燃え始め、瞬く間に白い煙に包まれたのだ。


「うわッ。何で!?」


 他にも思うところはあるが、私の口からはその言葉しか出てこなかった。だってそうでしょ。動物愛護団体もライフルを担ぎそうな事件が、今私の目の前で起きたのだから。


「どうも!」


 しかし心配は無用だった。なぜなら煙がはけるのと同時に、つやっつやの黒髪を持つ幼女が現れたからだ。


「…………おまえ」

「お初にお目にかかります。蒼陽姫! わたくし、大神様の烏にして、名をカヨナと申します!」


 そう言ってぺこりと最敬礼する幼女。身長は大体120センチ程。私が三十歳の頃と同じくらいの背丈だ。正直言って可愛い。

 …………しかし。


「何がお初だッ。お前あの時の八咫烏だろ!」

「ふぇっ?」

「白を切ると言うのか!」


 そう言って私が彼女の小さな肩を掴むと、あろうことか幼女は眼を潤わせながら息を荒くした。


「お前のせいでなッ。…………お、お前の」


 さながら小動物のように怯えるカヨナ。しかしこの世界で年は関係ないのだ。もしかしたら彼女は、私より年上かもしれない。だからここはガツンと言ってやる!


「…………おまえ……が」

「お、おお、お赦しくだしゃいっ」


 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ。可愛すぎますぅ!

 もう怒れない! こうなってしまったらもう怒れません!


「うんうん、いいんだよっ。もう過ぎたことだし、気にしてないよ! なんなら今の今まで忘れてたくらい!」


 頬を赤く染め、目から涙を零す幼女を見て、私はつい抱きしめてしまった。


「く、苦しいですぅ」

「あっ、ごめんね!」


 そうして私がカヨナから遠ざかると、涙目の幼女は、どこか艶めかしさを帯びながら着物を直す。


「……お邪魔したようなので、日をあたらめます」

「…………あ、改めるね」


 頭を落とし、さながら親に叱られて拗ねた子供のように、彼女はそう言い放って背を向ける。これは不味いぞ。一体どうすれば…………。


「あ、お菓子あるけど、食べてく?」


 その瞬間、ピタリと身体を硬直させた幼女は、続けざまに肩を振るわせ始めた。しかし怒っているのか、泣いているのか、はたまた嬉しいのか、私には分からない。


「食べないなら、いいんだけど」


 少し意地悪く私がそう言うと、彼女は再び振り返る。しかもその顔には笑み。どうやら作戦は成功したようだ。


「よ、よろしいのですか?」

「もちろんだよぉ!」


 なにやら恥ずかし気に顔を赤らめる幼女に、恥ずかしながら私はもうメロメロである。出来る事なら、この子にホイップクリームを乗せて食べたい。


 そうして私は彼女を部屋に招き入れ、残りのロウソクにも火を灯して部屋を明るくする。


「蒼陽姫っ、これは何と言うお菓子ですかっ?」


 すっかり機嫌を戻してくれた幼女は、皿に乗ったケーキに目を輝かせながら、私とケーキを交互に見やって歯を見せた。


「これはね、ケーキって言うんだよ」

「ケーキですかぁっ。私、こんなお菓子初めて見ました!」


 うんうん。やっぱり幼女にはケーキだよな。

 本当はユキメのために作ったのだが、少女の幼気な笑顔を見れたから良しとしよう!


「そっかそっかぁ」

「た、食べてみてもよろしいですかっ?」

「うんうん。遠慮なんかしないで、たーんとお食べ」


 そうして彼女は大きく口を開けて、ケーキを箸で食べ始める。

 もはやこの世界の人たちのリアクションは見飽きたが、しかし一様に頬を抑える様はいつ見ても良い。


「美味しい?」


 机に頬杖をつきながら私が問うと、少女も両手で頰を抑えながら答える。

「おいひいですっ!!」と。


「それより、私になんの用事で来たの?」


 少女がケーキを食べ始めて数分後。私は彼女に一番大切な事を聞いてみた。

 すると彼女はケーキを飲み込み、袂から一通の文を取り出して私に手渡す。


「遅ればさせながら! この度はオクダカ様の神前式の件で参りました!」

「遅ればせながらね」


 わざとではない言い間違い。そして早口言葉でも練習しているかの様な呂律。全くもってけしからん尊さ。


「ん? オクダカの神前式?」

「はい! 大変おめでたい事に、オクダカ様が川の女神様と身を結ぶのれございます!」


 神前式って結婚式のことだよな。あいつ、まだやってなかったのか。

 てっきり私を呼ばずに、身内だけで楽しんだものだと思っていた。


「今しがたお渡しした文が、蒼陽姫へのご招待状にございます。ご確認くらはい!」


 依然としてケーキを食べ続けながら、カヨナは私に手渡した和紙を指さしてそう言う。


 なのでワクワクしながらその内容に目を通してみれば、なんて事はない。ただクソが付くほどの達筆で、オクダカの惚気話がつらつらと書いてあるのみ。そして文末には、是非ともお越し願いたく候。と、何とも畏まった文脈で綴られていた。


「めっちゃくちゃ綺麗な字書くな、あいつ」


 などと、表面上では冷静さを取り繕うが、しかし内心は、もの凄ーく嬉しかった。


「という訳で、私の役目も以上でございます!」


 私がオクダカの惚気話を読み終えると同時に、カヨナも丁度ケーキを食べ終える。しかし、まだ何か言いたげな様子……。


「あ、あの蒼鷹姫」

「どうした?」


 もじもじと、まるでトイレでも我慢しているかの様に、少女は身を捩らせると。瞼を力一杯に閉じて声を張る。


「また、またケーキを食べに参っても宜しいですかっ?」


 あああああああああああッ!!!

 私をキュン死にさせる気かこいつ! 二度も私を殺す気かこいつ!


「もちろんだよお! いつでもおいでっ!」

「やった! じゃあ、また明日参ります!」


 などと、まるで遠慮の欠片も見せない幼女。これはまた、私のお菓子作りの腕が一段と上がりそうだ。

 私のケーキを美味しそうに平らげたカヨナを見ると、まるで子供が出来たかのような感覚になる。存外、誰かの為に料理を作るには、愛情も必要なのだな。


 そう考えると、私はこの世界に転生して良かったのかもしれない。


「む。誰か来る」

「ど、どうされました蒼陽姫」


 ここで感じる一つの気配。この気配は間違いない。


「ソウ様っ、ケーキを作ったと聞いて、ただいま参上仕りました!」


 ――――ユキメだ。

 

 クリスマスプレゼントを心待ちにしていた子供の様な表情で、ユキメが縁側から入り込んで来たのだ。しかしそれも束の間の事。その表情は、息を吹きかけた洗顔泡の如し儚さで消し飛んでしまう。


「ソウ……様? 何者ですか、その女子おなごは」

「あっ、いやこの子は天陽様の使いで」

「ご学友であるならまだしも、わたくしの知らぬ神を招き入るとは、何事でございましょうか」


 ゆらゆらと、影の濃い笑顔を作って、ユキメは私の元へと歩みを進める。


「しかも、ケーキまでご馳走しているとは…………」

「ひいっ」


 浮気がバレた不貞夫の気分だっ。いや、その気持ちは知らんけど。とにかくこの状況は不味いッ。


「それじゃあ蒼陽姫、ごちそうさまでしたっ。また明日参りますね!」


 そして何という事か、カヨナはそんな私の気苦労を知ってか知らずか、その姿を再び烏に戻し、颯爽と縁側から逃げて行ってしまったのだ。


「また明日、とはどういう意味です。納得のいくご説明をお願いします」

「ユ、ユキメ。…………ケーキ食べる?」


 いつもなら食べ物第一で物事を推し量るユキメだが、その夜だけはそう言う訳にもいかなかった。

 そうして結局、私はそのあと長い時間を使って、何とかユキメを納得させたのだった。


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