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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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〇.五話 転生者らしいこと②

「結婚かあ」


 今や先鉾のメンバーでもある私に、その話が回ってきていないのは気になるところだが、しかし今はケーキ作りに集中しよう。


「……もし私が結婚しても、絶対呼んでやらないからな」


 今作っているケーキが、なんだかウエディングケーキにさえ思えてくる。


「よし、あとは焼くだけだ」


 乗らない気分はもはや無視して、私は小麦粉、卵、砂糖、牛乳を神通力でよく混ぜ合わせて、それをかまどで焼き上げる。


 ――――そして数十分後。


「おおっ、意外といい感じ!」


 数十年ぶりに嗅ぐスポンジケーキの甘い匂い。そして淡い黄色をしたフワフワの生地を見れば、私のテンションは青天井に上がり続ける。


「バタフラーイ今日は、今まーでーのー、ふんふんふーん、ふんふんふーん」


 生地を外で冷やしている間、私は鼻歌を口ずさみながらイチゴを洗う。

 

 ――私って、意外とお菓子作りの才能あるかもしれないな。

 ……そう言えば、小学生の頃はケーキ屋さんが夢だったっけか。そんな私が、今じゃ神様となってケーキ作ってるんだもんな。ほんと笑える。


 時刻はだいたい昼過ぎ。ケーキに乗せるには戦力外の痩せたイチゴを頬張りながら、私は生地が冷えるのを今か今かと待ちわびる。


「そろそろかな」


 そうして縁側に置いていたスポンジケーキを台所に持って行き、釜から生地を取り出す。


「うんうん。いい感じ」


 あとは生地の形を整え、独自に作ったホイップクリームでコーティングするだけだ。


「払い斬り!」


 先ずスポンジケーキを横半分にカットする。そうしたらクリームを塗ってイチゴを乗せる。そしてもう片方の生地でサンドイッチ。あとは満遍なくクリームを塗って、イチゴを乗せたら…………。


「完成だ! 名付けて、神代ケーキ」


 出来上がったのは、おおよそ9人前のホールケーキ。これを西ノ宮で売り出せば、大金持ち間違いなしだろう。けっけっけ。


 ――――そして九等分に切り分けた内の1ピースを、私は味見がてら口に運ぶ。


「うん。まあまあかな」


 やはり生クリームを使っていないので、なんだかさっぱりとした味わいになってしまった。しかしケーキであることに間違いはない!


 ――――そして待ちに待ったクリスマスの夜。

 私は一番にこのケーキを食べて欲しかったユキメを、早速自室へと招いていた。


「ソウ様、これは…………豆腐ですか?」

「そうだよー」


 ケーキなんて代物を目にしたことが無いユキメには、これがイチゴの乗った豆腐に見えても仕方はない。


「ユキメの為に作ったんだよ」

「ソ、ソウ様が…………わたくしの為に?」

「うん。いいから食べてみて」


 案の定、目に涙を浮かべるユキメは、初めて見るであろうケーキの先っちょを箸で切り分ける。しかし中から現れた黄色いスポンジに、ユキメは眉をひそめた。


「ん、豆腐ではないようですね」

「そうだよー」

「それになんだか、甘い匂いもします」


 そんな事を言いながらも、ユキメは恐る恐るケーキの断片を口の中に入れた。その瞬間。


「…………ッ!」

「どう?」


 目を見開き、硬直するユキメ。おまけにその片目は、今まで見たこともないくらいの輝きを放っていた。

 私のキス、ケーキ以下かよ。


「…………ほ、頬っぺたがっ、落ちそうですっ」


 しかし頬を抑えて、まるで子供のように笑うユキメの顔は、この世の何にも代えがたい可愛さを持っている。ああ、この表情を永久保存したい。今度はカメラを作ろう。


「気に入った?」

「んんんっ、まっこと美味にございます!」


 パクパクとケーキを口に運んでいくユキメ。いつもならどんな料理でさえ、ユキメを前にすると刹那の内に蹂躙される。しかし今回の彼女はまるで、城攻めでもしているかのように、少しずつ削ってケーキを食べているのだ。それほど食べるのが勿体ないのだろう。


 私としても、これほど嬉しいことはない。


「ユキメ、あーん」


 私は自分の箸でケーキを切り分けると、それをユキメの口元へ運ぶ。


「へっ?」

「あーんして、ほら」


 そしてユキメは、今にも爆発しそうなほど顔を赤らめると、その龍眼を泳ぎに泳がせながら口を開ける。自分から仕掛けておいて何だが、なんだか私まで恥ずかしくなってくる。


「美味しいです。ソウ様!」


 たった今、私の願いが一つ叶った。愛する人にケーキを食べさせるという夢が。この箸は、しばらく洗わないでおこう。


「ソウちゃーん、来たよー」


 ここで襖の奥から聞こえてくる声。

 そう。私はユハンとヒスイも呼んでいたのだ。やっぱりクリスマスは人がいた方が楽しいのだ。

 

 そして彼女らを部屋に入れ、私はケーキを1ピースずつ皿にのせて彼女たちの前に出す。


「ソウ、なんで豆腐に伊致寐姑いちびこが乗ってるのよ」

「――だから豆腐じゃないって」

「ソウちゃん、これ食べ物なの?」

「――そうだよ」


 などと、ケーキを目の当たりにした瞬間、表情が曇り出す少女たち。しかしこれを食べれば、きっと彼女らも将来ケーキ屋さんを志すはずだ。


「大丈夫ですよ。とても美味しいので、ぜひ食べてください」


 まだ自分のケーキが残っていると言うのに、ユキメはヨダレを垂らしながら彼女らのケーキに釘付けになっていた。


「まあ、ユキメ先生がそう仰るなら」

「ふええ。豆腐なのに甘い匂いがする」


 まるで今から毒キノコを食べるかのように、ぶつくさ呟きながらケーキの端をつまむ少女たち。だがそんな思いも、ケーキを口にした瞬間ものの見事に変わる。


「…………ッ!」

「…………ッ!」


 ここまでのリアクションはユキメと同じだ。さあ、ここからどう反応する!


「――――何よコレッ!」


 甘いものが好きなヒスイは、これまで見たこともない、さながら鬼のような形相で次から次へとケーキを食べ始める。

 しかしユハンはケーキを口にした瞬間、白目をむいて畳に倒れ込んでしまった。


「ユハンッ?」

「ソウ様、どうやら気を失ってしまった様です」


 クソッ、ユハンには刺激が強すぎたか。


「栓ないですね。ユハン君のケーキは私が頂きます」

「言ってる場合か! ユハンを医務室へ連れていかないと!」


 そしてなんやかんやで、ユハンはその数秒後に目を覚まし、獣のように虎視眈々とケーキを狙うヒスイとユキメに見守られながら、初めてのケーキを食したのだった。


 ――――翌日。私は官学の授業が午前で終わってしまったので、余ったケーキを天都へ持っていくことにした。とは言っても、昨夜私たちでもう一切れずつ食べたから、残り1ピースしか残っていないが。


 しかしこの最後の一切れを、一体誰に食べさせればいいのだろう。

 あ、そうだ。一番最初にすれ違った神にご馳走しよう。


 そう心に決めた私が、ポケモンでも探しているかのような心持で、天陽様の社を練り歩いていると、向こうから歩いて来る一柱が目に入った。


「これはこれは、蒼陽姫。今日の授業はもう終わったのですかな?」


 カナビコだ。

 ちょっと心許ない気もするが、しかし幾千もの年月を生きている彼が、一体どんなリアクションを見せてくれるのか期待も募る。


「うん。それよりさ、ちょっと食べて欲しい物があるんだけど」

「食べて欲しい物?」

「そうそう。どこか空いてる部屋とかないかな」

「…………?」


 そうして私は、小首をかしげるカナビコに案内されるまま、何部屋もある社の一室に足を運んだ。


「ほう。豆腐を食べて欲しいと」

「いやこれは豆腐じゃなくてね、ケーキって言う甘味なんだけど」

「けえき?」

「まあまあ、ちょっと食べてみてよ」


 皿に乗ったケーキを不思議そうに眺めるカナビコ。どうやら生まれて初めて見るようだ。

 そしてカナビコが箸でケーキを突こうとしたその時。


「こんな所にいたのかカナビコ!」


 そう声を張り上げながら、襖を開けて入ってくる一柱。相変わらずやかましい声の持ち主は、先鉾の一柱であるサカマキだった。


「おおサカマキ。どうかしたのか?」

「大したことではない! 蒼陽姫も、久しゅうございます!」

「やっほ」


 なんだか久しぶりに会った気がする。


「おお、蒼陽姫がこれを食べて欲しいと申されてな」


 そうしてカナビコがケーキを指さすと、サカマキもそれを食い入るように眺め始める。


「これは豆腐か!?」

「いや、ケーキとか言う面妖な甘物じゃ」

「そうそう」


 流石はカナビコだ。物事の飲み込みが早い。

 するとここで、再び襖が開く。今度は誰だ?


「おお! クサバナか! どうしたのだ!?」


 サカマキのビッグボイスを直に食い、眉間にシワを寄せる眠たげな女神。

 クサバナは主に罪人を裁く仕事をしているのだが、その多忙さ故に、あまり見かけることはない。

 ちなみに、彼女と会うのはこれで二度目だ。


「ここ、クサバナの昼寝部屋」

「そうか! それはすまぬ事をしたな!」


 まるで謝る気がないサカマキをよそに、カナビコは彼女を宥める様に口を開く。


「しかし見よクサバナ。なんと蒼陽姫が、我らのために菓子をこしらえてくれたのじゃぞ」


 つっても1ピースしかないけどな。

 そしてクサバナは薄ら目を開け、皿に乗った一切れのケーキを見やると、朧げな表情のままにこう呟く。


「…………豆腐?」


 それはもういいだろぉ。しかもカナビコが菓子だってさっき言ってたよね!


「クサバナ。これはな、ケーキとか言う甘物じゃ」


 まるで三歳児に言い聞かせる様に、カナビコは膝に手をついて説明した。


「けえき。クサバナも食べる」

「そうかそうか。ならば先に食うてみよ」

「うむ! それがいい! ちなみに私は一番最後で良いぞ!」


 なんか譲り合っている気がする。こいつら、私が毒でも盛ってると思ってるのか?


「……蒼陽」


 ここでクサバナが私に顔を向ける。


「ん? なに?」

「お腹壊したら裁くから」


 彼女は目を見開き、その感情のこもっていないオッドアイを私に向けると、確かな冷たさを孕みながらそう言った。しかも流暢に。


 ――こ、怖ええええええええ!


「や、やはりわしが先に頂こう」


 私を気遣ってくれたのか、カナビコは冷や汗を流しながら箸を持った。

 こいつら、一体私を何だと思ってるんだ……。


「何だ。やっぱりお前らか」


 そうして、またしても飛び入る声。何となくそんな予感はしていたが、やはり襖を開けたのはオクダカだった。


「お主も来たのか、オクダカ」


「そりゃあ、こんな一室に、先鉾の神霊が四つもありゃな」


「オクダカ! 蒼陽姫がけえきとやらを作ってくれたぞ!」


「…………オクダカ、先に食べて」


 まさかこんなくだらない事で、先鉾が一堂に会すとは思わなかった……。


「言っておくけど、豆腐じゃないからね」

「そうじゃ。これはケーキと言う甘物じゃ」

「けえき?」

「ああ! 最後に入ってきたお主が先に食え!」

「オクダカ早く」


 その押し付け合いやめてくれー。そういうのが一番傷つくんだぞ。


 すると、そんな私の悲しみを感じ取ったのか、ここでカナビコが妙案を出す。


「ならば、全員同時に食おうではないか」

「成程、それは良い案だ!」

「なら私が切ってあげる」

「なあ、けえきって美味いのか?」


 確かにいい案なので、私はなるべく均等になるよう切ってあげた。じゃないと、誰が一番大きい方を食べるかで、揉めることは明白だからだ。


 しかしイチゴはどうしても等分できないので、これは一先ず端の方へ退けておくことに。


「じゃあ、せーので食うぞ」


 オクダカがケーキを箸でつまむと、全員に目を配りながらそう言う。まるでロシアンルーレットでもやっているような雰囲気だ。


「相分かった」

「いつでも行けるぞッ!」

「眠いから早く」


 もうお前らには絶対作ってやらないからな。

 

 ――――そして全員がほぼ同時に、もはや一口サイズにまでなってしまったケーキを頬張った。


「…………ッ!」

「…………ッ!」

「…………ッ!」

「…………ッ!」


 よし。ここまでは予想通りの反応だ。ここからだぞ、本番は。


「なんだよ…………これ」


 オクダカは額に冷や汗を浮かべながら、まるで飴玉でも溶かしているかのように、その口をもごもごさせる。


「ほぅ。これは中々に甘美じゃの」


 やはりお爺ちゃんであるカナビコの反応は薄い。しかし目を閉じ、いつまでも箸を口に突っ込んでいる辺り、驚いている事に違いはない様だ。


「この酸味と甘みが溶け合う感じッ。誠美味なものなりッ! 此の様な甘味は初めて食す!」


 意外にもサカマキは、他の誰よりも目を輝かせながら、事細かに感想を述べてくれた。


「…………蒼陽、クサバナ、もっと食べたい」


 私よりも少し背の高いクサバナは、私の袖を握りながら眉根を吊り上げると、まるで子供のようにそう言った。

 これは可愛いぞ…………。


「悪いんだけど、もうこれで全部なんだよね」


 どうだ思い知ったかっ。たった今口にしたその一欠片を、後悔の念と共に味わうがいい!


「えぇ、クサバナ、もっと食べたいぃ」

「けえきとか言ったか? おひい様、あんた天才だぜ」


 などと目を丸くする二柱を他所に、カナビコとサカマキは皿に残ったイチゴを眺めている。

 いや、そんなまさかな。ここにいるのは皆神様だ。たかがイチゴで喧嘩はしないだろう。


「して、この残った伊致寐姑いちびこ、だれが食う」


 ――――カナビコは髭をモフモフしながらその言葉を放った。しかしそこに、いつもの穏やかさはなく、ただただ不穏な空気が流れ始める。


「誰って。決める方法は一つしかねえだろ」

「なんだオクダカッ?」

「いや、それを一番知っているのは、あんただろ。じじい」


 オクダカの鋭い眼差しがカナビコを突き刺す。

 対するカナビコは、その言葉に口角を僅かに上げると、まるでオクダカの動向を探るかのように口を開いた。


「そうじゃな。ここは公平に、じゃんけんと行こうか」

「っふ。耄碌したなじじい。俺に負けるのが怖いのか?」


 二柱の間に沈黙が生まれ、そこに残された私たちが介入する余地は、もう無い様に見える。


「ふぉっふぉっふぉ。小童が、格の違いを分かっておらぬようじゃのお」


 挑発するかのような言葉に、オクダカの表情に笑みが浮かぶ。


「じゃあ、表に出ろや」

「いい機会じゃ。誰が先鉾で最強か、お主に教えてやるわ」

「望むところだ」


 そうして二柱は、火花を散らしながら部屋を後にする。…………すると。


「待てッ! 私も加わるぞッ!」


 と言って、サカマキも彼らの後を追っていった。


「はぁ。もう帰ろ」


 などと、ため息交じりに私がそう言うと、クサバナがおもむろにイチゴをつまみ上げ、あろうことか何の躊躇いも無く、それを口の中に放り込んだ。


「…………あ」

「蒼陽、ご馳走様。クサバナは疲れたから、もう寝る」

「うん。おやすみ」


 もう知らね。

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