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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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【番外編】教えて神様!~胸を大きくする方法~


 あの日から数日が経過したある日の事。ヒスイのダブルバインドに身も心も蹂躙された私は、とある謎を解くために旅に出ていた。


「ズイエン学長、胸はどうすれば大きくなりますか」


 そう。私は今、瑞円ズイエン学長に話を伺いに、官学の学長舎へと訪問している。

 

「ふむ。仮にも天津神である貴女が、国の平定などではなく、そのような事を聞きに来るとは思いませんでした」


 高級旅館のような落ち着いた空間。その松の彫刻細工が美しい机の前で、ズイエン学長は煎茶をすすりながらそう言った。しかしこの神様、意外にも胸は大きい。その様はまるで鳥取砂丘。


「嫌味ですか?」

「何か言いましたか?」

「いえ、純粋な学びの心であります」


 最初は、呆れて物言えぬといった表情をされたが、しかしズイエン学長は、小さな溜め息と共に言葉を発する。


「まあ、迷える生徒を導くのも、教師の務めにございましょう」

「その迷うほどの山が無いので、是非ともお願いします!」


 そしてズイエン学長は再びお茶を口に含むと、ほっと一息ついて答えを述べる。かと思った。


「いいですか? まず乳房とは、ほとんどが脂肪の塊であり、そしてその中を通る乳管という管が…………」


 その言葉から始まり、それからズイエン学長の熱い乳房トークは10分以上にわたって繰り広げられた。というか、普通に授業をされた。


「つまり、乳房の大きさによる利点欠点はなく、さらに子育てをするうえでは、大小にそこまでの重要性はないのですよ」

「分かりましたっ。貴重なご意見を真摯に受け止め、これからも励みたいと思います」


 そうして一つの答えが得られた私は、そのまま学長舎を後にした。…………のだが、その帰り道で私は後悔していた。


 ――全っ然、参考にならん!


 忘れていた。巨乳には先天的なものと、後天的なものの二つに分けられるという事を。

 そして先天的巨乳は、そう大して努力もしていないので、納得できる回答も得られない。つまりこの旅には、聞く相手を見定めるための観察力も同時に求められるのだ。


 と言う訳で私は天都へと出向き、天陽様の元へ参っていた。


「胸を大きくする方法じゃと?」

「はい」


 幾枚もの和紙や筆が飛び交っている書斎の中で、天陽様は呆れたような口調でそう言った。

 しかし彼女の胸も存外大きく、しかも見せつけるようにいつも胸を張るので、きっとたゆまぬ努力を積み重ねて大きくしたに違いない。


「どうじゃろうなあ。胸の大きさなど気にしたこともないからのぅ」

「…………っち」


 しかしこの発言、どうやら大神も先天的巨乳の様だ。私としたことが、読みを外したか。


「ところで、胸が大きいと何か得でもあるのか?」

「当たり前じゃないですか!」

「へえ。どんなふうに?」

「いいですかっ、まず胸が大きいとですね…………」


 それから私は、胸の大きさについて天陽様に熱く語った。

 巨乳だと上に物が置ける利便さ。そして世の女子から向けられる羨望の眼差しと、その優越感。そして阿呆な男どもを手玉に取っているような小悪魔的キャラの獲得。などなどだ。


「と、かくかくしかじかで、胸が大きいと女としての格が上がるんです!」


 ――屈辱だッ。なんで私が、巨乳に巨乳についての魅力を語らねばならんのだ!


「…………ふうん」


 しかもなんということか、天陽様は私の心情を知ってか知らずか、机に頬杖をついて適当な相槌をしてきたのだ。


「ふーんって、ちゃんと聞いてたんですかっ?」

「まあのぅ。しかしな一二三よ」

「なんすか」

「余は物を置けるほど大きくもないぞ」


 などと妄言を吐いて来るので、私は改めて天陽様の胸を眺める。

 …………だが確かに、よくよく見れば彼女の胸はヒスイより大きくはない。いつも胸を張るから、大きく見えただけか?


「それにな。男神も女神も、余に向けるのは畏敬の眼差しじゃ」

「――た、確かに」


「あと、余は悪魔じゃなくて神じゃぞ」

「――確かに!」


「そして一二三。お主の女神としての格は、ちゃんと私が保証しとる」

「――我が君ッ!」

「だから、胸を張れ」


 最後、天陽様は私にそう言ってくれた。確かに彼女の言う通りだ。流石は天津神の最高神だとしみじみ思う。言う事が違う。


 しかし去り際に見せたドヤ顔は、やっぱり胸を張るからこそ可愛く見えるもの。そんな彼女を真似て胸を張ってみたが、いかんせん私にはその胸が無い。そして、そんな風通しのいい胸部を見ると、自然と口から溜め息が出る。


 ――――つまり、私はまだ諦めきれていないのだ。


「あ、姫」

「ん?」


 私がため息交じりに天陽様の書斎を出ると、たまたま通りかかったシンとばったり鉢合わせる。


「あ、どうも」


 あちゃー。しまったなあ。私この女神苦手なんだよなあ。


「近頃、よく天都に参られますね」


 いつも通りの棒読み。そして一切眉毛が動かない無表情っぷり。顔が美人なので、本当にもったいないとさえ思ってしまう。


「うん。仕事の話とかするためにね」

「左様ですか。姫も頑張っておられるのですね」


 ――――その時、私は思わず息を呑んだ。

 なぜなら、シンが私に対して微笑んでくれたからだ。その様を例えるなら、木漏れ日が差し込む、雨上がりの森の中で偶然、雄々しい角を生やした鹿を目の当たりにしたかのような神々しさ。


 だが、ふと彼女の胸元を見て、そんな幻想も一瞬で消え去ってしまった。


「…………シン」

「はい?」

「お互い頑張ろうね」

「…………?」


 嗚呼、本当にもったいない。


※※※※※※※※※※※※


「胸を」「大きくする」「方法ですか?」


 そして私は今、西ノ宮の海岸沿いに位置する港に来ている。いつぞやお世話になった海神三女神に話を聞くために。

 ちなみに彼女達が先天的巨乳なのか、後天的巨乳なのかは分からない。……というか、それを見分ける方法が皆目分からないので、しらみ潰しのローラー作戦に切り替えたのだ。


「そうそう。三柱とも大きいからさ、その秘訣を知りたくて」


 龍文書と銘打ったメモ帳を片手に、私は彼女らの口から出てくる言葉を心待ちにする。

 ちなみに彼女たちの名前は、一切覚えていない。だが喋る順番は絶対に変わらないので、私は左からチョウ、ジジョ、スエコと勝手に名付けて呼んでいる。


「うーん」「そうですねえ」「何かある?」


 と、一番最後を担当しているスエコが他の二柱に問うと。


「揉むこと、でしょうか」

「ああ、だからウスナバは夜あんなにうるさいのね」

「…………い、言わないであげて」


 などと言って、ジジョが最高の煽り顔でチョウを茶化す。そしてそれを見たスエコは、おろおろと目を泳がせながら袖を振った。


「ユキリナ、もしかして私に殿方がいるのを妬いてるの?」

「はあ? 馬鹿じゃないの、私だってその気になればいつでも作れるしぃ」

「ち、ちょっと、ケンカは止めようよ」


 この三柱とはあまり絡んだことはないのだが、大体の性格は理解している。


 まず一番最初に喋るチョウは、まさにしっかり者といった性格。そして次のジジョは、天真爛漫なお姫様タイプ。最後のスエコは、気の弱い子犬タイプだ。髪型以外は全部一緒だと言うのに、性格がバラバラすぎるのが見ていて面白い。


「誠、あなたの傲慢さには呆れるわ」

「なんだとコラッ。大体お前はな、いつもそうやって一番ぶってるのが気に食わないんだよ!」

「ユキリナ、言葉が悪いよぉ」


 しかしチョウも負けじとジジョを煽る。なんだかこの辺の性格は天陽様っぽい。それに比べスエコは、私と似てとても良い子だ。


「アマモナの言う通りだわ。だから何時まで経っても伴侶が現れないのよ」

「う、うるさい! 大体アマモナはどっちの味方だよ!」

「あ、あたしは中立だよ」


 あーあー。これではどんどん酷くなる一方だぞ…………。


「彼女に当たるのはよしなさい。それにユキリナはいつも喋る言葉が多いの。アマモナが可哀そうよ」

「それはお前が全然喋らねえから、私が喋ってやってんだろうが!」

「……私はそんなの、全然気にしてないから、本当に大丈夫だよ」


 冷静沈着VS我が儘VS気弱。まるで性格を擬人化したかのような彼女たちの戦いは、目を見張るものがある。


 …………あれ、ていうか私、何の話をしに来たんだっけ?


「あ、ごめん。用事思い出したから帰るわ」

「あれ、もうよろしいので?」


 珍しく一柱で完結した言葉。去ろうとした私にそう言ってくれたのは、最早蚊帳の外だったスエコだった。


 …………そうして私は、二柱が依然として喧嘩している中、笑顔のスエコに見送られながら官学へと戻ったのだった。とほほ。


※※※※※※※※※


「む、胸を大きくする方法?」


 ――お次は榮鳳官学の女教師、龍人のミウ・トンウー先生に私は教えを乞う。だが私は、もしかしたら聞く相手を間違えたのかもしれない。なぜならミウ先生の胸も、気の毒になるくらい小っちゃいからだ。


「ええ。知恵の神の神使であるミウ先生なら、何か知っていると思いまして」

「あははっ。なるほどね。でも確かに、私も胸の大きさで悩んでいた頃があったなぁ」


 これは最近気づいた事なのだが、講義では一切目が笑わないミウ先生も、こうして一対一で喋ると、とても表情豊かにお話ししてくれる。

 

 ……ていうか、この先生もやっぱり悩んでいたのか。お互い苦労してますね。


「やっぱり大きい方がいいですよね」

「うんうん。でも、龍人族が貧乳の種族と知った時は、がっかりしたなあ」


 そっかそっか。……え?


「な、何ですか、貧乳の種族って?」

「んー? 龍人族の女の子はね、種族がら胸が大きくならないのよ? あれ、もしかして知らなかった?」

「――――なんでッ?」


 私はつい声量を上げてしまった。しかしここはミウ先生の事務室。どれだけ声を上げても、誰も気にしないのだ。故に私は叫び散らかす。


「嘘だッ! 嘘だと言ってよ先生!」

「…………なんで龍人族が戦に強いか、ソウ君は知ってる?」

「りゅ、龍血が強力な能力だからですか?」


 私がそう答えると、ミウ先生は事務作業を続けながら、残酷な一言を言い放つ。


「それもあるけどね、龍人は胸が小さいお陰で、他の戦闘種族よりも素早く動けるんだよ」

「…………なにそれ」

牛騎ぎゅうき族の女性なんて、胸が大きいが故に素早さは諦めて、とにかく筋力を鍛えてるの。割り切る事って、大切だよね」


 にこやかに笑いながら、まるで全てを諦めているかの様に彼女はそう言った。


 そしてその事実を告げられた刹那。私の中の何かが、音を立てて崩れ去るのを感じた。


「嘘だぁぁぁぁあッ!」


 こうして、少女の儚い願いを詰め込んだ波乱の旅は、終わりを迎えたのであった。


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