表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
143/202

【番外編】残酷な現実

 これは、最後の禊祓が終わってから、数十年が経過した冬のある日のこと。


 ちなみに今の私は九十歳。身長も153センチと、かなり視界が高くなった。

 そしてこれは内緒の話なのだが、この胸のふくらみは、なんと全く成長していない。良く言えばAカップ。悪く言えば絶壁…………。


「って、聞いてるの?」

「…………えっ?」


 長机とベンチのような椅子が並んだ、榮鳳官学の大広間。しかしその夜は、やけに生徒たちが盛り上がっており、たゆまぬ熱気がつねに空間を支配していた。

 そして私も、午後の空腹を満たすため、いつもの二人とここへ来ていたのだが……。


「ソウちゃん、大丈夫?」


 しまった。ヒスイの胸があまりにも羨ましすぎて、私の心が挟まれてしまっていた。


「う、うん、大丈夫。で、何の話だっけ?」

「来週の榮鳳えいほう祭よ」


 榮鳳祭とは、競い遊び同様、10年に一度開催される、言わば文化祭のような行事だ。


「ああ、もうそんな時期かあ」


 官学の夕食は取り放題のバイキング形式。私は皿に盛り付けた鴨肉を、箸で口に放り込みながら呟く。


「前回は全部回れなかったからさ、今度こそは制覇したいよね」

「わえもそうしたいけど、どうしても時間がねぇ」


 ユハンは出会った頃とは違い、表情がかなり引き締まってきた。そして口癖の「ふえぇ」も比例して少なくなった。嬉しい様な寂しいような。


「だから計画を練ろうって話をしてるんじゃない」


 ヒスイはそう言って頬杖をつく。しかも何の冗談か、机上に胸まで乗せて。

 今の私たちは、人間で例えたら齢11歳ほどだ。しかしヒスイの胸は二十歳レベルのふくよか具合。いったい何だこの差は!


「ヒスイ、いつも何食べてるの?」

「何って、毎日一緒に食べてるんだから、ソウも知ってるはずでしょ」

「だったらこの差は何さ!」

「あなた、一体なんの話をしてるのよ」


 まるで会話が噛み合っていない。

 はいはいそうですか。どうせヒスイには、持たざる者の気持ちなんて分からんのでしょうね。…………っけ。


「それにしても、今日の広間はちょっと熱いわね」


 などと言って、ヒスイは紋様羽織を脱ぐ。そして露わになるは、たわわに実った二つの果実。ッチ。


「そうかな。わえは丁度いいけど」

「うん、あたしも」


 官学の大広間は、秋と冬の寒い季節の間、炎千石えんせんごくと呼ばれる、無限に燃え続ける石を使った暖房システムがある。さらに大広間自体が、くりぬいた山の中に造られているため、断熱効果もバツグンだ。


「もう少し温度下げてくれないかしら。上衣の中が蒸れて仕方ないのよね」


 そう言ってヒスイは、袂から取り出した白い手拭いを、あろうことか上衣の隙間に突っ込んで、おもむろに胸の間を拭き始めた。その表情はどこか恥ずかしそう。


「大変だねぇ」

「ふえぇ」


 もちろんその行動に他意が無い事も分かっている。分かっているけど、羨ましい。


「それに最近、なんだか肩も凝るのよね」


 まるで長時間机に向かいっぱなしだったかのように、ヒスイは肩を抑えて首を回す。その表情はどこか辛そうだ。


「へー」

「ふえー」


 羨ましい悩みだ。全く持って、羨ましい。


「あとさぁ、なんか男子の目が、嫌らしいのよ」


 そう言ってヒスイは眉間にしわを寄せる。その表情はどこか怒っているようにも見える。


「へーっ」

「ふえー」


 だが、その目が一体どんな目なのか、あたしは知らない。


「あと聞いてよ。わたし最近、武術の授業で思うように動けなくなったのよね。角が重くなったのかしら」


 ヒスイは頭に生えた羊のような角を触りながら、疲れ切ったOLのように深い溜め息を吐く。その表情はどこか悩まし気だ。


「へー!」

「ふえええ」


 もっと違う要因だよ。

 ちなみに私は、武術の成績がバツグンに良い。先生にも、男子より良く動けていると評価されるくらいに。


「どうしたの二人とも。目が赤いわよ」

「へーッ!」

「ふえええええ」


 ヒスイが不思議そうな顔で私たちの眼を見ている。ちなみに龍人の眼は、感情の起伏に反応してよく光る。特に怒った時なんかは、本当によく光る。


 しかしヒスイは、そんな私たちに構うことなく、皿に乗ったミニトマトを箸でつまんだ。


「あっ」


 だが、その丸くてつるつるのプチトマトは、逃げるよう箸から零れ落ちると、あまつさえ彼女の胸の上でワンバウンドして、再び皿に戻るという偉業を成し遂げた。


「へぇぇッ!?」

「はぇぇえ!?」


 器用なのか不器用なのか、はっきりして欲しい物だ。

 そしてヒスイは、なぜか箸で再チャレンジを試みる。もう手でつまめばいいだろ、とさえ思う。


「あっ」


 しかし失敗。そしてトマトは胸の上で、さながら体操選手の如し華麗なジャンプを決めて、みごと皿へと舞い戻った……………………。

 

「器用かッ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ