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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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【番外編】支え合う二柱

 龍神蒼陽姫命が、刻返りから帰って8年の年月が過ぎたころ。昼下がりの心地よい晴天が、さんさんと天都を照らす、そんなとある一日の物語。


「うーん、ちょっと貰いすぎたかなあ」


 天都に宛がわれた蒼陽の仕事部屋。そこで彼女は、一人黙々と大量の手紙を仕分けており、その幾枚もの和紙が摺り合う乾いた音は、まるで手紙が呼吸しているようにも聞こえる。

 彼女は過去で救出したユキメに、たくさんの文を書いてもらっていた。しかし実際、自分の世界では、ユキメが死んでいるという事実を伝えていないため、その内容は全て取り留めのない内容になっていた。

 もちろん蒼陽に宛てさせた手紙ばかりではない。それは兄のフウや、コウやリンに対して書かれた物も多かった。


「これはまだ渡さなくていいかなぁ」


 そんな中、一通の手紙を手に取った時、彼女はぼそっと呟く。


「…………なんだこれ」


 蒼陽はユキメがしたためた手紙を、とある節目ごとに一通、目を通すのが習慣になっていた。そして今年の春。その手紙に目を通した蒼陽は、すぐさま天陽の住まう社へと足を運んだのだった。


※※※※※※※※※※※※※


「君。蒼陽姫がお越しになっています」

「ほーい」


 天陽の社。その内部にて、侍従の一柱が襖の手前で声を通すと、その奥から聞こえてくるは腑抜けた返事。

 しかしそんな間延びした声は気にも留めず、侍女はただ静かに襖を滑らせ、蒼陽を中へと通した。


「ひふみっ、よう来たのぅ」


 相も変わらず膨大な仕事を抱えている天陽だが、蒼陽の姿を目にしたとたん、彼女は全てを中断して足を平らにした。


「ひふみの方から出向くとは、いと珍しいこともあるもんじゃ」

「あはは、まあちょっと聞きたいことがありまして」


 蒼陽は入り口のすぐそばで正座すると、人差し指で頬を撫でながら苦笑い。


「聞きたいこと?」

「ええ。まあ」


 彼女はこの世界に転生して間もないころ、龍の里にて一読した、とある文献に書かれていた内容を思い出していた。


「黄泉の国のことなんですけど…………」


 黄泉の国。それはすなわち死者の国であり、蒼陽はそこに通ずると言われている一本の道を知るべく、彼女の元を訪ねたのだ。

 しかしその名前には、日ごろ陽気な天陽も表情を歪ませる。


「はぁ、いつか聞かれると思っておった」

「えへへ」

「黄泉の国へは行かせぬぞ」

「えへ……へ?」


 想定していなかった言葉。蒼陽大好き天陽のことだから、もちろん彼女が快諾してくれると蒼陽は思っていたのだ。


「大体、お主は黄泉の国の事をなんも分かっとらん」

「天陽様のお母さんがいるんですよね?」

「そうじゃ。…………ん、なんで知っとるのじゃ?」

「有名な話ですよ」


 にこにこと笑って答える蒼陽。しかし、彼女は手紙に書いてあった物語を読み、ただ偶然に知っただけに過ぎない。


「そうなのか。なら尚更駄目じゃ!」

「何でですか!」

「駄目なものは駄目じゃ!」


 頬に空気を溜める両者。だがお互い一歩も退こうとはしない。しかし蒼陽には切り札があった。


「なら別天津神にお願いしてきます」

「なっ!」

 

 蒼陽は、飛儺火を平定した見返りに、刻返りという褒美を受け、さらにその過去では、己の利益だけを追求せず、他者のため健気に尽力した様子が、まさに神の如し偉業として評価されていた。つまりこちらの蒼陽にはコネがあるのだ。


「待て待て、分かった。お主の頼みを聞いてやるのも、余の役目じゃ」

「やった! 天陽様だいすき!」


 そう言って駆け出すと、天陽の胸元に顔を埋める蒼陽。しかしこれも立派な作戦。


「ま、まあのぅ」


 幼気な少女の如し笑顔を向けられ、余計断りづらくなってしまった天陽は、そんな蒼陽の頭を撫でながら僅かに微笑む。


「それじゃあ黄泉への行き方、教えてくれますか?」


 なんとしても蒼陽からの好感を得たい天陽は、これも彼女ためと、少女の我が儘に小さくため息を吐いた。

 そしてその数分後、天陽は蒼陽のために、黄泉のルールを説明する時間を設ける。


「よいか。まず黄泉の国とは、死した者の霊魂が行きつく場所じゃ」

「知ってます」

「そして、黄泉の食べ物を口にすると、黄泉の住人となってしまう。恐らくユキメは、もう食べておるじゃろうな」

「間違いないと思います」


 榊の枝を、ぽんぽんと手の平に打ちながら天陽は教鞭を取り、そしてその手前で、蒼陽は膝を正して相槌を打つ。


「そして何より注意すべきなのが、黄泉の国では明かりを灯してはならぬという事」

「なぜですか?」

「我が父は、それで母に殺されかけたのじゃ」

「なるほど。つまり姿を見てはいけないという事ですね」

「そうじゃ!」


 枝の先を勢いよく蒼陽に向け、天陽は声を尖らせる。


「お主はこの誓いを守れるか?」

「愚問ですね。私の愛は、何にも負けませんよ」


 まるで太陽のように力強い眼差し。かつて失い、そして取り戻したその光は、もはや誰にも止められるものではない事を、天陽は良く知っている。


「そうか。お主は変わらぬな」


 目を細め、微笑む天陽。そんな彼女の表情は、うら寂しげでもあり、そしてどこか嬉しそうな表情でもあった。


「ところで、もし仮に余が死したら、一二三は黄泉に来てくれるか?」

「…………うーん。多分行くんじゃないですか?」

「多分てなんじゃ多分って!」

「えへへ」


 ――――そうして、黄泉での振舞い方をある程度教え込まれた蒼陽は、中つ国にあると言われている、黄泉へと通ずる道も地図に示してもらい、早速天陽の部屋にて身支度を整えていた。


「お主を見送るのは、これで二回目じゃのぅ」


 そんな中、天陽は切なげな顔ばせでそう呟いた。


「なんか言いました?」

「ん? いや、何も」

「大丈夫ですよ。今度もちゃんと帰ってきますから」

「そう信じておる。お主には、加護もあることだしのう」

「加護?」

「ふふ。願いを聞く神もおれば、また願う神もおるって事じゃ」

「何ですかそれ」


 頭に疑問符を浮かべる蒼陽を見て天陽は笑う。そして蒼陽という存在の大きさを、彼女は改めて実感していた。


「お主らは支え合うという事を知っておる。この世界にはまだ根付いておらぬそれは、一二三にとって強みとなろうぞ」

「えー。急にらしくないこと言って、どうしたんですか?」

「うるさい。早く行かぬと、ユキメがどんどん黄泉の食べ物にハマってしまうぞ」

「っふ。そうですね」


 そうして蒼陽は、縁側に立って首元の龍玉を美しく光らせる。その輝きは太陽のように眩しく、そして、彼女の心の内を表しているかのようにも見えた。


「じゃあ、行ってきます」




伊邪那岐命が覗いていなければ、二柱は再び一緒になれたと思っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 後書き?が不穏な感じに…次の章も楽しみにしてます
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