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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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二つめの太陽

「しょ、勝負あり!」


 この結末が予想外だったのか、それとも私の神霊に驚いたのか、審判は表情に汗を浮かべながら手を挙げた。しかし、ここまで呆気ないとつまんないなぁ。


 などとため息を吐きながら結界の外へと出ると、意外にも会場は静まり返っていた。でもまあそれもそうだ。皆はユンの勝ちに揺るぎない確信を持っていたのだから。


「おっとぉぉ、ここでとんだ番狂わせですッ。前回の競い遊びでは不参加だったため、どうやら私たちは忘れていたようですッ。彼女の強さと、その貴い神霊を!」


 そんな司会の声が寂しく木霊する中、場内は風に吹かれた草木のような騒めきを生んでいた。そしてそんなヒソヒソ声に耳をすませば。


「あの子ってさあ、確か天津神だよね」

「そうそう。神様なのに官学に入学したって言う」

「それってどうなの?」

「弱い者いじめだよね」


 などと、陰キャには耐え難い、心が折れそうなほどの影口がぽつぽつと湧き出ていた。やめてくれー。


「さっすがソウ! やっぱりアナタは勝つって信じてたわよ!」

「お疲れソウちゃん!」


 しかし彼女らは別だ。この十年間ないがしろにしていた友情は取り戻せない。それでも、私を支えてくれるこの二人は、今回の一件で気付かされたかけがえのないものの一つだ。


「っへ。まあ、俺の足元には及ばねえけどな」


 ――――タライ。そう言えばこいつもいたな。


「お疲れ様だね、ソウ様」

「ウヅキ!」


 真っ白なおかっぱヘアに、可愛いうさ耳。しかしウヅキと顔を合わせるのも久しぶりだ。

 十年前のあの日から、ウヅキはユキメが死んだのは自分のせいだと言って塞ぎ込んでいた。だから彼とはしばらく疎遠だったのだが、しかしユキメが生きていたことを知った時、彼も涙を流して喜んでくれた。笑っちゃうくらい驚いていたけど。


「――――さあ! それではいよいよ二年生の決勝戦へと参りましょう!」


 それから私は順調に勝ち進み、気付けば二年生の決勝戦も圧勝。そしてその先の勝者戦へと快進していた。


「神しゃまだかなんだか知りましぇんが、手加減はしましぇんにょ」

「え、ごめんなんて?」


 …………そして呂律が怪しい牛騎族の三年生も。


「私、蒼陽様を信仰している者です! まさか貴女様と剣を交える日が来るなんて、誠光栄なことにございます!」

「ホントにッ? じゃあ今度開催される私の祭りにも来てね!」


 …………私を信仰する可愛らしい千鼠族の四年生も。


「なんでお前みたいな奴が神様に選ばれたんだよ」

「私に勝ったら大神に頼んであげますよ」


 初対面だと言うのに、失礼な言葉を浴びせてくる京猿きょうえん族の六年生も。みんな私と戦い、私に負けて、そして皆同じような眼差しを私に向けた。それは人が人に向ける目ではなく、まさに神を崇める敬仰のまなざしだ。


「皆さまッ、何という事でしょうかッ! これは誠に異例な事態でございましょう!」


 まるで皆無だった最初に比べれば、私に対する声援も大きくなっていた。そして生徒や先生たちが私に向ける眼差しも、すこぶる気持ちがいい物になった。


「今までこんな事が起きたでしょうかッ! 否、この官学始まって以来の快挙だとズイエン学長は仰っておりました! まさか二年生が、勝者戦の決勝戦まで勝ち進むなど、一体誰が予想できたことでしょうッ!」


 信仰が集まっているのを肌で感じる。まるで初雪がアスファルトに降り積もるかのような、そんな塵のように小さい物だけれど、それが確かに私の力になっていることを感じる。


「それでは決勝戦へ参りましょうッ! ここまで龍の如し迫力で突き進んで来た蒼陽選手の相手は、前回と前々回の覇者、キサラギ選手だぁぁぁあッ!」

「ッきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!」

「キサラギ様ァァッ、そんな龍人やっつけちゃってぇッ!」

「焦がれておりますぅッ、キサラギ様ッ!」


 ――――流石は官学イチの秀才だ。声援が黄色すぎて目が開けられない。

 ちなみにこの人は、いい噂しか聞かないイケメンだ。勉強もでき、武術の腕も一流。まさに神様の気まぐれで産まれたような完全無欠の男子だ。


 そしてそんな秀才は、私の元へ歩み寄ると、なんとも爽やかな笑顔を向けて握手を求めてきた。


「まさか二年生がここまで来るとは思わなかったよ。おめでとう」

「あ、どうも。有難うございます」


 お、おおお。流石はイケメン。ちょっとドキドキする。

 身長は二メートル超え。おまけに握った手はやけに暖かく、私の手が見え隠れするほどの大きさだ。そして何より血管が美しい…………。ええい、狼狽えるな。私にはユキメがいるだろ!


「それじゃあ、始めようか」

「は、はい。お願いします」


 耳の奥を優しく撫でてくれるような甘い声音。まるで背骨ごと抜かれるようなセクシーさを持ってやがる。くそ、負けるな私。


「さあッ、それでは両者結界の中へッ!」

「お二方、入場をお願いします」


 司会の響き渡るような声に続き、審判が落ち着いた声色で私たちに入場を促す。でもまだ心臓がドキドキしてるよぉ。顔が熱い。


「どこからでも攻めておいで」


 結界内に入ってスタート位置に立つと、彼はにっこりと嫌味のない笑顔を作ってそう言った。世の女子たちがきゃんきゃん喚く理由がわかった気がする。いやいや落ち着け元17歳!


「そ、それじゃ遠慮なく」


 などと、私は恥ずかしいくらいきょどりながら天羽々斬を作り上げた。――――しかし。


「…………あれ?」


 気が付くと目の前にキサラギはいない。まさか瞬間移動か?


「気配も感じない……」


 おそらくは彼の神通力だろうが、しかし気配も消すのは厄介だぞ。透明になる系の能力か、それとも私自身に何かされたか。


「こっちだよ」


 ふと耳元で声が聞こえる。ていうかいつの間に背後を!


「ふふふ。何が起きているか分からないって様子だね」


 囁くような声が絡みつく。だが身動きも取れないのはヤバいぞ。一体どうなってるんだ。


「金縛りにでもあっている様な気分でしょ」


 そう言いながらキサラギは背後から私の体を包み込む。そして彼はそのまま、血刀を握る私の手を、まるで恋人かのように優しく握りしめた。


「君を傷つけたくないんだ。このまま武器を捨てて、降参してくれないかな?」


 耳の中に舌を突っ込まれた様な感覚に体が跳ねる。しかし振り払おうにも体が動かない! 

 ――――こうなったらッ。


「日ッ、所願成就!」


 私は願う。“この神通力から私を解放して!”


「ッは!」

「おっと」


 気がつけば私の前にはキサラギ。しかも初期位置から全く動いていない。だがしかし、彼の神通力は把握できた。


「まいったな。まさか強制的に解除されるなんて」

「夢の神の神使か」

「…………よく分かったね」


 強制的に夢を見させる神通力。しかし術を掛けている間は本人も動けないのがデメリット。なかなか面白い術だが、乙女の夢に土足で入り込むとは許せん。


「この際だから、私も神通力も見せちゃおっかな」

「そ、それは光栄だな」


 キサラギの信者ごとこっちに引き込んでやる。


「少女の夢に入り込み、その純情を奪わんとする輩は成敗いたす!」


 よーしお前ら、全員目を見開いてよく見ておけ。これが私の神通力。


「へーんしんッ」


 全身が龍に還る天龍体。自我を失い敵味方関係なく八つ裂きにすることから、長らく龍人の里では禁忌として扱われてきた代物。しかし私はノープロブレム。それを可能にするは神をも凌駕する鋼のメンタル!


「なんなのだ…………それは」

「まだまだ、こんなもんじゃないぜベイベー」


 そう。天龍体はあくまで仕込み。次に出てくるメインディッシュの前菜だ!


「日・天照陽あまてらすひ


 そして湧き出てくるは、天龍体ですら燃え尽きてしまいそうなほどのエネルギー。まるで体内で核融合でも起こしているかのようなパワー。

 ――――あの日、私は天陽様に願った。そしてその神霊が私の魂と同化し、この魂は神霊へと覚醒したのだ。本当なら私はあそこで終わっていた。しかしそれを留めてくれたのがユキメ。


「む、夢蝕見むしばみ!」


 キサラギの神通力が発動する。しかし所詮は神に借りた力。いや、仮に夢の神が相手でも、私には通用しない。

 

「夢に入れないっ?」

「えへへ」

「…………参った、降参する!」


 膝から崩れ、涙を浮かべながら言葉を零すキサラギを見て、私は天龍体を解いた。

 そしてため息交じりに結界の外へと目を向ければ、ズイエン学長やシロギ副学長。他にも幾人かの教師が抜き身の刀を持ちながら私を見ていた。恐らく私が暴走すると思っていたのだろう。


「これって私の優勝でいいってこと?」

「えっ?」


 審判を務めていた教師に問うと、彼女はお尻を床に着けたまま、その額に浮かぶ汗を拭う。


「ほら、相手は降参したし」

「あっ、畏まりました」


 そうして彼女は立ちあがり、その手を勢いよく空へと突き上げた。


「勝負ありッ!」


 その瞬間、不抜の結界は解除された。しかし結界内とそう変わらない静寂が場内を満たしている。どうやら私の神霊は、結界すらも貫いて漏れていたらしい。故に舞台上にいる全員が、畏れとも恐れともとれる表情で私を眺めていた。


「蒼陽…………。貴女なのですか?」


 ズイエン学長が言葉を詰まらせながら私に問う。確かに天陽様の神霊と似ているが、しかしこれは紛うことなき私の神霊。


「はい。もちろんです」


 私が笑みを浮かべてそう答えると、ズイエン学長の強張った表情も一気に緩んだ。


「そうですか。…………遂に自分の神霊を取り戻したのですね」

「え?」

「いえ、これで完全なる天津神へと昇華したという事です」

「ええ。これまでご心配をおかけしました」


 そう言って頭を下げると、ズイエン学長は私の肩にそっと手を置いた。まるで安心したと言わんばかりの表情で。


「…………な、何という事でしょうか。あのキサラギ君が破れ、官学史上初となる最年少優勝者がここに誕生しましたッ!」


 生まれる拍手と歓声。まだ状況を把握しきれていない者も多いため、そこまでの大きさはないが、それでも私の神霊をここにいる全員に示すことが出来た。これで私のお祭りは忙しくなりそうだ。


「ソウ様っ、お怪我は在りませぬか?」

「ユキメ!」


 人込みをかき分けながら姿を現したユキメに、私はすぐさま抱き着いた。

 どれだけ強くなろうと、誰もが尊ぶ神霊を持とうと、私は家族がいなければダメダメなのだから。だからこそ、今度は私が守らなければならない。しっかりと、もう二度と手放さないようにね。


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