我が神霊
「これはまた、懐かしい神霊ですね」
ここでようやく、アラナギの顔にも焦りが見え始める。しかし彼は、この豪勢なる神霊に臆することなく、その長刀を私の首元に向けて振り下ろす。というよりも、早く私を殺そうと躍起になっている様子だ。
――――だが私は、それをただの素手で受け止めてしまった。
「喋りすぎじゃ、アラナギ」
「神憑…………か?」
アラナギの額に流れる汗。暑さによるものではない。これは紛れもなく、太陽神に怯える天津神の冷たい粒だ。
「まさか。この神体は私だけのもの。例え大神にだろうと、絶対に渡しはせぬ」
「馬鹿な。ただの神使がここまでの神霊を…………」
身体の内が燃えるように熱い。血が沸騰するなんてどころの話ではない。龍の身体ですら燃えてしまいそうな熱さだ。まるで太陽が内にあるような…………。
なのに、それなのに、この絶えず襲い来る高揚感は一体なんだ。
「お主は…………」
「さあアラナギ、これが最終ラウンドじゃ」
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばいやばいッ。
「あッははははははははァッ!」
何だコレ。何だこの感じ。全部が、世界が矮小に見えてしまうこの感覚。まるで私を中心に全てが回っているのような。
「ぬぅッ!」
一発殴っただけなのに、アラナギの神体は遥か後方まで吹っ飛んでしまう。
全力で殴れば殺してしまう。ああ、駄目だよ。そんなの駄目だよ。私をもっと楽しませてッ!
「あははッ、もっと、もっとだッ。あーッははははッ!」
ちょっと歩こうとしただけなのに、気付けばアラナギが目の前にいる。まるで瞬間移動がデフォルトの設定みたいだ。さしずめ無敵スター状態。
「いいや、太陽か」
「……くッッ。累日」
「無駄ッ!」
負荷も引力も関係無しに、そのまま飛びあがって蹴り降ろす。
あれだけ怖かった引力も、もはや何も感じない。何もしなくとも勝手に体が順応する。
「なんと荒々しい」
口から血を噴き出しながら、アラナギは空間を歪めてその姿を消す。どうやら瞬間移動を試みた様だが…………。
「逃がしはせぬぞ」
捻じ曲がる空間のひずみを龍椀でこじ開ける。そして穴から中を覗き込めば、驚いた表情でこちらを見るアラナギと、私の背中。
「なんだとッ」
「ふふふ。つーかまーえた」
穴から引きずり出し、そのまま加減して顔面を殴る。そうすれば、3メートル近い巨体もまるで落ち葉のように吹き飛んで行ってしまう。
「あはははッ。ああ楽しい、楽しすぎる」
まるで爆発でも起こしているかのように湧き出る力。どれだけ霊力を使っても溢れてくる様はまさにチートだ。弾薬無限、減らないHP、尽きることの無いスタミナ。私だけが無敵の戦争ゲームと言ったところだろう。
身体が熱い。気持ちよすぎて溶けてしまいそうだ。
「天羽羽矢」
ありとあらゆる傷口から流れる血が舞い、そして空中で精製を始める真っ赤な血矢。血液も同じだ。どれだけ使っても湧き出てくる。
だが遂に体の熱さに耐えかねて、尻尾が勝手に龍へと還る。このままでは四か所めも龍に還ってしまう。どうやら長時間の纏いは危険のようだ。でもまあ、楽しいからいいや。
「これくらいじゃ死なないよね?」
何十本もの燃ゆる大矢を作り一斉に放つ。しかし突風を巻き起こしながら突き進むその速度は、もう矢なんて生ぬるい物じゃない。
「發」
大量の矢が一斉に爆発を巻き起こす。血の発散ではない。龍血と太陽の熱が引き起こした大爆発。
木々が曲がるほどの衝撃波に、耳元で花火が打ちあがったかのような轟音。これだけのエネルギーを、私が引き起こしたんだ。
「ヤバイなぁ、これはヤバいなぁ」
テンションがおかしい。トリガーハッピーってやつか、それとも爆発ハッピー? もうわかんないや。
「あはははぁ、駄目、気持ちよすぎる」
「…………甘く、見すぎないで……もらいたい」
気づけば後ろにはアラナギ。あの爆発の中で瞬間移動したのだろうか、その衣服はもうボロボロだ。
「あの中で生きてたなんて、やっぱり強いなぁ」
もう私には攻撃するつもりがないのか、彼は一向にこちらへは向かってこない。でもまあ、それなら私が行けばいいもんね。
「待ってて、今そっちに行くからね」
ニヤケが止まらない。相手はユキメの仇なのに、憎むべき怨敵なのに、どうしてこんなにも楽しいんだろう。
「天渦栞」
不意に襲い掛かる寒気。ここにいてはならないような感覚。私はすぐさま自分の感情に従い、瞬間移動を行う。
「まさかこれは」
先ほどまで私が立っていた場所は、まるでアイスがスプーンでくりぬかれたかのような穴が出来上がっていた。
「ブラックホールか?」
限定的な範囲ではあるが、あそこに立ったままだったら危なかったな。どうやら危機察知能力も遥かに向上している様だ。
「…………外したか」
「しかし、よい余興じゃったぞ」
膝を着いて息を荒げるアラナギの様子を見るに、あの術はかなりの霊力を消費する。つまり最初で最後の切り札だったのだろう。時間を止めるにせよ、ブラックホールを作るにせよ、燃費の悪い神通力だ。
「なれば私も、出し惜しみはせぬ」
アラナギの胸倉を掴み、そのまま上空へと突き飛ばす、そしてバスケットボールを掴むかのように顔の前で両手を掲げ、ゴマ粒ほどのアラナギの姿をその中で捉える。
「天 逆 鉾」
全身が龍に還る。恐らく煮えたぎるようなエネルギーに耐えるため、身体が勝手に反応したのだろう。四か所同時の還りだ。果たして正気を保っていられるか分からないが、そんなのはもう関係ない。
「あの世でユキメに謝ってこいッ」
数秒間の真っ白な閃光。そしてそれは大地を照らし、まるで昼間のような明るさを作り上げると、星が割れそうなほどの轟音で空気を叩きつける。
――――太陽の核融合を利用した大爆発。しかしその甚大なるエネルギーですら神通力で制御できてしまう。まともに爆発していたら飛儺火は跡形もなく消えていただろう。
そうして私は、掲げた手をおにぎりでも握るように小さくしてゆく。すると爆炎の範囲も合わせて小さくなり、私が手を閉じると仕舞には消えて無くなってしまった。
「ふふ。……あははっ、あっはははははッ」
これが神霊、これが天龍体。これが、太陽神の力。まるで全てが自分の物みたいな感覚だ。もっと誰かを、もっとこの力を、もっとッ、もッと!
「あはははははッ。あーッはっはっはっはっはッ」
もっと、もっとッ。もっともっとたくさんッ。
そうだこの際だ。もう龍狩りも全員ぶっ殺そうッ。これは私の復讐なんだから、誰にも文句は言わせない。ああそうだ、まだアラナミがいるはずだ。アイツも殺さないと。ここを統治している国つ神もだ。あの吾月とかいう神も殺さないとなぁ。
「アッハッハッハッハハアハッハハッハッハッ」
「…………ソウ」
懐かしい声。私を呼んでいる。
殺さなきゃ。みんな殺して、全員黄泉の国へ送ってやる。この国の奴らが全員死ねば、きっとユキメも喜んでくれる。あの世できっと、彼女も私を褒めてくれるッ。
「う゛ぅっふふふふッ。う゛ぅ゛ッぅ゛ゥ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛う゛」
「…………私です。…………くださ」
暖かい。それに懐かしい。後ろから包み込んでくれるこの抱擁感。いつも私の傍に居てくれたあの人の…………。名前は何だっけ。
もっと殺さないと。まだ足りない。まだまだ、まだまだまだ足りないッ。体の中から湧き出る力を抑えられない。熱いッ。体が燃えてしまうッ。
「ア゛ッぁ゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ぁ゛あ゛ッ!」
「ソウ様ッ!」
――――ユキメ。




