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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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かつて確かにそこにあり、そして失くした物

「龍脚抜刀、山卸ッ!」


 最高速度の抜刀術。私は殺す覚悟で攻撃を仕掛ける。天陽様は撃退などと言っていたが、それは相手に対しての侮辱だろう。


「一刀、垂れ」


 予想通り受けられる。まるで岩に叩きつけたような衝撃。よかった。こいつはあの時と何も変わらない。いや、今はそれ以上だ。


「払い切りッ」


 アラナギの首を狙った、血刀による背後からの払い。しかし彼は大きくのけぞりこれを回避。凄まじい反射神経。


「一刀、桧」


 そして上体を起こすのと同時に、アラナギの快刀による強烈な横薙ぎが私に向かう。


「――――ぐッ!」


 何とか叢雲で防いだものの、右側からのとてつもない負荷に押し負け、そのまま吹っ飛んでしまった。本当に片腕の力かよクソ!


「抜刀、閃光」


 月明りを反射した一瞬の煌めき。私は脚の爪を立ててなんとかコケずに堪えたが、この機を逃すまいとアラナギの抜刀が飛んでくる。


「防御ッ!」


 咄嗟に羽羽斬を地に突き刺してこれを防ぐ。しかしあまりの威力に血刀が真っ二つに折れた。これが折れるなんて初めてだ。どんだけ怪力なんだよッ。


「龍椀」


 足に続いて腕も龍に還らせる。刀は防御に向いていない。こうなりゃ鱗で直に受けるのみ。


「払い斬りッ!」


 握った叢雲を宙に浮かせ、抜刀の反動で一回休みのアラナギに斬りかかる。


「両手を空けたか。良い判断ですね」


 しかしアラナギは振り終えた直後だと言うのに、即座に構えを復帰してこれを防ぐ。どうやったらそんな動きができるんだ。


「龍爪!」


 叢雲を防ぐアラナギに対し、私はすぐさま反対側を狙って爪を尖らせた。しかしあと一歩といった所でこれを躱される。――――と思ったら下から蹴りが来る!


「あっぶなッ」


 アラナギのつま先が鼻をかすっていく。あんな蹴りを食らったら首が折れるなんてどころじゃない。

 ちくしょう、全く隙が無い。


「やはり船上で戦った龍人には程遠いようですね」

「は?」


 何を言ってるんだ。ユキメの事を言ってるのか?


「しかし相手にとって不足なし。このまま片を付けさせていただく」


 再び納刀。そしてアラナギは腰を落とす。また抜刀が来る。今から距離をとるのは遅い。受けるしかないぞ。


累日かさね


 異様な空気。舞い散る黄葉が一枚残らず地に落ちる。アラナギの神通力だ。――――不味いッ!


「ぁぐッ!」


 瞬間、私の頭上に重くのしかかる荷重。龍脚でも耐えきれない程の、まるで山が落ちてきたかのような圧力。

 立っていられないッ、ヤバイ抜刀が来る!


「抜刀、閃光」


 何とか膝を着かないように耐えていたが、気付けば目の間には白刃。これを躱す手段は一つ。


「落ちましたね」


 迫りくる刀身を躱すため、私は引きずり込まれるような重力に従い、咄嗟に力を抜いて地に伏せた。しかし奴の狙いはこれだったんだ。早く起き上がらないとッ。


「無駄な事です」


 私を囲うように地面が円状に沈んでいる。大きさは六畳間ほど。これが効果範囲か? 


「龍昇ッ!」


 龍玉を光らせ、恐らく神通力が作用していないであろう範囲外まで逃げようと試みる。


「クソ、重い…………」


 龍の浮力は超常的な力。予想通り引力の影響は受けない。だがいかんせん身体が重すぎるッ。


「少し甘かったようですね」

「はぁ、はぁッ。…………重力とか、反則だろ」


 やっとの思いで範囲外への退避に成功。上空へ逃げたのは良かったが、しかしどうやって倒せばいいんだ…………。


「宙を飛べるのは羨ましい限りです」

「――――ッ!」


 風に吹かれた旗のように空間が歪んだと思ったら、気付けばアラナギは私の眼の前にいた。そして振り上げられた大刀。


「不味いッ」


 咄嗟に龍椀で防ぐ。だが血刀を折るほどの怪力。その岩のように重い斬撃に、私はそのまま地に真っ逆さま。


「ぐッ!」


 落下の速度を龍昇で賄いきれず、車にでも轢かれたような衝撃が背に伝わる。還りをしていなかったら確実にミンチになってた。


「流石の強靭ですね」


 隕石のように上空から落下してきたアラナギ。自分自身には神通力を作用させることが出来ないのか?


「弐舞・串撃ちッ!」


 こちらに向かって突進を始めるアラナギに向けて、二振りの刃を奴の背後から矢のように放つ。少しでも休む時間を作るための陽動だ。


「累日」


 再び神通力が発動。アラナギを中心に地面が潰れ、羽羽斬もそのまま墜落してしまう。やはりあ神通力、アラナギ本体には影響がないようだ。…………しかし。


「なッ!?」

「えぇ!?」


 なんと天叢雲斬だけは引力を受けること無く進撃し、そのまま彼の背を貫いた。

 でも何で?


「この太刀、付喪神かッ?」


 付喪神、ただの太刀じゃなかったのか? 

 しかしよくよく思い返せば、私以外が握れない太刀とか普通じゃないよな。でもまあ、それならそれでラッキーよ!


「サンクス蛇神!」


 急所は外れたとはいえダメージは与えられた。お陰で神通力も解けた。これはチャンスだぞ。


「龍頭ッ」


 龍椀を解き、同時に頭を還らせる。


「龍 炎」


 蝋燭を吹き消すように口を尖らせ息を吹く。それは次第に熱を帯び始め、そして真っ赤な大炎となってアラナギに襲い掛かる。

 ――――ここでアラナギも、背に突き刺さる叢雲を引き抜くが。だがその太刀は他人には決して懐かないメンヘラだ。その重みで潰れて、このまま燃え死ねッ


 転がる石すらも飴のように溶かすほどの業火。それがアラナギを飲み込む直前に、私は叢雲を避難させた。これだけの火力なら、幾ら瞬間移動で逃げようが間に合わないだろう。


都曲弾つまはじき


 その瞬間、アラナギの足元に落ちていた落ち葉や小石が、まるでほうきで掃かれたように、その六畳間の効果範囲から排除される。

 ――何をした?

 遂に龍炎がアラナギを包み込む。だがその炎は、アラナギの周りで青白い色へと姿を変え、奴の神体に届く前に鎮火してしまった。


 まさか、真空か。


 恐らく反重力で酸素すらも掃きだし、簡易的な真空状態を作り上げたのだろう。でもそんなことをすれば、やつ自身にも影響はあるはず。このまま呼吸困難になるまで炎を噴き出し続ければいいだけの話だ。 

 でも待てよ。環境異常って、神様にも通用するのか?

 ――――駄目だッ、考えてる暇もない。これ以上体温を上げれば私が燃えてしまう!


「っぷは!」


 身体から温泉のように湯気が沸きあがる。まるで五時間くらいサウナに入ってたような感覚だ。


「息が上がっておりますよ」

「…………うるさい」


 秋だと言うのに、これじゃあ真夏の炎天下。雨が恋しい。

 それに加えアラナギもぴんぴんしている。あの様子じゃ叢雲の一突きも大して効いてないんだろうな。


「まあいいでしょう。もう貴女には体力が残っていないようですし、このまま片を付けさせていただく」


 アラナギが今までにないくらいの集中を見せる。恐らく何かしらの術を仕掛けてくるのだろうが、全く読めない。

 近づけば潰され、離れれば瞬間移動で不意打ちされる。どうする。…………どうする。


浮時世うきよ


 神通力が発動。しかし少しだけ強い引力が加わるのみで、別に潰されるわけでもなく、かといって飛ばされたわけでもない。アラナギの姿も目で捉えている。一体何だ?


 とその時、私の腕に鋭い痛みが走る。と思ったら次は脚。そして肩、背中、腹部など、それら全てがほぼ同時に斬られる。


「――――あぁぁッ、なんなんだクソ!」


 周りを見るもアラナギの姿はない。猛スピードで切り付けているのか?

 いや、奴自身は神通力の影響を受けない。つまり重力操作による加速ではないとしたら、私自身に何かしらの異常がある?


「叢雲!」


 重力の影響を受けない叢雲を呼び戻す。しかし太刀もアラナギ同様、目で捉えることが難儀な速度で私の元へと戻って来た。まさかこれは…………。


「ぅぐッ」


 再び刀傷を負う。


「乱切りッ!」


 クソクソクソッ。もうこうなったらヤケだ!


「龍炎」


 私は足元に向かって炎を噴き出した。藁の家を吹き飛ばす狼の如し、もう余力なんか残さないほど全力で。


「これでどうだ」


 その延焼速度は凄まじく、たちまち景色を焼野原へと変えてゆく。だがこれくらいの熱量は、龍にとっちゃ湯に浸かっている様なもの。むしろ心地いいくらいだ。


「流石に炎は天敵ですね」


 背後から声が聞え、振り返ればそこにはアラナギの姿。

 真っ黒な大地、草は燃え尽き岩は溶け、木々は既に真っ黒な炭と化している。しかしその中で、彼だけは一切の傷を受ける事無く立っていた。

 いや、奴の周りの炎だけがゆらゆらと青白くなっている様を見るに、神通力で何かしらの細工をしているんだろう。


「時間を歪めたのか?」

「ふむ、良く分かりましたね」


 物理の授業でちょっとやっただけだ。それに見破ったところで、私にはもう立ち上がるほどの体力も残っていない。このままでは殺されてしまう。


「…………殺すことも出来たはず。なのになんで殺さなかったの?」


 時間稼ぎの質問だ。ほんの数十秒でいい。とにかく時間を作らないと。


「浮時世は霊力の消費が激しい。故に貴女の首を落とす事すらできなくなってしまうのです。だが殺すことが目的の術じゃない」


 アラナギは行く手を阻む炎を消化し続け、その道をゆっくりと歩きながらこちらへと向かってくる。


「お主の体力も、もう残っては無かろう」

「…………万事休すか」


 さあ、後少し。あと一節。


「最期の言葉を聞く。悔いのなきよう選べ」

「……………………るべ」

「なんと?」

「日・陽・所願成就」


 その瞬間、私の身体が神霊を纏った。

 そして私は願う。“その御力、すべて私にお貸しください”と。


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