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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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挟撃作戦

 会いたいよユキメ。会いたいよ。


「ユキメ。お願いだから…………もう一度だけ」


 あと一度だけでもいいから、私に笑って欲しい。手を繋いで、ご飯を食べて、一緒に歩いて。また一緒に笑いたいよ。


「ユキメっ。ユキメッ!」


 ――――どれだけ泣いても、どれだけ笑っても、何を食べても、貴女がいないと思うと、私はとても退屈で仕方がない。


「ユキメ、今日も来たよ…………」


 気づけばもう、あれから十年。私は本当に、今日まで息をしていたのだろうか。ムカつくほど変わらない日常に、私は死んでいた。


「口に合うか分かんないけど、新しいお店の団子持ってきたよ」


 そう言って、私が団子を置こうと墓前を見ると、そこには見覚えのないお供え物があった。

 いつもは団子や榊、金木犀の枝といったものばかりなのに、今日は一本の真っ赤な菊が備えてある。


「…………誰だろ」


 それは他の花のように立てられているのではなく、まるで拾ってくださいと言わんばかりに、寂しそうに横たわっている。


「蒼陽姫」


 ――――声。

 振り返るとそこには、カナビコが花束を持って立っていた。見た目は厳つい老人の癖に、無駄に花が似合うから驚きだ。


「なに」

「わしも、墓前に参ろうと思っての」


 腰を庇いながらゆっくりとかがむ翁。そうして彼は、花を一本一本、丁寧に手向けて行く。どれも上等そうで美しい。


「いつまで、ここでこうしておるつもりじゃ」


 ユキメの墓前に手を合わせ、カナビコは少し頭を下げるとそう呟いた。私はただ放っておいて欲しいのに…………。

 

 そうして彼の問いに答えずただ沈黙を貫いていると、カナビコはゆっくりと膝に手をついて立ち上がる。


飛儺ひだの更に北。その砦のような山々に囲まれた盆地に、奴らの村がありまする」


 意味は理解できた。

 私は今日までの十年間を、ただひたすらそれに費やしていたのだ。あの日、あの時、楽しそうにユキメをいたぶったアイツらに復讐するために。私は、ただただ遮二無二にアイツらを探していた。


「分かった」

「しかし、危険ですぞ」

「うるさい」

「…………姫、これはある方からの言伝じゃ」


 私がユキメの墓前に手を合わせ、奴らへの復讐を彼女に誓っていると、カナビコはまだ口を開き続ける。本当に鬱陶しい。だから私は無視を決め込む。


「これから歩もうとしている道の先、あるのはただ深淵のみ。と」


 ウザすぎる。誰だかは知らないけど、今の私にそんな言葉をかけるなんて。


「じゃあなに、奴らをこのまま野放しにしてろって言うの?」

「天都へ参られい。我が君がお主に話をする」


 無視かよ。結局誰も、ユキメの事なんて気にも留めてないんだろうな。ああ、本当に腹が立つ。


「分かった。でも説教だったらすぐに帰るから」

「構わぬ」


 ――――そうして私は天都へと来た。

 あの日、ユキメと共に歩いた社への道。無駄に幅広い階段に、その頂上。どこへ行っても、ユキメとの思い出がわずかに香る。でも隣にユキメはいない。


「大神、カナビコです」

「入れ」


 天陽様の書斎はいつもに増して整頓されていた。その代わり、部屋の真ん中には日焼けの目立つボロい地図。どうやら説教する気はないらしい。


「蒼陽、単刀直入に言うが、お主にはこれから、飛儺火を統治している国つ神の撃退へ向かってもらう」


 部屋の中には幾柱の神々。甲冑をまとっている者に、袴をまるで忍者のように着こなす者。そしてその最奥に、神妙な顔つきをした最高神がいた。


「誅伐ではなく、撃退ですか?」

「うむ。むやみに討ち取っても、その後で民からの反発を買うだけじゃからな」

 

 私は奴らを殺しさえすればいい。国とか民とか、そんなのはどうでもいい。天陽様は撃退なんて言っているが、もちろんそんな気はさらさらない。


「分かりました。ただ、双子の神だけは私にやらせてください」

「そのつもりじゃ。しかし一人で突っ走るでないぞ」

「はい」


 それから私は、自分より一回りも二回りも大きい神々と一緒になって説明を受けた。

 飛儺火は葦原の東側を支配する大国である事。そしてその主宰神が、飛儺と言う小国の村で暮らしている事も。そして天都は後の信仰への影響を考え、大掛かりな戦いではなく、少数での奇襲作戦を考えているらしく、統治者を失えば飛儺火の大半はあっけなく天都に降ることも言っていた。まるで映画の台本のように、既に決められた事だと言わんばかりに。


「ひふみ、向こうで何があっても、気を抜くでないぞ」

「分かってます」


 天都が私のためにあつらえた、動きやすさを重視したような黒い袴に着替えていると、まるでユキメが死んでいる事など忘れたような顔つきでそんな事を言ってくる。


「ならばよい。それと、お主はシンの隊に組み込まれることになる」

「了解です」


 胸当て、手甲をはめ、そして天叢雲斬を背負う。ここまでの装備は初めてだが、それ故に感じるのは、この先で待ち構えているであろう激しい戦闘。


「皆さま、準備は出来ておりますでしょうかッ」


 美しい夕焼けが物柔らかく差し込む大広間。そこで物々しい甲冑を身に着けた部隊と、私を含めたシンの部隊が二つに別れる。合計すれば三十かそこらだが、これだけの柱数なら問題はなさそうだ。

 そして整列する隊の前には、巫女装束を纏った数柱の可憐な女神たち。


「我らの神通力で、飛儺の麓まで皆様をお運び致す。しかし到着された瞬間、皆様の神霊は敵に感知され、すぐにでも激しい合戦になると予想されます。くれぐれもご注意ください!」


 榊をもった巫女たちの、その統括らしきの巫女が声を張る。まるで自身も戦いに加わるかのような険しさだが。そんな彼女の言葉を聞くと、私の身体にも自然と緊張が生まれる。


「皆の者、心して聞け」


 そして天陽様が口を開く。


「此度の戦は主らにとっても辛いものとなるだろう。しかしここで飛儺火を落とせば、中つ国平定の大いなる足掛かりとなる。そしてゆくゆくは、主らは天都の英傑として崇められ、多大なる信仰を得ることになろう。故にその神霊、決して失うでないぞ」


 一騎当千のしたたかな神々を前にして、天陽様は頭の飾りを振り、たすき掛けで袴の袖をまくり上げた姿で声を発する。まるで私がついているとでも言わんばかりの表情で。


「主らは余の大切な家族じゃ。生きて帰ってこい」


 一言一言に命を吹き込み、これから戦う私たちに優しい檄を飛ばす大神。それはもれなく闘志に薪をくべ、私の心にしんしんと降り積もる。内側で渦巻く嫌な感情の一切を、まるで浄化してくれるかのように。


「それでは皆様ッ、どうかご武運をッ!」


 巫女の声が広間に響くと、瞬く間に私の身体が光に包まれる。

 そして視界が途絶えるその瞬間まで、天陽様は私に儚げな笑顔を向けた。その笑みはまるで、我が子を無事を願う母親そのもの。

 そうか私は、独りではなかったのか。



「すぐにでもここは戦場になる。これより速やかに山へ踏み入り、敵方の屋敷にまで直行する!」


 ――――男神の声。

 真っ赤な夕陽が私を照らし、その反対側には満月も見える。そんな空にふと気が付けば、私たちはどこかの田舎に立っていた。

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