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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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少女は尾羽里に浪漫を覚える

「ところで姫様は、獣神や神を殺したことがおありで?」


 尾羽里へと続く街道。平地なので坂道が少なく、道も整備されており身体的な負担は少ないが、逆に人や牛車の往来が多いので、素性を隠す彼女らにとっては不都合な道でもあった。

 そんな美しいイチョウの並木道を歩く中で、シンがソウに問うた。


「国つ神なら一柱」

「ヤヅノ蛇神ですね。それ以外に、獣神の形をした者を殺めたことは?」

「…………ない」

「やはり」


 呆れたようなため息を吐くシン。これにはソウも立ち止まってしまう。


「何が言いたいの?」

「単刀直入に申し上げます。この任務に、姫は向いておりませぬ」

「いま言うこと?」

「はい。大神が何をお考えになっているのか理解は及びませぬが、もっと適した者がいたと私は考えています」


 何故今になってそんな話をするのか。それがソウの苛立ちを増させ、次に放つ言葉にその感情が乗ってしまう。


「だから?」

「…………いえ。それだけです」


 たった一言でシンを殺すかのような重い声音。その迫力に押し負け、咄嗟にシンも黙り込んでしまうが、彼女はまだ何か言いたげな様子だった。

 しかしそんなシンを放っておいたまま、ソウはここで会話を終わらせ再び歩みだす。

 二人きりの仕事だと言うのに、彼女とシンの溝は深まるばかり。――しかしこの苛立ちが、ソウの中で滾る復讐心を、より強固な物へと昇華させたのだった。


「――――着きました。ここが尾羽里です」

「おぉ」


 飛儺火の国で一番の大きさを誇る尾羽里の街。西ノ宮とは違い、景観の一切を考える事無く無雑作に建てられた建築物。 


「ちょいとお兄さん、少しお茶でも飲んでい行かないかい?」

「さあさあ安いよ安いよ! 買った買った」

「おい聞いたかっ、ハバキ様がこの街に来てるそうだ」

「マジかッ、ちょいと見に行こうぜ!」

「お、歩き巫女かい、殊勝なこったねえ」


 などと祭りのような賑やかさを見せる人々。そして通りに並ぶ店先には、大きな看板や垂れ幕が下がっており、歩く獣神の数も、店や民家を含む建物の数も、全てが西ノ宮の倍以上の規模を誇っている。


「広いなぁ」


 その景色にはソウも目を見張る。まるで映画のセットのような、ドラマの街並みのようなその景色は、現代人のソウにとっては堪らなくロマンのあるものに見えたのだ。


「私も以前に情報収集の為に忍びましたが、あまりの大きさに苦労したものです」

「そうなんだ。シンも頑張ってるんだね」

「は。ありがたきお言葉」


 どことなくユキメと雰囲気が似ているシン。しかしいくらソウが褒めても、そのぶっきらぼうな表情は微塵も崩れない。


「さて、それじゃあどうやって将を探しましょうか…………」

「先ずは酒場や宿屋を当たってみるのは?」


 人込みの中を歩くつぼ装束の巫女。二人ともそこまで身長が高くないため、ソウは愚かシンまでも人の海を泳ぐことが出来ず、ただ流されるように歩いている。


「定石ですね。ただ、それは初心者の考え、大人はもっと御湯町おゆまちなどの遊び場へ行くものです」

「了解。じゃあそっちの方へ行ってみよ」


 その口ぶりにはソウも少しムッとするが、それでもシンのほうが経験豊富なので、彼女も一歩譲ってシンに任せることにした。


「はい。遊女屋は以前に行った事があるので、案内は出来ます」

「へぇ。仕事で?」

「当たり前です。とはいっても、探りに入っただけですよ?」

「ふーん。まあその身体じゃ人気は出ないかもね」

「私の身体に、何かご不満でも?」


 お世辞にも色気を感じるとは言えない体つき。彼女の見た目は十七ほどだが、残念ながらその華奢な身体は中学生のようにも見える。


「ううん、好きな人はいると思うよ」

「何か勘違いをされておられる様ですが、私は客として入っただけですので悪しからず」


 それはソウも重々承知していたが、苛立ちを覚えるシンへの密かな仕返しという事で、彼女は少しからかってみせた。


「それより、陽も暮れそうだし先ずは宿をとろうよ」


 王狐の農村を出てから三時間ほど。秋の日の入りは早く、気付けば太陽は西の方へと傾いていた。


「そうですね。この話はまた後でしましょう」

「もうしないよ」


 妙な所にこだわるシンに対し、ソウの心も少しだけ穏やかなものになる。

 そうして二人は旅籠屋を探して練り歩く。しかしここは東部の大都市、どこまでも続く建物群に、二柱は道に迷うかとも思われたが。


「あれ、もしかして迷ってない?」

「いえ。確かこっちに宿屋街があったはずですが」


 シンが何の迷いも見せず歩くので、てっきりソウは道を分かっているものだと思っていた。しかしどれだけ歩いても一向に宿屋が見えないので、彼女はそこはかとなく不安を抱いていた。だがその心配は無用。


「ほら、見えてきましたよ」

「おぉ。ほんとだ」

「こう見えても地理には明るいので」


 シンは被衣の中でドヤっているのだろうが、残念ながらその顔は窺えない。ただ布を被ったてるてる坊主のような物体が、いそいそと動いているだけである。

 そうして二柱は瓦屋根の立派な宿屋ののれんをくぐる。


「――――頼もう、大人一人と子供一人で」


 土間から一段上がった座敷に正座する宿屋の主人は、古びた老眼鏡をつけて台帳を捲っている。

 そんな中年くらいの男にシンは一言そう言うが…………。


「大人一人って、嬢ちゃんも子供やないけ」


 依然として台帳に顔を向けたまま、目線だけをシンに向ける店主。


「いえ、私はもう一五〇なので」


 天津神ゆえに、シンは生まれて五〇〇年以上は経っているが、しかし今回はそのことを明かせないので、彼女は成人を超えた年齢である一五〇と言う数字を出した。


「本当かい?」

「うむ。して、一泊はこれで足りるか?」


 シンが差し出した銀色の硬貨。この世界の通貨である楽は、金、銀、銅の順で資産価値が上がる。

 そんな大金をか弱そうな少女が持っているので、これには主人も目の色を変えた。


「悪いが、うちは一泊2万楽だよ。あと三枚は足りないねえ」

「ならばこれで」


 懐から取り出した布袋。今度はしっかりとその目線をシンに向ける店主に、シンがチャリチャリと音を立てながら残りの銀貨三枚を手渡すと。


「おっほっほ。毎度、それじゃあ案内するからついてきな」

「うむ」

「おーい婆さんや、客人を案内するから、店番頼まぁ」

「はぁいよぉ」


 寒さに震えているかのような老婆の声。店主はその声だけを確認すると、二柱を二階へと案内する。

 彼女らが入ったのは少し年季の入った宿で、無駄に蹴上けあげげが高い階段を踏めば、軋む堅材の乾いた音が心地よく響く。


「それじゃあ、ここがお部屋になりやす」

「かたじけない」


 店の主人は案内を終えると、再びのそのそと階段を下りて行く。その去り際、彼は二人の怪しい恰好に奇怪な目を向けたが、ソウは特に気にも留めなかった。


「姫、しばしお待ちを」


 そう言ってシンは部屋に入ると、まるで探し物をするかのように隅々をチェックする。壁に耳あり障子に目ありという訳でも無いが、彼女は覗き穴やそれに類する呪符を警戒している様だ。


「問題ありませぬ。どうぞご入室を」

「有難う」


 一通りの確認を終えると、彼女は片膝を着いてソウを招き入れる。

 

「へえ、結構いい部屋」


 二〇畳ほどの広い和室。畳の匂いが心地よく、使い古された机には茶菓子が置かれ、障子戸を開けば通りが見渡せる。それはもはや宿と言うより旅館のような部屋だった。


「ところでさ、私達ぼったくられてると思うんだけど」


 先ほどのシンと店主とのやり取りを無言で眺めていたソウは、確実に騙されていることを悟っていた。


「いえ、如何様なことありませぬ」

「いーや。絶対ボラれてる!」

「そんなことありません」


 ようやく一息つけるといった所でも喧嘩を始めてしまう二柱。適正価格がどれだけなのかは店主のみぞ知るのだが、明らかに二万楽は高すぎるとソウは踏んだ様子。


「ていうか明らかに見せびらかしてたよね?」

「それはまあ、鼠を捕るための罠ですよ」

「ねずみ?」


 訳の分からないことを言い放つシン。そんな彼女の言葉を聞き、きっと何か考えがあるのだろうとも思ったソウだが、しかし教えてくれてもいいのではと口を尖らせた。


「とりあえず、計画通り御湯町へ参りましょう」


 そんなソウに構わず、シンは話題を本題へと移す。 


「それはいいけど、どうやって将を探すの?」

「龍狩りは尾羽里を統治している国つ神の私兵部隊。その将ともなれば、御湯町でもかなりの待遇を受けているはずです」

「なるほど。一番盛り上がっている所を見つければいいのか」

「ええ。ある程度の目星もついております」


  そして陽は傾き、燃えるような夕明かりが尾羽里の屋根屋根を照らす中、さっそく二人は被衣を羽織って宿屋を出る。


 ――――その雑に整備された大通り。夕刻だと言うのに人通りは多く、綺麗なロウソクの明かりが漏れる料理茶屋や屋台店からは、絶えず笑い声が芸子の歌が零れてくる。


「姫はまだ七十の身、こういった雰囲気は初めてなのでは?」


 小川を挟むような二本の大通り。垂れた枝が美しい柳が川沿いに連なり、その反対側には長屋が雑に賑わっている。そんな心躍る雰囲気に包まれながら、シンはソウに質問をした。


「うん。まだこういうのに憧れる気持ちも無いけどね」

「左様ですか。ですがいずれは、自分を信仰する民のため、こういった場を設けねばなりませぬ」

「祭りってやつ?」

「ええ。お祭りは楽しいので、姫もきっと気に入られるかと」


 相変わらず台本を読んでいるかのような棒読み。普段は誰に対しても愛想が無いが、しかし彼女は無類の祭り好き。この空気にはどこか表情も和らいでいた。


「そういえば、スズランも神使と契約しているの?」

「はい。比較的身軽な種族とだけですが」

「ふーん。やっぱり隠密っぽい神通力なの?」

「ええ。私が使う事を赦しているのは、千里眼だけですけど」

「千里眼?」

「他人の視界を覗き見ることが出来るのです」

「へえ、面白そう。ちょっとやってみてよ」

「嫌です」


 少し仲良くなれそうな空気感だったのだが、彼女の水のように冷たい言葉を浴び、ソウは小さく舌打ち。そこから会話が無くなってしまったのは、もはや言うまでもないだろう。


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