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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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少女の想いはただ複雑に溺れてゆく

「蒼陽姫、やはりあの龍狩りの元へ参られるので?」

「アイツらなら、何か知ってるかもしれない」

「畏まりました。でしたら拷問、いえ、汚れ役はシンにやらせてください」

「拷問?」

「お言葉ですが姫様は仮にも天津神。拷問などと物騒な発言は無きようお願いします」

「お前が言ったんだろ」


 などと、仲がいいのか悪いのか分からない二人。

 彼女らは飛儺火の国境くにざかいまでは駕籠で飛んできたのだが、しかし降りてからはずっとこの調子である。元々接点が少ないという事もあるが。


「しかしあの夫婦の話、やはり結舞月とかいう国津神が、我らの探すべき神の様ですね」

「うん。そいつの所まで行けば、あの双子もいるはず」

「あの三一さんぴんどもが何か存じておればよいのですが…………」


 トウテツの家を出て徒歩五分ほどの所に牛舎はある。

 干し草のツンとした匂いと、牛の糞で作った肥料のツンとした匂い。少し肌寒いせいか、牛舎からは絶えず白い湯気が湧き出ており、心臓に響くような低い鳴き声が中でひしめき合っている。


「おや、巫さま。中の者どもに何か御用で?」


 念のためソウ達が見張り役として立てた腕っぷしのいい王狐族の男が、再び牛舎へとやって来た二柱に笑顔でそう言う。しかし二人が顔を隠しその表情を決して露わにはさせないので、男の笑みも直ぐに消えてしまった。

 そんな中、シンが男に問う。


「捉えた武士は目覚めたか?」

「おう。今も縄を解けと喚いとるよ」

「相分かった。申し訳ないが、少し外してもらえるか?」

「え、そりゃいいけど、何するんだい?」

「主には関係のない事だ」


 全てを吸い込む様な黒。被衣の奥に見える表情は窺えないが、最後の言葉は何者をも寄せ付けない冷たさを纏っていた。

 そんな言葉に男も退散。そうして二柱は心おきなく龍狩りと話せる状況を作った。


 ――その門のようにも見える牛舎の大扉。シンが少し力を加えると、ギギギと乾いた音が舎内に響く。


「お、おう手前ら! 俺たちにこんなことして、ただで済むと思うなよ」


 牛舎に入って一番手前の柱。そこに甲冑をはぎ取られた二人の男が縛り付けられている。そして男はソウ達の姿を見るや声を尖らせるが、もう一人は未だ気絶したまま。


「強く蹴りすぎたようですね」

「自業自得でしょ」


 シンが生死を確認。どうやら死んではいないが、いかんせん鼻がつぶれて前歯も全て折れているので、かなりの激痛であることは明らかだ。


「さて、ではうぬに聞くが、ユイゲツとかいう国つ神はどこにいる?」


 男の残り少ない毛を掴み、シンは無理やり自分と目線を合わせる。とは言ってもシンは念のため素顔を隠しているが。しかしそんなシンに男はあろうことか痰を吐きかけた。


「っへ。結舞月様に会いてえなら、俺に聞くのは門違いだぜアマ」


 辛うじて顔には付かなかったものの、その哀れな男の行動にシンは静かにため息を吐く。そうして、おもむろに男の耳を掴むと、さながら紙でも裂くかのようにそれを引き千切った。


 ――――声にならない声が牛舎で不協和音を奏でる。

 その耳障りな叫び声に、シンは再び呆れたようなため息を吐くと、男の頭を柱に叩きつける。


「どこだ」

「ッックソアマがぁッ、ぜってぇ殺してやるッ。ずたずたに引き裂いて、そのあとじっくり犯してやるからな!」

「…………話にならぬ」


 千切った耳を男の口に突っ込むと、シンはしゃがみ込んだままソウに顔を向ける。だが牛舎の中は夕方のように薄暗いので、彼女がどんな顔をしているのかは分からない。しかしその声色からはただただ冷たい殺気だけが伝わってくる。


「姫、一度外しては頂けませぬか?」

「いいけど、殺さないでね」

「言うに及ばず」


 ソウもそれだけ言うと、まるで家の玄関を出るかのように牛舎の外へと出て行ってしまう。

 それからは外でただ待つだけの時間が続くのだが、時折聞こえる悲鳴にはソウもいい気分はしなかった。


 ……そんな彼女は心の何処かで不安を抱いていた。

 怒りに任せて龍狩りを打ちのめしたのはいいが、もしかしたら私は人を殺してしまったのではないかと。

 ユキメを殺された怒りの炎は、日を追うごとにつれ大きくなっていた。そして同時に、いざ仇と対峙した時、その相手を躊躇いも無く殺せるのかと言う矛盾が、彼女の中で爪を立てて引っかかっていた。


(もしかしたら私は、最後の最後で相手を赦してしまうかもしれない)


 彼女は恐怖していた。ユキメが殺された事実を仕方のないものとして処理してしまうのではないかと。そして誰かを殺めると言う恐怖が、自身の復讐心を陰らしてしまうのではないかと。そんな深い海の中へ沈んでいくような感覚だけが、彼女の中で必死に息を吸おうともがいている。


(ユキメ、私は…………)

「――――姫、終わりました」


 ソウが牛舎を出てから数十分。手に黒い血を付けたままのシンが、何も変わらない声色で扉を開ける。


「何か吐いた?」

「いえ、どうやら誠に知らぬようです」

「そっか」


 本当ならば纏いを行い、その圧倒的な神霊の前で吐かせることが理想だったが、それをしてしまえば相手に気取られるという憂いが彼女たちにもどかしさを植え付けていた。


「ただ奴らの将なら、何か知っているかもしれないと、あ奴は言っておりました」

「そいつの場所は?」

「おおかた、尾羽里の街で遊んでいるとのことです」

「分かった。それじゃあ日が暮れる前に行こっか」

「承知」


 アラナギの龍狩りは主に三つの部隊で構成されている。


 まず空中戦に特化した煌鳥おうとり族の隊。そして地上戦に特化した牛騎族と騎馬族。最後に隠密に特化した白兎と崇巳の隊である。さらにその三つの部隊には、それぞれ一人の将と、それを補佐する副将が何人か存在する。


 そして今回ソウ達が捕らえたのは隠密の下っ端であり、今から彼女達が探しに行くのは、その部隊の副将だった。

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