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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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少女は稲荷ずしが大好き

かんなぎ…………さま?」

 

 震えるナズナの声。

 だが小さい方の巫女はそれに構わず静かに龍狩りを追ってゆくが、案の定男たちもその存在に気付く。

 

「なんだお前」

「歩き巫女か?」


 龍狩りの声。しかし巫女は歩みを止めず、それどころか歩速を上げて男たちとの距離を詰める。

 対する男たちは、自分たちに比べれば大して背丈も無い女に、無意識のうちに警戒心を解きつつあった。


「おいおい、顔なんか隠してねぇで、ちょいと拝ませてくれよ」

「ばか、ありゃどっからどう見てもガキだろ」

「ああ? 俺はガキでも全然いけるぜ」

「本気かよ。俺は無理だ――――」


 などと、彼らは互いの顔を見合わせて談笑するが。――ふと気が付くと、一人の顔面が巫女の飛びヒザ蹴りによって音を立てて粉砕。


「なぁッ!」

「ッな、なんだお前ッ!」


 あまりに一瞬の出来事にたじろぐが、しかし男は条件反射のように腰の得物に手を添える。

 だが巫女はその手を抑え、男の口元と同じようにがら空きの胴に正拳突きを撃ち放った。

 

「ぐぉッ!」


 鈍い音と共に吐き出る唾液。その情けない声と共に、屈強な二人の龍狩りは小さな巫女にノックアウトされる。


「ケガは?」

「え」


 ふと気が付けば男が倒れており唖然とする母狐。その声に視線を下げると、目の前には一人の小さなつぼ装束。


「あっ、いえ、私は大丈夫です! 有難うございますっ」

「ならよかった」

「――姫、お怪我はありませぬか?」


 もう一人の巫女が現れる。彼女も母狐に比べれば小さめだが、しかし小さい巫女に対して膝を着く。布に覆われ表情は見えないが、その声色は少女を敬っているようにも聞こえる。


「大丈夫。それより先を急ごう」

「…………は」


 今の今までの一件を、蟻を踏みつけたかのように、まるで何事も無かったかのように立ち去ろうとする二人の巫。だがどうしてもそのお礼をしたかった母狐は、気付けば彼女らを呼び止めていた。


「あのっ。良かったら我らの家で昼餉でもいかがですか? 何かお礼をさせて下さいませ」


 時刻は正午。尋常であればお腹がすく時間だが…………。


「いえ、私共は急ぎの用があるので、これにて失礼」


 背の高い巫女が、その少しハスキーな柔らかい声でそれを断った。

 対する少女の方は、もはや振り返る素振りすら見せず歩き続ける。しかし。


 ぐるるるるるる。

 と、ここでどちらかの巫女がお腹を鳴らす。


「あの、やはり食べて行かれませんか?」


 気を使ったのか、母狐が苦笑いで呟く。


 そうして巫女は互いの顔を見合わせた。しかしその様子はどこか物々しく、少女の方はまるで「何で腹の鳴らせてるんだ」とでも言いたげだ。

 しかし背の高い方は、煙を振り払うかのようなジェスチャーでこれを否定。「お前の方だろ」とでも言っているように見える。


「あのぉ」


 結局どちらも一歩すら譲らず、どんどん険悪なムードへ突入。しかしここで助け船。


「お母ちゃんッ!」

「カナデ、無事か?」


 尻尾を振り回す男児と、未だ痛々しく腹を抑えている夫。だがその表情は湯に浸かっているかのように穏やかである。


「……ごめんね二人とも、心配かけたね」

「ううんっ、オラお母ちゃんが無事でよかった!」

「すまんカナデ、おいらが不甲斐ないばかりに」

「いいのよ。アナタが来てくれて私も嬉しかった」


 涙も出るくらいの愛情劇。その空気は流石に壊せないと、二人の巫女は静かに睨み合う。


「お母ちゃんを助けてくれて有難う、お姉ちゃんッ!」


 一点の曇りも無い綺麗な瞳。純真無垢なその笑顔と、ぴこぴこと動く可愛らしい狐耳に、巫女の二人は釘付けになる。


「と、尊い」


 背の高い方はボソッと呟き。小さい方も声には出さないが、息の荒さだけでどれだけ興奮しているかが窺える。


「お二方、この度は妻を助けて頂き、誠にありがとうございます」


 今度は父狐が頭を下げるが、まるでエコーがかかっているような爽やかボイス。

 その二メートル以上の身長と程よく焼けた肌。あまつさえ凛々しい顔つき。母狐の男を見る目が窺い知れる。


「と、尊いッ」


 ――――パアン!

 と、小さい巫女が頭をどつく。

 その光景を目の当たりにした母狐は、なぜ小さい巫女の方が貴いのか全て分かったような気がしたが、それは胸の奥へと仕舞い込んだ。


「お姉ちゃん! よかったら家でご飯食べて行ってよ!」

「そうだ、それがいい!」


 再び誘われる魅惑の昼食。しかも二人はお腹をならせてしまうと言う失態を犯し済み。もう逃げられない。


「どうしますか姫」

「…………はぁ。少しだけなら」


 こうして、巫たちは名も知らぬ家族の家へと招待されることとなった。

 ちなみに先ほどKOされた龍狩りたちは、巫女たちの指示の下、村人たちが肥やし臭い牛舎に縛り付けた。


「――――ささ、大した物はありませんが、どうぞお召し上がりください!」


 田園から少し歩いた所にある王狐おうこ族の集落。風化した壁に、いつ飛んでも可笑しくないようなワラ葺の屋根。広大な田園を持ってはいるものの、あまり豊かではない事が窺える。


「では、遠慮なく」

「いただきます」


 少しカビ臭い一軒家。しかし中は綺麗に整っており、五人がいろりを囲んでも窮屈しないだけの広さはある。

 そして大皿に並んだ小麦色に輝く瑞々しい稲荷ずし。他にも小鉢がたくさん並んでいるが、占める面積は圧倒的に多い。


「お姉ちゃん達、そのまま食べるの?」


 フードのように被衣を被ったまま食べようとする二人に、ナズナが嫌味の無い鋭い突っ込みを入れる。彼の両親は深い事情を察してか聞かなかったが、いかんせん子供にそれが分かるはずもなく。


「こ、これは失礼」


 そう言って先ずは長身の巫女が布を払い、それを綺麗に畳んで素顔を露わにさせた。

 全体的に薄い顔だが、どこか涼し気な表情には女である母狐さえも見とれてしまうほど。しかし頭には牛のような角。


「申し遅れた。手前どもは、津々浦々を歩きながら生計を立てている巫。名を()()()()と申す」


 スズランと名乗る麗人。しかし彼女の正体は、天陽の命にてソウの護衛に従事する女神シンだった。

 彼女は神霊や気配を隠すことができる数少ない神。しかしその仕事の少なさから、普段は天陽の世話役をしている。


「右に同じく、巫女の()()と申します」


 そう言って被衣は脱がず、その素顔だけを見せ自己紹介をするソウ。

 高く結った艶やかな黒髪に、絹のような白い肌が美しいが、その頭には黄色い耳が生えている。


「その耳、貴女は虎珠こず族なので?」

「ええ」


 父狐が言った通り、ソウの頭には虎珠族特有の丸っこいふさふさの耳が生えている。一応は変装の為に付けているのだが、家族の様子を見るにどうやら成功している様。


「わぁ、オラ虎珠の人初めて見た! 尻尾見たいなぁ、尻尾!」

「デリケートな部分なので勘弁を」

「で、でりけ?」


 その幼い男児のきらきら眼ですら冷たくあしらうソウ。しかし尻尾など生えていないので、こうするほかなかった。


「こらナズナ。知らない女性に尻尾を見せてなんて言ってはいけません」

 ここで母狐がナズナに注意をして、さらに言葉を続ける。

「申し訳ありません。なにぶん子供なので、ご容赦ください」

「いえ。ところで、あなた方は?」


 ソウが稲荷ずしを飲み込んで夫婦に問うと、彼らも頭を下げて自己紹介を始める。


「これは失礼っ、おいらはトウテツと申しまさぁ。この度は妻と息子を救っていただき、誠にありがとうございました」


 深々と床に手を着いて頭を下げるトウテツ。その雄々しさと礼儀正しさに、シンは思わず息を呑んだ。天陽の侍従は女神しかいないため、シンは男に弱い。


「そしてこっちが家内のカナデで、こっちの坊主が俺の息子のナズナでさぁ」

「よろしくお姉ちゃん!」


 静かに頭を下げるカナデとは違い、ナズナは無邪気な笑顔を振りまく。その様子にはソウの表情も少し綻ぶ。


「よろしくね」

「ところで、先ほどの武士もののふたちは何者であるか?」


 ここでシンが話を切り出す。そしてその時から、青空のように明るかった夫婦の表情が、目に見えて分かるくらい曇り出す。


「あれは、この飛儺火を治めている飛儺の武士たちでさぁ」

「しからば、あれが噂に聞く龍狩りという事か?」


 ある程度の情報は知っているシンだったが、一応確認の為に問うと、トウテツは苦虫を誤飲したかのような表情で答える。


「はい。飛儺から降りて来ては、先ほどのような無茶苦茶をしているんでぇ」

「ふむ、尾羽里おはりのような大きな街でも、同じような事を?」

「いえ、尾羽里は龍狩りの当主様が強く気に入っておられるので、部下たちも手荒な真似はしやせん」

「なるほど。こういった辺境の村々ばかりを狙っているわけか」

「はい。本当に困ったものですよ」


 すっかり飯が不味くなってしまったが、それでもソウとナズナはぱくぱくと稲荷ずしを口に運んでいる。

 ところがソウは、口に含んだ食べ物を煎茶で飲み流すと、ある一つのことを夫婦に問う。


「飛儺には容姿がそっくりな双子の神がいるって聞いたんですが、それが龍狩りの当主ってやつなのですか?」


それまでは冴えない表情だったトウテツは、なぜかその話には表情が崩れる。


「ええ。野蛮な部下とは違い、大層立派な神様だと聞き及んでおりまさぁ」


 双子の神を立派と言う男狐にソウは少しだけ眉をひそめるが、しかしここは堪えて笑顔を作る。


「立派な神ですか。一度お会いしてみたいものですね」

「あはは。それは叶わぬ願いでしょうなぁ」

「何か理由が?」

「ええまあ、飛儺はとても広い国ですからね。誰も当主様と結舞月ゆいげつ様の住む屋敷を見たことが無ぇんでさ」


 この結舞月と言うのが、今回ソウとシンが飛儺火に潜入した大きな目標であるのだが。しかし彼女らは、ユイゲツが自身らのターゲットであることをまだ知らない。


「ユイゲツというのは、一体どういう?」

「ああ、ユイゲツ様は当主様のお嫁さんでさ」

「お嫁さん。であれば、相当大切にされておられるのでしょうね」

「そりゃあもう。あ、よければ、飛儺火に言い伝えられているお話をしてみせましょうか?」

「そういう事なら是非」

「はい! カナデはこの話が上手いんですよ」

「……えへへ」


 ――――そうしてカナデによるおとぎ話を聞き終え、二人は竹から生まれた結舞月こそが、いま探すべき国つ神であり、月の神様が吾月ごがつであることを確信した。

 しかしそれでも、肝心の結舞月が住まうとされる屋敷の位置が分からず、彼女らは頭を抱えた。


「…………竹から生まれたとは、また随分と幻想的な話であるな」

「ええ。絶世の美女とも言われてるんで、一回お目にかかってみたいものでい」

「こら!」


 顔を染めるトウテツをカナデが割と強めに叩き、その様を見ていたナズナは眼を丸くさせている。


「ふふ、仲が良いのですね」

「いやあ、それほどでも」


 そうして、和気あいあいとした時間も過ぎ去り、ある程度の情報も掴めた二人は、ここら辺で帰る旨を夫婦に伝える。


「私たちはこれで。馳走になった。」

「そうだ。もしお宿が見つからんかったら、また私たちの家に寄ってってください。二人くらいなら泊めれるもんでさ」

「じゃあ、その時はよろしくお願いします」


 飛儺火特有の方言を使って話すカナデ。そんな彼女の厚意に、二人はただただ頭を下げた。


 そうして狐一家の家を出た二柱は再び被衣を頭深くまで被り、ソウは杖に見立てた天叢雲斬を手に持つと、一家の見送りを背に受けながら歩き出す。

 そしてそのまま二柱は尾羽里の街へ向かう物だと思われていたが、しかし彼女らは迷いもなく牛舎へと向かった。

 

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