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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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少女の嫌いな光景は、その足さえも止めさせる。

 むかし、むかし、飛儺の小さな村に、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。


 ある日お爺さんが山へ竹を取りに行くと、まるでお月様のように輝く一本の竹を見つけました。


 お爺さんは不思議に思い、さっそく竹をばっさりと切り倒します。すると驚くことに、竹の中で玉のように小さな女の子が、おぎゃあ、おぎゃあと泣いています。


 子どもがいなかったお爺さんは言いました。

「おお、月の神様がワシらに子供を授けてくれたのじゃ」と。


 そうしてお爺さんは早速女の子を家に連れ帰り、その事をお婆さんに話します。


 するとお婆さんも、「なんて可愛らしい子でしょう」と言って、お爺さんと一緒に喜びました。


 こうして、二人はその女の子に結舞月ユイゲツ姫という名前を付け、それはもう大切に大切に育てました。


 ユイゲツ姫はとても元気な女の子で、あっという間に美しい娘へと育ち、夫婦も大喜びします。けれど不思議な事に、ユイゲツ姫はそれから歳を取らず、ずっと若くて美しい娘のままでした。


 そんなある日。村にやって来た双子の貴族が、お爺さんとお婆さんと暮らすユイゲツ姫を見て、「なんと美しい娘だ」と言って結婚を申し込むのです。


 その双子は遥か遠い地からやって来た旅人で、それはもうたくさんの家来を引き連れていました。


 それを見た夫婦はたいへん喜び、早速ユイゲツ姫に双子の貴族を会わせる事に。しかし双子を見たユイゲツ姫は、その双子にこう言います。


「私をお嫁に欲しいのなら、“龍の持つ玉”を私の前に持ってきてください」と。


 すると双子は早速、たくさんの家来たちを連れて悪しき龍を倒しに行きました。

 遠い東の地へ入っては龍を倒し、西の地へ入っては龍を倒し。そうして双子は、龍の玉をたくさん持って、再びユイゲツ姫のいる村へと戻りました。


 しかしユイゲツ姫は、これは龍の玉ではないと言って、結婚を断ります。


 双子はこれに怒りましたが、どうしてもユイゲツ姫の事を諦めることが出来ません。するとユイゲツ姫はこう言います。


「あなた方は双子ですが、私はどちらかとしか結婚できません。なので、大きな国を持つ方と、私は結婚いたします」


 それを聞いた双子は、家来を半分ずつに分けて我先にと山を下りました。


 こうして、弟の方はどんどん国を大きくし、兄の方も負けじと自分の国を大きくしました。そして、もう十分に国が大きくなった二人は、再びユイゲツ姫に会いに村へと戻ります。


 しかしユイゲツ姫は、双子の作った国があまりにも大きく、一体どちらが大きいのかを比べることが出来ず、どうしたものかと困り果ててしまいました。


 そして、ユイゲツ姫がいつまで経っても結婚してくれないので、ついに双子の兄弟も喧嘩を始めてしまいます。


 けれど、その様子を月から見ていた神様が、これではあまりにも可哀そうだと思い、遂には月から降りてきて…………。


「ユイゲツ姫や、そんなに思い悩むのなら、私が貴女の姿となって、結婚できなかった方と結婚しましょう。そうすれば、双子もこれ以上喧嘩をせずに済みます」

 ――と伝えます。


 それをいい考えだと思ったユイゲツは、双子の兄と結婚をし、月の神様が弟の方と結婚しました。


 こうして、この飛儺火の国では今でも四柱の神様が、仲良く空から私たちを見守ってくれているのです。


「おしまい」



 ――――東の諸国を治める大国、飛儺火。 

 さんさんと輝く太陽の下で、黄金色の水田は風に吹かれて楽し気に踊り、国一番の街である尾羽里おはりでは、たくさんの種族が楽し気に日々を過ごしている。


「えー、もう終わりぃ?」

「そうだよ。もうそろそろお父ちゃんが田んぼから帰ってくるからね。ご飯の支度せんと」


 その尾羽里の街から遠く離れた水田。夕焼けのように赤いトンボが羽を休め、背の高いすすきが夜を待つ。しかし村人からすれば、そんな景色もとうに見慣れたもの。

 そしてそれらの景色を味わうことなく、村から外れた辻を見れば、二人の親子が黄色いイチョウの下に腰かけ、なにやら楽し気に話をしている。


「はーい。……じゃあさ、月の神様たちのお陰で、オラたちの国は平和ってこと?」


 頭に狐のような耳が生えた男児。年は六歳くらいで、同じく耳の生えた母親に、おとぎ話についての疑問を投げかける。


「そうやお。お母ちゃんも見たことはないけど、今も飛儺の村で暮らしているんやよ」

「へぇ、会ってみたいなぁ」

「ちゃーんと崇めていれば、ナズナもそのうち会えるわ」


 茶色い無地の着物を着た母親と、くるぶしが見えるくらいにまで袴の裾を端折った男児。そんな二人の腰からは、狐の如し黄色い尻尾が生えている。


 彼らは王狐おうこ族と呼ばれる、飛儺火の国に多く見られる種族であり、商売繁盛の神を信仰している種族。


「本当に?」

「そうやよ。だからホラ、しっかり神様に捧げるお米を作らんと」


 そう言って彼女は、ふんわり微笑みながらナズナの頭を撫でる。

 そんな母の撫でに耳が垂れ、何とも気持ちよさそうな表情をするナズナは、そのまま立ち上がると腕を大きく広げる。


「分かったっ。じゃあオイラがたくさんお米を作って、お母ちゃんとお父ちゃんを幸せにするよ!」

「うふふ。本当かい? それは楽しみやねぇ」


 太陽も頂点に達し、仲睦まじい親子はのんびりと腹を空かせながら、田んぼ仕事に出た父の帰りを待つ。

 ――しかし、そんな母子に迫りくる不穏な影。


「ナズナ、頭をお下げ。龍狩りの人達が来るよ」

「う、うん」


 母の声音が緊張を孕み、それは自然と息子の身体にも伝わる。


 そして道の向こうから歩いて来るのは、甲冑を身に纏った二人の男たち。

 水田に挟まれた細い小道、二人が並んで歩けば一杯一杯の道幅だが男たちは構わず砂利を踏み続ける。それ故に王狐の村人は、龍狩りと呼ばれる男たちに道を譲るため、自ずと道から足を外す。


「あーあ。こんな辺境の見回りとは、俺たちも付いてねぇな」

「ちげぇねえ」


 自分たちに首を垂れる王狐族に目をくれる事も無く、堂々たる態度で闊歩する二人。


「いい女でもいりゃあいいんだが、ここは年寄りしかいねえなぁ」

「俺たちも尾羽里に行きてぇなあ」


 などと話しながら、二人の男は親子の前を通りかかる。しかしここで、一人の男が母親の方に目を向けた。


「お、ちょっと待て」

「どうした?」


 頭を下げ続ける親子に近寄る男。彼は腰をかがめると、まじまじと舐めるように母親を見る。


「お前、顔をあげろ」

「…………はい」

「お母ちゃん?」


 不安げな表情をするナズナに心配かけさせまいと、神妙な面構えで母親は表を上げる。


「なにか、わたくしに御用でも?」

「おお、いい女じゃねぇか」

「ホントだな。こんな田舎にも上玉は転がってるもんだな」


 母親の言葉を無視し、男たちは勝手に話を進める。


「おい女、幾らだ?」

「も、申し訳ありません。私には子供も夫もいますので、どうかご勘弁を」

「そりゃあ俺たちに楯突こうって気か?」

「お願いします。私には家族がいますので…………」


 膝を着き、頭も地に伏せる母狐。

 年の頃は二〇代後半と若く、決して派手な顔つきではないが、程よく肉付いたその身体は、男たちも眼の色を変えさせる。


「お前が嫌ってんなら、子供の方で楽しませてもらおうかねぇ」

「お、お母ちゃん」


 そう言うと男はナズナをぐいっとつまみ上げる。

 しかしナズナは抵抗せずに、まつ毛の手前でなんとか涙を堪えながら、絶えず母親に助けを求めるような視線を向けている。


「おい、俺はガキ相手には無理だぜ」

「じゃあ、こいつは俺が貰う」

「わ、分かりました! 幾らでも結構ですから、息子を離してください!」


 聞くに堪えない母親の湿った声。

 しかしその言葉に男たちは卑しい声を上げ、ゴミでも捨てるようにナズナは放ると、そのまま母親の肩に手を置いた。


「よしよし。それじゃあ家まで案内してもらおうかね」

「ナズナ、お母ちゃんはちょいとお話してくるから、ここで待てるかい?」


 そうは言われたものの、その悲しく歪んだ顔を見たナズナは、幼いながらに母親の危険を感じ取り、震える手足のまま男たちに食らいつく。


「お母ちゃんを離せ!」

「おいうるせえぞガキ!」


 さながら獣のように掴みかかるナズナを、男は怒鳴り声と共に突き飛ばす。

 そうして自分の倍以上はある大男に押されたナズナ。年端も行かぬ子供にはあまりにも強すぎたのか、彼はそのまま恐怖と痛みにうずくまってしまう。


「ナズナッ!」

「まぁまぁまぁ。ガキは放っておいて、お前さんには家まで案内してもらわんとね」


 我が子の元へと向かうため、必死に男の腕を振り払おうとする母親だが、その鬼に捕まれたような握力には敵わず、半ば引きずられるような形で息子から遠ざけられてしまう。


 しかし他の王狐の村人も、恐ろしさ故に見て見ぬふりしか出来ず、辛うじて出来る事と言えば、泣きじゃくるナズナを慰めるだけ。


「オイッ! カナデを離せ!」


 ――――しかしここで飛び掛かる声。


「なんだぁ」


 男たちが振り向くと、そこには丸太の如し腕っぷしが一人。纏う着物は泥だらけで、肌は程よく日焼けしている気風のよい男。


「おっ父ちゃん!」

「ナズナ、大丈夫か!?」

「うん、でもお母ちゃんが…………」


 父の登場により幾らかは落ち着きを取り戻したナズナだが、その憂いに満ちた視線は未だ母に向いたまま。


「待ってろ。お父がいま助けるからな」

「…………うんっ」


 力強く、そして屈託のない笑顔。毛先の一本一本までもが落ち着くような抱擁感に、ナズナはこれ以上にない安心を得る。


「アナタッ」

「待っていろカナデッ」

「なんだおめえは。まさか俺たち龍狩りに逆らうってのか?」


 帯刀する男が二人。対する狐の父は丸腰の一人。この戦いの結末は戦わずして分かるものだが。しかし彼は大切な人を守ると言う強い信念だけで、その結果を塗り替えようとしていた。


「へっへっへ。命知らずが」

「早くしてくれよ」

 一人の龍狩りが一歩前へ出る。

「ここでお前を殺しゃあ、お前の嫁はんは俺たちの物だな」


 龍狩りが腰の得物を抜き、それを自らの顔の横で構える。見た目はチンピラだが、あくまでも武士。その構えは隅々まで洗練されている。


「なんと卑怯な」

「やめてっ、死んじゃうわ!」


 陽の光を浴び、ギラギラと刀身を照らす太刀。おそらく幾人もの命を切り捨てたであろう刀を前にして、父狐の戦意も風前の灯火にまで落ちてしまう。


「…………っぅ」

「なんでぇ、あれだけ威勢はっといて、尻込みしちまってんじゃねぇか」

「っへへへへ。恰好わりいなぁ、お前の旦那はよぉ」


 依然として父狐は拳を前に構えているが、残念ながらその手足は小刻みに震えている。

 ――と、ここで龍狩りが大きなため息を吐きながらある提案を持ち出す。


「仕方ねえ、一発殴らせてくれるのなら、俺たちに楯突いたこともチャラにするし、おめえの嫁にも手は出さねえと約束するよ」

「ほ、本当ですか?」


 父狐の表情に一瞬だけ光が戻るが、それでも龍狩りは絶えず口元を歪ませる。あからさまな嘘であるのに、それを信じている狐をほくそ笑んでいるのだろう。


「分かりました。約束は、守ってください」

「あいあい、…………分かってるよッ!」


 鋭い鉄拳がミゾに入り、胃袋をすり潰されるような激痛に父狐はうずくまる。


「ぎゃははははは! みっともねえなあ!」

「おいおい、俺にもやらせろよ」


 揃いも揃って龍狩りは、地べたを這う父狐に無情にも手加減なしの強い蹴りを入れる。それも嗤いながら、なんとも楽しそうに。


「…………止めろぉ! お父ちゃんを蹴るな!」


 ここでナズナが布団のように父の背に覆いかぶさる。


「もうお止めください! 何でもしますから、どうか息子と夫には手を出さないでください」


 母狐が涙を流しながら龍狩りの足元にすがりつく。


「っはは。分かった分かった。それじゃあ、あっちの方へ行こうか」

「お前らも何見てんだ! さっさと去ね!」


 泣きじゃくる母親を挟むようにして、龍狩りはせっせと彼女と歩いていく。その方角にはナズナの家。


「お母ちゃん、お母ちゃん…………」


 痛みに唸る父の背に突っ伏し、ナズナは涙と共に心から願う。まさに神に祈りを捧げるかのように。


「か、神様、オラのお母ちゃんを、あいつらから助けてください」


 誰にも届かないような小さな声。その流れる涙に邪魔をされ、その言葉は少年の心の中だけにこだまする。――――しかし。


「お主の願い、確と聞き入れたぞ」

「……………………ぇ?」


 ナズナが顔を上げると、そこには真っ白な被衣かずきで顔を覆い隠す巫が二人。

 一人は背が小さく、白い衣も袴の裾にまで届きそうだが、もう一人は成人女性くらいの大きさ。そして被衣の下からは真っ赤な袴が覗いている。

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