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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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少女は全てに興味をしめさず

 下界、中つ国に建てられた榮鳳えいほう官学。神の使いとして認められた獣神が通い、各々が自らの神の為に、神使としての力をつけるための教育機関。

 そこでは今、十年に一度の大イベントである、競闘遊戯会きそいあそびが行われていた。


「さあッ、それでは今回の注目株である生徒の紹介をしまーす!」


 雲一つない晴天の下で開かれた学校行事。

 基本的に武術の訓練で使用される陽日院の、その中でも特別な広さを誇るきのえ舞台。その舞台上で、伝達の神通力が込められた拡声葉を使い、赤い羽織の最上級生が司会をする。


「ではまずの組から行きましょう!」


 落ち葉が積もる舞台上には、わりと質素な客席に着座する教員たちと、三つの組に振り分けられた生徒たちが、それぞれ広場の両端と客席の前に好きな体勢で座っていた。

 総勢で六〇〇以上の人数だが、しかしそれでも、甲舞台の四分の一も埋め尽くせない。


「なんと今年は子組に所属、子組の勝利は確実か!? ミウ先生以来の神童、5年生の虎珠こず族、キサラギ君です!」

「――きゃぁぁぁあッ、キサラギ様ぁ!

「――こっち向いてぇ!」


 そうして一人の生徒が立ち上がる。

 天陽もびっくりな程の金髪に、2メートル程の高身長。おまけに顔つきも整っており、黄色い声援がコバエのように付きまとう。


「ふえぇぇ。わえ達の組まで叫んでるよぉ」

「ホント、あれの何処がいいんだか」


 目を丸くさせる龍の少女と、面白くなさそうに腕を組む羊の少女。

 寅組とらぐみに振り分けられたユハンとヒスイも、今では二年生に進級し、その証である紺色の羽織を身に纏っている。


「ソウはキサラギ先輩の事どう思う?」

「んー。まあ、少しはカッコいいと思う」

「えっ、ほんとに!?」

「うん」


 そう言ってソウは微笑むが、その表情には依然として影が残る。

 彼女も無事二年生となり、今回が初めての競い遊びとなるのだが、それでも心から楽しめてはいない様子。十年前のあの日から、彼女はずっとこの調子だ。


「さあさあお次はうし組ッ。6年生、崇巳あがみ族のヒグラシ君! 彼女もキサラギ君同様、その類まれなる剣術で数々の男を屠って来た。ちなみに僕も推してます!」


 そして立ち上がる紅羽織の女子。

 とても十四とは思えないその大人びた風貌に、丑組の子供たちも沸きあがる。拍手をする者や奇声を発する者、更に口笛を吹く生徒もおり、場は異常な程の盛り上がりを見せる。

 

 ――――それからも彼の紹介は続くが、どれもこれも5、6年生ばかり。やはり武術で競うこのイベントでは、歳を重ねた者の方が有利なのは確実だ。


「さあ、ここまで九人の生徒を紹介してきましたが、まだまだ皆さんの活躍も軽視はできません。今回の競闘遊戯会で尽力し、その名を全校に轟かせましょう!」


 燃えに燃える生徒たち。そして比較的熱が出ない文系の生徒たち。大半はこの二つに別れるが、それに属さない者がいるのも事実。


 競い遊びは剣術、武術、弓術や神通力を初めとした、殆どが武術を使った競技で成り立っている。

 そして全員の参加が義務付けられており、それらを苦手とする生徒は初戦で棄権をしたり、取りあえず力試しで戦ってみたりをする。


「それでは剣術の部、第一回戦を始めましょうッ。先ずは一年生による試合です!」


 そうして始まった一年生の競い遊びは、意外にも全校生徒の予想を裏切り、なかなかの盛り上がりを見せた。

 ――――そしてその決勝戦。


「さあ、いよいよ佳境の決勝戦! まさかこれほどまでに今期の一年生が奮戦を見せてくれるとは思いませんでした!」


 前回の競い遊びでは一年生は特に目立った活躍をしなかった。と言うよりも、他の生徒が勝手な期待を抱いていただけで、もちろん一年生は大いに奮闘した。

 ではなぜそこまでの盛り上がりを見せなかったのか。それはソウの不参加にあった。


「おいポンコツ、前回は出なかったけど、今回はしっかりやるんだろうな?」


 決勝戦も始まり会場の空気が沸き立つ中、ここで一人の男児がソウに声をかける。一年生の初めごろ、完膚なきまでに叩きのめされたユンだ。


 彼は前回の競い遊びで、他の一年生も陰るほどの第一級の活躍を見せ、上級生からの信頼も厚かった。だがそれは彼のお家柄あってのもの。


「ちょっと、あんたは違う組でしょ? 出しゃばらないでよね」


 ソウの親友であるヒスイが口を尖らせる。

 小麦色の肌に、羊のように大きな角が特徴的な国羊こくよう族の少女。一年生の頃と比べ、彼女の成長も著しく、身長は140センチとソウを目線一個分ほど上回る。


「あ? お前には言ってねえよ初戦敗退の雑魚が」

「なに、ちょっと活躍したからって、今ならソウに勝てるとでも思ってるの?」

「ふえぇぇ」


 ユハンもかなり成長している。おっとりとした性格は変わらずとも、官学で過ごした10年間は、その顔つきすらも変えたほど。角も今では、人差し指くらいの長さにまで引っ込んだ。


「ユン、前に言ったよね。もう近づかないでって」


 小さく体育座りをしたまま、まっすぐ正面に眼を据えてソウは呟く。

 彼女は良くも悪くも10年前から変わらない。後ろでお団子を作れるほど髪は伸び、刺さる髪飾りは淡い光を帯びているが。しかし気力に溢れていた少女らしい目つきは、今では半分閉じかかっている。


「ああ、お付きの遊女が死んで、気分は悲劇のお姫様ってか?」


 ユキメが死んだことは彼を含め全校の生徒が知っている。

 教員の一人でもあったが故に、彼女が亡くなった後ズイエン学長がその訃報を集会で告げたのだ。

 そしてソウがユキメとの関係をひた隠しにしていたこともあり、悲哀に満ちた目を彼女に向ける者は少なかった。だが彼女にとってはそれが唯一の救いでもあった。


 ソウにとって、少しでもユキメを思わせるような言動は一番避けたかったことだからだ。


「っはっは。なんだぁ、何も言い返せねえくらい落ち込んでんのか? たかが侍女が死んだくれぇでよ」

「――――ちょっとッ!」


 ユンは知らず知らずのうちに、自身が薄氷の上を歩いていることに気付いていない。それが砕けてひとたび沈めば、彼は二度と水面には上がってこられないという事も。


 それはヒスイとユハンも知っていた。実際ユキメが死んだ後、彼女たちでさえその事には一切触れずに過ごしていたからだ。故にヒスイは止めた。きっとソウは怒り狂うだろうと危惧して…………。


「ソ、ソウちゃん?」


 ユハンも腫れものを触るかのようにソウを見る。

 けれどソウは怒ることもしなければ、ましてや言い返す事もしない。何もせず、ただただ虚空を見続けている。


「ははっ、何だてめぇ、まだそんなに…………」


 死んだような表情のソウを見て、ユンはそれを面白がり嘲笑った。そしてそれだけでは飽き足らず、彼はさらに言葉を浴びせようとしたが、ここで思わぬ横やりが入る


「はいはいはーい! ちょっと通りますよぉ!」

「なんだお前」

「何って、見りゃ分かんだろ。全官学女子の味方、タライ様だよ」

「はあ?」


 突如現れた異物にユンは困惑し、ヒスイとユハンは呆れる。しかしどこか強張った表情も和らいだように見える。


「これ以上女子を鳴かせようってんなら、このヒスイ様が相手になるぜ!」

「…………はぁ!?」


 空気をかき乱すタライにヒスイは声を尖らせ彼を睨むが、しかしそんなヒスイもお構いなしにタライは親指をユンに向ける。


「ほら姉さん、その角で思いっきりやっちゃって!」

「えぇ?」

「ふえぇぇ、タライ君何しに来たの……?」

「えっ、いや、俺は助けに来たって言うか、悪を成敗しに来たって言うか」


 ユハンに呆れられ、たじろぐタライ。だが彼の登場が功を成したのか、それとも馬鹿馬鹿しい空気に気分を害されたのか、ユンは大きなため息を吐いた。


「ッち、白けたぜ。……おいソウ、もし戦う事になっても逃げんじゃねえぞ」


 そう言ってユンは影の薄い取り巻きを連れて退散。一同は一斉に胸をなで下ろす。


 こうして爆弾に火を点けかねないユンがいなくなり、山も越えたかのように思われた。しかしソウの表情はお面を付けているように変わらない。

 ユンに何を言われても、いくら友が助けてくれようと、どれだけ競い遊びが盛り上がろうと、堅く閉ざされた彼女の心には、もはや入り込む余地はない。


「なあおい、ソウのやつ、まだ立ち直れてないのか?」


 そんな彼女を見かね、タライが小声でユハンに問うた。


「うん。でもしょうがないよ」

「ふうむ。ユハン達でも無理なら、成す術なしか?」

「…………今は、そっとしておくのがいいのかも」


 そう言ってユハンは頷いた。

 タライも諦めたかのようにため息を吐くが、しかし彼の行動はそれだけには留まらない。

 彼はおもむろにソウの隣で三角座りをすると、ただ真っ直ぐ空を見上げ、その言葉を言い放つ。


「ソウちゃん、僕ねぇ、実はソウちゃんの事が好きだったんだ」

「はえぇッ?」


 ユハンが青ざめる。それはヒスイも同じだ。


「ぼくねぇ、今までソウちゃんにちょっかい出してたけどぉ、ほんとはソウちゃんとお話したかっただけんだぁ」


 その演技力を存分に発揮するタライ。つらつらと言葉を述べてはいるが、その表情はただの鼻たれ坊主。これにはユハンとヒスイも必死になる。


「…………ちょっと、何してんのよっ」


 タライを呼び戻そうと、ヒスイは声を落として手招く。――しかしタライ、躍起になる二人に目配せすると、「問題ねえ」と言わんばかりの顔で親指を立てる。


 二人がそれを見て、さらに不安になったのは言わずもがな。


「ねえタライ」


 ソウが口を開く。

 タライもでまかせとはいえ、実質愛の告白をしてしまった事に変わりはないの。ゆえに彼女の言葉に自然と緊張が生まれる。


「な、なんだよ」

「向こう行っててくれる」


 ――――しかしその必要はなかった。


「…………はい」


 結局なにも打開することが出来ず、とぼとぼと戻って来た彼にヒスイはゲンコツを食らわせた。


「痛ってぇ! 何すんだよ!」

「あんた何しに行ったのよ!」

「いや行けるかなあって思って」

「何も出来てないじゃない、馬鹿!」

「いや、見ろよあのソウの顔」


 タライは自信ありげに、まるで自分の背を指さすように、その親指で二人の視線をソウに向けさせる。


「心なしか、ちょっと嬉しそうじゃねぇか?」


 そう言われて二人はソウを見るが、そこには何ら変わらないソウの無表情。


「何も変わってないじゃない」

 ヒスイは再びタライの頭をど突く。

「痛ってッ。だから殴るな! 殴るならせめてユハンが殴って!」

「はぇ、嫌だよ」


 相変わらずのアホさ加減に、ヒスイとユハンは肺に溜まった空気を吐きつくした。

 そして同時に、タライのキャラをもってしても何も変えることが出来ない自分たちの無力さに、幼い子供たちの心は打ちひしがれたのだった。


「おっとッ、ここで試合中止! 皆さん試合中止でぇす!」


 ここで突然、絶えず実況を続けていた上級生が声を張り上げた。他の生徒も何が起きているのか分からないと言った様子。


「皆さん、せっかくの競い遊びを中断して申し訳ありません。ですがここで、生徒の呼び出しをさせて下さい」


 そう言って手を叩いたのはズイエン学長だった。

 真っ黒な羽織で身を包み、その雪のように美しい白髪を、後ろで高く結いあげた淑女。彼女は抑揚のある和やかな声で、その生徒の名前を口に出す。


「ええ、蒼陽ソウヨウくん、今すぐ学長舎に来てください。貴女に客人が来ていますよ」


 ひそひそと話す声が聞える。何故ここでソウが呼び出しを食らったのか、二年の生徒たちはそれが分からずにいた。彼女は確かに問題児として名を馳せてはいたが、ここ最近は大人しく、むしろ不気味なほど静かだったからだ。


「ソウ?」


 そこはかとなく不安そうな声でヒスイはソウを見る。しかしそれは他二人も同じだ。


「ちょっと行ってくるね」


 重い腰を持ち上げるソウ。その誰を見るでもない目つきは鋭く、睡眠不足からくる目元のクマが、彼女の目をより紅く見せる。


「…………何か、するつもりなの?」

 ヒスイが問う。

「ううん。心配しないで」


 その時のヒスイには、彼女が何か途轍もない事を考えているようにも見えた。否、それよりもずっと前から、彼女とユハンは感じていたのだろう。ソウが何を考え、その瞳に一体何を宿しているのかを。

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