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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
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少女と亡き女神への想い

 いわし雲が高く泳ぎ、からっとした晴天が美しい季節。しかしそれを純粋に楽しめる者は多くはない。


 天陽大神が中つ国の平定に着手してから二十年。しかし現状、天都に降った国は大和、紀伊、伊勢の三国と、その他周辺の小国。さらには遠い海の向こうに存在する常世の国のみだった。


「ふむ。別天津神ことあまつかみがお怒りとは、まずいですのう」

 

 天界、神々が住まう都の中心部。天都の大部分を占める広大な敷地の、その更に中心に鎮座する巨大な社。そこが主宰神の住まう家でもあるのだが、なにぶんそこに勤める柱数も尋常ではないので、天陽と共に過ごす神も多い。


「それだけに、飛儺火ひだかの平定は急を要するということじゃ」


 社の中の大広間。夥しい数の畳が敷かれ、壁のいたるところには真っ白な紙垂や、その辺から拾ってきたような木の枝、もとい榊が飾られている。

 そんな宴会やイベントで使われるような空間に、四柱の神が集まって何やら話し合っている。


「しかしさるお方に使者の遺体を送り返すとは、奴らも命知らずであるな」


 部屋の真ん中に垂れ幕ほどの大きな地図を広げ、それを囲うように三柱の老神が。そしてその上座には天陽が座る。しかし皆頭を抱え、奥歯に何かが挟まったかのような表情を浮かべた。


「して、如何様になさいますか大神」

「…………大神?」


 眼が痛くなるような装飾。その立派な衣に身を包んだ老輩が、覗き込むようにそろって天陽に目を向ける。


「大神、何かご憂慮でも?」

「いや、大丈夫じゃ。続けてくれ」


 そうは言うものの、しかし彼女の表情は浮かばない。

 彼女は今、自身の妹でもある月の神。吾月ごがつとの遭遇と、その吾月の目的について、飯も不味くなるくらい思慮していた。


「やはり、吾月様の事がお気に掛かるので?」


 一柱の老。あごの髭を綺麗に剃っており、上唇に被るほど白い髭を蓄えた神が問う。


「ああ。やはりあ奴も、蒼陽の存在に気付いたと見るべきか」

「しかし蒼陽姫は龍人。月の神に気取られるほどの神霊をお持ちではないのでは?」

「そう考えるのが普通じゃろうな。じゃが、吾月は再び降臨した」

「まさか、誰かが情報を流しているとでも?」

「考えたくはないがな。…………やはり、蒼陽を神使にしたのは不味かったか」


 重たい空気に日も陰る。

 しかしそんな中、廊下をバタバタと駆けてくる忙しない足音が響いて来る。そしてその音が止むと、今度は襖の奥から声が飛んできた。


「大神。シンです」


 少しハスキーな柔らかい声。しかしどこか焦燥を感じさせる声音に、一同の注意はそちらに向く。


「おおっ。影の神が戻ったぞ」

「何か情報を掴んで来おったか!?」

「静まれ、静まれ! 先ずは話を聞こうではないか」


 二柱の老神が騒ぐ中、その中でも一番背の小さな男神が声を上げて制した。そのおかげもあって場は静寂を取り戻すが、天陽は変わらずの表情で問いかける。


「何か分かったのか?」

「はい。やはり飛儺火は、月の神が統治しておるようです……」


 襖を開ける事無く、それでも全員の耳に行き届くような声量でシンは続ける。


「そして、アラナギが率いる龍狩りとその軍勢が、実質、飛儺火を圧政していると見ても間違いありません。しかし誠に遺憾ながら、奴らの居場所までを特定することは出来ませんでした」

「そうか」

「他にもまだ危惧することがあるであれば、今一度、飛儺火へ忍びますが」

「よい。ここまでご苦労じゃった。下がってよいぞ」

「…………は」


 シンはこれで話が終わるかとも思ったが、しかし天陽は去ろうとするシンを再び止めた。


「シン」

「はっ」

「蒼陽を、呼んできてはくれぬか?」

「畏まりました」


 その要求にほんの束の間だけ沈黙が生まれたが、すぐにシンは返事をし、またしても忙しない足音を広間から遠ざけた。


「大神。やはり、蒼陽姫に行かせるので?」


 視線を襖から天陽に移し、老神が問う。


「ああ。ここまで来たら何が何でも蒼陽に信仰を集めさせる」

「しかし、飛儺火は東を治める大国。いくら大神の眷属と言えど、無理があるのでは?」

「うむ。確かに今回ばかりは少し憂いも残るが、致し方ない」


 蒼陽には何を言っても聞かないだろうと諦め、天陽は小さくため息を吐く。

 そうして数時間にも及ぶ会議も終わりを迎え、彼女は蒼陽と会うための支度を始めた。


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