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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第三章 国滅ぼし
112/202

名無しの、

あなたの物語。

 

 十五夜の月が黄金こがねに輝き、秋の肌寒い夜空をぼうっと照らす。

 枝から落ちた紅葉は、篝火に飲まれてその身を焦がし、火の粉となって風に乗る。


「おい、随分無口じゃねえか。初陣で緊張してんのか?」


 年若く、突き刺すような寒さに凍える男が一人、あなたに問いかけてくる。

 男は黒い甲冑に身を包んでおり、その胸当てには龍の刻印。髪は長く、それを後ろで高く結っている。

 ――――あなたは男の問いかけに、ただ一回だけ頷いた。


「まあ心配すんな。なんでも相手は数人だけだそうだ。気張ることはねえよ」


 庶民には手が届かない様な屋敷の中庭。

 あなたの周りには、数えられるだけでも幾百もの兵たちがひしめき合う。その白い吐息で朝靄のような景色を生みながら。


「そういや聞いたか? 今夜にでも姫を都に送るそうだ」

 男はそう言うと、眉根を吊り上げ大きくため息。

「あーあ。俺も一回くれぇはお目にかかりたかったもんだぜ」


 あからさまに肩を落とす男。絶世の麗人とされる姫君を拝みたい気持ちも分かる。だからあなたは、彼の背にそっと手を添えた。


「っはは、何だよ、励ましか? まあ、高望みだってのも分かってらぁ……」

「――――注目ッ!」


 雷が落ちたかのような突然の大声に、兵たちの間には緊張が走る。

 張り詰めた空気に、パチパチと弾ける薪の音。甲冑と甲冑がぶつかる小気味いい音。その全ての雑音が、鮮明にあなたの耳に入ってくる。


「皆の者、心して聞けッ。今しがた、賊がこの屋敷の森に入ったとの報告があった!」


 寸分の狂いもなく整列した兵たちの前方で、将らしき偉丈夫が台に乗って声を張り上げている。

 心臓に共鳴するかのような低い声に、不思議と身体も強張ってしまう。


「お前たちの任は、今から森に入り、その賊共を撃ち滅ぼすことだッ」


 隣の男も、前の兵士も、その目線はただ一点だけを見つめている。そしてその目に宿るのは、消えることの無い闘争心。


「よいかッ、我らの主は我らがお守りするのだッ。ここを破られれば、我らに明日はないッ!」


 ――――男の鼓舞に、沸きあがる兵士。


「皆の者ッ、準備はよいなッ!」

 

 空気は震え、足元は揺れる。そして次第にあなたの身体にも熱が宿り、それは大いなるエネルギーとなって心臓を跳ねさせる。


「いざッ! 出撃だぁぁッ!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!」


 掛け声と同時に、前方の列が駆け足で進み始めた。そしてそれは波の様に伝わると、――遂にあなたの列が前進を開始。


「いよいよだな! 気張ってコケるんじゃねえぞ!」


 男の力強い叩き。それに押し出されるようにあなたは走る。

 甲冑は鉄のように重く、走る度に上下に揺れては、押さえつけられるような負荷が双肩にかかる。


 ――――呼吸も次第に乱れるが、それでも隊は走り続けた。

 あなたも流れるままに走り続け、幾度かつまずきそうになるも、決して足を止めはしない。


 そうして見えてきたのは、鬱蒼と広がる雑木林。月明かりを頼りに見て見れば、それは全てを飲み込まんと大きく口を開けている。


「ここからだぞ。大丈夫か?」


 あなたの隣で走り続けていた男が問うてくる。肌には汗が伝っているが、まだまだ走れると言った様子。


「まあ、こっちは百人だ。案ずるこたぁねえよ」


 男の言葉に頷き、森へと足を踏み入れる。

 ――――腰まで伸びた笹薮が足を遅め、無雑作に佇む木々が視界を遮り見通しは良くない。

 何人かの兵が持つ灯りを頼りに、あなたは辺りを見回すも、しかし見えるのは深淵のみ。

 耳をすませば、聞こえるのは落ち枝を踏む味方の足音と、ほうほうと木霊する不気味な鳴き声。


「こりゃあ不味いな」

 男が静かに口を開いた。

「木が邪魔で、隊がバラけちまう」


 男の言葉に気付かされる。先ほどまで窮屈だった隊列も、見れば薄く伸ばしたように広がっている。


「全員離れるな! 固まって動け!」


 隊の中から声が飛んだ。しかし誰が発したのかは分からない。

 周りでは兵たちがきょろきょろと首を振りながら歩いているが。しかしどれだけ味方に囲まれていても、服を着ていないかの様な不安感が絶えず付きまとう。


「くっそ、視界がわりぃ」


 男が目を凝らしながら笹薮を斬る。

 屋根の様に覆う木々のせいで、森の中は月明りも入らず暗いばかり。


「賊は見つけたかぁッ?」

「見当たりません!」


 前方から声が聞こえてきた。だがかなり離れているらしく、その声は今にも消えそうな音量だ。


「もしかしたら、もう逃げちまったのかもな」


 そう言って男が表情を和らげる。どこか安心したかのような安堵の表情だ。ふと気づけば、他の兵達もまるで散歩をしているかのように暇そうだ。


「まあ、この数だからな。奴さんもそりゃおっかねえって」

 男は抜いた刀を鞘に戻した。


 ――――ああああぁぁぁぁぁッ。


「何だ!?」


 突然鼓膜に響く声。明らかに異常な叫び声だ。


「クソ! 誰かやられたのか!?」

「敵が現れたぞ! 全員進めッ!」

「敵襲ッ、敵襲ッ!」


 兵たちが一斉に走り出す。眼を血走らせ、叫び声が聞こえた方角へと。


「俺たちもいくぞ!」


 焦燥を感じさせる男の表情。あなたが頷くと、男も頷き返して駆け出した。


 あなたは腰の鞘から刀を抜き取り、柄を強く握る。岩肌のようなごつごつとした感触。刀は今にも落としそうなほど重い。


「もうすぐだッ!」


 兵たちは自らを鼓舞しながら走る。あなたも走るが、はびこる草木が行く手を妨げる。


「ぎゃぁぁぁぁぁあ!」

「全員離れるな! 背を向け合って本体を探せ!」

「クソ! クソ! クソォ!」


 ――――次第に聞こえてくる悲鳴と怒号。それは走るほど近づいて来る。


「何なんだよありゃッ!」


 あなたの前を力走していた男が、怖気づいて腰を抜かす。

 そうしてあなたも、目の前に広がる地獄を目の当たりにした。


「畜生! どこに居やがるんだッ!」

「気を付けろッ! 術者よりも先ず刀を折れ!」

「あぁぁぁあッ。いてえ、痛ぇ!」


 屈強な兵に囲まれた、独りでに浮遊する大太刀。その刀身は真っ赤に染まり、鉾先からは血がしたたり落ちている。


「…………何だよコレ、まるで刀が心を持ってるみてぇだ」


 腰を地につけ、尻込みする男。しかしあなたは意を決し、その戦場へと足を踏み入れる。


「おい、行くな! 死ぬぞ!」


 後方から声が聞えてくるが、構わず歩を進める。

 ――――握る刀は汗で湿り、激しい動機に心臓が痛む。眼前には逃げ惑う者と負傷兵。地面には積み重なる遺体。立ち向かう者もいるが、彼らも悉く切り捨てられる。


 両手で刀を構え、浮遊する太刀の動向を窺う。

 あなたの他にも、大勢の味方が太刀を取り囲んだ。勝機はあるようにも見える。


「後ろだッ! 後ろからも来るぞッ!」


 ――――突如背後から聞こえる声。

 思わず振り返ると、そこには女が一人。その出で立ち、闇夜に紛れる黒髪に、肌は雪の様に透き通る白。だがその手足は、まさに龍の如し異形。


 女は草木をものともせず、獣の様に縦横無尽に駆け回っては、同じく浮遊する刀で兵を斬っている。


「龍だッ! 龍が出たぞ!」

「術者はそいつだッ、斬り殺せ!」


 兵たちは叫ぶが、しかし無情にも女の凶刃によって狩り殺られ、一人、また一人と地に伏せてゆく。


 あなたを囲んでいた幾百ばかりの味方の兵も、残すところは僅か数人。

 

 そして遂にあなたも、その女と目が合ってしまう。

 闇夜に輝く赤い瞳に、糸のように細い瞳孔。しかしその素顔は、小面のお面を被っており明らかではない。


「弐舞・串撃ち」


 …………風鈴のように涼し気な声。しかし、それは確かな殺気を纏っており、それは確かにあなたへと向けられたもの。


 赤い刀身が胸部を貫き、同時に背後からも突き刺さる冷たい感触。あなたは痛みを感じる間も無く、ただ眠るように、ゆっくりと膝から落ちていく。


 そして重たい瞼を閉じ、呼吸を終わらせ、意識を深く沈ませた。


「名も知らぬ者よ。安らかに」

プロローグです

3章の執筆始めました。投稿できるのは一か月後くらいです。

恐らくこの章でソウは最強になります。

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