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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
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禊祓

龍文書―10


【天つ神】:天界に住まう神の総称。

「じゃあ、行ってきます」


 なんだこの面接前のような緊張感は。異世界に来たのはいいけれど、なんか思ってたのと違うぞ。


 などと考えながら、鳥のさえずりにも聞こえるうぐいす張りの床を、きゅっきゅと鳴らしながら歩く。


「ここからが“本殿"だ。童、常に感謝の念を持ち、敬う心を忘れるな」


 大きな扉の前で、男は私を見る事もせず、真正面を向いたままで口を開いた。その様はあまり良い気分を私に残さない。


「あの、付いてこないんですか?」

「この先は、許可の下った者以外は入れない」


 なるほど。それだけ神聖な場所って認識でいいのか? まあいい。なんでも来いや。


 そうやって流れに身を任せ、まずは扉を開けようと一歩、足を前に出したその時だった。その彫刻細工が美しい大扉が、まるで私を待っていたかのように自ら口を開け始めたのだ。


 そして扉に誘われるように一歩、また一歩と歩みを進めると、再び扉が動き出し、大きく開けていたその口を閉じてしまった。――――これで私は完全に独り。


「マジか。なんだこれ、どうすればいいんだ?」


 先ほど歩いて来た殿内とは違い、今度は最低限の窓しかない大部屋。というよりも、大空間と表現するのがふさわしいだろう。


 足を踏み出すと、床の軋む音が寂しくこだまする。

 高さも奥行きも桁違いな本殿は、その広さの割には静かで、つんとした無音だけが騒がしく耳の中で反響する。


「人の子。龍野一二三たつのひふみよ」


 ――――小雨の如く静かに降って来た声。その美しい声は、なぜか私が人間だった頃の名前を呼んだ。

 

 でも何で私の名前を知ってるんだ?


「こ度は、我らのからすが、お主に大変な迷惑を掛けてしまったことを、深くお詫び申す」


 綺麗な女性の声。日差しのように透き通る声だが、真夏の太陽のような力強さも持っている。

 

 ……烏って、あの三本足の烏のことか?

「いえ。とんでもありません。あんな所に立っていた私も私ですし…………」


 私にぶつかって来た烏が、まさかの神の使いだったという事実を知り、逆に申し訳ない気持ちが浮上してくる。

 こちらに向かって飛んできたとは言え、落ちたのは私の責任でもあるからなあ。


「ですのでどうか、お気になさらないでください」

「左様であるか。どうやらお主は、激しく寛大な心の持ち主のようだな」


 ――――その次の瞬間、突如として大空間に光が注ぎ込まれる。太陽を直視することが出来ないように、今の私も、その眩しさに目を開けることが出来ない。

 私は咄嗟に袖で光を遮断して目を守る。そしてしばらくそうしていると、逆光のような光は次第に落ち着いてきた。そして代わりに、声が一つ。


「ふう、いつぶりだろうか。天の山腹に降りてきたのは」


 天の声とは違う声……?

 袖を降ろすと、目に飛び込むは絶世の美女。もとい天女。


 七色の装束を身に纏い、耳や頭には色鮮やかな宝飾。そして奥が透いて見えるほどの薄い羽衣が、まるで龍のように巻き付いている。

 背丈はユキメより少し高く、恐らく一七〇以上はある。まあ、とにかく美人だ。


「どうした? あまりの眩しさに失明したか?」


 そう言って天女は笑うが、あの光は冗談に聞こえない眩しさだった。下手したら本当に失明していたかもしれない。


「あの、貴女様は?」


 恐る恐る私は彼女に問う。しかし私の勘が外れていなければ、多分彼女は腰に手を当て、胸を張って答えるだろう。


「よくぞ聞いてくれた。余は天の神々が住まう都、天都を治める主宰神。名を、天陽大神あまはるおおかみである!」


 予想通りの自己紹介。やはり彼女はお姫様タイプ。しかも一人称が“余”だ。きっと権力を振りかざして、無理難題を押し付けるタイプの神様に違いない。


「なるほど」

「あれ、もしかして余がどれだけ凄いか分かってない?」


 どこか友達と話してるような感覚だ。まだ参道で出会った樹木の女神さまの方が、よっぽどとうとかった。


「いや、そんなことないですよ」

「言っておくが、余より偉い神様なんていないんじゃからな」


 調子が狂う。これだけの大々的な空間でこの背丈だし、なんか性格も十代みたいだ。本当は偉い神様の娘なのではと疑ってしまう。


「し、しかし何故そのような神様が、わざわざ私の前に現れたんですか?」

 ――――と、素朴な質問をしてみる。

「うむ。その方が誠意が伝わるかなって思って」


 理由が高校生! “近くにいたから来たよ"的なノリだよ。この神様、行けたら行くって言うタイプの神様だなこれ。


「…………なるほど」

「でも本当に悪かったって思ってるから!」


 いや、そんな半ギレで言われても。

 それにもう過ぎたことだし、私もそれほど気にしてないんだよな。三十年も前の話だし。


「ですので、そこまで気にしてないので大丈夫ですよ」

「そうかそうか。なら良かった」


 どこか軽いんだよなぁ。でもまあいいか。最高神様が直々に謝ってくれたんだ。それだけでも有難いことだ。


「では、そろそろ本題に参りませんか?」


 ――――そう。私がここに来た目的は禊祓みそぎはらえを済ませに来たことだ。私は早く終わらせて神通力を使いたいのだ。


「ふむ禊だな。喜べ、今回はこの余が直々に執り行うぞ」

 何でこんなに恩着せがましいんだろう?

「はあ。有難うございます」

「それじゃあ、そこに座れ」


 言われるがままに私は彼女の指さす場所に座る。しかしそこから真上を見ると、そういう構造なのか、天井には大きな穴がぽっかりと開いている。


 ……一体何が起きるんだ?


「ちょっと待っておれ」


 そう言って彼女は目をつむり、ぶつぶつと何か言葉を唱え始める。

 すると、まるで何かの引き金を引いたかのように、突然頭上からテニスボール大の雨が降りそそぐ。


「――――冷た!」

「まだまだ序の口だよー」


 唱える声はどんどん大きくなり、それに従い雨も勢いを増していく。というよりも、もはや雨なんて可愛い物ではない。

 大滝の様に連続して降り注ぐ大量の水。その勢いに耐えきれなかった私は、思わず腹ばいになってしまい、その凄まじい水圧を全身に受けてしまう。


 ――――まるで誰かに押さえつけられている感覚だっ。頭が上がらないし、呼吸も出来ないっ! これはヤバイッ、死ぬッ!


 そう思った次の瞬間、岩のようにのしかかっていた奔流ほんりゅうは、まるで蛇口を捻ったかのようにピタリと止んだ。

 

 

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