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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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不完全燃焼遠征

「この者は以前、私が中つ国で保護したのだが…………」


 正直に言えば、チヨの不死を暴くのは半ば諦めていた。


「――実は彼女は不死で、しかも彼女の両親は他界。それでなぜ千詠だけが不死なのか分からずだな」


 しかし私が話していると言うのに、栄零サザレイ千詠チヨを見つめたまま微動だにしない。さらに、挙句の果てには口を押え、目から涙を流す始末。

 ――――あたしの話聞いてるのか?


「それで今回、その答えを探しに参ったのだが…………」

「………………千詠?」


 やはり彼女は私の話なぞ聞いていなかった。それどころか栄零は、チヨの名前を呼んで唐突な抱擁。この行動には私もチヨも驚きを隠せなかった。


「ああ、あああ……。本当に千詠なのね?」

「…………誰?」


 突如抱き寄せられ、何が何だか分からずにいる様子の千詠。そして抱き返す事もしなければ、彼女はブランと腕を引っさげたまま、天井を仰ぎ見ている。


「…………ごめんね。ごめんねッ千詠!」

「…………だれ、ですか?」

「ごめん、ごめんっ。今日まで大変だったんでしょッ。ごめんなさい千詠」


 私もチヨも、もう言葉は出ない。私は状況を理解できたが、千詠は未だ分からずと言った表情。それでもここは、彼女自身に気付かせるべきだろう。


 そうして千詠は、自身の膝元で泣き崩れる栄零を見下ろしながら、嗚咽で震えるその頭に、そっと手を置いた。


「千詠っ。もうあなたを、一人になんかしないからねッ! これからはちゃんとっ、私が、守って見せるからねッ」


 悲しみと、喜びと、いろんな感情の混ざった号泣。袖を絞るように涙を流し、涙で濡れた声を絞り出す。…………その様子から捉えられる言葉はもう、言わずもがなだろう。


「……………………お、おかあ、さん?」

「ごめんね千詠っ。許してなんて言わない。千詠、千詠ッ。…………会いたかったッ」


 ――――雫が落ちる。


「お母さん、なの?」

「…………そうっ。そうだよ。ずっと会いたかったッ! 二千年前からずっと、あなたをお父さんに預けた時からずっとッ!」

「そんな。お母さんは……チヨを産んだ時に、死んだはずじゃ」


 チヨの目に涙が溢れる。彼女の涙を見るのは、これが初めてだ。ずっと我慢してたのか、それとも枯れていたのか…………。


「違うっ! それは、私がお父さんに言わせた嘘なの。私が帰らないとき、そう千詠に言ってってお母さんが頼んだのっ」

「なんで? じゃあずっと、おっ父は……お母さんを待ってたの?」


 その言葉に少しの沈黙が生まれる。しかし、自身が造った静寂を、千詠はチヨ自身で打ち破る。


「何で帰ってこなかったの? おっ父はずっと一人で私を育ててくれた。ずっと私の傍に居てくれたッ! あなたはお母さんなんかじゃない! お母さんはもう死んだの! おっ父を悲しませたお母さんなんか…………私はいらないッ」


 そう吐き捨てると、千詠は押されたように駆け出し、宙に涙を残しながら広間を出て行った。そして広間には乾いた足音だけが残り、しかし誰一人として、それを追う者はいなかった。


「ねえ、追わなくていいの?」


 千詠に突き放され、一人おいおいと泣き伏せる栄零に私は声を尖らせる。


「…………私は、千詠に嫌われました。いえ、嫌われて当然のことをしたんです。これがきっと、あの人が私に与えた罰なのでしょう」

「チヨは、あんたに会うためにここに来たんじゃない」

「…………え」

「チヨは死にに来たんだよ。死んだお父さんに会いたいって」


 昨日の夜、千詠が言った言葉を、私は一言一句聞き逃してはいなかった。だから私は、その言葉をすべて栄零に聞かせた。これまで千詠が歩んだ人生も一緒に。私が知る限りの全てを。

 傷に塩を塗るような仕打ちだが、それを知るのが親だと思った。


「貴女とチヨの絆は、今は無いに等しい。それどころか、チヨは亡くなった父親を今も想い続けている。そんな鉄みたいに固い絆に、今から割り込もうなんて無理があるんじゃない?」


「私は、どうすればいいのでしょう」


「幾億もの糸が束になって出来た絆なら、今から一本ずつ重ねていけばいい。そうすればきっと、あなたもチヨにとってかけがえのない者になれますよ」


 少し小恥ずかしい言葉を吐いたが、これは纏いのせいにして、アマハル様が喋ったことにしよう。――そう思えば、私の口からはどんな言葉も出てきた。


「だから今すぐチヨを追って。…………じゃないと、私の四人目の娘にしますよ?」


 視界の端の方で、三女神が目を輝かせているのが見え、後ろに立つユキメからは、物凄い気配を感じた。


「わ、私…………。申し訳ありません大神様、失礼します!」


 そう言って栄零は、腰を曲げて最敬礼をすると、こちらを見る事もせず一心不乱に駆けて行った。


 ――――しかしまあ、私もまだまだ子どもなのに、よくぞここまで説教できたものだと感心する。纏いをしていなかったら、きっとここまでは言えなかっただろう。



「それでは今から音鳴と、その一派に審問を行う」


 それから数時間後。私は、毛先程も知らない国の政治に関わり、心の中までも鬱にしていた。

 外では官学生たちが遊んでいると言うのに、私はいつまで仕事なのだろうかと? と。


「――――じゃから我は、幼少の頃に売られた奴隷じゃって言っておるだろう!」


 オトナリ尾売とその一派が、自らの簒奪行為の正当性を証明すべく、栄零一派に研いだ言葉を吐く。


 玉座の間から少し離れた応接室。私たちはそこで両者の意見を聞いていた。栄零の陣営は、その栄零が席を外していたため、その代表者が討論をしていた。

 そして悲しい事に、この討論は一時間程続いているのだが、しかし全く進展しないイタチごっこ。終わりのないぐるぐるバット。目が回って仕方がない。


「嘘を吐くなオトナリ! そもそも二千年前、この国に反旗を翻したのも、其方らの先祖じゃろうが!」

「先祖の犯した罪なぞ知らん! 我らは物心ついた時から、この国の奴隷として扱われてきたのじゃ!」

「――――じゃから、さっきから言うておるが、我らは奴隷など取っておらぬと申しておる!」

「ほう。ではお前らに滅された、我が国の名も知らぬと申すのかえ?」

「知らん! トキジクはもとより一国。侵略者は其方らの方じゃろ!」


 などと、つらつらつらつら唾を飛ばす彼らに挟まれ、私とカナビコは一生分のため息を吐いたと思う。


 ――――ちなみに概要を話すと、この常世の国。もとい常世の島には、三千年前から三つの小国がひしめき合って小競り合いをしており、それをつい三百年前に統一したのが、この時香トキジク国だそうだ。

 そして滅ぼされた国の民達は奴隷にされ、悲惨な毎日を過ごしていたらしく、それに耐えかねた音鳴が、反乱を起こして栄零を封じたらしい。


「そうじゃ! 音鳴、貴様らは我が国の“若返りの水”を奪いに来たのだ。そうに違いない!」

「じゃから、若変水おちみずは元々、我らが月の神から授かった物じゃと言っとるだろ」


 そして栄零一派は、常世の国はもともと一国。名をトキジク国として繁栄していたのだが、ある日突然反乱が発生。しかしトキジクは敗戦濃厚の防戦ばかりで、いつか神族も侵されかねないと危惧した栄零が、チヨを連れて中つ国に脱出。そこで出会った男にチヨを預け、彼女は再び国へ戻ったそうだ。

 そして彼女らは負け、たった今日まで地下に封印されていたとか。

 

 ――――不老不死とか、若返りとか、もう頭が混乱するから止めてくれ。


 などと思いながら、私は窓から外を眺める。鳥は自由に空を飛んでいると言うのに、私はいつまでこんな部屋に居なければならないのだろうか。と自身の状況を呪いながら。


「あの、ところで結局、不死って何だったんですか?」


 両陣営が私たちを挟んで討論していたが、私は遂に我慢できず、そう言って横やりを突き刺す。

 だが今回の一件を鎮めた私に、逆らえるはずもなく、頭の固そうな老人が渋々教えてくれた。


「不老不死は、我らの海神、栄零姫神サザレイヒメ様の先祖代々が、その身に受け継いできた特異体質じゃ」


「不死は継承されるって事?」


「左様。本来なら親から子へ託され、その子がその先何千年という長い期間、国を統治するのじゃが、なぜか千詠尾売は、生まれたころから不死を持っていたのじゃ」


「ふーん。そしてチヨが生まれた頃合いに、戦争が起きたと?」


「そうじゃ。そして栄零様は、敵の手が届かぬ中つ国に逃げたのじゃが、あの方は国を守るべく、チヨヒメを置いて帰ってこられたのだ。誠、立派な方なのじゃ」


「へえ。娘より国を優先するなんて、よほどの名君なんだねー」


 しかしそのおかげで、チヨは消して消えない傷を負ってしまった。常世の国の歴史は語れば長いが、私はどうにも、その事実に腹が立って仕方が無かった。


 ――――そして結局、討論は収束することも無く、その日の夕方ごろまで続き、私たちの仕事は、天都から遣わされた神々によって引き継がれることとなった。

 果たして、今の今までの時間は何だったのだろうかと不思議になる。



「それでは皆さん、帰りの船旅の、その安全をお祈り申し上げます」


 陽は西に傾き始め、赤くなり始めた太陽が海面を照らす港で、私たちは島民の歓迎を受けて船に乗った。


「チヨ。本当に来ないの?」


 千詠はこの国に残る事に決めたらしい。まあ、母親もいるのだから当たり前と言えば当たり前だが。


「うん。チヨね、もう少しここで暮らしてみたいんだ。お母さんとも、もう少し話してみたいし」

「…………そっか。分かった」


 それでも彼女が生きる事を決意してくれたのは嬉しかった。去り際の生き生きとした笑顔も、私たちと別れる際に見せた悲しい顔も。どれもが確かに彼女の感情だったのだ


「ささ!」「皆さま!」「出発しますよ!」


 夜の航海は危険なため、直ぐにでも発たなければならず、私はロクに観光も出来ぬまま常世の国を離れなければならなかった。


「お待ちを!」


 そうして船に乗る際、栄零が私たちを止める。


「天都の神々よ、此度は誠、感謝の念しか残りませぬ。本当に、有難うございました」


 彼女も不老不死の身体を持つため、歳は二〇代ほどと若く見えた。

 ――ちなみに不死とは、継承されたその日から効力を発揮するらしい。だがそれを生まれ持ったチヨは、十七歳で一度死に絶え、その時に老化が止まったと老人たちによって結論付けられた。


 その死因は不明だが、それは彼女の父しか分からないと言う。


 だがこれで、千詠が一人ぼっちになる憂いが消えたわけだが、私が年老いて死んでも、彼女は十七歳のままで生きていくと思うと、少し不思議な気持ちになる。


「私たちはチヨの為に尽くしただけですよ」

 私が優しく微笑みかけると、栄零が涙を浮かべながら表を上げ、こう続ける。

「いえ、皆様のおかげで、私はこうして千詠と再会することが出来ました」

 それからさらに彼女は、再び頭を下げ、私たちに向かって声を張る。


「お礼と言う訳でもござりませぬが、我ら時香国は、今日より天都に降ろうと思います。まだ正式に決まった訳ではありませんが、また決まり次第、天都に出向こうと思います」


「…………蒼陽姫」


 カナビコが喜びの笑みを私に見せる。しかしそれは私も同じ。たった今、小さな島国と言えど、確かに私の前で、常世の国が天都の統治下におかれたのだ。


「やりましたな、蒼陽姫!」

「…………う、うん」


 確かに簡単ではなかったが、私は天陽様の神勅の元で、一国を天都の国として統治したのだ。遠く離れた海に浮かぶ島ではあるが、私は、確かにここでの信仰を得た。


 ――――そう。私は、神様としての最初の仕事を、文句なしの完遂で終わらせたのだった。


「ふぉっふぉっふぉ。これでまた、天都から褒美が出ますぞ」

「ソウ様、ユキメも鼻が高うございます」

「はえぇぇ。ソウちゃんが神様として大きくなっていくよぉ」


 ウヅキとヒスイも、和やかな表情で笑いかけてくれている。みんなが私を褒めてくれる。これ以上に嬉しいことはなかろう。


「ソウ、あなたがこうして遠い存在になっていくのは怖いけど、私もあなたを信仰してるからね」

「…………有難うヒスイ」

「それでは皆さん!」「そろそろ出発致しますよ!」「出発進行!」


 三女神が声を上げる。もう少しチヨとの時間を過ごしたかったが、これでお別れだ。


「皆! 私もたまには、西ノ宮に遊びに行くね!」


 浜辺から千詠が大きく手を振る。だから私たちも振り返した。チヨの姿が見えなくなるまで、島民たちの声が聞こえなくなるまで。


 ――――こうして、私の榮鳳官学入学から始まった奇想天外な一週間は、誰が傷つく訳でもないハッピーエンドで、幕を降ろすこととなった。


 私はチヨに、友達として全てを与えたつもりでいたが、こうしてみると、彼女からはたくさんのことに気付かされた。


 恐らくそれは、私がこのさき生きていくうえで、とても強い力となり、折れそうな心をも補強してくれる要なのだと信じている。


 そうして今ある幸せを力強く握り、決してそれを手離さないよう、私は今この場で、思いっきり飲み込んだのだった。



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