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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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謎の多いトキジクは、しかし全てを明かしてはくれない

「おい、それをどこで手に入れた」

「これは、俺が今まで殺して来た龍人の玉だ。まあ全部、女子供から奪った物だがね。お前みたいに変化した奴もいたなあ」


 主を失い、本来の輝きを失ってしまった濁色の龍玉たち。尋常であれば主の亡骸と共に火葬されるのだが、それも敵わず、龍玉たちは暗い悲しみの色を放っている。 


 そして男は、その龍玉を舐めまわしながら言葉を続ける。


「龍玉は高く売れるからな。しかも今日だけで三つも手に入るとは、やはり俺には、幸運の女神様がついておられるのだ」


 ――――三つ。それは私とユキメ、そしてユハンの龍玉の事を言っているのだろう。しかし困った。これではコイツを生かしたままにするのは難しそうだ。


「にしても、龍人族と言うのは美人が多いな。これまで幾人もの龍人を殺してきたが、こんな美人は見たことがない」


 男は私から視線を逸らし、それを私の背後に向けながら舌をなめずる。大方ユキメでも見ているのだろうが、その目はまさに獣のようだ。


「ソウ様。やはりこ奴は私にやらせてください」

「駄目だよユキメ。私が一番で取ったから、こいつは私の獲物だよ」


 私の怒りは、水が大量に注ぎ込まれた風船のように、今にも破裂しそうだ。しかしそれはユキメも、さらにユハンも同じこと。私がこの男と戦うのが申し訳ないくらい、背後からは怒りの感情が感じ取れる。


「まあ、お前を殺して、次は後ろの龍人と愉しむことにするから、同じことだがな。だがただでは殺さぬぞ。死ぬ前に、ここにいる全員の慰み物にしてから、我が趣味の一つとなってもらう!」


 そうして男が声高らかに笑うと、周りの兵士たちも武器を掲げて咆哮を放つ。その様はまさに動物園の類人袁コーナーだ。


「じゃあ、果し合いの最初は、私から始めても良いですか?」

「はっはっは! よいよい、どこからでもお好きに…………」


 ――――男が私の初撃を受け入れようと、その両腕を大きく広げた時、彼の右腕は、血しぶきと共に空を飛んだ。


「…………な?」

「抜刀ッ。山卸やまおろし


 龍脚によって大幅に速度が増した山卸。いつもなら私が龍血に引っ張られるのだが、このスピードを見るに、これが完成形だと思われる。


「ッぅぐぇ!」

 情けない声だが、断たれた腕を抑える事も無く、ただ痛みに耐える様は立派とも言える。

「こういう戦い方をする龍人には、出会わなんだのか?」

「――――おのれ、小童!」


 抜刀のデメリットは、大幅に対象と接近してしまう事。ゆえに男は、刀を振り下ろした直後の隙を狙い、私に目掛けて拳を放つ…………が、その鉄拳も、龍の掌の中にすっぽり収まる。


「クソ! 離さぬか!」

 罠にかかった小鹿のように怯える大男。その表情を見て、ふとあることを思い出す。

「そういえば、さっき私に刀を向けた時、右手で持ってたよね?」

「……それがどうした!」

「いや、最初に利き手落としちゃってごめんね」

 

 ――――グチャ。

 岩のように大きな拳を、龍椀で強化された握力をもって紙風船のように握り潰す。

「ぬおぉぉぉッ!」


 瑞々しい音ともに響く悲鳴。その悲痛な叫びは、十分下がり切った兵どもの士気を、さらにどん底へと叩き落す。


 そしてさらに、私は桃のように潰れた拳を引き寄せると、そのまま飛び上がって後頭部へ蹴りを入れた。


 ――――完封勝ち。勝因は、弱点である接近戦を、還りによって補った私の作戦勝ちである。


「あれ…………終わり?」


 顔面を床に食い込ませたまま、ピクリとも動かない大男。最後に名前を聞こうとも思ったが、それは終ぞ敵わなかった。


「勝負ありじゃ! 皆の物武器を捨てよ!」

 ――――カナビコの勝鬨が広間に響く。

「あああ! カガよ、何という事かえ、しっかりしておくれ!」


 オトナリ尾売が駆け寄り、のめり込んだ頭を床から引き抜く。しかしカガは白目を剝いたままビクともしない。


「気絶しとるだけじゃ。切れた腕は戻らんが、片腕が残っただけでも幸運じゃ」

「――――ソウ様ぁぁぁぁあ!」


 不意にユキメが私に飛びつき、猫のように思いっきり頬ずりをする。それどころか、ヒスイやユハン、チヨまでもが抱き着いて来る。


「ふえぇぇ。よかったよう、ソウちゃんが無事でよかったよう!」

「なによ、滅茶苦茶強いじゃない!」

「……あはは。ヒスイ、角が当たって痛いよ」


 正直、一切の傷も追わずに、ここまで完勝できるとは私も思わなかった。ここまで私を怒らせてくれたカガとやらに感謝しよう。


 そうして私たちが勝利の喜びに浸っている間、オトナリ尾売は悲哀の感情を強くその顔に出しながら、気絶した武士の介抱をする。ただの主従関係ではないようだ…………。


「それではオトナリよ。不死について知っていることを洗いざらい吐いてもらうぞ」

 冷めきったカナビコの言葉が、彼女に追い打ちをかける。

「…………貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ」


 しかしオトナリヒメも、それに負けじと声を尖らす。しかし兵士は誰一人として立ち上がらず、これ以上私たちに抵抗できるとも思えなかった。


「お主の負けは決している。大人しく天都に降ってもらうぞ」

「…………貴様らは龍狩りを殺した。…………飛儺ひだの双子が黙ってはおらぬぞ」


 ――双子。最近その言葉を誰かから聞いた気がするが、私はそれを思い出せずにいる。少々気になるところだが、飛儺は西ノ宮からかなり離れた国だ。あまり気にすることではないのだろう。


「双子じゃと?」

「そうだ。この国を乗っ取れたのも、龍狩りの力添えあってのものだ」

「やはり国盗りか。うぬらは一体何者じゃ」


 龍狩り、双子、飛儺、何が何だか分からない。それに加えて国盗りだ。どうやらこの国は、思っていたほど単純でもないようだ。


 ――そしてカナビコが問うと、オトナリヒメは懐から小刀を取り出した。まさかとは思うが、私は音鳴の動向をただ見守る。


「我らの偉大なる神よ。任を全うせず、ここで死ぬ我をどうかお許しください」


 やはりオトナリは、手にした刃の鉾先を、誰に向けるでもなく、自らの腹に目掛けて振り下ろす。

 本来ならこちらで正当な処罰を、と言いたいところだが、これが彼女にとっての最良なら、天都は黙認する。


 刃が貫くその瞬間を、ユハンやヒスイは目を背け、他は黙って見届けようとするが、しかし、進む刃はその邁進を止めた。


「…………なんだっ。腕が動かぬ!」

「ウヅキ殿。よくぞ無事で戻られた」

「はい!」


 自刃する彼女の腕を止めたのは、隠れ笠で身を隠していたウヅキだった。


 ――――私たちは船を降りるとき、ウヅキと三女を残して下船した。しかしそれも作戦の一つで、島民の注意を私たちに向けさせ、密かに彼らに不死を探らせていたのだ。


 戦には向かない三女神の、そのルックスを活かした色仕掛けと、何者をもごまかす隠れ笠を使った、カナビコの作戦である。


「カナビコ様!」「不死の正体を」「見つけて参りました!」


 ウヅキの登場と同時に、大扉の方から三女の声が飛ばされる。そして彼女らが言うには、不死の正体を掴んだという事だが、彼女らが連れてきたのは、一人の年若い女性だった。


 その小汚い恰好の女性が、私の中で思い描いていた人物かどうかは半信半疑だが、オロオロと狼狽えるオトナリの様子を見るに、我が見立てに間違いはなさそうだ。


「…………栄零サザレイ、貴様どうやってッ」


 オトナリが血相を変えて小刀を落とし、甲高い金属音が玉座の間を駆け抜ける。なにやら深い関係があるようだが…………。


音鳴オトナリ、あなたはもう、逃げられませんよ」


 名前は忘れたが、三女神の一番髪が長い方の羽織を借りている女性。しかし羽織の下から覗くのは、とても着物とは呼べないボロボロの衣服。


「どうやら話がややこしくなりそうですね」

「…………だね」

 ユキメが私に抱き着きながら耳元で囁く。しかし彼女の言う通りだ。果たして修羅場、子供たちに見せていいものか判断力が問われるぞ。


「栄零、この賊共がお前を出したのかえ?」

「はい。もちろん、私の兵たちも一緒にです」


 天津神を賊呼ばわりとは恐れ入るが、この状況を鑑みるに、栄零と呼ばれる女性は、この国の前統治者と言ったところか。


「…………そうか。どうやらもう、我に逃げ場はないようじゃのぉ」

 使い古された雑巾のように、力なく床に倒れるオトナリ。しかし彼女は一体、何者なのだろうか?


 落とした小刀はウヅキが拾い上げ、最早自殺の手段も限られた。しかしオトナリはここで降伏。もうその身に一切の戦意も残っていない。

 その様子を見た栄零サザレイと呼ばれる女神は、比喩し難い複雑な表情をカナビコに向ける。


「天都の神々よ。此度の活躍には、何とお礼を申せばいいのか分かりません。しかし、音鳴オトナリは我らの国を侵した逆賊。故にその処罰を、我らに預けていただきたい所存でございます」


「ならぬ。かの者は主宰神の御神使に刃を向けた。故にその罪を重罪とし、裁きの女神の名の元に、公平に処されることとなる」


 深々と頭を下げるサザレイに対し、カナビコは彼女にとって一番、望んではいないだろう形を取ろうとした。そして、幾ら国つ神と言えど、真っ向から反逆できるはずもなく、彼女は…………。


「かしこまりました。どうか彼女の言い分を聞き入れたうえでの、正当な処罰が下されるよう願うばかりです」――――と言った。

 決着はついたかと思った。しかし、ここでウヅキが私に耳打ちをする。


「…………ソウ様。何とかして、あのオトナリって人を助けられないかな?」

「――――え?」


 意外でもない提案だった。彼は困ってる人を見過ごせない性格。こうして弱い者いじめのように彼女を囲う私たちを見て、いたたまれない気分になったのは分かる。

 ――――だがこれは最早、私一人がどうこう出来る問題でないのは明白だった。


「でも、あの女神は国を盗ろうとしたんだよ?」

「ボク、地下の牢屋で聞いたんだ。彼女はもともと別の国の姫君で、国を滅ぼされた挙句、ここで奴隷にされたって」

「…………でもなあ」


 確かに胸の痛くなる話だ。ウヅキが助けを求めるのも分かる。確かに私はこれまで様々な事に首を突っ込んできた。しかしそれはあくまで、自分の理解が及ぶ範囲だけの話だ。

 まあ正直に言うと、政治の話には弱いという事です。


「カナビコ様!」

 私が断ろうとすると、なんとウヅキは今度、カナビコとの直談判に移る。

「なんじゃ、ウヅキ殿」


 カナビコや他大勢の目がウヅキに向く中、彼は震える手をしっかりと握りながら、一言一句を聞き逃させまいと、声を張り上げる。


「……か、彼女は亡国の姫君で、この国に売られた可哀そうな神様なんです! 確かに簒奪さんだつは重罪ですが、この女神の話も聞いてやってはもらえないでしょうか!」


 透き通るような声。女子の声にも聞こえる心地のいい声音は、豪華絢爛な玉座の間にはふさわしくないほど純粋だった。

 そしてその声に、オトナリ姫とその家臣たちがすすり泣く。自分たちの過去を知って貰ったからか、それとも忘れがたき記憶がそうさせたのかは分からない。


 だがそんな彼女らを見ても、カナビコの決心は揺るがない。


「ならぬ。こればかりはワシの一存では決められますまい」

「――なら必要なのは、大神の言葉だね」

「蒼陽姫?」

 

 善き人々の願いを聞き入れるのが私なら、ウヅキのお願いを聞き捨てておくことは出来ない。確かに彼の言っていることは綺麗ごとだ。それでも私は、今のウヅキのまま大人になって欲しい。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」

 私は願う“どうか音鳴と栄零たちに、朽ちることの無い友情と、渇きのない幸せが訪れますように”


「カナビコ、アマハル様の言葉をそのまま伝える」

 ――――精神世界。私はそこでアマハル様にこう言われた。

「今この場において、公平な裁きと言うのはあまりにも難しい。故に、両者の事情をしっかりと聞き、己の裁量で判断した後、その処断をお主が下せ。だってさ」


 その言葉に、音鳴たちは互いの顔を見合わせ、今しがた差し込んだ一筋の希望に顔を綻ばせた。

 ――それに対してカナビコの表情は曇った。それどころか、いつもの髭弄りを一層激しくモフり、彼は頭を掻いた。ここまで見せられると、少し可哀そうになる。


「…………確かに、我が君はそう仰ったのですかな?」


 沈黙してから数分。持ち前の判断力を活かしきれず、私に再度確認。確かにこの仕事は肩身が重いだろう。


「うん。それまで帰って来るな、ともね」

 これは嘘です。カナビコが仕事している間、私たちはここで遊びたいのです。

「ふぅ。本当に困ったお方だ」


 どこか清々しい表情で天井を仰ぐカナビコ。ストレスで禿げないか心配だが、いざとなったら髭を植毛すればいいだろう。


「では蒼陽姫、今回の仕事は我ら二柱で行ないましょうぞ」

「…………え?」

「いやはや、この一件は流石にワシの手に余るのでのぉ、大神のお力と、お主の協力が必要なのじゃ」

「本気?」

「マジじゃ」


 なんと悲しいかな。私は、カナビコと二人で、常世の国に渦巻く陰謀と策略に挑むことになったのだ。しかしそれでも、正直私は政治の話が苦手なので、ほとんどをカナビコに任せる気でいる。

 というかコレ今日中に終わるのかよ。

 

「ところで、栄零と申したか?」

「…………ええ。貴女様は?」


 ――――そして政治云々の話しをする前に、この国の真の統治者である彼女に、私は不死の正体を聞くため、チヨの姿を栄零に見せる。

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