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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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朱い兜の龍狩りは、その龍玉を曇らせる

 ――――そうして、玉座の間へと繋がる大扉が、まるで腕を広げるように私たちを誘う。

 目に入るのは、甲冑を着たたくさんの兵士と、ひ弱そうなモヤシ官吏たち。そして、この広間に集められているという事は、ある程度の信用がある者だという事。


 その証拠に、兵士は巨木より屈強で、官吏は岩より頭が固そうな者ばかりだ。


「よくぞ参られました! こたびは葦原国から遥々、この時香トキジク国への来訪、誠に感謝申し奉ります!」

  

 大きな紙を縦に広げる、女神の側近らしき男。背は低く、姿はいかにも官吏らしいが、それでも声は自慢してそうな程大きい。


「此度の来国目的は、我が君、音鳴尾売オトナリヒメとの謁見と聞き及びましたが、それに相違はございませぬか?」

「うむ。相違ない」


 官吏の言葉に、カナビコも負けじと声を張る。しかし周りを囲む兵士や他の人たちの顔を見るに、どうやら私たちは目の上のたんこぶだと思われていそうだ。


「承知いたしました。それでは…………」

「ええい、もうよいッ!」


 するとここで、ずっと口を閉ざし、広間の最奥で鎮座していたオトナリ尾売が、急に声を張り上げた。この回りくどい前置きを、彼女もさっさとすっ飛ばしたい様子。どうやら気が合いそうだ。


「は! 申し訳ございませぬ我が君」

「タケンマ。お前の話は長い。さっさと下がらぬか」

「ははぁ!」

 女神に脅され、そそくさと三歩程さがる男。彼も彼なりに色々苦労してそうだ。


「して、誰もが尊ぶ天上の天つ神が、我に何の用かえ?」


 見た目は二〇代。しかし胸は八歳児の美人。身に纏っている衣の煌びやかな装飾を見るに、彼女がこの国の主宰神に思えるが。


「お初にお目にかかりますオトナリ尾売。此度は我らの突然の…………」

「お主も! そう言うのはよいから、さっさと本題に入ってくれんかえ?」


 確かに見た目は可愛い。下手したらユキメに引けを取らない程だ。それでも性格は、ゴミ溜めよりも最悪な匂いがする。


「では単刀直入に申し上げますが、この国には不死の呪い、またはそれに準ずるものがあると聞きましたが、それは誠ですかな?」

「おほほ! 天津神は歳を取らぬではないか。それでも不死を得たいと願うのかえ?」

「いやはや、お言葉ですが、我らは不死を殺す方法を探りに来たのじゃ」

 カナビコの言う不死殺し。その言葉に、オトナリは少し目元を細める。 

「ほう。主らは不死殺しの方に興味があると?」

「そうじゃ。もし仮にそれが可能なら、我らにお教え願いたいのじゃが」


 唯我独尊。そんな言葉が感じ取れる表情のオトナリヒメ。しかしカナビコも、負けじと髭をモフモフしてそれに対抗する。


「おっほほほほほ! これは傑作じゃ。天界を支配する天津神が、不死一匹も殺せんとは笑止。それでよくぞ天津神と名乗れるものじゃ」


「うぬのその口ぶり。…………残念ながら其方らも、不死の殺し方を知らぬようじゃのう。ふぉっふぉっふぉ」


「おほほほ。そもそも不死なんぞこの世には存在せぬ。それなのにどうして知っていようか。なあ、お前らもそう思うじゃろ?」


 女神に問われ、それに激しく同意をして見せる家臣たち。そして彼らもまた、馬鹿にしたような笑いを私たちに浴びせかける。


「ふぉっふぉっふぉ! ならば、この()()の前でも、それと同じ言葉が言えますかな?」

 ――――このお方? 誰の事を言ってるんだ?

「このお方じゃと? そちの後ろにはガキと女しかおらぬではないか?」


 ここでカナビコが私の肩に手を置き、その視線の一切もこちらに向ける事無く、まるで切り札を出すかのように言葉を始める。

 ――――って、私の事かよ。


「こちらにおわす姫君は、天都を治める最高神。太陽を司る神、天陽大神のその御神使。天蒼陽姫命アメノソウヨウヒメノミコトであらせられる」


「っぷふ! おっほほほほほほほ! おほほ、あっはあはははは!」


 やはり笑うオトナリヒメ。それどころか、周りの官吏や兵士たちも嗤い続けている。しかし私たちにも、まだまだ打つ手は残されているのだ。


「大神の神使じゃと? それがどうしたと言うのじゃ、そんなガキに頼らねばならぬほど、天津神は落ちぶれたのかえ?」

「――――お言葉ですが()()()()姫!」

()()()()だ。間違えるなよ童」


 私が名前を間違えると彼女は、そのニヤケ面がまるで嘘だったかのように、その綺麗な顔を醜くしかめる。しかしこれで心の隙が生まれた。


「コレは失礼! 姫君の声があまりに賤しかったものですから、つい私の耳が受け入れず、てっきり音無しかと思いました」

「ふぉっふぉっふぉふっふぉっふぉっふぉ! お戯れがすぎますぞ、蒼陽姫!」

「ええ、そうですか? これは失礼仕りました。オトナシ、ああいえ、オトナリヒメ!」


 などと、自分でも訳が分からないくらい煽り倒し、必死に笑いをこらえていると、後ろの方から声が飛んでくる。


「ソウ! これは不味いでしょ!」

「あはははは! いいの、いいの! 私も神様だから」


 ヒスイが声を尖らせる。しかし、他の皆も不安そうな目で私を見つめている。――――いや、チヨヒメはどこか楽しそうだ。


「おい子供。大神の神使だか何は知らぬが、あまり図に乗るでないぞ」


 綺麗な顔に青筋を浮かせるオトナリヒメ。しかしそんな怒り狂った表情も、私の神様に比べれば不細工なものだ。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」


 ひふみ祝詞の最後の一節。それを読み上げると、私の身体が偉大なる大神の神霊を纏う。――ちなみに願い事は、私的なものだ。


 そして纏いが成功した瞬間から、場の空気は一気にこちら側へと流れ込んでくる。だがしかし、まだこれが切り札ではない。


「なんじゃ、この神霊は」

「聞こえなんだか! このお方が、主宰神の御神使と申したのだッ!」

「…………あ、あああ?」

「不埒! 頭が高いぞ者ども、首を垂れよッ!」


 カナビコがそう叫ぶと、オトナリは玉座からズリ落ち、屈強そうな兵士も、頭の固そうな官吏も、皆そろって頭を下げた。頑固そうには見えたが、それだけの頭はあるという事か。


「オトナリよ、そなたにもう一度問う。不死を殺す手際を、知っておるのか?」

「…………いっ、いえ! 我らも目下探求している次第でございます!」


 先程の見下したような眼の、その一切も見せること無く、顔面を地に伏したまま、オトナリは私の問いに答える。


「偽りはないか?」

 丸まったティッシュペーパーを見るように、視線を彼女に落としながら問う。

「誠にございまする!」

「うむ。しからば、もう表を上げて良いぞ」

「ッははぁ!」


 怯え、縮みあがった獅子のように滑稽な姿。しかしそんな彼女を見ても、私は最早なにも感じない。干からびたミミズのようにも見える。


「ではもう一つ聞く。そなたはこの者に見覚えはないか?」

 ちょいちょいと手をこまねき、チヨを私の傍に寄らせる。

「存じ上げませぬ!」

「そうか。実はこの者も不死なのだが、この娘に似た体質を持つ者を、見たことはないか?」

「…………その者も、不死であらせられるので?」


 あくまでも単なる情報収集のつもりで聞いたのだが、存外、オトナリは何か知っているような雰囲気だった。


「何か知っておるのか?」

「い、いえ。全く持って存じませぬ」

「それに偽りはないか?」

「…………は、はい」

「目を見て答えよ」


 ――――しかし目を逸らすオトナリ。それどころか彼女の肩は、ぷるぷると小刻みに震え始める。


「聞こえなんだか? 我が双眼を見よと申したのだ」

「………………………………ろせ」

「なんじゃ?」

「…………この者どもを、斬り殺せ!」


 突如頭を上げ、私を指さし兵士共に叫ぶオトナリ。――――しかし反応はない。なぜなら、この広場にいる一兵までもが、私に頭を下げたまま震えているからだ。


「ほう。我が神の前でも、兵に命ずることが出来るとは。オトナリよ、いかんせんお主も見上げたものじゃな」

「…………ひっひい!」

「さて、では質問に答えてもらうぞ」


 ここまで取り乱すという事は、何かしら知っているはずだ。ここは何が何でも吐いてもらわねば。

 

「オトナリ尾売ッ!」


 ――――バタン!

 と、大扉を力いっぱい開け、何者かが大声でオトナリの名を叫ぶ。

 振る返るとそこには、龍の彫り物が入った、真っ赤な甲冑に身を包む。鬼を象った兜をかぶる武士が一人。


「おお! よくぞ参ったカガ!」


 形勢逆転。先ほどまで土に埋まったサツマイモの様だった兵士たちが、今まさに兵士として立ち上がる。その男が現れるや否や、玉座にいた兵士たちが声を上げ始めたのだ。どうやらこの軍隊のお偉いさんの様だ。


「お前ら、音鳴尾売に何をした」


 三〇代くらいの厳つい顔つきの男。身長は私の二倍以上はある。そしてその男は、ズカズカと力強い足取りで向かってくると…………。


「答えろッ!」


 と言って、殿内が震える程の怒号を私に浴びせ、叢雲ムラクモよりも長い大太刀を私に突きつける。


「そこまでだ」


 ここで、ユキメが負けじと天羽羽斬を男の喉元に添える。――そうして、その光景を目の当たりにした兵士たちが武器を取り、空気は一触即発へと流れてゆく。


 しかしこれでは非常にまずい。ここにいる兵どもの個々の武も分からぬのだ。このまま戦をすれば、こちら側も無事では済まない。


「ユハン、チヨヒメ。私たちは三人で固まるわよ」

「分かった!」


 流石は紋様羽織、判断が早い。しかし彼女らにはカナビコが付いているので、私もある程度に安心できた。けれど、今の老いたカナビコが、果たしてどこまで戦えるのか、私は計りかねている。


「ところで武士よ、名を何と申す?」


 ユキメの血刀が喉元に迫っていると言うのに、赤甲冑の武士は一切の汗も流さず、絶えず刀を私に向ける。だからそんな彼に興味が出たので、つい名前を聞いてしまった。

 ――――これって逆ナン?


「調子に乗るな。お前に語る名など持ち合わせてはおらぬ」

 まあそうですよね。

「我は蒼陽姫と申す」

「ふん。子供風情が、武士の真似事とは片腹痛い」


 嫌な目だ。子供を見下ろすような視線。これまで出会ってきた、私を不愉快に思う連中と同じ目だ。

 そうして、毛穴が閉じ切ってしまうほどのピリついた空気が流れるが、ここで大乱闘をするわけにはいかない。


武士もののふよ、この戦場には子供もおる。故にこの勝負、我らの勝敗でケリを付けぬか?」

「ソウ様!」


 不安げな表情を私に向けるユキメ。だが私は、ただ黙って彼女の目を見返し、口を少しだけ綻ばせて頷いた。

 ――――そして私が望むは一騎打ち。果たして乗ってくれるか。


「はっはっは! 笑わせるな、うぬもまだ子供ではないか」

「いかにも。しかし私も天津神。子供の一言で括らないでもらいたい」


 そうして男は呆れたように笑うと、突きつけた大太刀を腰の鞘に戻す。まさか投降するのかとも思ったが、いかんせん、彼は不敵な笑みで私を見下す。


「はははは! 我が太刀を受ける事無く、なおもその様な無粋な目で挑んでくるとは。面白い」

「返答は?」

「いいだろう。その勘違いも甚だしい面ごと、叩ききってくれるわ」

「では、決まりだな」


 こうしてなんとか、私はカガとの決闘を取り決める事に成功する。まあ相手からしたら、初心者狩りとでも思っているのだろうが。


 そして私たちの話を聞き、広間の兵士は沸きあがり、官吏は胃を痛めて腹をさする。オトナリヒメはそのどちらでもないようで、ただただ茫然と眺めているだけ。

 ――――対するこちら側の陣営は、全員もれなく不安げな表情。少しは私の腕を信じて欲しいものだ、と肩が落ちる。


「蒼陽姫。もし敵わぬと判断したら、ワシに代わってくだされ」

「大丈夫、大丈夫」

「ソウ様! 決闘などおやめくださいまし。ソウ様に何かあれば、ユキメは……」

「――――心配しすぎだって。死にはしないから」


 などと大人二人も心配する中で、対する子供たちはそれ以上の懸念を私に見せてくれる。ありがたいことに、それらは兵士共の士気にも勝るものだった。


「ソウ! あんな強そうな人相手に無茶よ!」

「そうだよぉ。カナビコ先生に任せようよ」


 しかしその心配も、五分と続くと流石に落ち着かない。少しは集中させてほしいのに。全く仕様がない友達だ。


「…………皆」


 それぞれが秩序なく言葉を発する中で、たった一言。皆が心の底から安心できるような言葉を探し、私は彼女らに背を向けたままそれを言う。


「応援も、心配もいらない。ただ黙って、私だけを見てて」


 目を輝かせて身をよじらせるユキメ以外は、依然として不安げな表情を浮かべるが、まあ先ほどよりかはマシになった。


 ――さて、これで後ろの憂いも無くなった。あとは眼前の相手を全力で叩き潰すまでだ。


 さて、それじゃあ少し考察をしよう。

 相手は根っからの脳筋、恐らく変な種族能力は持っていないと見える。あくまでも可能性の話だが…………。しかしもしそうなら、私の勝率は遥かに高い。仮にクナイや投げナイフ類の飛び道具があったとしても、その動作さえ見逃さなければどうってことはないのだ。

 そして、忘れてはいけないのが――――。


「龍脚・龍椀」


 私の手足が龍に還り、視界が高くなる。そして大岩をも砕く龍椀に、海をも切り裂く龍爪。そして神をも凌駕するこの脚だ。最近覚えたとはいえ、意外としっくりくる。


「ほほう、面妖な。その黒髪に燃ゆるような瞳。やはり龍人族だったか」


 男は物珍しそうに私を見下ろす。しかし龍脚で身長が伸びたとはいえ、まだ背伸び程度の差しか埋まっていない。本当に大きい奴だ。


「しかし、貴い神霊を感じたが、よもや神使とは笑わせる。だが、龍人の角や爪は高く売れるから、その点で言えば俺は幸運だったな」


 そう言って嫌らしい笑みを浮かべると、男はおもむろに胸元に手を突っ込み、そこから取り出した物を、自慢げな顔で私に見せる。

 

 ――しかしその首飾りを見て、私の心は震えあがった。……その首飾りには、数えきれないほどの龍玉が、数珠つなぎで並んでいたのだ。


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