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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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楽しい旅行は最後の旅路④

「なんで。……タライと一緒に官学に残ったはずじゃ!?」

「ごめん。ボクもあの後の便に乗って、皆の後を追ったんだ」

 悪事がバレた犬のように耳を垂らすウヅキ。

「あの後って…………。じゃあタライも?」

「いや、タライ君には気付かれないように、ボク一人だけで来た」


 そう言って目に力を入れるウヅキ。彼には彼なりの覚悟があって来たようだが、これでは私の不安が増す一方だ。


「だめ。今すぐ帰って。カナビコが風で送るから」

「――――嫌だ! 僕はもうあの時みたいに、ソウ様の帰りを祈りながら待つは懲り懲りなんだ!」

「駄目ッ。もしウヅキに何かあったら、私はユウヅキに何て言えばいいのッ?」

「ユウヅキなら、分かってくれる筈だ」


 あのウヅキが、しっかりと私の目を見据えて、自身の覚悟を示している。

 ……いや、彼は昔から強かったか。あの時も、一切の弱音を吐かずに尽力していた。彼もまた、困っている人を見過ごせないタイプだからだ。

 しかしその強さが今、大きな障壁となっているのは明らかだった。


「帰って」

「嫌だ」

 ――――駄目だ。彼からは船を降りる気配を感じられない。

「どうしよ、ユキメ」

「私が龍昇で送ることも出来ますが?」

「いや、今はカナビコにもユキメにも、ここにいて貰わないといけない」

「でしたら、やはりカナビコ様に相談するほかありませんね」


 やっぱそれしかないか。

 困り果てた私たちは、ウヅキを連れてカナビコの元へと行く。そしてウヅキを見たカナビコも、やはり私達同様、というより、それ以上に驚きを隠せないでいる。


「ウヅキ殿! 何故この船にお主がおるのだ!?」

 驚愕の表情を浮かべるカナビコだが、彼は直ぐに冷静さを取り戻した。

「お主、気配もなくどうやってこの船に乗ったのだ? 船に異常があれば、すぐにでも三女神たちが気付くはずじゃが…………」

 

 この時ウヅキは少しだけ黙ったが、カナビコの前では隠し通せないと思ったのか、彼はすぐに白状する。


「この、隠れ笠を使いました」

 目を伏せて、彼は麦わら帽子のように、その首に掛けていた菅笠を提示する。

「隠れ笠。これはまた珍しい物を…………」


 そう言ってウヅキから笠を受け取ったカナビコは、それを空に掲げながら興味深々といった様子で眺める。


「…………隠れ笠、聞いたことあるわ」

 先ほど騒ぎを聞きつけて来たヒスイが、顎に手を添えながら沈黙を破った。

「知ってるの、ヒスイ?」

「ええ。確か頭に被ると身体が透明になって、体臭や気配、足音までも消せるって神器よ」

「はえぇぇ。なんでそんな物をウヅキ君が」


 ユハンの言う通りだ。三女神や、風の動きを読むカナビコの目をごまかせる程の神器を、何でウヅキが?


「ウヅキ殿、これは如何にして手に入れたのじゃ?」

「…………妖怪が落としたものを、ボクが拾いました」

「妖か。確かにその類のものであれば、悪事の為に使っていたのも不思議ではない」


 透明になれる笠か。彼の言う通り、悪さをするなら持って来いだ。しかし今回使ったのは、妖ではなくウヅキだったが。


「まあ、過ぎたことは仕方あるまい。ウヅキ殿、この笠は返すが、悪戯に使うでないぞ?」


 そう言って目配せすると、彼はウヅキの頭に笠を被せた。するとウヅキの身体が、まるで一括消去したかのように消える。


「ふぉっふぉ。面白いのお」


 歳を取ったせいなのか、そうやって笑うカナビコは本当にお爺ちゃんに見えてしまう。それも特別元気なおじいだ。


「それで、ウヅキを西ノ宮まで送り返したいんだけど」

「何故ですかな?」

「だって、これ以上人数が増えたら危険だし」


 快諾してくれると思った。しかしカナビコは、自慢の白髭をモフモフし、ばつの悪そうな表情で唸る。


「…………うぅむ。今しがた、ウヅキ殿に丁度な、笠を使った仕事を思いついたのじゃがのお」

「笠を使った仕事?」

「ええ。それはまた後で、詳しく話しまする。よろしいですかな?」


 下唇を噛み、少しの時間思慮。――彼には何か策があるようだが、正直言って、あまり気乗りはしない。しかしまあ、カナビコが言うのなら、左程危険な仕事でもないのだろう。


「分かった。でもその代わり、危ない事はさせないで欲しい」

「もちろんでございます」


 そうして、隠れ笠を持ったウヅキが一行に加わり、私たちは到着までの間を、程よい緊張感の中で過ごしていた。


 ちなみにユハンは、船内のトイレから戻る途中、不審な物音を聞いて入った部屋で、ウヅキを見つけて驚いたらしい。私たちが船上で聞いたのは、驚いてお尻を突いたユハンの音だったのだ。

 ――その話を聞いた時、私は大いに笑った。この体に巣食う恐怖心の、その一切までを消し去る程たくさん。


「皆さま!」「祝詞を奏上し、神霊を纏ってください」「直ぐに常世の国です!」

「纏い?」

「はい!」「ここから先の海は」「神のみぞ赦された領域です!」


 その言葉を聞き、神使チームは一斉に祝詞を唱えた。

 そうして船の前方に現れた、雲の様に白い濃霧。波は穏やかなものだが、しかしその霧に差し掛かった途端、船が脇腹を殴られたように大きく揺れる。


「早く祝詞を!」「纏いを!」「海が拒絶しておりますッ!」

「みんな纏ってるよ!?」

「まだです!」「どなたかがまだ!」「神霊を纏っておりません!」


 私は全員に目を向ける。

 しかし同時に纏いを行ったせいで、気配が入り乱れて分からない。異なった色の絵具を、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたかの様だ。


「ソウ様! 気配が交じってッ」

「誰か分からないけど、早くッ!」

「…………ご、ごめんソウ様ッ。こ、こ、怖くて集中できない」


 ――――ウヅキが耳を垂らし、その大きな両目を涙で濡らして膝を着く。しかし、その様子を見かねたカナビコが、荒ぶる波しぶきを浴びながら声を張る。


「ウヅキ殿! 隠れ笠を被るのじゃッ!」

「え」


 その言葉を聞いたウヅキは、すぐさま菅笠をかぶり、その小さな身体を一瞬にして消し去る。


「良き判断でございます!」「カナビコ様!」「これで海が鎮まります!」


 ウヅキの気配が消えたからなのか、泣きじゃくる子供の様に暴れていた海面が、嘘のように穏やかなものに変わる。

 そして船を包んでいた濃霧も、手で振り払うかの様に晴れて行く。――――そして。


「皆さま!」「着きました!」「常世の国です!」


 三女の声が聞こえ、私は船の先端へ走る。

 そうして目に飛び込んで来たのは、海底のサンゴ礁が見える程の透明な海に囲まれた、南島の如し美しい大島だった。


「おおお。まさに桃源郷」

「はえぇぇ。海すごい綺麗だよ」

「これが常世の国…………」


 子供組が大いに燥ぐ。

 ウヅキは先ほどの失態が身に応えたのか、まだ落ち込んでいる様子だが、チヨは大きく眼を開けて、せっせと海や島を見渡している。


 真っ白な浜辺にはヤシの木が並び、洋風とはかけ離れているが、どこか異国を思わせるようなエキゾチックな建築物がずらりと並んでいる。さらに奥には大きな塔が幾つか見え、国がどれだけ栄えているかが伺える。


 しかしそんな安息も、一瞬にして終わりを迎える…………。


「――――注意をッ! 何か来ます!」

 私を阻むように立ったユキメが、大声そう叫んだその瞬間、大波に打たれたかのように船が揺れる。

「二人とも後ろに!」

「ふぇぇぇ!」

 私は咄嗟にユハンとヒスイを自らの後ろに下げる。ウヅキとチヨはカナビコの後ろだ。


「主ら、一体何用で我が国に参った」


 甲板の中心に立つ三メートルほどの巨漢と、成人男性くらいの細身の男。二人は突如空から降って湧いたと思うと、続けざまに剣先を私たちに向けた。


「皆、武器を下げよ!」

 異国の男二人と、それに対峙する私とユキメ。しかしここで、カナビコが声を尖らせた。


「ふぇ、ふえぇ。カナビコ先生?」


 ユハンが声を震わせる。しかしユハンの手には血刀。それどころか、ヒスイとウヅキもしっかりと、その両手で武気を構えていた。


「――――皆の者、心配無用じゃ」

 いつもの優しい笑顔を向け、カナビコも武器を降ろす。

「して、お二方。急な来航の無礼を詫び申すが、我らは天都より遣わされた神。お主らと争う気など毛頭もありませぬ」


 物腰の柔らかい話し方。そして彼の言葉に、異国の二人も武器を治める。流石はカナビコだ。長生きしてるだけはある。


「これはこれは、天つ神様でございましたか。とんだご無礼を仕りました」


 深々と最敬礼をして見せる二人。しかし、先ほどから話すのは大男の方だけで、細身の方は沈黙を保ったままだ。


「いやはや、事前に文が送られてるとばかり思っておったのじゃが、どうやら届いておらぬようじゃのう。ふぉふぉ」

 ――――前もって連絡してたって事か?

「そうでしたか。もしそうであるのなら我らも気付くはず。どうやら途中、海にでも沈んでしまった様ですな」


 そう言って笑い合う二人。しかしそれ以外の者は、ただ黙ったまま手に汗を握っている。


「して、その天神様が何用でございましょう?」

「うむ。実は、不死の呪いについて、いくつか聞きたいことがあってのお」

「不死の、呪いですかっ……? ッぷあははっはっはっは!」


 その言葉に男は笑う。それも飛び切り馬鹿にしたような笑い。そうしてひいひい笑った後、男は一息ついて話を続ける。


「……いやはや、これは恐れ入りましたな。まさか不老の天神様が、この国に不死を求めにいらっしゃるとは」


「何か、問題でもあるか?」


 カナビコが凄まじく低い声で男を睨む。こんな彼は初めて見たが、身震いするほどの迫力だ。

 そして巨漢の方も、塩をかけられたナメクジのように肩をすくめ、再び頭を下げる。


「い、いえ、とんでもございません! しかし、不死の呪いなどまやかし。如何様なものはこの国にはありませぬ」


 やはり不死の呪いは存在しない。それならチヨの不死はやはり、ここに住む種族の能力か何かだろうか?


「であるなら、この国に不老不死は存在せぬと?」

「はッ。我ら末端の兵は知りませぬが、もしかしたら、我が主ならご存じやもしれませぬ」

「しからば、其方らの神に会わせては貰えぬか?」


 カナビコはあごの髭をモフモフ弄りながら、まるで友達を呼んで貰うような感覚で言い放つ。


「ははぁ! 上の者に掛け合う故、しばしお待ちください!」

 大男はそれだけ言うと、甲板から身を投げ出し、オーシャンブルーの海へと潜っていく。


 ――――その直後、私たちの乗る大船が、非常にゆっくりではあるが、港の方へと進んでゆく。その時ヒスイが「どうなっているのですか?」と三女神に問うと…………。


「我々の力ではありません」「船が何者かに引っ張られており」「勝手に進んでいるのです」と、楽しそうに声を揃える。


「しかし心配は無用じゃ。今はまだ、奴らから敵意は感じられぬ」


 カナビコの言葉通り、私たちはそのまま何事もなく、船からの下船許可をもらい、島の中へ足を踏み入れる事を赦された。もちろん監視付きだが。


「へえ。やっぱり異国って感じ。見たことない物が一杯ある」

「ソウ様、ソウ様! 見てくださいあの屋台!」


 ユキメのテンションがいつもより高い。まあそれもそうだ。今私たちが歩いている城下町には、知らない食べ物やオシャレな雑貨屋がたくさん並んでいるのだから。


「はへぇぇ。何かこのお店嗅いだことない匂いがするぅ」

「どれどれ」

 ユハンの言葉に誘われ、ヒスイとチヨが店先の服に鼻を近付ける。

「ホントね。私は嫌いな匂いじゃないわ」

「チヨも!」

「ええええ? わえはちょっと苦手かも」


 楽しそうに街を練り歩く彼女らを見ていると、船の上で感じた不安も杞憂に思える。もしかしたら、誰かが死ぬなんて不安は、ただの考えすぎなのかもしれない。

 そう思うと、私のテンションも自ずと上がって来た。


「ソウちゃん! ちょっとこの服の匂い嗅いでみてよ」

「…………うわ、私の苦手な匂い」

「でしょでしょ! ほら皆! ソウちゃんも苦手だって」

「あなた達の鼻がどうかしてるのよ」


 などと、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。やはり友達は良い物だと、しみじみ思う。さっさと仕事を終わらせて楽しみたいものだ。


「これがトキジク国の主宰神様がおわす社にございます」


 目の前に佇むお城。神社とは違って、明るい色がメインで使われているが、貴い物に違いはない。


 そうして、私たちは案内されるがままに足を踏み入れ、中つ国や天都とは違った雰囲気を持つ殿内を、楽しみながら闊歩する。


 ――――すれ違う宮女や官吏たちも、着物や袴とは違い、しかしそれに酷似した着物を纏っている。まるで旅行に来ている気分で、緊張感が削がれる。


「ここから先が、女神さまのおわす広間です。天神様と言えど、無礼の無いようにお願いしたい」


 船の上で会った熊のように大きい男が、温もりを感じる木製扉の前で、深々と私たちに頭を下げる。


「では皆の者、参りましょうぞ」

「皆さま、私が後ろに立ちますので、カナビコ様の後ろに」


 カナビコとユキメが官学生をサンドイッチ。最強の風神に、私の中で最強の龍人だ。これは心強い。


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