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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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楽しい旅行は最後の旅路③

 官学を出てから数十分したところで、駕籠の内部が小さく揺れる。


「皆の者、着いた様じゃ」


 カナビコが駕籠の中から外を覗く。その瞬間、潮風が内部を満たし、私達に新鮮な空気を送り込む。


「うわあ! 海だぁ!」

「ユハン、あんまり走らないでね」


 カモメが飛び回る紺碧の大海原。大小様々な船が並び、船乗りと思しき人たちが、祭りの様な活気を港に作る。

 しかし今思えば、この世界の海を遠くから見る事はあっても、目と鼻の先にするのはこれが初めてだ。


「ひええ。澄んでるなあ」

「そう言えばソウ様は、海に来るのは初めてでしたね」

「――――うんっ」


 現代とは比べ物にならない綺麗さに、思わず声が出てしまう。

 西ノ宮の南西に面している大海。この海を越えれば、ヨーロッパ風異世界が広がっているのだろうか?


「皆さま!」「ようこそ!」「おいでくださいました!」


 一つの言葉を分けるような喋り方。三つとも綺麗な女の声だが、各々がどことなく違う声。――そして声の方を向くと、笑みを浮かべて立っている三人の女性が目に入った。


「今回」「皆様の航海を」「案内仕る……」


 彼女らはしずしずと頭を下げて自己紹介を始める。


「ウスナバ」

「ユキリナ」

「アマモナ」

「「「と申します!」」」


 ――――同じ着物、同じ顔、同じ声。違うのは髪形だけで、それ以外は全く同じな三人の女性。これはいわゆる三つ子というやつだろうか。


「久しいのう! お主らに会うのはいつぶりだろうか!」

「お久しぶりです!」「カナビコ様」「お元気そうで何よりです」


 カナビコと親しいのか、彼女らはキャッキャキャッキャと燥ぎだす。


「はえぇぇ。同じ顔してる」

「ねえ、あの三人は?」

  どうしても気になるので、私がユキメに聞いてみると…………。

「あちらにおわすのは、海神うながみ三女と呼ばれる渡航の神です」

「海神三女。そんな神様もいるんだ」――三つ子の神様か、良いな。


 初めて見る三つ子に、私は愚か、ユハンとヒスイも面白そうに彼女らを見ている。しかし美人三姉妹とは侮れない。カナビコもどことなく嬉しそうだ。


「此度はお主らが案内をしてくれるのか。まこと心強いのぉ」

「はい!」「天陽大神の」「神勅ですので」

  ――――アマハル様が宛がってくれたのか。それなら本当に心強い。

「そうかそうか。ところで主らは、常世の国を知っておるのか?」

「詳しい事は分かりません!」「ただ、尋常であれば」「渡るのに五年は要します」


「五年!?」――おいおい、そんな悠長なことしてられないぞ。

「ですが安心してください!」「我ら航海の三女」「一刻もあればたどり着けましょう」

「ふぉっふぉっふぉ。誠、頼もしい限りじゃな」


 一瞬だけ背筋が凍ったが、流石は天津神。その辺の準備も周到って訳だ。段取り八分とはよく言ったものだ。


「…………ところで」「大神様の」「神使は何処に?」

「蒼陽姫はあちらじゃ」


 三柱の女神が同時に首を振る。それどころか、三柱は同じ笑みを浮かべてこちらに寄ってくる。少し迫力があって怖い。


「お初にお目にかかります!」「我ら海神三女」「天陽大神より化生せし三柱です!」

「アマハル様から、化粧?」

「はい!」「故に我らは貴女様の」「娘ということにもなります!」


 ――――その瞬間、カナビコが大いに噴き出す。だがそれは私も同じだった。


「な、なにを言うかアマモナ姫! 確かに蒼陽姫は大御神の眷属じゃが、そういう事にはならんじゃろ」

「…………わ、私の、子供達?」

「なりませぬぞ! ソウ様はまだ六十の身、御子を作るのはユキメが許しません!」


 分かりやすいくらい取り乱すユキメ。しかしまあ、あたふたと焦る姿はとても愛おしいものだ。


「はえぇぇ。ソウちゃん…………」

「ソウ。大変だろうけど、これから頑張ってね」

「ちょっと、二人まで!」


 カナビコとユキメは慌て倒し、私は呆然。それを見ていたユハンとヒスイは、笑いを堪えているようにも見えた。


「え、」「何も違いませんが?」「そうですよね、お母さま」

「だれがお母さまだッ! ソウ様、私は認めませんよ!」」


 三女神がこちらを見るが、私は目を合わせられない。だってそうですよねアマハル様。ユキメと同じく、私もこんなの認めません。


「ま、まあ。それは置いといてさ、早く行かない?」

「かしこまりました!」「お母様の命とあらば」「すぐにでも!」


 常世の国に着く前に、私の疲労度はとうに限界へと近づいてしまった。だがそれはユキメとカナビコも同じことだろう。


「それでは」「こちらに」「お乗りください」

 しかし目の前には小さな船。どこからどう見ても三人用だ。

「え、小さくない? 何かの間違いだよね」

「ご心配には及びません」「我らの力でこの船は、」「不沈の大船へと変わります!」


 そう言って三柱は輪になって手を繋ぐと、波に揺らいで今にも沈みそうなその小舟に、何やら祈りを捧げ始める。


「我らを導く天の舟よ、奔れば鳥のように速く、尖頭の岩盤をも打ち砕かんと、今その名をもってここに現れん。天鳥舟あめのとりふね

 

 その刹那、先ほどまでユラユラと、波に揺られていた落ち葉の様な船が、瞬く間に山の様な大船へと変化した。


「ちょっと、どうなってるのよ!」

「ふえぇぇぇえッ」

「やば…………」

 チヨを囲むように肩を抱き寄せ、私達はその偉業に怯え倒す。しかしそんな私たちに構うことなく、三女は乗船の為の階段を降ろした。


「さあ!」「どうぞ!」「お乗りください!」

 

 そう彼女らに促され、私たち子供組は鼓動を高鳴らせながら船に乗った。

 そうしてそこから目にしたのは、港の奥に広がる西ノ宮と、どこまでも続くような果ての無い青。


「ふあぁぁ! 官学も見えそうだよ!」

「流石に見えないわよ」

「うわぁ、パイレーツだぁ。」


 子供らしく燥ぐユハンと、顔には出さないが呼吸が荒いヒスイ。チヨも目を輝かせながら海を見晴らしている。もちろん私も、上がるテンションを抑えきれない。


「ソウ様、あまり身を乗り出すと危険ですよ」

「いやいや、これはもう我慢できないよ」


 現代では遊覧船しか乗ったことが無く、これほど大きな船に乗るのは初めてなのだ。これは仕方ないだろう。


「ところで、常世の国の行き方って知ってるの?」

「もちろんでございます!」「常世の国は異界の国ですが」「大神様が道を照らしてくれます」

「道を照らすって。あの神様、そんな器用なことできるの?」


 ――今の発言は失礼かな。いやでもアマハル様は、私と違ってきっちりしてそうだよな。あれ、どっちだ?


「言葉の綾です。実際は、我らの神通力で航海いたします」「お任せください!」「…………」


 ――――完全に今のは、最後の一柱が余っていた気がした。言葉を取り合って喧嘩とかしてそうだ。


「それでは、出発致します!」「錨を上げよ!」「帆を上げよ!」


 楽し気な彼女らの言葉に従い、船がひとりでに作業をこなしていく。これもまた、彼女らの神通力なのだろう。

 …………しかし私は、彼女らの力を低く見積もりすぎていた。


「はッッッや!」

「ちょっと待って! 本当に大丈夫なのこれ!?」


 大船は、目一杯広げた縦帆に風を受け、まさに燕の如しスピードで進み始める。後ろを見れば、もう港が豆粒ほどの大きさしかない。

 しかしその速力も、彼の力によってさらに増幅する。


「それでは」「カナビコ様」「風をお願いします」

「承った」

 するとカナビコは腰の太刀を抜き、その鉾先を前方へと向ける…………。

「順風」


 ――――突如私たちの背後から突き抜ける疾風。そして船はその風を受け、青い海を白く染める。それでも船上には一切の揺れが無いので、乗り物に弱い私でも快適に過ごた。


 そして出発してから数十分後。神速の如し速さにも慣れ、落ち着きを取り戻した私は、チヨと話すべく甲板を歩く。

 大船の後方、階段を上がり少し高台になっている場所。洋船で言うところの、舵輪が設けられているスペース。そこで私とチヨは二人きりになる。


「これが、船」

「そうだよ。初めて?」

「うん。私、おっ父の船には乗せてもらえなかったから」

「それはきっと、危ない目に合わせたくなかったからだよ」


 私がそう言うと、チヨは嬉しそうに地平線を眺めた。しかしチヨの父が、彼女を船に乗せたくなかったのは、もっと別の理由があるように感じてしまう。


「――――ソウ、向こうに着いたらどうするの?」

 

 そう言って階段を上がって来たのは、ヒスイとユキメ。しかしヒスイは不安そうな目で私を見る。


「分からない。とりあえずは、国を治めている神様に会うつもり」

「チヨヒメも、その神様に会わせるの?」

「…………うん。もしかしたら、何か反応してくれるかもしないしね」

「そうね」


 私の考えを聞いて安心したのか、強張った彼女の表情からは、少しだけ緊張が取り払われたように見えた。

 だがしかし、やはり彼女達を連れてきたのは、この上ない間違いだったのではないかと感じる。それも、絶えず感じる強い不安が、私の心に渦巻いているせいだ。


「ねえヒスイ」

「なに?」

「その、向こうに着いたらさ。ユハンと一緒に、片時もカナビコの傍を離れないでね」

「分かってる。もちろんあなたもよ?」

「…………うん」


 それだけ言って笑みを浮かべると、ヒスイは船の先端部分で見張りをしている、カナビコの方へと歩いていった。しかしその小さな背中を見て、私は再び、言いようも無い不安に駆られる。


 ――――何だろ、この恐怖心は。何で、何でこんなにも怖いんだ?


 虫の知らせか何かは分からない。ただただ怖いのだ。何が怖いのかは分からない。

 ただ、私の頭の中を、ある一つの畏れが支配しているのだ。まるでそれが、私の体内を食い荒らしている感覚。


「ソウ様。顔色が悪うございます」

「…………ユキメ」


 この事はヒスイとユハンには言えない。もちろんチヨにもだ。故に今は、カナビコとユキメだけが頼りだ。


「どうされました?」

「あのね、何かね。いや、まだ何とも言えないんだけど」

「遠慮なく仰ってください」


 全てを見通すような紅い瞳。それに覗かれると、何も隠し通せるきがしない。――言おう。言った方がきっと楽になれる。


「………………今日ね、誰かが死んじゃう気がするんだ」

「というと……」

 少しだけ彼女の眉間にシワが寄る。

「――お願いユキメ。ユハンとヒスイを、守ってくれないかな」

「もちろんです。私にお任せください」

「あと、カナビコには内緒にしてて」

 不思議そうな顔でこちらを見るが、すぐに彼女は頷いた。


 ガタン! 

 と、突如、船室の中から物音がする。


「何でしょう?」

「分からない。ユハンは何処?」

 

 先ほどからユハンの姿が見えない。ヒスイはカナビコと一緒にいるし、三女神はそれぞれ船の端で何かを唱えている。今この甲板上にいないのはユハンだけだ。


「中でしょうか?」

「行ってみよう!」


 私たちはすぐさま階段を降り、音が聞こえた船室に入る。

 ――――扉を開けると、十歩も歩けないくらい短い廊下が目に入る。しかし窓が無いため薄暗く、蝋燭の明かりだけが頼りの細い通路。奥をよく見ると、下に続く階段もある。

 

 そうして私たちは、その不気味なくらい静かな船内を歩き、遂に一つの部屋の前で止まった。


「物置でしょうか?」

「多分ね。わたし近接苦手だから、ユキメの援護に回る」

「御意」


 ユキメは短い血刀を作り、目の前の扉をゆっくりと開ける。その片開きの戸は、カミキリムシのような声を上げ、徐々に室内の景色を私たちに見せる。


「…………はわ!」

 聞き覚えのある声。しかし中には二人。


「ユハン? それにウヅキ!?」

「――――ごめん、ソウ様!」


 咄嗟にウヅキが頭を下げる。ユハンも、何が何だか分からないと言った様子だ。しかし何でウヅキがここに?


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