楽しい旅行は最後の旅路
――――そうして私は、天都で得た出来立てホットで激アツな情報を引っさげ、榮鳳官学に舞い戻ってきた。
そして、月上院の談話スペースで、ヒスイ、ユハン、カナビコ、ウヅキ、タライの全員を集め、ドヤ顔で言い放つ。
「常世の国だ!」と。
案の定、もれなく全員が私に奇怪な目を向ける。もちろん私も、この名前をアマハル様から聞いた時、皆と同じリアクションを返した。
「確かに、我が君がそうおっしゃったのか?」
皆と一緒にリアクションをして欲しかったので、私はあえてこの瞬間まで彼には黙っていた。――もちろん大成功。
「そんな国は聞いたことないけど…………。大御神様が言うのであれば、信じるしかないけど」
「はぇぇ。なんか怖くなってきたよ」
とヒスイとユハンも怖気づく。
「常世の国。ボクも聞いたことないな」
「常世の国ぃ。にわかには信じられないなぁ」
ウヅキも素直に顔を青ざめさせる。そしてタライは、やはり鼻たれ坊主だ。
「蒼陽姫、我が君は他にも、何か言っておられましたか?」
「んっとね。確かその国は、海の向こう側にある異世界で、不死やら若返りやらの噂が絶えないんだって」
そう。この私、この異世界に転生しても尚、別の異世界へ行こうとしてる。一周回って現世に帰れそうだ。
「それで、その国がチヨヒメと何の関係があるっていうの?」
――――鋭い突っ込み。流石は優等生ヒスイ。
「チヨヒメが言うには、お父さんが捕った人魚の肉を食べて呪われたって言うけど、アマハル様が言うには、チヨヒメは常世の国の住人なんじゃないかって」
「んー。でもでもぉ、じゃあどうしてチヨヒメは中つ国にいるのぉ?」
わざとらしいと感じない演技力。二面性の鬼であるタライが鼻をすする。
「それは…………。分かんないけど、でもまあホラ、辻褄は合うでしょ? あれ、合わない?」
「うぅむ。とてもじゃないが、信じ難いのう」
カナビコまでも唸る。
「もしそうだとしたら、チヨヒメのご両親も不死のハズ。でも、彼女のご両親はもう亡くなられてるんでしょ?」
「いいとこ突くねえヒスイは。でも残念ながら、今はそれも分かりません」
――――そして皆がため息を吐く。それもそうだ。今話した事は全て不確定事実。全部“かもしれない”の段階。現に私も今、深いため息を吐いた。
「はえぇ。それじゃあ、もう行ってみるしかなさそうだね」
「そうだね。存在の有無は別として、それが一番いい案だと僕も思うよ」
「俺も! ――――じゃなくて、ボクもユハンと同じ意見だなぁ」
一瞬キャラ崩壊しかけたタライは放っておいても、確かにそれが、謎を解く最後の手段だと言うのは、私も承知の上だった。――――だからそれも、アマハル様にお願い済みだ。
「それなら行きますか。常世の国へ」
「しかし子供だけでは危険ですぞ」
「――カナビコ先生の言う通りだわ。それに、官学はどうするのよ」
「ああ、まあ確かにそうだけど、一日くらい大丈夫っしょ」
行きたい組のユハン、ウヅキ、タライ。そして危ないわよ組のヒスイ、カナビコで意見が分れる。しかし強制ではない。
「蒼陽姫。お言葉じゃが、この件はワシらに一任してもらえぬか?」
「オッケー。ヒスイとカナビコは欠席ね」
「――――蒼陽姫!」
カナビコの声が談話室の中で反響する。その鋭い声に他の生徒も反応するが、それに構わず翁は続ける。
「なりませぬぞ。子供だけでそのような訳も分からぬ国へ行くのは!」
「そう言うと思ったよ。でもね、これは私の仕事でもあるんだ」
「仕事ですと?」
「そう。天陽大神直々の神勅だよ。いい機会だから、信仰集めて来いってさ。もちろん、カナビコと一緒にね」
これは本当の話だ。アマハル様はこの一件を、私の最初の仕事という名目で任せてくれた。
そして彼女の名前を出した途端、案の定カナビコは黙り込み、お得意の髭弄りを始めた。そして翁はフッと笑う。
「オクダカの言う通り、本当に大神に似てきたようじゃのお」
おそらく、良い所と悪い所の両方。いや、彼の呆れたような、そしてどこか嬉しそうな表情を見るに、悪い方が大部分を占めていそうだ。
「相分かった。じゃがしかし、少しでも危険だと思ったら即退却。それを条件に致す」
「了解!」
――――ふふ。チョロいなあ。
「でもソウ。学校はどうするのよ?」
「それも心配に及ばず。この勅書があれば、ズイエン学長は黙るってさ」
今回の一件が詳細に書かれ、最後にアマハル様直筆の署名が入った勅書を、どやっと全員の前に突き出す。
だが一つ問題なのは、今回の遠征に連れて行けるのは、四人までという絶対条件がある。恐らく、危険度が不明な未曾有の国で、いざというときカナビコが守れる限界の人数なのだろう。
「…………ただ、連れていける人数が四人までなんだよね」
しんとした空気が流れる。
「それに、常世の国がどんな所かも分からない。危険なのか、友好的なのかすら全く」
「ソウはどう考えてるの?」
ヒスイがじっと私の目を見据える。そうして束の間の沈黙が生まれた時、私は自分の思いを話す。
「今回は、私とカナビコ。そしてユキメ先生の三柱で行こうと思う」
「蒼陽姫…………」
友達を危険にさらすわけにはいかない。
カナビコもよくぞ言ったと言わんばかりに頷いている。きっとこれが正しい選択なのだ。
「――――駄目に決まってるわ」
「そうだよ!」
ヒスイとウヅキが真っ先に口を開く。この二人を落とすのは骨が折れそうだ。
「でもね、本当にどんな国なのか分からないんだよ?」
「だとしても、アナタだけに危険な思いはさせたくない」
「そうだよ。わえも、もう見てるだけは嫌だ」
ここに来て友情が邪魔してくるのか…………。私ももちろん、もうこの二人を無関係だとは思いたくない。しかし今回は勝手が全く違う。
「蒼陽姫」
ここでカナビコが沈黙を破る。
「その四人というのは、恐らく大神がワシの力量を鑑みての数字でしょう。ですが、大神は少し慎重になりすぎる所があります」
「というと…………」
「全て、ワシに任せてくだされと言う事です」
たった今、ジェンガのように崩れそうだった私達の関係を、カナビコが外側から包み込んでくれた。
「…………ありがとう、ごめん」
頭が上がらない。カナビコには本当に世話になっている。例えアマハル様の命令でも、この官学に来てくれたのは本当に心強い。
「それじゃぁ、そうと決まれば日にちを決めないとねぇ」
タライは鼻をすすりながらそう言うが、あいにく私に、彼を連れて行く気はない。反りが合わないという事もあるが、彼にはウヅキを止めるという役割がある。
「ごめん、今回タライとウヅキは連れて行けそうにないや」
「え!?」
「はぁ!? なんでッ。…………いや、なぁんでぇ」
「無理があるぞ」
――――ここで私はタライを引っ張って、皆の目から離れた談話室の端の方へ連れて行く。
「おい何だよ急に!」
「タライ、お前がウヅキを巻き込んだんだから、責任もってウヅキを引き留めて」
「はあ? 巻き込んだのはお前だろうが。大体俺は…………」
「――――返事は?」
「え?」タライの目が泳ぐ。そして間髪入れず私は「返事」とだけ言う。
龍に睨まれた蛇。私の精一杯の強面に、彼は額に汗を流した。そうしてタライと一緒に皆の所へ戻ると、彼は早速ウヅキに言う。
「な、なあウヅキ。今回は女子だけの楽しい旅行みてーだからさ。今回俺たちは我慢しようぜ?」
引きつった笑みを浮かべて、ウヅキの肩に手を置いたタライは、窮屈そうな喉から苦し紛れの言葉を吐く。
「え、でも」
「でもじゃない。今回俺たちは休みだ!」
カナビコがいると言うのに、演技を忘れているタライ。
先ほどのは少し恫喝じみていたが、意外と私もイケるようで安心した。
「ウヅキ、アナタが怪我したら、ユウヅキが悲しむでしょ? それに明日の皆既日食を、ユウヅキと見たいって言ってたじゃない」
さらにトドメ。ここで妹の名前を出せば、彼も素直に諦めるはずだ。
「…………分かった。でもそれは、ソウ様も同じだからね」
意外とすんなりと諦めてくれて少し驚いたが、私は胸をなで下ろした。やはり彼は妹想い。カナビコが大神に弱いのと同じだ。
「分かってるよ。ありがとう」
落ち込むウヅキを見て少し複雑な気持ちだが、私はそう言って微笑んだ。
――――そうして私たちは遠征チームを組み終え、各自明日に備えて部屋に戻る事となった。
ちなみに有難いことに、ズイエン学長には、カナビコの方から話を通してくれるらしい




