首を断たれて罪を贖う③
「さあ、蒼陽姫が案じておった問題は解決しましたぞ。あとはこのカナビコに任せて、皆は西ノ宮で羽を伸ばすといい」
クサバナを送り、再び戻って来たカナビコは、そう言って微笑みながら髭を弄る。
「はえぇ。これで本当に終わったの?」
「んー。何か腑に落ちないわね…………」
「でもでもぉ、もう終わったみたいだしぃ、皆で遊びに行こうよぉ」
「タライ君、遊びに来ただけでしょ」
もちろんユハン、ヒスイをはじめ、他の一年も納得できていない様に見える。それでも私は、あの異空間で全てを見ていたので、合点がいっていた。けれど、そこで見た風景を話そうとは思わなかった。
「カナビコはどうするの?」
「ワシはこれから、呪いに明るい神々を呼び、その解呪に同行しようと思います」
「七人いるって言ってたけど、どこにいるか分かるの?」
呪いを掛けられた七人。その内の一人は、あの受付嬢だという事は把握しているが、残る六人が全員、見世物小屋の従業員だとは思えない。
「ふっふっふ。ワシは鼻がいいので分かります」
――そういえばそんな設定あったな。
などと安心していると、チヨヒメが翁の袖をぐいっと引っ張る。
「どうされた、チヨ殿?」
「あの、私も、解呪してもらいたいのですが」
不死の呪い。その存在は、私の中で確実なものになっていた。しかし、デメリットよりもメリットの方が多い様にも思えるものだが…………。
「チヨ殿。お主には呪いなどかかっておらぬ」
膝を曲げて、チヨヒメに目線を合わせながら翁はそう言う。しかし、彼女に呪いがかかっていないと言うのなら、その正体は一体何なのだろうか。
「でも、それじゃあ、私のこの体は一体何のでしょうか?」
「それはワシにも分からぬ。じゃが、お主は神をも恐れぬ不死を得たのじゃぞ、不満はないようにも思えるが?」
「――――死にたいんです」
意外でもない答えだった。彼女がどれだけ生きているかは知らないが、恐らく今現在で、彼女に身内などおらず、天涯孤独の身になっているのだろう。
「…………それはまた、困った話じゃのう」
眉根を吊り上げ、小さくため息を吐くカナビコ。しかし彼は困った人を見捨て置けない性格だ。
「アマハル様なら、何か知らないかな?」
「うぅむ。確かに何か知っておるやもしれぬが、お忙しい方ゆえ、あまり頼ることはしたくないのじゃ」
まあカナビコは大神の側近だから、そう思うのも仕方ないが、それはあくまでも側近の話だ。私なら罪悪感なしに聞ける。
「じゃあ私が直接話すよ」
「いくら蒼陽姫と言えど、取り合ってくれぬかもしれませんが」
「大丈夫、大丈夫。私にお任せなさい」
「――――ソウ、あなた今からどこかへ行くの?」
私とカナビコの会話を聞いていたヒスイが、目に力を入れて問いただす。その表情からは、どこまでも付いていくぞ。という強い意志を感じる。
「ちょっと大神に会いに、天都にね」
「ちょっとっていう度合いなの、それ?」
「自分から会いに行ったことないから分かんないけど、大丈夫っしょ。ヒスイは休日を楽しんで」
「…………そう」
と、笑って言ったものの、ヒスイは未だぱっとしない表情で、渋々頷いた。だから私は、ごめんね。と平謝り。
――――そうして私は一旦、四人の友達と一人の準友達と西ノ宮で別れ、カナビコと共に天都へ赴いた。
私は一人でもよかったのだが、恥ずかしながら、天の山腹ルート以外の、天都への行き方を知らずにいたのだ。
ちなみに今私が通って来たルートは、西ノ宮の真ん中に鎮座する社の、その奥の本殿の、その更に奥にある部屋から、天都の玄関である天津架橋に瞬間移動の様な形で飛んできた。
「デッカイ橋だね」
「大きいだけで、誰もこの橋は使ってませんがな」
「ふーん」
声を大にして笑うカナビコ。その言葉通り、今私が歩いている橋上には、まったくの一柱の影も無かった。
そうしてしばらく歩くと、龍人の里に似た風景が広がる。
視界いっぱいに広がる青々とした田園。稲は私の背丈ほどまで育っており、いつでも刈ってくださいと言わんばかりに、そよ風に吹かれて揺らいでいる。
そしてぽつぽつと佇む民家らしきゾーンを抜けると、今度は西ノ宮に似た、しかし建物ごとの感覚が無駄に開いている都に入る。
「さっきから既視感があるんだけど、やっぱり西ノ宮も龍人の里も、天都を基盤に出来てるの?」
「ご名答。どれもこれも天つ神が作り上げたものなので、どうしても似たような風景になるのじゃ」
それでも種々雑多な種族が住む西ノ宮と違い、天都を闊歩するのは貴族の様な出で立ちの神々ばかりだ。そこに袴を着ている者はいない。
「さあ、ここからが正宮ですぞ」
「…………私が前に来たところか」
三十年前のあの日、八百万の前で宣言をしたあの場所だ。だだっ広い広場に、長い参道。そして正面に構える甚大な社。
これらを見ると、あの滅茶苦茶で恥ずかしい布告を思い出す。――――この世界に来て一番の黒歴史だ。
「ああ。思い出すなあ。恥ずかしいなあ」
社へと続く階段を登り切り、私は無性に熱くなる身体を扇ぎながら呟く。
「はっはっは! あの時の大神には、ワシらも肝を抜かれましたが、お主の声明にはもっと度肝を抜かれましたぞ」
「…………言わないでぇ」
そうして建物の中に入り、何部屋もの敷居をまたぐ。そしてたくさんの神々に挨拶されながら歩いていると、特別大きな空間へと辿り着く。
「この先が、我が君のおられる霊室じゃ」
彼はそう言うと、その場から二歩ほど退いて正座をし、動かざること山の如しを決め込む。
「付いてこないの?」
「いや、ワシは良いのじゃ。蒼陽姫だけで行ってくだされ」
どこか気不味そうに髭を弄くる翁。
喧嘩でもしたのだろうかと不思議に思っていると、奥の襖が音を立てて開き始める。
「ご無沙汰しております蒼陽姫」
襖の奥から現れたのは、前回よりも髪が短くなった女神シンだった。あのお団子ヘアが似合っていたのに惜しいものだ。
「お久しぶりです」
「して、本日は皇神に何用で参られたのですか?」
綺麗な正座をしたまま、相変わらずの棒読み口調で私を見つめるシン。願わくば、もう少し愛想良くしてほしい。
「ちょっと聞きたいことがあって」
「ちょっと、とは?」
「ああいや、まあ、色々と」
「――――色々、とは?」
何だコイツ、めんどくさ!
などと罰当たりな事を思っていると、奥の方から声が聞こえてくる。
「おーい。ひふみ、じゃなくて蒼陽が来とるんじゃろ? 通してやってくれ」
「かしこまりました」
そうしてシンは、表情を変える事無く膝を横に向けると、アマハル様がいると思しき方へ手を向ける。
「ではどうぞ」
「なんか、すいません」
そう言ってシンに軽くお辞儀をしながら奥へ進み、アマハル様の部屋へと続く襖を開ける。
「ようこそ、我が仕事場へ」
「…………おお、散らかってるなあ」
部屋の内部にはたくさんの和紙が宙に浮いていた。そのまるで七夕の短冊のように連なる紙を避けながら、私はアマハル様の元へと歩み寄る。
「それで、聞きたいこととは何じゃ?」
依然として机上に視線を落とし、筆を走らせながら彼女は口を開く。――何かに夢中になっている御姿も良い物だ。
「はい、実は西ノ宮で、不死の呪いを受けたという女の子を見つけたのですが、カナビコは、そんな呪いは無いと言い張るんですよね……」
「不死の呪いか。度々耳にするが、なんの根拠もない俗言だぞ」
「やっぱり、不死なんてものはないのですか?」
するとアマハル様は筆を止め、記憶を掘り起こそうとしているのか、その人差し指でこめかみを叩く。
「一言で言うなら、無い…………。しかし、可能性としては在り得る」
「可能性?」
彼女はすっと立ちあがり、その行く手を阻む和紙たちを遠ざけながら本棚へ歩く。そして親指の爪をかじりながら、窮屈そうに並ぶ書物から一冊を抜き取った。
「ひふみ。お主は、この世に幾つ国があると思う?」
地理の問題か?
と、私は試されているのだろうかと疑ってしまったが、ここは素直に思い浮かんだ、四七の都道府県にかけた答えを言ってみる。
「四七ですか?」――――さあどうだ!
「あ、すまぬ。そう言うのじゃなくて、天界とか、中つ国とかそういう」
「…………三つですね」
「そうだ! 我々の住む“天界”に、国つ神がおる“下界”。そして死者の国の“黄泉”じゃ」
「それが、何か?」
「しかしな、まだ誰も知らないもう一つの国があるのだ」
気持ち悪い答えが返ってきた。現代では最早常識である四七都道府県が、実は六七都道府県だった。みたいな気持ち悪さだ。
「その国とは?」
脳内に蔓延する不気味さを殺しきれないまま、恐る恐る聞いてみる。
するとアマハル様は、先ほど手に取った本のタイトルを私に見せつけながら、ドヤ顔で言い放つ。
「常世の国じゃ」




