表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
101/202

首を断たれて罪を贖う③

「さあ、蒼陽姫が案じておった問題は解決しましたぞ。あとはこのカナビコに任せて、皆は西ノ宮で羽を伸ばすといい」


 クサバナを送り、再び戻って来たカナビコは、そう言って微笑みながら髭を弄る。


「はえぇ。これで本当に終わったの?」

「んー。何か腑に落ちないわね…………」

「でもでもぉ、もう終わったみたいだしぃ、皆で遊びに行こうよぉ」

「タライ君、遊びに来ただけでしょ」


 もちろんユハン、ヒスイをはじめ、他の一年も納得できていない様に見える。それでも私は、あの異空間で全てを見ていたので、合点がいっていた。けれど、そこで見た風景を話そうとは思わなかった。


「カナビコはどうするの?」

「ワシはこれから、呪いに明るい神々を呼び、その解呪に同行しようと思います」

「七人いるって言ってたけど、どこにいるか分かるの?」


 呪いを掛けられた七人。その内の一人は、あの受付嬢だという事は把握しているが、残る六人が全員、見世物小屋の従業員だとは思えない。


「ふっふっふ。ワシは鼻がいいので分かります」


 ――そういえばそんな設定あったな。

 などと安心していると、チヨヒメが翁の袖をぐいっと引っ張る。


「どうされた、チヨ殿?」

「あの、私も、解呪してもらいたいのですが」


 不死の呪い。その存在は、私の中で確実なものになっていた。しかし、デメリットよりもメリットの方が多い様にも思えるものだが…………。


「チヨ殿。お主には呪いなどかかっておらぬ」


 膝を曲げて、チヨヒメに目線を合わせながら翁はそう言う。しかし、彼女に呪いがかかっていないと言うのなら、その正体は一体何なのだろうか。


「でも、それじゃあ、私のこの体は一体何のでしょうか?」

「それはワシにも分からぬ。じゃが、お主は神をも恐れぬ不死を得たのじゃぞ、不満はないようにも思えるが?」

「――――死にたいんです」


 意外でもない答えだった。彼女がどれだけ生きているかは知らないが、恐らく今現在で、彼女に身内などおらず、天涯孤独の身になっているのだろう。


「…………それはまた、困った話じゃのう」

 眉根を吊り上げ、小さくため息を吐くカナビコ。しかし彼は困った人を見捨て置けない性格だ。


「アマハル様なら、何か知らないかな?」

「うぅむ。確かに何か知っておるやもしれぬが、お忙しい方ゆえ、あまり頼ることはしたくないのじゃ」


 まあカナビコは大神の側近だから、そう思うのも仕方ないが、それはあくまでも側近の話だ。私なら罪悪感なしに聞ける。


「じゃあ私が直接話すよ」

「いくら蒼陽姫と言えど、取り合ってくれぬかもしれませんが」

「大丈夫、大丈夫。私にお任せなさい」

「――――ソウ、あなた今からどこかへ行くの?」


 私とカナビコの会話を聞いていたヒスイが、目に力を入れて問いただす。その表情からは、どこまでも付いていくぞ。という強い意志を感じる。


「ちょっと大神に会いに、天都にね」

「ちょっとっていう度合いなの、それ?」

「自分から会いに行ったことないから分かんないけど、大丈夫っしょ。ヒスイは休日を楽しんで」

「…………そう」


 と、笑って言ったものの、ヒスイは未だぱっとしない表情で、渋々頷いた。だから私は、ごめんね。と平謝り。


 ――――そうして私は一旦、四人の友達と一人の準友達タライと西ノ宮で別れ、カナビコと共に天都へ赴いた。

 私は一人でもよかったのだが、恥ずかしながら、天の山腹ルート以外の、天都への行き方を知らずにいたのだ。


 ちなみに今私が通って来たルートは、西ノ宮の真ん中に鎮座する社の、その奥の本殿の、その更に奥にある部屋から、天都の玄関である天津架橋あまつかばしに瞬間移動の様な形で飛んできた。


「デッカイ橋だね」

「大きいだけで、誰もこの橋は使ってませんがな」

「ふーん」


 声を大にして笑うカナビコ。その言葉通り、今私が歩いている橋上には、まったくの一柱の影も無かった。


 そうしてしばらく歩くと、龍人の里に似た風景が広がる。

 視界いっぱいに広がる青々とした田園。稲は私の背丈ほどまで育っており、いつでも刈ってくださいと言わんばかりに、そよ風に吹かれて揺らいでいる。


 そしてぽつぽつと佇む民家らしきゾーンを抜けると、今度は西ノ宮に似た、しかし建物ごとの感覚が無駄に開いている都に入る。


「さっきから既視感があるんだけど、やっぱり西ノ宮も龍人の里も、天都を基盤に出来てるの?」

「ご名答。どれもこれも天つ神が作り上げたものなので、どうしても似たような風景になるのじゃ」


 それでも種々雑多な種族が住む西ノ宮と違い、天都を闊歩するのは貴族の様な出で立ちの神々ばかりだ。そこに袴を着ている者はいない。


「さあ、ここからが正宮しょうぐうですぞ」

「…………私が前に来たところか」


 三十年前のあの日、八百万の前で宣言をしたあの場所だ。だだっ広い広場に、長い参道。そして正面に構える甚大な社。

 これらを見ると、あの滅茶苦茶で恥ずかしい布告を思い出す。――――この世界に来て一番の黒歴史だ。


「ああ。思い出すなあ。恥ずかしいなあ」


 社へと続く階段を登り切り、私は無性に熱くなる身体を扇ぎながら呟く。


「はっはっは! あの時の大神には、ワシらも肝を抜かれましたが、お主の声明にはもっと度肝を抜かれましたぞ」

「…………言わないでぇ」


 そうして建物の中に入り、何部屋もの敷居をまたぐ。そしてたくさんの神々に挨拶されながら歩いていると、特別大きな空間へと辿り着く。


「この先が、我が君のおられる霊室じゃ」


 彼はそう言うと、その場から二歩ほど退いて正座をし、動かざること山の如しを決め込む。


「付いてこないの?」

「いや、ワシは良いのじゃ。蒼陽姫だけで行ってくだされ」


 どこか気不味そうに髭を弄くる翁。

 喧嘩でもしたのだろうかと不思議に思っていると、奥の襖が音を立てて開き始める。


「ご無沙汰しております蒼陽姫」


 襖の奥から現れたのは、前回よりも髪が短くなった女神シンだった。あのお団子ヘアが似合っていたのに惜しいものだ。


「お久しぶりです」

「して、本日は皇神すめかみに何用で参られたのですか?」


 綺麗な正座をしたまま、相変わらずの棒読み口調で私を見つめるシン。願わくば、もう少し愛想良くしてほしい。


「ちょっと聞きたいことがあって」

「ちょっと、とは?」

「ああいや、まあ、色々と」

「――――色々、とは?」

 

 何だコイツ、めんどくさ!

 などと罰当たりな事を思っていると、奥の方から声が聞こえてくる。


「おーい。ひふみ、じゃなくて蒼陽が来とるんじゃろ? 通してやってくれ」

「かしこまりました」


 そうしてシンは、表情を変える事無く膝を横に向けると、アマハル様がいると思しき方へ手を向ける。


「ではどうぞ」

「なんか、すいません」


 そう言ってシンに軽くお辞儀をしながら奥へ進み、アマハル様の部屋へと続く襖を開ける。


「ようこそ、我が仕事場へ」

「…………おお、散らかってるなあ」


 部屋の内部にはたくさんの和紙が宙に浮いていた。そのまるで七夕の短冊のように連なる紙を避けながら、私はアマハル様の元へと歩み寄る。


「それで、聞きたいこととは何じゃ?」


 依然として机上に視線を落とし、筆を走らせながら彼女は口を開く。――何かに夢中になっている御姿も良い物だ。


「はい、実は西ノ宮で、不死の呪いを受けたという女の子を見つけたのですが、カナビコは、そんな呪いは無いと言い張るんですよね……」

「不死の呪いか。度々耳にするが、なんの根拠もない俗言だぞ」

「やっぱり、不死なんてものはないのですか?」


 するとアマハル様は筆を止め、記憶を掘り起こそうとしているのか、その人差し指でこめかみを叩く。


「一言で言うなら、無い…………。しかし、可能性としては在り得る」

「可能性?」


 彼女はすっと立ちあがり、その行く手を阻む和紙たちを遠ざけながら本棚へ歩く。そして親指の爪をかじりながら、窮屈そうに並ぶ書物から一冊を抜き取った。


「ひふみ。お主は、この世に幾つ国があると思う?」


 地理の問題か? 

 と、私は試されているのだろうかと疑ってしまったが、ここは素直に思い浮かんだ、四七の都道府県にかけた答えを言ってみる。


「四七ですか?」――――さあどうだ!

「あ、すまぬ。そう言うのじゃなくて、天界とか、中つ国とかそういう」

「…………三つですね」

「そうだ! 我々の住む“天界”に、国つ神がおる“下界”。そして死者の国の“黄泉”じゃ」

「それが、何か?」

「しかしな、まだ誰も知らないもう一つの国があるのだ」


 気持ち悪い答えが返ってきた。現代では最早常識である四七都道府県が、実は六七都道府県だった。みたいな気持ち悪さだ。


「その国とは?」


 脳内に蔓延する不気味さを殺しきれないまま、恐る恐る聞いてみる。

 するとアマハル様は、先ほど手に取った本のタイトルを私に見せつけながら、ドヤ顔で言い放つ。


「常世の国じゃ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ