首を断たれて罪を贖う②
「頼んだぞクサバナ」
「うん」
そうしてクサバナが、その閉じた両目を、ゆっくりと開く。
「――――――――えッ!?」
その次の瞬間、私達は瞬間移動をしたかのように、まるで理解の追い付かない謎の空間に飛ばされた。
「なにこれッ」
「ここは、クサバナの社じゃ」
「ここが?」
そこは全てが、赤で統一されたような異空間。
夕暮れに染まる赤い空に、目に映るは一本のカエデ。そして地面には、降り積もった血のように朱い紅葉。奥には大泉が見え、後ろには小さな祠が寂しそうに鎮座している。
「な、なんらここは?!」
「どうなってやがんでぇ!」
「ハッハ! 面妖な場所じゃ!」
確かに私たちは西ノ宮の大通りにいた筈。それなのに、気付いたらこの空間に佇んでいた。まるでパズルの一片を抜き取り、違うパズルにはめたかのような違和感。
そしてこの場には、私以外の一年生はいない。あのウジのように沸いていた野次馬さえも。
「我、天つ神、天津卉葉名姫神と申す。これより天陽大神の御名の元に、汝らの罪を裁かん」
あの眠そうな表情から一変、クサバナは左右異色の眼を大きく開き、左手に扇子、右手に打刀を持って彼らの前に立つ。
「これからどうなるの?」
「奴らの罪を全て見たうえで、クサバナが処罰を下します」
真っ直ぐクサバナと一座の連中に目を据えるカナビコ。その後ろでは、チヨヒメが怯えた様子でその光景を覗き見ている。
「汝、名を申せ」
一ミリの感情すら感じ取れない表情のまま、クサバナは小男に刀の鉾先を向ける。その冷たい空気は、見ているこちら側も戦慄するほどだ。
「あ、あっしは、アキタボウと申しやす!」
地面に伏せ、頭を地に付けたまま小男は声を張り上げた。
「アキタボウ。汝の罪、確と見させてもらった」
「は、ははあ!」
「流刑」
――――流刑、島流しか?
彼がどんな罪を犯したかは知らないが、彼女に処罰を言い渡された直後から、もはや全てを諦めたかのように、小男は黙り込んだ。
「流刑って、どうなるの?」
つい気になった私は、カナビコに聞いてみる。
「追放刑は、死罪より軽い刑罰じゃが、流される地によってはそれよりも辛いものとなります」
「へえ。死んだ方がマシってやつか」
そしてクサバナは隣の膿男に映る。数メートル離れたこの場所でも臭うと言うのに、よくぞ我慢できるものだ。
「汝、名を申せ」
「ハッハ! お嬢さん、私の名などその御心には残りませんて」
ひたすら頭を下げ続ける他二人とは違い、ふてぶてしく胡坐をかいて腕を組む男。――そんな彼の双腕を、クサバナはたった一太刀で斬り落とした。
「あぐああぁぁぁああ!」
転がる二本の腕と、地面を転がり泣き叫ぶ男。しかしその惨憺たる光景を、チヨヒメは食らいつくように見入っている。
「二度は言わぬ」
そう言って扇子をパタリと閉じるクサバナ。すると、切られた筈の腕が、何事もなかったかのように元通りに戻る。それでも男の絶叫は鳴りやまない。
「…………え」
「あの扇子は、ひとたび扇げば幻を見せる神器にござる」
「あ、そういうこと。でも凄い痛そうに叫んでるけど」
「幻と言えど、あらゆる感覚が残る神器なのじゃ。故にクサバナだけにしか、持つことが許されておらぬのです」
幻の中で受けた痛みが現実になるって事か。ほぼ拷問道具じゃん。
「ち、ちち、朕は、ハゲナ・セイコウと申すぅ!」
「ハゲナ・セイコウ。汝の罪、確と見させてもらった」
「ぁぐうあぁ………………くぅあッ」
腕は何ともないと言うのに、依然としてぶらんと下げたままヨダレをこぼす男。もはやクサバナの言葉も入っていないようだ。
「十年の酒死、のち斬首」
聞き覚えの無い名前が出てくる。
「酒死って?」
「あの泉が見えますか?」
カナビコが指さす先には、夕焼けによって朱く美しく輝く大泉。しかしそれ以外、特に変わった様子は見れない。
「あれがどうしたの?」
「酒死とは、あの泉の底にてこれより十年死に続け、そのあと斬首によって黄泉へと送られるのです」
「…………死に続けるって?」
「神通力によって、絶えても絶えても死に切れぬのじゃ。恐らく一番苦しい刑でしょうな」
その言葉に背筋が凍り付いた。つまるところ、今現在も尚、あの大泉の底では罪人が溺れ続けていると言う訳だ。
「ひえぇえ」
「そう思うと、流刑はまだ軽い方ですかのう?」
そしてクサバナは、その冷たい目も表情も変えず、最後に座るオキマサへと移る。
「汝、名を申せ」
「お、オキマサ・クビキと、申します」
「オキマサ・クビキ。汝の罪、確と見させてもらった」
一切の口調も変わらず、テンポもトーンも何もかも同じ。相当の数をこなして来たのか、最早流れ作業の様な感覚だ。
「八年の火炙り、のち斬首」
「は、八年!? そんな、あんまりではありませんか!」
涙をこぼし、首を垂れるオキマサ。その姿には少し同情の念も覚えてしまう。しかし、これまでチヨヒメを見世物としてぞんざいに扱ったのだ。それくらいが当たり前だろう。
「彼女が許すなら、うぬらの減刑も考慮する」
「――――本当ですか!?」
クサバナは無表情のまま、カナビコの背後に隠れているチヨヒメに目を向ける。
「チヨちゃん、今まで本当にごめんね! ボク反省してるよ!!」
「…………チヨ殿、朕は、お主を好いておったのじゃ。ハッハ」
「らからチヨちゃんッ! どうかボクらちを助けてくれ!」
その無様たる痴態に、私は思わず吹き出しそうになった。死刑になる人をあまり笑うものではないが、その滑稽さはあまりにも可笑しいのだ。
「さあ、チヨヒメ。お主の口から、確と言ってやるのだ」
カナビコが優しく彼女を前に出させる。
「チヨちゃん! 四年前に君と出会っれから、ボクは本当に楽しかったんらよ!」
「ハッハ! 何をいうか座長、お主は良い珍物が入ったと喜んでおったではないか!」
「黙れハゲナ! お前は私への恩を忘れたか?!」
「恩だと! 毎日毎日人に笑われるのが恩と言うか!」
醜い。ただ一言だけ言うとしたら、本当に醜い。
「うるせえぞ、おん前ぇらッ!」
おもちゃを取り合う子供のように、いがみ合う二人。誰かが止めなければとも思ったが、ここで声を上げたのは小男だった。
「ハッハ、豆坊主どうしたのだ?」
「もう決まった事だ。大人しく受け入れろや」
クサバナに刑を言い渡された時も、ただ黙って受け入れたアキタボウ。彼だけ死罪ではなく流刑になったのは、少し納得できるかもしれない。
「チヨ、確かに俺もおん前ぇに酷いをした。だから許さなくてもいい。ただ一つだけ、すまなかったと謝らせてくれ」
そう言って深々と頭を下げるアキタボウ。その潔さは罪人と言えど、あっ晴れだ。
「チヨちゃん! ボクも謝るよ! 謝るからあぁ!」
「豆坊主! 自分だけ逃れようとしておるのか!?」
もはや呆れて何も言えない。この二人には、私は何も感じない。それはきっと、この一連の様子を無表情で眺めていたチヨヒメも同じだろう。
「…………チヨは、絶対許しません」
「そ、そんなァ」
チヨヒメはそれだけ言うと、回れ右で再びカナビコの後ろへ戻っていった。しかし彼女が、ここまで長く話す姿を初めて見た。
「千詠尾売による酌量減刑はない。これにて、一件落着」
――――クサバナが腰の鞘に打刀を納めると、私達は再び見えない力によって西ノ宮へと引き戻された。
「おい! 見世物小屋の奴らが消えたぞ!」
「これも神通力か!?」
野次馬たちの声が聞こえる。どうやら先ほどまで私たちがいた空間も、異次元の世界だったようだ。その証拠に、野次馬やヒスイたちが、一座の連中が突如消えたとザワついている。
「ヒスイ、私って、どうなってた?」
それでも一抹の不安を拭いきれない私は、安心を得たいがためにヒスイに聞いた。
「え、どうって?」
「なんか、様子がおかしかったとか、変な顔とかしてなかった?」
「とりあえずは、何も無かったわよ?」
その言葉にひとまず安心はしたが、それでも、悪夢から覚めたようなあの独特な不安は消し去れなかった。
「カナビコ、これで終わったの?」
「うむ。あの三人も、今頃は自分たちに課せられた刑罰に苦しんでいると思いますぞ」
「そっか」
とてもじゃないが、満足そうには見えないカナビコの表情。その後ろにいるチヨヒメも、相変わらずの無表情を浮かべている。
「…………クサバナ。疲れたから帰る」
「分かった。天都まで送ろう」
あの世界で見た、血の通っていないような表情から一変。再び目を閉じ、舟をこぎ始めたクサバナは、カナビコの神通力によって姿を消した。




