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4問目:白 / 黒 《中編》

「よう、お邪魔するぜ」

「よく来たな。どうぞ上がってくれ」


 時間は十七時を少し過ぎ、件の男子生徒が我が家を訪れた。

 身長は百七十後半といったところか。背丈はユウと同じくらいで、しかし身体つき想像していたよりもしっかりとした肉付きをしている。

 インドアな兄の友人なのだから細身の男子を思い描いていたが、実施はそこらの運動部より頑丈そうな印象を受ける。


「せんぱーい、何か運動とかしてるんですか?」

「うぉぉ! なんだこのツインテーっ子は! もしかしてお前の妹か!?」


 ユウの背中にこっそりと隠れていたあたしの登場に、白柳先輩は男子からぬ甲高い驚き声を上げる。

 作戦成功と言ったところか。


「名前は真希。俺の妹だ。ほら自己紹介しろ」

「こんにちはー。先輩と同じ学校の一年生、黒崎真希でーす」


 普段ストレートに背中近くまで髪を伸ばしているあたしだが、今は気分でツインテールに結んでみた。この方が印象に残るかなー、なんて打算も少し含んでいるわけだが。


「そ、そうか。俺の名前は白柳(しろやなぎ)比呂(ひろ)。兄ちゃんと同じ三年生だ。よろしくな」

「はーい! よろしくお願いしまーす」

「……なぁ祐一。なんつーか、あんま似てねぇな。その、雰囲気とか」

「あぁ、よく言われる」

「えー、そうですかねー?」


 いきなりのテンションに少し引き気味の白柳先輩。

 あたしが家にいるとの話も聞いてはいなかったのだろう。不意を突く形で話しかけてしまい申し訳なく思うが、しかしその甲斐もあって彼の人となりを感じ取ることが出来た。

 なんとなくだけど、あたしとは気の合いそうなタイプだと思った。

 

「さて、簡単な挨拶も済んだところでいつまでも玄関にいるわけにもいかないだろう。真希、居間にケーキを持ってきてくれ」

「はーい。白柳先輩、チョコケーキとモンブランどっちが好きですか?」

「ケーキ? え、いいのかよ祐一。俺全然そんなの考えてなかったんだが」

「気にするな。俺と真希がケーキを食べたい気分でな。ついでに比呂の分を一つ追加で買っただけだ」

「って言ってますけどー。お金払ったのあたしですからねー!」


 たかだかケーキ一つに一挙一動する白柳先輩を可愛いなと内心で笑いつつ、あたしは冷蔵庫にしまってあるケーキを皿に出す。

 あたしの分がショートケーキで、ユウと比呂先輩がチョコとモンブランをそれぞれどちらかに。

 個人的には季節のタルトってのが気にはなっていたんだけどついついショートケーキの上に乗るイチゴに目を惹かれてしまった。何を隠そうあたしはイチゴが大好きなのだ。


「おまたせー、ってあれ? ユウ?」


 居間まで皿を運んできたあたしは二人がいないことに気が付く。

 ふと、二階のユウの部屋から物音が聞こえる。なるほど二階か。


「そうだ、飲み物も用意しとくとしますか」


 最初にユウの自室へ白柳先輩を通したらしい。

 何の用事があるのかは知らないが、今日はユウの部屋で何かしらの作業をするのだろうか。

 あるいはもしかしたら勉強とかかも。


「そっか。三年生ってことは受験生なのか」


 入学したばかりのあたしにはまだ想像もつかない大学受験。

 そもそも進学するか就職するかなんてのも決めていないのだけど、そんななんてことのない現実が二人を大人なのだと否応なしに実感させられる。


「なーんてね。将来のことは一年後のあたしが考えてくれるでしょ」


 あたしだって先日までは受験生だったわけで、やっと大変だった受験勉強が終わったばかりなのに今度は大学受験? 無理無理、しばらくは考えたくもない。

 それよりも、今はお客様ををもてなさなきゃと再び台所へ向かう。

 自分と兄の飲み物はともかく、白柳先輩は何を用意しようか。部屋に聞きに行くのもいいけど、せっかくだし予想して出してみようかも。

 紅茶でもいいしコーヒーでもいい。嫌いだって話になればあたしかユウが飲めばいいのだけなのだ。

 それにきっと、あの先輩はそんな遊びにも楽しんで付き合ってくれるタイプに違いない。


「そうだな、白柳先輩のような男子は――」


 まだ出会って十分も経たない男の人の顔を思い浮かべ、あたしは鼻歌交じりに飲み物を用意しようと冷蔵庫の方へと身体を向ける。

 当たっても面白いし当たらなくても多分面白い。さて、白柳先輩はどんなリアクションを見せてくれるのだろうか。





「うぉ、このお茶すげぇ美味いなっ!」

「でしょーっ! いいね白柳先輩。紅茶のことお茶っていう人初めて見ましたけどリアクションはナイスです!」


 予想以上のリアクションを見せる白柳先輩。

 やはりこの先輩はなかなかにノリが良く、大変にご満悦である。


「さぁ先輩、ケーキです。これ美味しいって評判なんですよ!」


 気を良くしたあたしはささっとケーキを白柳先輩の手元に勧める。


「そうなのか! そりゃあ楽しみだな。――よし、次来たときは俺が何か買って来てやるよ!」

「え、本当ですか? ちょうどあたしのすっごく欲しいブランドのバックがあってー」

「食い物なっ! 食 い 物 で、何か買って来てやるよ」

「そうか。ちなみに俺はモンブランが好きでな」

「だろうな! いい笑顔してるよ食いやがってよ本当にっ!」


 マイペースを貫く黒崎兄妹に白柳先輩はたじたじの様子だ。

 本当にいじりがいのあるリアクションを見せてくれる人だが、仕方ない。慈悲の心をもって話を変えてあげるとしますか。


「ところでー先輩は彼女とかいないんですかー?」

「いるぞ」

「なんでお前が答えるんだよっ、いねぇわ!」


 定番の質問をぶつけたつもりのあたしだったが、なんだか微妙な反応を見せる二人の様子に首をかしげる。

 さて、なぜ意見が分かれるのだろうか。

 

「ん? どゆことですか先輩」

「どうもこうも、彼女なんていねぇって話だよ。祐一が言ってんのは違うやつの話な」

「違うやつの話って……どうなのユウ?」

「さぁ、俺はてっきり付き合ってるもんだと思っていたのだが」


 妹、みたいなもの? それって漫画とかだとありがちな「これから意識し始める男女関係」みたいな感じだけど――なんだか面白そうな匂いがする。

 だが、一方で先輩も負けてはいないらしい。


「んなこと言って、それなら祐一。お前はどうなんだよ? 知ってるぜ。最近お気に入りの子がいるんだそうじゃねぇか」

「ほう、詳しく聞きたいですなー」

「それこそ根も葉もない噂だろう。なにより彼女に失礼だぞ」


 まさかユウにそんな話があったなんて全然知らなかった。

 とはいえ全く表情を変えない兄の様子には真偽の確かめようがないが――ユウに好きな人、ねぇ。

 

「ちなみにユウ。その子とはどんな関係なの?」

「ただの部活動の後輩だ。熱心な子で良く面倒を見ているからそんな噂が流れてしまったのだろう」


 自分で言うのもアレだが、あたしとユウは互いの嘘を見抜けるくらいに距離感が近い兄妹である。

 だからこそ言える。この兄、本当にその子のことを後輩としか思ってないぞ。

 誰かは知らないがその後輩ちゃんにもし気が合ったのであれば、少なからず今現時点でその想いが届くことはないだろう。


「ん? ってかそうか。真希ちゃん、だよな」

「はい。真希でーす」


 ふと先輩があたしの名前を呼ぶ。

 まるで今気が付いたかのようにあたしの名前を口にする先輩は、何かを思い出したのか手を打ち頭を頷かせる。


「なぁ、真希ちゃんのクラスに柊詩乃って名前の女子はいないか? 髪が長くてちっこい女子」

「え、柊ちゃんですか? 同じクラスですけど」


 まさかの同級生の名前に驚きつつも柊ちゃんが身近な存在であることを伝える。

 あまり上級性との関わりが無さそうな柊ちゃんではあるが、さてこの先輩とはどんな関係なのだろうか。


「おっ、やっぱりそうか! なぁ、柊ってどんなやつだ?」


 柊ちゃん、ねぇ。


「んー、実はあんまり話したことないんですよね。それで良ければ――」

 

 柊ちゃんをどれくらい知っているかと聞かれれば、あたしを含めてほとんどのクラス女子たちは口を閉ざすのではないだろうか。それほどまでに、彼女の交友幅は狭い。

 一方で、何故かと理由を問われれば、およそ二つの原因を簡単に思い浮かべることが出来る。


 一つは柊ちゃん本人にコミュニケーションをとる意思がないことだ。

 彼女は必要最低限でしか人と接しようとはしない。

 一部を除き、誰かと会話する姿を見たことがないのは、きっとあたしだけではないはずだ。

 

、そして、その一部の交友関係というのが二つ目の要因。

 宮原(みやはら)光輝(こうき)。入学したての一年生にして学校一の不良とまで言われている男子生徒だが、なんと彼が最も柊ちゃんと仲が良い人間なのだ。

 それが何かといえば、端的に言って近づきにくいのである。

 自分から好んで恐れられている不良に近づく人間などいないだろう。

 そんな彼がいつも一緒にいるものだから、自然と誰も話しかけなくなってしまったというのが実情である。


 ちなみに最近では何故かもう一人交友の輪が広がったようだが、それはあくまでレアケース。ある意味軌跡と呼べる光景である。

 ただ、なんというか――。


「まぁ、そうですね。きっと柊ちゃんは自分の世界を持ってる女の子だと思うんですよ」

「自分の世界、ってどういう意味だ?」

「んー、何と言いますか。――要はマイペースな女の子ってことですね」

「……ちょっとめんどくさくなったろ?」

「えー分かりますー?」


 あの(・・)水戸が行動を共にしているということは多分宮原くんは悪い人ではないのだろう。

 その一方でそんなはぐれ者たちといやいや付き合っている様子でもない柊ちゃんは、きっと良い意味で自分の世界を持っているのだと思う。

 それは派閥だの友達関係だのとアホなことばかりで悩まされているあたしからすればとても羨ましいものである。


「柊――あぁ、この前比呂の話に出てきた」

「あぁ、そうだ。俺の部活設立に協力してくれた救世主様……だったやつだ」

「救世主? 柊ちゃんが?」


 面白い話題を多く持つ白柳先輩の話の中でも、なにやらとても気になるワードが飛び出してきた。

 あの柊ちゃんの話というのも貴重なのに、飛び出してきた言葉が救世主? なにそれ!


「え、白柳先輩! なにそ――」


 興味丸出しで話に食いついたあたしだが、その時玄関のチャイムが鳴り響く。

 気が付けばすでに十八時近く、どうたら母親からの頼み事を果たす時間が来たらしい。


「お、やべぇな。もうこんな時間かよ」

「すまない。思ったより話過ぎてしまったな。真希、悪いが俺たちは部屋でやることがあるから話はここまでだ」

「えー、いいところなのにー」


 ごねるあたしの耳に届くのは二度目のチャイムの音。

 いいところだが、残念ながら今日はここでお開きのようだ。


「わりぃな。また今度ゆっくりと話でもしようぜ」

「分かりましたー。約束ですからね先輩」


 笑いながら階段を上る先輩とユウを見送り、あたしは郵便を受け取るために玄関へと向かう。


「あー、今日は悪くない一日だったかなー」


 なんてことない一日の終わりに訪れた予期せぬ出会い。

 彼との出会いがあたしの人生を左右することになるなど、この時のあたしはまだ知る由もない。

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