4問目:白 / 黒 《前編》
ある日の放課後、あたしは同じクラスの女子たちと駅近くの喫茶店を訪れていた。
今集まってるのは女子八人。およそほとんどがこの春に出会ったばかりの、まだあまり交友を深めることの出来ていないメンバーたち。
そんな彼女らがみんなで何をしているのかと言えば、無論女子会と名ばかりのおしゃべり大会である。
趣味や好きなアイドルから始まり、中学校時代、はては男の好みなどを話題に挙げつつ、喧しい女子たちの話は大盛り上がりを見せており、女が集まれば何とやらとはよく言ったものだ。
(まぁ、っていうのは建前なんだけどねー)
その一方で、あたしは積極的に会話には参加せずに集まった女子連中をじっくりと観察していた。
当然と言えば当然だが、まだ入学してから日も浅いこともありクラスの中で仲良し集団――いわゆるグループは形成され始めたばかりである。
特にあたしたちはまだ入学したばかりである。いまのところは席が近い、部活が同じなどシンプルなきっかけで友人関係を築いている子が多い。
ただ、女子の友人関係などアイドルの恋愛禁止論よりも信用ならないものであることは誰もが知っていることだろう。
それとなく仲良くなれそうな子たちでつるんではいるものの、ふとしたことがきっかけで翌日には別のグループに移り変わっていることなど良くある話ではある。
――あるのだが、あたしはそういうのが実に苦手だということを口に出して伝えておく。
別に同じ人とずっと仲良しでいたいとかそういうわけではない。
ただ単純に付き合う相手が変わるたびにいちいち関係を構築する必要があることに面倒を感じるというか、まぁそういうところだ。
それに多分だけどこの中にはあたしと同じ考え方をしている人もいるはず。
どうせならそんな気の合う子を探し出したいなどと可愛らしい目的を胸に抱きつつ、あたしは今日この場所に同席していた。
(あの子は……うん、気が合わなそう。あの子は……うわっ、口にものが入ってるのに会話するとかあり得ない)
だけど、結果だけ見れば想像以上に収穫がなくあたしは内心で肩を落とす羽目になった。
話の内容やその仕草、特に男子が見ていないときの素の態度が目に余る女子の多いこと多いこと。
別に百点満点気の合う友人を作りたいなんて夢物語は口にしないが、せめて一緒にいてストレスにならない程度のつるみ方はしたいものだ。
そういった意味では一人、全くもって問題のない素晴らしい女の子がいるわけだが、まぁ彼女に関して言えばあたし如きが何を推し量るまでもない。
他人と比べるのが失礼まである。
ともあれ、そんな少々残念な女子会をそこそこに楽しんでいた(主に食事)あたしだったが、スマホに設定していたアラームが鳴り始めたことに気が付く。
あたしとしてはもう少し一緒にいても良かったのだが、今日の頼まれごとを忘れるわけにはいかない。
念のためメールを確認するが――まぁ予想通り返事は来ていない。こればっかりはしょうがないだろう。
というか別にどっちでもいいし。
「あー、ごめん。あたしそろそろ用事があるから帰らなきゃ」
ごめん、と頭を下げつつあたしは席を立つ。
場を盛り下げる行動トップテンには入るであろう途中退室。
徐々に微妙な空気に変わり始める中、さっと鞄を持ち上げ立ち去ろうとするあたしに、彼女らの一人が顔では笑みを浮かべつつも文句を口にする。
「えー、真希もう帰っちゃうの? 付き合い悪いぞー」
「ごめん、今日どうしても外せない用事があってさー。ちょっと帰らないとまずいっていうか……ほんっとーに、ごめん!」
まぁ実際に付き合いが悪く見えるのだからしょうがない。
取り立てて仲の良いグループというわけでもなく、集まりの途中で抜けるなんてのは「つまらないから帰る」と解釈されてもおかしくはない。――いや、本当はおかしいんだけど。
こういうところが女子の面倒なところなんだよなー、などと決して口には出来ない文句を胸の中に留めつつ、それとなく視線を彼女に向ける。
「え、全然気にしなくていいよー! 逆にごめんね、あたしが無理に誘っちゃって。とか言ってまた強引に連れまわしちゃうんだけどさっ!」
軽い口調一つで場の空気を変えるあたし一番の友人、優木美奈。
入学してから間もなく、その高いコミュニケーション能力でクラスをまとめ上げ不動の位置を獲得した学年屈指の人気者。
そんな彼女の一言はこの場にいる誰もが認めざるを得ない力を秘めており、すぐにあたしに対する微妙な空気を和らげてくれる。
(ごめんよー、ちゃんとお礼はするから!)
そんな気持ちを届けるように視線を送れば、彼女は誰にも見えないようにぐっと親指を立てる。
「それじゃ、またあした学校で!」
「はーい、まったねー!」
バイバーイ! などと送り言葉を背に受けつつ、あたしは足早に店の外へと出る。
諦店の寸前、ちらりと先ほどの席を横目で見れば誰もあたしの方など意識を向けておらず、また何かの話で盛り上がっている光景が目に映る。
ま、そんなもんだろう。
さて、ようやく外に出られたわけだ。
予定時間に遅れないようにすることも目的だが、まずしたいことと言えば――。
「んーっ! っはぁぁぁっ、ようやく抜けられたかー」
背を伸ばし、大きく深呼吸を一回。新鮮な空気を思う存分に吸い込み、息を大きく吐き出す。
しばらくぶりにリラックスできたあたしは、そこそこ楽しかった女子会会場を背に自宅への帰路を歩き始める。
「あ、コンビニ寄ってかなきゃ」
そういえばと、ふと自室に確保していたお菓子が無くなっていたことを思い出す。そういえば漫画の新刊は今日発売だった気が。
「んー、まぁ大丈夫でしょ」
一度立ち止まり、もう一度凝り固まった身体を良く伸ばす。
仕事でごまをするサラリーマンってこんな感じなのかな、なんて考えながら再びゆっくりと足を進める。
あたし――黒崎真希のありふれた放課後は、こうしていつも通りに始まりを迎えるのであった。
4問目:白 / 黒
入学したばかりの高校に、あたしの中学時代の友人は一人もいない。
通っていた中学校からはだいぶ離れた距離にあるため、知人ですらほとんどいないような状況だが、それでは何か理由があるのかと言われれば別に大した目的があるわけではない。
動機? しいて言えばきっかけは文化祭に訪れたことだろうか。
二つ上の兄が通っていることもあり、当時仲の良かった友人たちとお祭りを楽しみ、その時の印象が記憶に残っていたので受験した。本当にただその程度の理由である。
『えー、それじゃあ真希ちゃんだけ別の高校になっちゃうんだ。寂しくなるねー』
自分で言うのもアレだが、あたしには親友と呼べるような友人はいない。
離れても連絡を取り合いたい、などと思うようなこともなく、実際に高校生活を送り始めてからメールが届いたことなど数えるほどしかない。まぁそれに返事をしていないあたしもあたしなのだが。
大人ぶっているとか他人と距離を置きたいとかそういうことではないのだが、とある出来事がきっかけであの頃の友人たちとは今後とも仲良くしたい、みたいな感情を抱けずにいる。
彼女らがどう思っているかは知らないが、あたしは最後の最後まで気持ちが変わることがないままに彼女らと進路を違えることとなった。
別に毛嫌いしているわけでもないし、会えば挨拶を交わすだろう。食事くらいなら付き合うかもしれない。
ただなんと表現すべきか分からないのだけれど、彼女らとは親友になることはない。ただそのことだけが事実として存在している。
『初めましてー! あたしは優木美奈。美奈って呼んでね』
一方で、高校生活を送り始める中であたしは良い出会いを果たした。
女子というのは本当に面倒で、言ってしまえば派閥争いみたいなものが存在するわけである。
中学校でよくよく実感したことだが、女子同士がつるむということは結構に面倒なのだ。
何が厄介かと言えば、ここを上手く立ち回ることが出来なければ暗い学生生活を送る羽目になることさえあり得るところ。そういった意味では、最初の友人がクラスの中心人物たる優木美奈であったことはあたしにとって幸運なことだった。
それになにより、彼女と過ごす時間は本当に楽しい。
容姿、コミュ力があれだけ高スペックにも関わらず、それでいて性格が悪いなんてこともない。
誰かの悪口など聞いたことがないし、なんなら空気を読んでさらりと話題をすり替えるようなことさえしてのける。
またそのやり方に嫌味を感じさせないところも彼女の凄いところだ。
人柄が良いとはこのことなのだろう。
彼女が男女問わずに人気な理由は、共に過ごすだけで十分に伝わってくる。
――とはいえ、問題が全くないというわけではないのだが。
(……頼むから男子関係のトラブルだけは避けてよね)
聞くところによれば、美奈にはすでに年上の彼氏がいるのだとか。
入学した直後の話だというのだから驚きだが、一方で今後どうなるかというのが少し心配ではある。
相手の素性とかも気になるが、なによりも友人関係が気にかかる。
異性絡みのトラブルに女子は非常に敏感なのだ。あれだけスペックの高い美奈がそのリスクを考えてないとは思わないが、少し気にかかっていることもあるのでどうしても心配をしてしまう。
本当に、何事もなければいいのだが。
(あとは……他にも気になる子がいるんだよね)
それと、加えて二人。
もしここが漫画の世界だとして「美少女」なる呼ばれ方をする女の子がいるとすれば、うちのクラスにはその該当者が三人も存在する。
誰にでも笑顔を振りまく金髪ギャル、優木美奈。
人形のような可愛らしさのクールロリ、柊詩乃。
ミステリアスな雰囲気を醸し出すおさげの文学少女、柏木愛花。
可愛い女の子は大好きだ。正義と言っても過言ではない。
そんな可愛らしい女の子にはぜひとも積極的にお近づきになりたい……のだが、実際に接点があるのは一人のみ。
また残念なことに、あの美奈ですら接点を持っておらず、他の女子含めて会話している姿をほとんど見たことがないのである。目撃したのはプリントを渡す時の「はい」の一言。
それすら会話だったと言い張らなければ本当に接点が皆無のような気がする。
あたしとしては彼女ら三人に囲まれながら学園生活を送りたいものだが現実はなかなかに厳しい。
(あー、柊ちゃんと柏木さん、仲良くなれないかなー)
そんな、今日の女子会には姿を見せなかった二人のクラスメイトに想いを馳せつつ、目的地であるコンビニに辿り着いたあたしは迷うことなく買い物を始める。
予定? 少し早歩きしたから大丈夫でしょ。
「こら。食い歩きは感心しないぞ」
コンビニで買ったドーナツを頬張りながら歩くあたしの背中から無遠慮な声がかかる。
全く予期していなかった出来事に身体をびくりと震わせ、反射的に後ろを振り向けばそこには見知った顔があった。
「なんだユウか。不審者に声を掛けられたのかと思って驚いたじゃん」
「お前またそんなにお菓子ばかり。俺が口出すことではないのかもしれないが」
品行方正、真面目が眼鏡をかけて人を形どった男子生徒、兄――黒崎祐一があたしの手元を見つめていた。
袋いっぱいに詰まったポテチやチョコの数々に呆れかえっている様子だ。
「えー、いいじゃん。あたしの自由でしょ」
「真希。お前この前母さんに怒られたばかりではなかったか?」
「そうだっけ? 忘れちったよ。あ、ユウも食べたいなら仕方ないから分けてあげる」
あたしは袋をあさり買ったばかりの板チョコをユウに差し出す。
口を閉ざしたままじっとあたしの顔を見続けた兄だったが、これ見よがしに溜息を吐きながら素直にチョコを受け取った。
別に口止め料ってわけじゃないよ。ほんとだよ?
「まったく。今回だけだぞ」
「はーい。今度はしっかりと隠し通すから任せなさいって」
そんないつも通りのやり取りを交わすあたしたちは、じきにどちらともなく自宅へ向かって歩き始める。
「あれ、ってかユウは家に帰れないんじゃなかったの? 昼間メールで言ってたじゃん」
そういえばと、気になっていたことを口に出す。
そもそもの今日の予定というのが、あたしかユウのどちらかが家にいれば解決する内容だった。
母親が頼んだ荷物の受け取りをして欲しいと頼まれたのだが、今日はユウが家に帰れるか分からないということであたしが引き受けたのだ。
「帰れないとは言ってない。帰れるか分からないと言ったんだ。一応メールは送ったぞ」
いつ? と質問するとついさっきと答えが返ってきた。
鞄からスマホを取り出しメールを確認すると、確かに一件のメールが届いている。
「あー、タイミングが悪かったね。てか遅いんだけど」
「それについては悪かった。少し事情が変わってな。急遽友人が家に来ることになったんだ」
何がどう違うのかあたしにはよく分からないが、それなら電話の一つでも欲しかったところではある。
まぁとはいえ、結果としてあの場を抜け出せたのだから特に文句を言うこともないわけだが。
「ちなみに男? 女? もし彼女を連れ込むって言うなら特別に家をあけてあげてもいいけど」
「そうか。残念ながら男だ。俺の友人だよ」
「へーそうなんだ。その人かっこいい? あたし会ったことある?」
呆れたような兄の視線を感じるが、あたしは特に気にすることなく話を続ける。
「さぁ、どうかな。下級生に目立つタイプではないから知らない知らないのではないか」
「ふぅーん、そっか。ねぇねぇ、ちゃんと紹介してよねー」
「……何を言ってるんだおまえは」
そんな風にいつも通りにあたしはユウとなんてことない会話を繰り広げる。
この年齢で仲の良い兄妹は珍しいと聞くが、こと黒崎家ではこんなやり取りが普通である。
あたしとしては兄妹というよりも友達に近いのだが、まぁどうでもいいことだろう。
「そういえばいつ来るの?」
「十七時頃だと聞いているが、別に時間厳守というわけではないぞ」
今がだいたい十六時で、あと一時間くらいは余裕があるのか。
あたしはスマホを取り出して目的の画像を探し始める。
たしか一週間前くらいに――。
「あ、これこれ! ねぇユウ、ここのケーキが美味しいって評判でさ。せっかくだし買っていこうよ」
つい先日オープンしたばかりのケーキ屋の写真を兄の眼前に突き出す。
クラスの女子でも足を運んだ人がいたようで、一時期話題に挙がっていたことを思い出す。
「別に構わないがそんな時間あるのか?」
「大丈夫大丈夫。実はここの近くでさ、今月はまだお小遣いにも余裕があるし。せっかくだから奢ってあげてもいいよ?」
少し混んでいたとしても時間的に余裕なはずだ。
兄の友人が家にくるなんてことが特別なイベントだとは思わないけど、こういう時にこそ贅沢をすべきなのではないかとあたしは思う。
「例の荷物はいつ届くんだ?」
「ん? 十八時くらいって言ってたかな? さすがに一時間以上前に届くなんてことはないでしょ」
「そうだな――分かった。それではお言葉に甘えるとするか」
甘いものが好きなユウのことだ。そう返事をすることは分かっていた。
あたしがスマホを手に目的地までの道のりを検索する。
「そういえば白柳先輩には何を買っていこう? 好みとかあるの?」
「そうだな。あいつは確か……」
途切れることのない会話を続けながら、あたしたちは歩幅を揃えて目的地へと歩き始める。
それがユウとあたし、黒崎兄妹のよくある放課後の光景である。