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3問目:特別 / 当たり前 《後編》

「それじゃあ今日の連絡事項だが、水戸、優木。放課後に委員会の顔合わせ会があるからな。頼んだぞ」


 とはいえ、当然の事ながら楽しい時間だけが続くわけもなく、ついに恐れていた時間が来てしまった。文化祭実行委員の初顔合わせである。

 先生からの伝言に従い、放課後になってから三年生の教室へと足を運び、僕と優木さんはそれぞれ用意された席へと腰を掛ける。


「ねぇねぇ、今日って何するんだろうね? ってか水戸と二人で会話するのって初めてか! よろしくー」

「う、うん。よろしく」

「えー、なんか緊張してんの? とか言ってあたしもちょっとドキドキしてるっていうかさ! やっぱこういうところって緊張するよね」

「そ、そうなんだ。なんか、全然そんな風には見えないというか……」

「そう? 結構知らない人が多くってさー。あ、そういえばさこれから一緒に仕事することになるじゃん? なんか呼び方とか考えたくない?」


 やばい。めっちゃ吐きそう。

 というか、なんでこの人こんなに距離を詰めてくるの。僕たち今日初めてお話する間柄だよね?

 

「水戸、みと……んー、えー、何て呼ばれたい?」


 素直に怖い。これが陽キャ女王のコミュ力か。

 そんな彼女の勢いに、宮原くんと話をしていた時の気楽さはどこへやら、なんなら勧められた壺すら言われるがままに買ってしまいそうなほどに思考放棄を始めてしまいそうになる。


(うわー、本当につらい)


 そろそろ心の殻へと引きこもりそうになっていた頃、男子生徒が黒板の前に姿を現す。

 三年生だろうか。眼鏡をかけた優しそうな先輩が集まった委員会のメンバーを見渡し少しの間をおいてから口を開く。


「こんにちは。今年の文化祭実行委員長を務める三年生の黒崎(くろさき)です。今日は初めての顔合わせということで簡単なあいさつ程度にはなりますが、一人でも多くの顔を覚えて帰りたいと思います」


 ハキハキとしたしゃべりに加えて物腰の柔らかい雰囲気に、主に女子生徒を中心に息をのむ音が聞こえる。

 ただ一言挨拶をしただけなのに、目の前の先輩がいかに優秀な人物なのかを感じさせられたような気がする。

 こういうのをカリスマ性というのだろうか。


「かっこいいよね、黒崎先輩。うちの学年でも結構人気なんだってさ」

「あ、有名な人なの?」

「うーん、有名というか中学の頃に受験校選びの学校見学会ってのがあって、その時に案内してくれたのがあの先輩らしいよ。ぶっちゃけ黒崎先輩狙いでここを選んだって子もいるらしいし」


 うっそー。マジで?

 とはいえ僕も家から近いって理由で受験を決めてるくらいだし人のことは言えないか。


「それでは次に三年生から順番に挨拶をしてもらいます。一組から順番に簡単な自己紹介をお願いします」


、そうして、黒崎先輩取り仕切りの元で順々に挨拶を進めていくこととなった。

 真面目に挨拶をする人もいれば、笑いを取ろうと滑ってる人もいる。

 だけど誰もがこの場を楽しんでいるのだろうと感じるほどに「陽キャの空気」に充てられている僕は、しかしそのノリについていけない自分を自覚し、やはり場違いな人間なのではないかと不安に駆られてしまう。


「こんにちは。文化祭実行委員の副委員長を務めます、二年生の四条(しじょう)紅葉

《もみじ》と申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」


 綺麗で透き通る声が耳に届く。

 どこか気品の漂うお嬢様を思わせるその雰囲気に教室中の男子生徒が熱を上げ始めるのを肌で感じる。

 しかし一方で僕にそんな余裕などない。

 着々とその時が近づいてくる。


「今年もよろしく四条さん。二年生代表として頼りにしてるよ」

「お久しぶりです黒崎先輩。今年もご一緒出来て光栄です」

 

 何やら黒崎先輩と四条先輩が会話をしているように聞こえるが、どうにも脳に言葉が届かなくなり始めてる。

 なんだ、何を話してるんだろう。


「ねぇねぇ、あの二人って付き合ってたりするのかな? なんかちょっと良い雰囲気っぽいけど」

「……え? なに、よく聞こえなくて」

「だからさー、あの二人って――ってあんた大丈夫? なんか顔色悪いけど」


 何やら優木さんが話かけているようだけどよく聞き取れない。

 駄目だ、結局こうなってしまうのか。


『あはは、また水戸がなんかしようとしてるぜー』


 嫌な思い出がよみがえる。

 やっぱりこういう雰囲気は無理なんだ。こればっかりはどうしても克服できる気がしない――。

 そんな風に身体と心を縮こませながら、ついにその時は来てしまった。


「よし、それでは次に一年生。挨拶をよろしく頼むぞ」


 なぜだかその声ははっきりと聞こえた。

 処刑台を歩く囚人のように、行く先でただただ絶望が待つだけの時間が今すぐにと訪れようとしている。


「ねぇ、本当に大丈夫?」

「……うん、多分、大丈夫……かも」


 優木さんが心配そうに声を掛けてくれる。

 ここで体調不良だと伝えて退室すれば良かったのかもしれないが、今の僕にそこまで考える余裕はない。

 気のない生返事か、あるいはちっぽけで残りかすのような男のプライドか。いずれにせよ僕はこの場にとどまる道を選んでしまう。

 こんな時でさえ、僕は上手く事を運ぶことが出来ないのだと自分で自分に失望する。


「さて、次の人たち。自己紹介をお願いします」


 そして、僕らの番が訪れる。


(……大丈夫。ただ挨拶するだけだろ。無難に名前を告げて挨拶するだけ)


 席を立ちあがり、顔を上げてただ一言口にするだけだ。

 水戸悠です、よろしくお願いします。ただ、本当にそれだけ。


「……あ、あ……」


 大丈夫。大丈夫。

 そうして心を落ち着け挨拶をしようと立ち上がりそして――。


「……あ……え…………と……」


 結局僕は声も出せずにその場で立ち尽くしてしまった。

 そんな僕の様子に最初から違和感を覚えた人はそれほどいなかったらしい。

 「緊張しなくていいよ」「頑張れ一年生」そんな風に声をかけてくれていた先輩たちもいたが、時がたつにつれ段々と心配そうな視線を僕に向けてくる。

 

「だ……う……み…………ん……」


 何か声が聞こえるが、言葉が頭に入ってこない。

 僕はいまどうなっているのだろう。立っているのか座っているのか。前を向いているのか横を向いているのか。

 何も、本当に何も分からない。


「……と、……な……い……」


 本当に、なんでこんなに僕は駄目なんだろう。

 いっそこの場から逃げてしまおうか。学校での居場所はなくなるかもしれないけど、こんな苦しい思いをするならいっそ――。


「……と、…い、水戸っち!」


 瞬間、強い力で制服を引っ張られ僕は体勢を崩す。

 

「おわっ、な、なに?」


 なんとか倒れまいと足で地面を踏みした僕が引っ張られた方向を向けば、そこには物凄く不満そうな顔をした優木さんの姿が見えた。


「ねぇ、水戸っち! ネタの振り忘れを忘れるってどういうことよっ! あたしたちあんなに練習したじゃない」

「え、ね、ネタ?」


 話が良く見えない。ネタって何のこと?


「もういいわっ! みなさんっ! この物覚え悪い系の男子は水戸っちっていいます! あとあたしは優木美奈、見ての通り可愛い系女子でーすっ! みなさん、よーろしくっ!」


 暗く漂っていた雰囲気を振り払うかのように明るく挨拶をする優木さん。

 周りの人たちは戸惑いを隠せない様子でいたものの、少し安心したかのように彼女の声に耳を傾ける。


「もうっ、聞いてくださいよー。せっかくの顔合わせ会だから場を盛り上げようって水戸っちと打合せしてたんっすよー。そしたらなに? まさかの棒立ち。ウケるんですけどっ!」

「い、いや、そんなことは」

「大丈夫、分かってるって! そうやってあたしにアドリブを求めてるってわけよねっ! いやー、なんでも求められちゃうデ・キ・ル女はつらいっすわー! いやそれでもこなしちゃう自分が優秀過ぎて怖いっていうか――」


 気が付けば、僕はもちろん周りの先輩たちまで彼女のペースに乗せられていた。


「んだよ一年、度胸あるじゃんか!」

「どんだけ演技力あるんだよ! 普通に心配しちまったじゃねぇか!」

「あはーっ! いやーよく言われるんっすよね! え、自分女優とか目指した方がいいっすかね」

「そこまで言ってねぇよ!」


 それまで感じていた嫌な空気など忘れさせるほどに、彼女はその明るさで周囲を照らしていく。

 

「あ、ちなみにうちのクラス喫茶店やりたいんで。先に言っておきまーすっ!」

「え、そんなのいつ聞いたの?」

「昨日? 真希たちに聞いたらやりたいって言っててさ。あれ? それとも水戸っちは何かやりたいこととかあるの?」

「え、いや、まだ何も考えてないというか」


 想像を超えるほどにやりたい放題をかます優木さんに僕は思わず苦笑いしてしまう。

 行動力があるというか自分に素直というか、それらがひたすらに眩しくて――。


「二人ともそこまでだ。一年生がここまで騒ぐなんて驚かされたな。おかげで君たちの顔は忘れられそうにないよ」


 やがて、見かねたように黒崎先輩が止めに入る。

 その表情は言葉ほど苦々しいものではなく口元には笑みすら浮かべていた。

 

「あー、すみませんでしたーっ」

「……すみません、でした」


 どう見ても反省していない優木さんと恥ずかしさに悶えながら謝る僕。

 そんな二人の姿が面白かったのか、再び周りから笑い声が聞こえる。

 その中には黒崎先輩も、四条先輩の声も混じっていた。

 なんともお恥ずかしい姿を見せてしまったものだ。


「それじゃ、最後に水戸っちも挨拶しちゃいなよ」

「……え?」


 話が終わったとばかりに座ろうとする僕に、優木さんが声を掛ける。


「そうだな。そういえば僕も水戸くんの挨拶をまだ聞いていなかったな」


 そういえば、そうだった。

 優木さんと話をしていただけで、まだ挨拶が出来ていないことを思い出す。


「……あ、あらためまして、水戸悠って言います。ぶ、文化祭実行委員なんて初めてですが、よろしくお願いします」


 周囲からの視線を感じつつも、僕は簡単な挨拶を済ませる。

 無難だが失礼のない程度に、一応しっかりとした挨拶を意識して。


「あぁ、よろしく頼むよ。水戸くん。優木さん共々いまみたいに文化祭を盛り上げてくれることを期待しているよ」

「だってさ水戸っち! よろしく頼むぜっ!」

「いや、もう全部優木さんに任せるよ」


 こうして波乱の初顔合わせ会は幕を閉じた。

 今日はいろいろあってあまり顔と名前を覚えることは出来なかったけど、ほんの少しでも収穫のあった時間にはなったと思う。

 良くも悪くも、僕にとっては一歩を踏み出せた貴重な体験だった。


「いやー楽しかったね水戸っち! これからが楽しみだねっ」

「ところで気になってたんだけど、『水戸っち』って僕の呼び方なの?」

「え、いまさら? ウケるんだけど」


 とりあえず、今日の一番の収穫は彼女について知ることが出来たことだ。


「ねぇ、水戸っち。どっかで食べて帰らない?」

「…………えっ?」

「冗談だよ冗談っ! なーに、期待しちゃったのっ? しょーがないなー水戸っちはっ!」


 僕の最も苦手だった女子、優木さん。

 彼女もまた、僕にとって特別な人間になるのかもしれない。


「で、どうするっ? 駅前の店とかどう?」

「え、本当に行くの?」

「いいじゃんいいじゃん、今日誰もつかまんなくてさっ! まったく薄情だよねみんな」


 彼女と過ごすことになる時間がどのようなものになるのか。

 半年という短い時間ではあるものの、ほんの少しだけ楽しみが増えたと思わず笑ってしまう。


「あー、でもさ。駅前の店って僕出禁かもしれなくてさ」

「え!? なにそれなにそれ! 水戸っちって実は不良みたいな?」


 



 そしてもう一人。

 こんな僕に話しかけてくれるクラスメイトがいた。

 

「ねぇ、あなた最近宮原くんと仲が良いわよね。なにかあったの?」

「え、あ、えっと」


 柊詩乃さん。宮原くんと仲の良いクラスメイト。

 席が近いとはいえ、彼女と話す機会はこれまで全くと言っていいほどなかった。

 宮原くんと会話するとき以外にあまり口を開くところを見たことがない、というよりも他人に関心がないようにも思えるその立ち振る舞いから、他のクラスメイトも彼女に声を掛けるのをためらっているような空気が流れている。

 それでも一定数挑戦者はいるようだが、おそらくいまだに勝率はゼロの様子。

 あの優木さんですらコミュニケーションを取れないくらいだ。難攻不落という言葉は彼女のためにあるのかもしれない。

 そんな柊さんから声を掛けられたという事実に、僕は驚きを隠せずにいた。


「実はチェスの相手を頼まれたというか……」

「チェス? あぁ、そういうこと」

「えっと、この前の授業中に声をかけられて」

「おい柊、てめぇ何を聞き出そうとしてるんだよ」


 そんな会話をしていたところ、渦中の人物が姿を現す。


「あら宮原くん、戻ってたの。いえあなたと最近仲が良い奇特な男子がいるから興味があって」

「き、奇特って……」

「奇特っつうか変な奴なのは違いねぇが」

「待って宮原くん。そこは訂正してくれないの?」

「まぁ隠すようなもんでもねぇしな。実はよ、このゲームをこいつに教えてもらってな」

「まさかのスルー。――って、宮原くん!?」


 何を考えているのか、あるいは考えていないのかスマホを取り出しゲームを起動し始める宮原くん。

 僕の机の上にスマホを置き、画面に表示されるのはあのゲーム――つまりアニメの女の子が姿を見せ始めて。


「い、いや宮原くん、そ、それは!」

「あら、ずいぶんと可愛いゲームじゃない。なにかしらこれ」

「なんかチェスのゲームだってんだけどよ。世界中で流行ってるらしいぜ。柊は知らねぇのか?」


 み、宮原くん! 世界中ではやってるなんて一言も言ってないし、むしろ今僕は羞恥心でこの世から消え去りたい気分なのですが!


「いや柊さん! それはっ!」

「あら、色んな子がいるのね。ちなみに、二人はどの女の子が好みなの?」

「あの、その…………えっ?」


 突然の柊さんの一言に僕は思わず固まる。

 いまなんて言った? 女の子の好み?

 質問を聞き間違えたのかと脳内がフリーズし始める僕とは対照に、宮原くんはいつもの調子で柊さんとの会話を続ける。


「いや、これアニメのキャラだろ? 好みとかねぇよ」

「そうかしら? 私だったらそうね――この子かしら。ほら可愛いでしょ」

「おぉ、驚くくらいてめぇによく似てるキャラだな。似すぎててマジでびっくりしたぜ」

「あら、それはつまり私が可愛いということかしら。ありがとう。でもよく言われてるから新鮮味がないというか」

「一言も言ってねぇよ!」


 なんというか、すごいなこの人たちは。

 世間から見ても常識からずれたような感性の持ち主なのかもしれない。

 普通なら「これだからオタクは」とか「気持ち悪い」だとか馬鹿にするような態度が見えてもおかしくはない。

 だけどこの宮原くんと柊さんにはそれが一切見えない。

 なんというか、あるがままを受け入れている感じがするのだ。

 

「僕は、あの、えっと…………この娘、かな……」


 だから、勇気を出して一歩を踏み出してみることにする。

 あるいは、例えこの二人に馬鹿にされたとしてもそれほど気にはならないような気がするのだ。


「どれかしら。――なるほど。たしかにこの子も可愛いわね」

「見せてみろって。――あぁ、金髪ってのがいかにも水戸が好きそうな……ってこいつ、あの訳わからねぇ能力を使う女!? こ、こいつか」

「能力? なにかしら。能力って?」

「あぁ、聞いてくれよ柊。このゲーム、やべぇんだよ」


 気が付けば僕の勇気など知らぬとばかりに会話し始める宮原くんと柊さん。

 そんな彼らの様子に、僕はなんだか嬉しくなってしまう。


「ねぇ、それで宮原くんの好みはどの娘なの?」

「あ、俺か? いや……これアニメ、ってかゲームだろ?」

「あら、いいじゃない。さぁ宮原くん。私たちに教えて頂戴」

「お、おい、冗談だろ? こんな絵に興味なんてねぇっての!」

「なるほど。ねぇ水戸くん。きっと彼は恥ずかしがっているのよ」

「なるほど。そういうことか」

「初心なことね」

「てめぇ柊と水戸! そこまで言うなら決めてやるよ! おら、画面見せてみろや」


 目立つのは好きじゃないし騒がしいのも好ましくはないけれど。僕はもしかしたら、変われるのかもしれない。


「でさー、最近隣町で良い感じの服を見かけてー」


 彼と彼女、そしてもう一人。

 ここ最近縁のあった友人たちを見て僕は心からそう思う。

 始まったばかりの高校生活、どうか楽しい生活を送れますように――。


《了》

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