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12問目:白 / 黒 Ⅱ ①

 大学受験を控えた受験生の身でありながら、俺はいま勉強以外の目的を果たすため学校へと足を運んでいる。

 晴れ晴れしい日々が続く今年の夏は、雨粒一つ記憶にないほどに空が青く見える。

 日差しが肌を焼き、流れる汗をシャツの袖で拭いながら俺は一人道を歩く。


(今頃比呂はテストを受けている頃か。成果が形になれば良いのだが)


 今日は俺の親友にとって大事な日。

 今日にまでに至る勉強の成果をぶつけ、そして自身がいま目標に対してどの程度の距離に立つのかを知ることの出来る大舞台。それが模擬試験。

 否が応でもテスト結果として指標を突き付けるその試練を、我が友人である白柳(しらやなぎ)比呂(ひろ)はこの夏休みにおける大きな壁としてこれまで精進していた。

 一度やると決めたことへの情熱は人一倍だった。

 比呂は熱しやすく冷めやすいを地でいくような典型的な飽き性の性分ではあるものの、その分一度集中し始めると実に結果を出していくタイプだ。

 成績自体は優秀であると言い難いが、それでも頭が悪いかと言われればそうではない。むしろテスト結果は上から数えた方が早いだろう。

 そんな比呂が自分から勉強を教えて欲しいと乞うてきたのだ。

 進んで努力し始めたあいつがどのような結果を見せてくれるのか。

 俺は今日という日を誰よりも楽しみにしてきた。

 今はここにいない親友の姿を脳裏に浮かべ、俺は心の中で彼の健闘を祈る。


(頑張れよ、比呂)


 そんなことを考えながらぼんやりと道を進み歩いていた頃、俺はもうすぐ目的地に到着することに気が付く。

 いつも見る景色に視界に映り込む我らが校舎。

 近づくほどに声が聞こえる。

 暑さをはね飛ばそうと大声で声を掛け合う部員たちの鼓動。

 汗を飛ばすほどに激しく飛び交うスポーツの音。

 いまとなっては眩しいそれらの光景に、俺は口元に笑みを浮かべながら校門をくぐる。


「こんちゃーっす!」

「あぁ、こんにちは。今日も頑張ってるな」


 見知った顔の生徒が声を掛けてくる。

 二年生の男子生徒で野球部。そして俺が委員長を務める文化祭実行委員のメンバーの一人。

 

「先輩受験生なのに学校なんて来ていいんっすか? もしかしてめちゃくちゃ余裕みたいな感じっすか!」


 部活動で上がったテンションのまま会話を続ける彼の様子に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 別に彼のことが嫌いなどということはないのだが、いかんせん早い話のテンポは得意ではない。

 テンションの高い比呂であれば話適当に流したりも出来るのだが、まだ距離感のつかめない目の前の彼との会話を無下にしてしまっても良いものかと内心で迷ってしまう。


(こういうところが優柔不断だと真希(まき)に怒られてしまうのだろうな)


 俺とは反対に誰に対してもフランクな態度を変えない我が妹を思い浮かべ、少し考えたのち彼へと声を掛ける。


「すまない。実は少し急いでいてな」

「あ、すみませんっした! じゃあ自分はまた練習に戻るんで」


 礼儀正しく頭を下げ、小走りにグラウンドへと戻っていく彼の後ろ姿に小さく謝罪しつつ、俺は再び校舎へと足を進める。

 嘘も方便とはよく言ったものだが、あまり得意ではないのだと改めて自覚する。

 誠実な人柄だと褒めてもらうこともあるが、人柄を見抜くことに長けている女性からは単純に嘘が下手なだけだと酷評されたこともある。

 実際、先ほどの彼は俺の言葉が真実でないことを感じ取っていたように見受けられる。

 なんてことはない。ただの口下手だというだけの話だ。


「あれ、黒崎先輩? 珍しいですね、もしかして部活ですか?」


 校舎に入った矢先、女子生徒に声を掛けられる。

 

「受験勉強の気晴らしにな。君こそ珍しい。部活に所属していないと記憶していたのだが」


 彼女のこともよく覚えている。

 派手な見た目に明るい性格。誰からも好かれるその人柄から好感の持てる女子生徒であるとうちの学年でも話題に上がるほどの人物。

 優木(ゆうき)美奈みなくん。彼女のまた文化祭実行委員の仲間である。


「えー、覚えててくれたんですねっ! あ、ちなみにあたしは友達の付き添いみたいな感じです」


 そう話す彼女は胸の前で数冊の本を抱きかかえていた。

 覗き見えるタイトルからするに、料理や裁縫といった趣味の類の参考書に見える。


「そうだ! 先輩、今日はお昼ご飯とかどうするんですか? よかったらあたし差し入れでもしましょうか!」

「差し入れ? 別に気を使わなくても大丈夫だが」

「全然気にしないで下さい! むしろ食べて感想を聞かせて欲しいていうかー」


 聞くところによれば今日は調理室を使って料理の勉強をするとのこと。

 彼女の友人と調理に挑戦するらしいのだが、誰かに感想を聞きたいと思っていたらしい。


「それに先輩、料理上手なんですよね。真希に聞きましたけど味にもこだわりがあるとかないとか」

「妹の話は誇張表現多めだと思ってくれていいぞ。――分かった。優木くんの味見役を引き受けよう」

「さっすが先輩っ! めちゃくちゃ美味しい料理を期待しててくださいねっ!」


 事が決まると早速とばかりに彼女は調理室へと駆けだす。

 こういうのを役得とでもいうべきなのだろうか。

 人気のある女性の手料理を頂くことが出来るなど、もしかしたら貴重な経験なのかもしれない。


(なんて、比呂なら喜ぶのかもしれないな。それに彼も――)


 優木くんと縁のあるとある男子生徒の姿を脳裏に浮かべつつ、俺は再び廊下を歩き始める。

 一歩一歩と、歩き慣れたこの道を景色のように眺めては着実に目的地へと近づき進む。

 やがて辿り着くのはある教室の入り口。

 俺はその扉を――美術室の扉に手をかけ開く。


「――やぁ、こんにちは」


 部屋の中にいたのは女子生徒が一人。

 制服の上にエプロンを掛け、椅子に座りながら目の前のイーゼルを一心に見つめていた。

 右手には黒色のパステルを持ちつつ、頭の中でイメージを思い描いている様子だ。何気に長い付き合いになる彼女の雰囲気から、彼女が何をしたいのかなが手に取るように分かる。

 

「こんにちは先輩。大丈夫なんですか、部活なんて来ちゃって」

「心配するな。勉強はしっかりとしている。それとも俺がいない方が集中できるか?」

「さぁ、どうでしょう。きっといてもいなくても変わりないですよ」


 そんな軽口を叩きつつ、彼女は姿勢を崩し俺の方へと視線を移す。

 髪左右に分けて垂らし結んだおさげ髪。柔らかい雰囲気ながらもどこか他人と距離を置いているような達観した性格。

 それらは彼女という存在をひと際目立たせている。

 よく言えば大人びているような、悪く言えば他人に関心がないように見える女子生徒。

 先ほどであった優木くんと同様に話題に上がりやすい人気者(・・・)


「それより先輩。私と付き合ってくれませんか?」


 彼女の名前は柏木(かしわぎ)愛花(あいか)

 我が美術部の部員で、少し困った腐れ縁の後輩である。





 12問目:白 / 黒 Ⅱ





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