夏休み:二年生女子たちの過ごし方 ②
お知らせ:一話より順次修正後、話をまとめていこうかと考えています。
話の形式上まとめての方が読みやすいかと思い、少しずつ作業を進めていきます。
公開は今と同じ分割方式で公開し、完結後に纏めていくような形式になっていくのかと。
「……いい加減っ、しつこいっ!!」
「……それは、お互い様ですっ」
試合も終盤を迎えたいま、若干ではあるが流れはこちらへと傾きつつあった。
いつもの涼しそうな表情を浮かべてはいるものの、積み重なった疲労感が隠しきれずに見て取れる。
額から流れる大量の汗が何よりの証拠だ。
「アドバンテージ、サーバー」
ベースラインに立ち、審判を務める桜ちゃんの宣言を耳に聞く。
あと一球、これが最後のワンプレーになるのだと自分自身に言い聞かせる。
身体を強張らせるためではなく、この一球で確実に試合を決めるのだと鼓舞するためだ。
相手コートに目を向ける。
こちらをまっすぐに見つめる紅葉と視線を交え、その心が未だ折れていないことを確信する。
「…………ふぅ」
一瞬でも隙を見せれば一気に形勢逆転されてしまう。
それは予感ではなく事実として、彼女から放たれる威圧感はそのことを伝えるには十分すぎるほどである。
「――いくよ」
わたしの言葉に彼女は構えを見せる。
自然な流れをイメージしながらわたしは空高くボールを放り投げる。
疲労感が身体を蝕むこの時間帯にさえサーブトスを乱すことはない。
何千何万と繰り返した練習の果て、試合終盤でも勢いの落ちないファーストサーブはわたしの強力な武器の一つだ。
ボールを打ち込む瞬間、ラケットから感じる感触で理解した。
重たく、それでいて腕に負担のない触り方。
この一球は、今日一番に勢いのついた良いサーブであるのだと。
「あー、疲れたぁぁぁ」
「友奈ちゃん、なんかおじさん臭い」
時刻は夕方、辺りは少し薄暗くなり始めた頃にわたしたちはお風呂へと足を運んでいた。
一般的なそれよりも小さくはあるものの、女性が三人入るには十分すぎる広さのお風呂だ。
いやこの大きさならば温泉と言っても過言ではないのかもしれない。
「ふふっ、お疲れ様ですね友奈さん」
「……なによ、紅葉は疲れてないの?」
「そうですね、正直くたくたです」
少し離れた位置に座る紅葉。
その陶器のような綺麗な肌色を覗かせつつ、彼女は湯船に肩までつかりながらゆったりとくつろいでいた。
「二人とも、凄かった」
長い髪をお団子結びで頭上に纏め、同じく肩までつかっていた桜ちゃんが口を開く。
心なしか口元が柔らかく笑みを浮かべているように見えるが、これは温泉効果なのだろうか。
「そだねー。てか紅葉、あんなにスポーツ出来たんだね」
そして行儀悪くも全身をだらっと伸ばしきったままぷかぷかと浮かんでいるのがわたしこと明石友奈。
壁に頭を預けながらリラックスしきったその姿に、もしかしたら見苦しいものまで見せてしまっているかもしれないがご勘弁いただきたい。
それほどまでに、今日は本当に疲れたのだ。
「とは言っても身体能力が高いとかそういうわけではないんですよ。昔からスポーツに馴染みがあったというか。はい、そんな感じです」
「馴染みがあったって、わたしこれでも名の知れたテニスプレイヤーなんですけど」
全国レベルとまでは届かないものの、わりとそれに近い実力を身に着けているものだと自負している。
先日参加した市大会ではなんなく優勝を果たし、来月には県大会を控えている。
日々の練習を欠かさず精進し、県大会では優勝を狙えるほどには実力を身に着けているつもりである。
現にこの前の県下強豪校との練習試合では危なげなく全勝して見せた。
そのわたしをして、今日の試合は最終ゲームまで追い込まれた。
部の仲間たちが聞いたら衝撃を受けるに違いない。
「スポーツ、習ってるの?」
わたしが気になっていた質問を桜ちゃんが口にする。
「実は週に二度ほどテニススクールに通ってますの。適度に身体を鍛えることを目的として、ですね」
「へぇ、じゃあ大会とかでるの?」
「いえ、そういったものにはあまり興味がなくて。それよりもスクールの友人たちやコーチを試合をすることが多いです」
ふと紅葉がお嬢様であることを思い出す。
そのテニススクールというのもお金持ちのお嬢様が通うような高級テニスクラブとかで、彼女の言うコーチとは引退した有名プロとかそんなレベル感の話だったりするのだろうか。
「でも驚きました。こう言っては失礼ですが、友奈さんは本当にテニスがお上手ですのね。さっきも言いましたが同級生であれほどの試合運びが出来る女性なんて他に知りませんもの」
「まぁ残念ながらそのわたしよりも強いのが全国にはたくさんいるんだけどね」
「それでも、友奈ちゃんは、強いよ」
「……まぁ、あんがとね」
褒められたことに対して素直に喜べないのは何故だろうか。
理解できない気持ちのもやもやを隠すように、わたしはぶくぶくと口から息を吐きながら頭上まで湯船につかる。
「紅葉さんは、他にも上手なスポーツって、あるの?」
「他にですか? そうですね。――例えばサッカー、とか」
「そうなんだ。あまりサッカーって、イメージないかも」
「とはいえ昔の話なんですけどね。実際試合なんかも出たことなくて、ボールを蹴ったりした程度です」
「……でも、上手なの?」
「どうでしょう。その時一緒に遊んでいた子がよく褒めてくれたんです。上手だねって」
「……そうなんだ。なんか、いい話だね」
「えっ?」
「……何でもない」
ぷはーっと湯船から顔を出し気持ちをすっきりさせた頃、桜ちゃんと紅葉は何やら話をしていたらしい。
ただキリ良く話を終えたところなのか互いに次の言葉を切り出す素振りは見せなかった。
――なのでわたしは、いよいよ本題へと話を進めることにする。
「――ところで紅葉さん。わたしが旅行出発前に言ってたことを覚えておりますでしょうか」
「……さて、何のことでしょうか」
ふと話を切り出すわたしに危機感を覚えたのか大事なところを腕で隠し始める。
「大丈夫、ここには女子しかいないから。……うへへ」
「……友奈ちゃん、おじさん臭い」
呆れた目でわたしを見る桜ちゃんの視線が心地いい。
一歩、また一歩と近づくわたしから距離を取るように後ずさる紅葉。
その引きつった笑顔を見るだけでわたしのやる気がぐんっと上がっていく。
「へへっ、いいものをお持ちじゃないですかお嬢さん。ぜひどんな感触なのか確かめさせてくださいよ」
迫るわたし、後ずさる紅葉、それを眺める桜ちゃん。
手をわきわきさせながら身体を隠すことなく、わたしは一歩一歩近づき紅葉を追い詰めていく。
「さ、桜さん! ゆ、友奈さんを」
縋る気持ちで助けを求める紅葉。
その言葉を耳に聞き、桜ちゃんは顔をこちらに向ける。
「友奈ちゃん。――次は、私の番」
「そ、そんなぁ」
どうやら自身が孤立したことを理解したらしい。
その顔にあきらめの色を浮かべ、せめてもの意思を伝えようと震えた声色で情けを訴えてくる。
「……優しく、お願いしますね?」
「ぐへへっ」
「聞いてますか!? あっ、ちょっ――いやぁぁぁぁっ!!」
本日、わたしは紅葉について詳しくなったことが二つある。
一つはとてつもなくテニスが上手いってこと。
そしてもう一つは、とてつもなく心地の良い感触のものをお持ちということだ。
――ちくしょうがぁぁぁ。




