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夏休み:男子たちの過ごし方 ③

「……この夏休みの間に女子に告白する。――ってなんだこれぇぇぇ!!」


 そこには驚くべき内容が記載されていた。

 当たりくじ(・・・・・)を引いてしまう宮原くんのくじ運を呪うべきか、もしくはそもそもこんな面倒事を書き記した犯人を問い詰めるべきか。

 先ほどまでの心地よい熱とは異なる、嫌な寒気が背筋を伝う。

 ――これは、やばいやつだ。


「さては比呂。お前だな」


 黒崎先輩は困ったような表情を見せる。

 およそ周知の事実ではあったものの、案の定というべきか犯人は白柳先輩のようだ。


「……くくっ、いやわりぃわりぃ! まさか本当に引いちまうとは思わなくってな」


 衝撃のあまり固まっていた宮原くんは、ようやく我を取り戻したのか苦々しい表情を浮かべ始める。

 もしかしたら、彼は彼でこういった話は苦手なのかもしれない。


「……先輩、わりぃけど俺はこういうのはあんまり――」

「気にするな宮原。……まったく、後輩が困ってるぞ比呂」


 想定していたよりも僕と宮原くんの反応が悪かったのだろうか。

 黒崎先輩の咎めるような言葉に片手を上げて応える白柳先輩は、一息の間を置きつつ言葉を述べる。


「わりぃわりぃ。でもこれくらいの罰ゲームって普通じゃね? 祐一はどう思うよ」


 さも全くもって問題がないと言い張る白柳先輩に対し、黒崎先輩は溜息をつく。


「普通かどうかは問題ではない。重要なのは嫌な思いをさせてしまったことではないか?」

「お、おぉ……そうか、それは悪かったな」


 黒崎先輩の見えない圧に気圧されたのか、白柳先輩は引きつった顔で謝罪を述べる。

 悪気はない、というよりもこんな雰囲気になること自体思いもよらなかったといったところだろう。

 あるいは、もしかしたら僕たちの方が空気が読めていないだけなのかもしれない。


「……まぁ、俺は別にいいっすよ。気を悪くしたってか驚いただけっつうか」


 場の空気を察したのか宮原くんが口を開く。

 特に声の震えを感じないあたり本当に何とも思ってはいない様子だ。


「あの、僕も、その……大丈夫です。気にしないでください」


 対して、僕の声は震えて聞こえているかもしれない。

 あまり心配をかけたくないとは思う反面、どうしたって感情が表に出てしまう。


「まぁ、なんだ。その……なし! こんなの冗談だって! だから気にしないで続きをやろうぜ!」

「そうだな。場を乱した比呂がみんなに飲み物を奢るということで手を打とうではないか」

「お、おう。しょうがねぇな!」


 先輩たちは空気を換えようと話を切り出してくれるものの、心を落ち着けるのにはまだ時間がかかりそうだ。

 このままじゃ良くないと分かっていても、それでも――。


「あー、水戸。わりぃんだけどボール選ぶの付き合ってくれるか。重いのと軽いのどっちにするか教えてくれよ」


 ふと、宮原くんが肩を叩きながら声を掛けてきた。

 左手にはボールを持ちあげているところを見るに重量を変えようとしているらしい。


「まぁ罰ゲームはさておき、そろそろ俺もいいところを見せてぇからよ。アドバイスくれや」


 そう言葉を残し、一人ボール置き場へと向かう宮原くん。

 僕の返事など聞くそぶりも見せずに先に進むあたりが実に彼らしく、そのいつも通りの姿にほんの少し落ち着きを取り戻せたような気がした。


「それじゃあ俺は飲み物でも買ってくるわ。荷物番頼んだぜ」

「分かった。水戸も行ってくると良い。ここは俺がいるから大丈夫だ」


 先ほどまでの空気を感じさせないように、自然な様子で会話を続ける白柳先輩と黒柳先輩。

 そんな先輩たちの気遣いに感謝しつつ、僕は宮原くんの待つ場所へと向かうことにした。





「あーくそっ、もうちょいのところまではきてんだよなぁ」


 あれから四ゲーム目も終わり、なんと宮原くんが怒涛の追い上げを見せていた。

 調子を崩したとはいえ悪くはない僕のスコアを、僅かとはいえ上回ったのだ。


「さすがというか、宮原くんらしいというべきか」

「あ? いいんだよ。これで点数が取れてるんだからよっ」


 ボールを変更するにあたり、彼が最終的に決断したのはとにかく重たいボールを投げるという作戦であった。

 力いっぱい投げピンを弾け飛ばす。

 なんとも力業かつ脳筋な考え方に、僕は思わず笑ってしまったわけだが、結果として負けている事実には正直悔しさを覚えていた。


「良かったな水戸。さっきの罰ゲームがあったらお前誰かに告白してたんだぜ」

「はいはい。それを言ったら宮原くんだって緊張しすぎて今ほどスコアを出してなかったかもしれないじゃんか」


 ただ、こうして冗談を言い合える辺り僕の心は落ち着きを取り戻していた。

 特に言葉に出すことはないものの、彼への感謝の気持ちはそのうち形に出来ればと思う。


「あーいよいよ最終ゲームか! 俺らどれくらい投げたんだ?」

「ざっと二時間くらいだな。さすがに久々で筋肉痛が気になるところだ」


 一方、さすがの先輩たちも疲れを見せ始めているようで、いよいよもって次のゲームの結果は読めなくなっていた。

 見ている感じでは、おそらく一番元気なのは宮原くんだ。

 僕もあと一ゲームくらいなら投げ切るだけの体力は残っているものの、二時間前と比べれば格段にスコアを落としてしまうかもしれない。

 

「……やっぱり体力つけなくちゃな」

「あ? なんか言ったか」

「いや、なんでもないよ」


 とにかく経験者として宮原くんには負けたくない。

 なんとか彼に勝つすべはないものか――。


「……ねぇ宮原くん。さっきの罰ゲームだけどさ、負けたら誰に告白してたの?」


 唐突な僕の振りに、口に含んでいた飲み物を吹き出す宮原くん。


「……ほう、確かに気になるな。水戸、なかなかいい質問をするじゃねぇか」


 実に悪い顔で話に乗っかる白柳先輩。

 あんな罰ゲームを提示するくらいだ、さぞこういった話題に興味があるのだろう。


「……別に好きな奴なんていねぇよ」

「なぁ水戸、宮原の親しい女子って誰だ?」

「柊さんと、あとは氷室先輩とかですかね」

「てめぇら人の話を聞けや!」


 何故か騒ぎ始める宮原くんをよそに、僕と白柳先輩は顎に手を当て推理を始める。

 柊さんと、氷室先輩。

 どちらも無表情系美少女でタイプは似ているもの、柊さんは結構毒舌っぽい印象がある。

 一方の正直氷室先輩はあまり話をしたことがなく、どういった人物なのかよく分かっていない。


「ってかよ、てめぇはどうなんだよ水戸。さっき負けてたのはお前なんだぜ」


 一転、攻勢に出る宮原くんに便乗してか、今度は黒崎先輩が身を乗り出す。


「なるほど。たしかに気になるな。宮原、思い当たる女性はいるのか」

「ちょっと! 宮原クン!?」


 実にノリの良い振りにそれらしく頭を抱えるそぶりを見せる宮原くんは、僕の抗議の声も聞かずに記憶を呼び覚まし、そしてとある結論を口にする。


「……え、水戸って女子と話とかしてたっけ」

「……記憶にない」


 真顔で悲しき現実を叩きつけてくる宮原くんに対し、僕は気持ちのこもらない返事を返す。

 どうせ僕は人見知りですよ。ちくしょう。


「あれ、でもこの前の女の子……名前が出てこねぇんだが、誰だったか」

「優木さんだな。文化祭実行委員で一緒の」

「優木、あぁ、あいつか。そういえばそんな奴もいたな」

「……あの優木さんのことをそんな奴呼ばわりできるのは君くらいだろうよ」


 優木さん、か。

 実はあの罰ゲームを聞いた時だけど、なんとなく彼女のことが頭に浮かんでしまってはいた。

 それはまぁ、事実だが――。


「なんていうか、優木さんのことを好きとかそういうのはないというか――」

「そうなのか。ああいう女子は人気だと思うのだが、それならばどういうタイプが好みなんだ」


 まさかの黒崎先輩の追撃に驚かされるも、なんとなく真剣に考えてしまう。

 自分の好み、か。

 そんな話題、最近口にする機会もなかったかな。


「俺はてっきり柊みてぇなのが好きなのかと思ってたぜ。ほら、水戸ってアニメとかゲームとか好きだから、ああいうタイプが好みなのかと思ってよ」

「さすがにそれは偏見というか、まぁ外れてはないけど恋愛感情かと言われると違うっていうか」


 柊さんは確かに可愛いと思う。

 実際のところモテるし、告白されたことがあるとも聞いたことがある。

 万が一にもあり得ないが、もし彼女から告白なんてされようものならきっと舞い上がってしまうことだろう。

 だけど、それきっと「好き」とは違う気がする。

 友人として、柊詩乃という一個人として彼女のことを好ましく思ってはいるが、「好き」とは少し違う。

 かつて抱いたことのある感情とは違う感じがするのだ。


「……ちなみに、白柳先輩はどうなんですか。やっぱり明石先輩ですか」


 流れを変えるべく、今度は元凶である白柳先輩へと標的を変える。

 思わぬ方向に話が流れたものの、上手く精神を揺さぶられてくれれば次のゲームの勝ち筋も見えるというものだ。


「俺か? あー特に考えてはなかったというか……友奈か」


 今度は白柳先輩が腕を組み考え始める。

 その様子は照れているとかそういうものではなく、本当に自分と彼女がどんな関係性なのかを理解していないといった様子であった。


「二人の関係はな、少し特別なんだ」

「黒崎先輩?」


 そう呟く黒崎先輩は、いつもより少し穏やかな表情を浮かべているような気がした。

 訳あり、なのかもしれない。

 先輩たちの過ごしてきた日々の中で、その関係性は何らかの形を作ってきたのかもしれない。


「ん? それで言えば祐一。お前だったらどうしてたんだよ。まさか例の子か?」


 僕の質問に特に答えることもなく、白柳先輩の興味は黒崎先輩へと移っていく。

 ――なるほど、黒崎先輩の好きな人か。 


「それは、興味ありますね」

「だろ! ほら、可愛い後輩も興味があるってよ」


 あまり浮いた話が無さそうな黒崎先輩の好きな女性。

 ふと隣を見てみれば、会話にあまり参加していなかった宮原くんも興味があるらしく、ばっちりと聞き耳を立てているようである。

 というか、興味を持つなという方が無理な話で。


「前にも行ったが彼女はそういった目で見てはいない。というよりも俺は――」

「あぁ、はいはい。分かった分かった。……お前はそうだったな」


 何かを告げようとした黒崎先輩の言葉を遮るように、白柳先輩は会話を切り上げる。

 妙な間があったような気がして気になるものの、白柳先輩にも何らかの意図があって話を切り上げたのだろう。

 表情こそ変わりないものの、なんとなく独特の空気が二人の間に漂っているようにも見える。


「さて、話はこの辺にして最後に一勝負といこうぜ。最後負けたやつ、晩飯奢りな」


 休憩時間は終わりだとばかりに、立ち上がりパネル操作を始める白柳先輩。

 最終ゲームを始めるボダンを押し、レーンの奥でマシンがピンを並べ始める。


「続きはそん時にでも聞くとしてよ、まずは白黒はっきりつけようぜ!」

「……そうだな。最後は気持ちよく勝たせてもらおう。宮原もハンデなしで大丈夫そうだしな」

「構わないっすよ。次は俺が勝ちますんで」

「なんでそう強気になれるのさ。ご馳走様です、宮原くん」


 なんやかんやとあったものの、この休憩時間での会話は僕に十分すぎる時間を与えてくれた。

 それが意図したものかどうかは分からないけど、今はもう心に不安の種はない。

 勝つにしろ負けるにしろ、少なくとも尾を引くような後味の悪いものではないと思う。


「ねぇ、宮原くん」

「ん? なんだよ、ってかニヤニヤして気持ちわりぃな」

「ボーリングって楽しいでしょ」

「……あぁ、楽しいな。まぁ、また来てもいいかもな」


 まだ始まったばかりの夏休み。

 この夏はどんな思い出を作ることが出来るのか。

 柄にもなく期待に胸を膨らませ、僕はゲームに勝つための一歩を踏み出す。

 今日この日、僕は初めて「夏休み」を迎えたような気がして――。


 



 ――そして、僕たちの運命を大きく左右する出来事は、今日この日から始まっていたのである。


《了》

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