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夏休み:男子たちの過ごし方 ②

「よっと! ――っしゃあおらっ!」


 勢いよく放たれたボールはレーンのド真ん中をまっすぐ突き抜ける。

 無駄な力を感じさせずに振りぬかれた腕を伸ばしたままにその結果を見据え、綺麗に並べられた十本のピンが派手な音とともに弾け飛ぶ様を確認したと同時にガッツポーズ。

 白柳先輩はどうやら絶好調らしい様子であった。


「さすがだな比呂。俺も負けていられないな」


 席に戻ってきた白柳先輩とハイタッチを交わしながら、今度は黒崎先輩がレーンへと向かい始める。

 運動神経が優れている白柳先輩はやや重たいボールを力いっぱい投げることでストライクを狙っていく作戦のようだが、一方それに対して黒崎先輩は――。


「――ふっ!」


 やや軽いボールを選び、これまた綺麗なフォームで斜め(・・)にボールを放り投げる。

 通常であればレーンアウト間違いなし、にも関わらずそれが意図したコースである事は見てて取れる。

 充分すぎるほどに回転を与えられたボールはまっすぐに場外へと方向を定め、しかし次の瞬間には進行方向をピンへと向き変える。

 角度をつけてより高い確率でストライクを狙うテクニックであるカーブボール。

 なんとも知的な黒崎先輩らしいその一球は、先の結果同様にすべてのピンを弾け飛ばすに至った。


「よし。久々だが悪くない」


 小さくガッツポーズを決め席に戻る黒崎先輩に、片手を上げて待ち構える白柳先輩。


「ナイスッ!」

「お互いにな」


 もう一度ハイタッチを決める白柳先輩と黒崎先輩。

 あまりにも自然な二人の動きに、僕はある疑問を口に出す。


「白柳先輩と黒柳先輩はよくここに来られてるんですか?」


 明らかに慣れた動き、テンポの良さが明らかに経験者のそれだと分かる。


「あぁ、ちょこちょこ来てたぜ。とは言っても最近はご無沙汰だったけどな」

「そうだな。月に二、三回程度だろうか。たまに足を運んでいたものだ。比呂に振り回されて、な」

「とか言って祐一だって楽しんでたじゃねぇか。ストライクが取れないからってカーブまで研究し始めてよ。こいつカーブの練習ばっかりしてて全然スコア取れねぇ日とかあったんだぜ」

「それを言えば、俺のカーブを真似て練習したものの、結局諦めたのは誰だっただろうか」

 

 懐かしの思い出に花を咲かし、ああだこうだと言い始める二人の先輩たち。

 会話が実に子供っぽく幼稚な内容で――それでいていいなぁと、素直にそう感じる自分がいる。


「なぁ、次は俺の番で良かったか?」


 事の成り行きを無言で眺めていた宮原くんがタイミング見計らってか口を開く。

 そうだよ、と僕の返事を聞くや否や席を立ち上がる宮原くんが手にするのは重量に重きを置いたボールだった。


「一応確認だけど、宮原くんそのボール重たくないの?」


 どの重さが良いのかとアドバイスを求められた時、僕は少し考えた先やや重めのボールをお奨めすることにした。

 宮原くんは見た目通りの力持ちだがボーリング自体は未経験だ。

 フォームが出来上がっていないため重すぎるボールでは余計な力が加わってしまうだろうと考えてのアドバイスだったのだが、しかし彼が選んできたのは想定以上に重いボールだった。


「持った感じこれがちょうどいいかと思ったんだが、まぁとりあえず投げてみりゃ分かんだろ」


 さすがの大雑把さに若干関心を抱きつつ、彼の成り行きを見守ることにする。

 ふと気づけば白柳先輩と黒崎先輩も席に座りながら宮原くんの後ろ姿を見守っていた。

 どこか期待をした目で、ある予感を胸に楽しそうな表情で――。


「ここから投げるん、だよな。――よし、いくぜ!」


 何かつぶやきながら所定の位置に着くヤンキー系茶髪男子。

 動き始めた彼の姿は実にダイナミックなもので、そして――。


「……あ?」


 力強く投げられたボールは綺麗にレーンアウト。

 カーブのコースにストレートをぶち込む采配に、僕たちは目を合わせて声を上げる。


「「「ナイスガーターッ!!」」」


 親指を立て全力で声を上げる僕を見る目に瞬間殺意の色が浮かび上がる。

 二球目も無事に暴投に終わり戻ってきた宮原くんに、とりあえず一回殴られたのはご愛嬌としておこう。





 だが、そこからはさすがの宮原くんといったところだった。

 元々の運動神経からか、すぐに投球フォームを身に着けてスコアを伸ばし始める。

 ボールを少し軽めにしながらも力強い投球にストライクとスペアを重ね始めたのだ。

 

「おぉ、さすがだね宮原くん」

「やってみると面白れぇな。てかお前も結構やるじゃねぇか」


 二ゲームが終わり少し休憩を挟む僕たち四人の実力は、今のところ初心者である宮原くんを除いて接戦になっていた。

 最初のゲームこそ先輩二人に独走を許していたのだが、勘を取り戻し始めたことで僕は二人と遜色ない程度にはスコアを取ることが出来ていたのだ。

 一方で宮原くんは着実にスコア差を縮めつつある。

 残り三ゲーム、彼の体力を考えれば意外な結果ももたらす可能性はあるのかもしれない


「たしかに。水戸も上手いよな。フォームも綺麗なもんだ」

「えっと、ありがとうございます」


 ゲームが進むごとにテンションが上がっていく白柳先輩。

 元々学年差をあまり感じさせない態度を見せる先輩だとは思っていたが、ここに来て雰囲気が完全に友達同士のそれになっていた。

 話し方や関係性が変わったわけではないのにそう感じるのは一体なぜなのだろうか。


「まだ先は長い。ここからが勝負だぞ」


 飲み物を買ってくると席を離れた黒崎先輩が戻ってくる。

 最初は断りを入れた僕だったが、ここに来て遠慮するなとの一言につい飲み物をお願いしてしまった。

 

「水戸はコーラで良かったか」

「あ、ありがとうございます。えっとお金は――」

「気にするな。ここは俺のおごりだ」


 財布を出そうとする僕を片手で制し、さも当然のように立ち振る舞う黒崎先輩。


「か、かっこいい――」


 思わず口に出してしまう。

 嫌味なくさらりとやってのける黒崎先輩だからこそ格好良く見えてしまうのかもしれない。


「宮原は、本当に水で良かったのか? 比呂はこれだろ」

「ありがとうございます。水で大丈夫なんで」

「おっ、サンキュー」


 宮原くんはミネラルウォーターを、白柳先輩はスポーツ飲料を受け取り、各々自分の飲み物に口を付ける。

 

「……ふぅ、しかし意外と疲れるもんだな。ただボールを投げるだけだろ、これ」

「だよね。僕もいつも不思議に思ってるんだけどさ。まぁこの疲れが心地よいっていうか」

「分かる気がするぞ。おそらく明日筋肉痛になるのだろうが、そういうところも込みで楽しみなのだよ」

「……前から思ってたけど、祐一ってMだよな」


 すっかり打ち解けた雰囲気に、僕たちは普段では会話にしないような内容にまで盛り上がりを見せていた。

 いわゆる運動部のノリってやつなのかもしれない。

 こういう雰囲気は初めてだが、本当に心地よい時間だと感じていた。

 本当に良い友人、先輩に出会えたものだ。





「よしっ、じゃあせっかくだからそろそろアレを始めようぜ!」


 三ゲーム目を終えてそろそろ体力に翳りを見せ始めた頃、白柳先輩が唐突に声を上げる。


「……アレって何ですか?」


 要領を得ず話を振った先、黒崎先輩は何か一人頷きながら答えを返してくれた。


「ゲームだな。負けたやつが罰ゲーム」

「……おいおい罰ゲームって、何やらされんだよ」


 この場で一番点数が取れていない宮原くんが嫌そうな声を上げる。

 いくら上達が早いとはいえさすがにまだ戦えるレベルでないのは明白である。


「多分ハンデとかあると思うけど。白柳先輩、どうなんですか?」

「ん? あぁ、そうだな。どっちでもいいぞ」


 すでに勝負する気満々の言い出しっぺは、ここに来てまだ異様なまでの元気を見せている。

 ――この人、本当になんで運動部に所属してないんだろう。


「それで、負けたら何をさせられるんだ」


 水分補給を済ませて準備万端の黒崎先輩が腰に手を当て準備運動を始める。

 この人もまた、やる気満々であった。


「黒崎先輩ってこういうの止めないんですね。賭け事なんかさせないとか言いそうなのに」

「俺もそこまで固いわけじゃない。別に大金を賭けるわけでもない。楽しみの一環であれば止める謂れはないさ」


 口元に小さく笑みを浮かべる黒崎先輩は、次に白柳先輩へと視線を向ける。


「いつもの、だと面白くねぇよな。祐一は何かいいやつ思いつかねぇか?」

「定番なら飲み物を買ってくるとかだが。せっかくならもう少し良さげな罰ゲームにしてみたいな」

「……おい、俺は本当にハンデを貰えるんだよな?」

「え、多分。……いや、僕は僕で不安になってきたんだけど」


 明らかに悪い顔を見せる先輩二人に対し、僕と宮原くんは雲行きの怪しい雰囲気を察し始める。

 普通に考えれば宮原くんが罰ゲーム一直線だが、ハンデ次第で次に危ういのは僕となるだろう。

 白柳先輩、黒崎先輩、僕、この三人の実力ではどう転んでもおかしくはないが、それでもやや実力が劣っている自覚はある。

 

「――よし、それじゃあこうしようぜ!」


 考えがまとまったのか白柳先輩はテーブルに用意されたスコアメモとペンを手元に揃える。


「いいか。今から四人で罰ゲームの内容を考えて紙に書く。で、一枚引いてそれを罰ゲームに、ってやり方でいくぜ。質問はあるか?」


 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて説明を進める白柳先輩に対し、僕ら三人の表情はそれぞれ異なるものだった。

 納得したように頷く黒崎先輩に、引きつった顔を見せる宮原くん、そして真面目に思案する僕。


「分かった。俺はそれでいい。だがあまり無茶な要求はしないようにな」

「……くじ引きってのが納得いかねぇが、仕方ねぇか」

「……うん、そうだね。無難な罰ゲームになることを祈ってるよ」

 

 頼むから白柳先輩のくじだけは当たるなと、心の底から神に祈りつつスコアメモに手を伸ばす。

 無難なのはさっき黒崎先輩も話してたみたいに飲み物を奢るって内容だけど、どうせならご飯奢りくらいにしておくか。

 ほんの少しグレードアップさせた罰ゲームを記入し、用紙を折りたたんでから白柳先輩に手渡す。


「よし、それじゃあ選ぶぜ」


 目の前に並べた四枚の用紙をそれぞれ同じくらいの大きさに折り畳み、ごちゃごちゃにかき混ぜていく。


「宮原、お前好きなの選べ」

「……え、俺ですか?」


 心底嫌そうな顔でテーブルを眺める宮原くん。

 もはやどれが誰の書いたか用紙であるかなど見分けがつくはずもなく、じっと見つめた先でゆっくりと手を伸ばし始める。

 一番右端の折り畳められた用紙を手に取り、皺を伸ばすように広げてゆき――そして。


「…………あ?」


 文字通り言葉失う宮原くん。

 そんな彼の様子に嫌な予感を覚えつつ、また一方で満面の笑みを浮かべる白柳先輩が中身を確認しようと宮原くんの肩越しに用紙を覗き込む。


「……くくっ、宮原、ナイス……くくっ」


 一人盛り上がりを見せる白柳先輩の様子に天秤が完全に悪い方へ傾いたことを悟り、あきらめの境地で用紙に目を通すことにする。

 いまだ固まる宮原くんの手元を覗き込み――そして、思わず読み上げてしまった。


「……この夏休みの間に女子に告白する。――ってなんだこれぇぇぇ!!」

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