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夏休み:男子たちの過ごし方 ①

 ある晴れた日の午後、僕――水戸(みと)ゆうは一通のメールを受け取った。

 待ちに待った夏休みに入ったことで平日休日の境目は意味を成さなくなり、誰に咎められることもなく自堕落な生活を過ごし始めていたところに届いた誘いの一言。


『動きやすい服装で駅前集合』


 最近ようやく文明に利器の便利さに気が付き始めた友人からのその連絡に、最初は無視を決め込もうかと思って僕だったが、考えを改め了承のメールを送り返すことにする。

 後から文句を言われるのが面倒だと思ったこともあるけど、それよりも誰かと遊びに出かけることなど久しくなかったことを思い出したからである。

 それにしても呼び出しの目的が気になるところだ。

 服装を指定してくるあたり何かスポーツをするのかもしれない。

 身体を動かすのは得意ではないけれど、別に何か競技で競い合うってことでもないだろう。

 どうせ長い夏休みだ。

 一日くらい自堕落な生活が送れなかったからと言ってどうってことはない。

 たまには鈍りつつある身体に刺激を与える日があってもいいだろう。


「それじゃあ出かけてくるよ。遅くなるようだったら連絡するから」


 早速に外出の準備を整えた僕は、そう妹に言い伝えて大した荷物も入っていない鞄を肩に引っ掛け家を出る。

 背中越しに「もっと早く言えー」と文句の声が聞こえるが、まぁこれは良くあることだ。

 いつものように帰りにコンビニでミニケーキの一つでも買って帰れば問題はない。

 さて、今日はどんな一日になるのだろうか。

 眩しい太陽に目を細めながら空を仰ぎ、僕はこれからの未来に想いを馳せていた。





「お、来たな水戸。わりぃな急に呼び出して」


 駅前の広場で出合い頭に謝罪の言葉を口にしたのは白柳(しろやなぎ)比呂(ひろ)先輩。

 僕が所属する文芸部の先輩で、面倒見の良い陽キャな先輩だ。

 こういってはあれだが、外見や性格ともにどちらかと言えばアウトドアな印象を受けることが多く、これでスポーツをしていないというのが嘘だと思うくらいに身体つきがしっかりとしている。

 ただ、文芸部は今年から設立した新しい部活だと聞いているのでこれまではそういった活動をしてきたのかもしれない。

 あまり立ち入った話を聞く勇気はないのだが、そのうち機会があれば聞いてみたいとは思っている。


「委員会以来だな。元気にしてるか」


 続いて挨拶を交わしたのは黒崎(くろさき)祐一(ゆういち)先輩。

 こちらは部活動ではなく不本意ながら僕が任命された文化祭実行委員の責任者を務める先輩。

 アニメでよく見るような地味目に整えられた黒髪にスマートなフィルムの眼鏡。

 その本質は見た目通りのザ・真面目な性格そのものだが、見知らぬ後輩である僕にも優しくしてくれる頼れる先輩である。

 

「よぉ、わりぃな。先輩が水戸を呼べっていうから声を掛けちまったんだが」


 最後は僕の友人である宮原(みやはら)光輝(こうき)くん。

 何度見てもその派手な茶髪は見事である。

 僕と同じくこの場では最年少組にも関わらず、その大きな身長から放たれる威圧感はその道の人(・・・・・)だと言われても納得するほかはない。

 それでも付き合ってみれば気の良い人であることはよく分かる。

 それに、彼本人の事情もあるのだろうから、それらに関して僕が口を出す必要はないのだろう。


「お待たせしました。えっと呼ばれたから来てみたんですけど、今日は何の集まりですか」


 この場に集まったメンバーとして珍しいのは黒崎先輩だ。

 委員会の時はたまに話をするくらいで、他二人と違ってプライベートでの交友はないに等しい。

 そのことは黒崎先輩も自覚があるのだろう。

 質問には自分が答えるといった様子で口を開く。


「知っての通り俺と比呂は受験勉強の真っ最中なのだが、こいつが先に根を上げてな。息抜きをしたいと言って聞かないもんだから遊びに出かけることになってな」

「根を上げるったって相当勉強してるからな。……で、まぁせっかくなら可愛い後輩達でも呼んでぱーっと遊びかって、お前らに声を掛けたってわけだ」


 話を引き継ぎ事情を説明していた白柳先輩だが、その顔をとても晴れ晴れとしていた。

 だいぶ勉強が辛かったのだろう。

 今日一日は何もかもを忘れて楽しんでやろうという意気込みが、なんかもうその全身からあふれ出ているようにも見える。


「黒崎先輩も大変そうっすね」

「いや、こいつもよく頑張っている。いずれにせよそろそろ息抜きは必要だと思っていたからな」


 僕と同じ印象を抱いていたのだろう。

 宮原くんは少し引いたような顔で黒崎先輩にいたわりの言葉をかけていた。

 

「あれ、そういえば宮原くんて黒崎先輩とは初対面じゃないの?」


 ふと、その気軽な声の掛け方に疑問を抱き宮原くんへと質問を投げかける。

 

「ん? あぁっと、知り合いでは、あるな。遊びに行くなんてこたぁなかったが面識はあるんだよ」

「少し前に学校でな。元々比呂から話は聞いていたから俺としては初対面って感じはしなかったのだが」


 少し歯切れが悪そうに返す宮原君と口添えをする黒崎先輩。

 何か言いづらそうにしている様子だったが、特につついても良いことはなさそうな気がする。


「そうなんだ。それで今日はどこに行くんですか?」


 僕から始めた話だけに、適当に切り上げて目的地の話を切り出すことにする。

 動きやすい服装を指定してきたということはやはり運動か何かするのだろうか。

 そして、その言葉を待ってたと言わんばかりに白柳先輩はにやりと笑みを浮かべ、スマートフォンの画面を僕たちに向かって突き付ける。


「少し離れたところにボーリング場があるんだけどよ。いまそこで結構な学割キャンペーンがあるらしいのよ。今日はこれからそこに行くぜ!」

「ほぅ、ボーリングか」

「……ボーリングってどうやるんだ」


 開放気分満開の白柳先輩の言葉に、黒崎先輩と宮原くんは各々の反応を返す。

 聞いてる感じでは宮原くんは全くの初心者の様子である。


「宮原くんはボーリングってしたことないの?」

「ねぇな。機会もねぇしボーリングって言葉自体久々に聞いた気がするぜ。お前は?」

「昔はたまに行ってたくらいかな。父親が好きでね。妹と三人でよく遊びに行ってたんだよ」


 一方で、ボーリングという言葉を聞いて僕は少し感慨深くなっていた。

 幼い頃、毎週のように父に連れられて妹とともにボーリング場に足を運んでいた時期があった。

 聞いたことはないが、おそらく大した理由はないのだと思う。

 父が好きなものを子供にも好きになって欲しい、きっとそんなところだろう。

 なぜならば、それは今の僕もそんな気持ちで――。

 

「きっと楽しいよ。ボーリングは」


 僕の「好き」を彼にも知って欲しいと、そう思っているからである。





 久々のボーリング場は、なんだかとても懐かしい感じがした。

 独特の空気やにおい、ボールがピンを撥ねる音がかつての記憶を呼び覚ます。


「よっしゃあ! お前ら何ゲームするよ? 三、いや五ゲームいけるか」


 到着した途端にテンションがクライマックスに突入したかのような比呂先輩の様子に、黒崎先輩は溜息を吐きながら申込用紙への記入を進める。


「いいんですか黒崎先輩。五ゲームなんて投げたことないんですけど」

「いいさ。先ほど確認したのだがキャンペーン情報を見るに値段はそう変わらないものだった。束の間の休息ってやつだ。悪いがあいつに付き合ってやってはくれないか」


 呆れた顔をしながらも白柳先輩を気遣うような黒崎先輩の言葉に、なんだかふとと笑みを浮かべてしまう。

 本当に仲が良い二人なのだと、改めて思う。


「シューズのサイズと、ゲーム数……ってなんだ?」


 一方で僕の友人はと言えば、同じく申請用紙の記入に戸惑っている様子だった。

 彼は時折世間知らずな一面を見せる時がある。

 その外見とは裏腹に頭は良く色々な物事について詳しかったりと知的な顔を覗かせる時もあるのだが、その反面知らないものに関してはとことん知識がないといった一面も持ち合わせている。

 ボーリングというものについて、宮原くんは本当に知識がないということなのだろう。


「今日は五ゲームプレイするみたいだよ。あとは――」


 持ちつ持たれつという言葉が頭に浮かぶ。

 僕と彼は色々と反対なことが多くて、だけどまぁそこそこ仲良くやっている。

 そんな些細なことが僕にとっては少し誇らしいことなのであった。

評価を頂きありがとうございます。

引き続き物語をお楽しみいただければ幸いです。

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