10問目:友情 / 恋愛 Ⅱ ②
どの季節が嫌いであるかと聞かれれば、わたしは冬が嫌いだと答えます。
冬の寒さが嫌いなんです。
触れるものの熱が伝わる瞬間に、わたしに心の冷たさを感じさせてしまうから。
雪の儚さが嫌いなんです。
白い雪が降り積もることで生まれる幻想的な世界は、わたしに自分の無力さを気付かせるから。
夜の孤独さが嫌いなんです。
暗い夜空を見上げる一人の時間は、わたしに存在意義を問い掛けてくるのだから。
☆☆☆☆☆☆☆☆
ある日、わたしは一通の手紙を受け取りました。
当時十歳を迎えたわたしにして誰かから手紙を送られるという行為は記憶に少なく、また同時に驚いたことを今でもよく覚えております。
『あれ、四条さんにはお手紙を渡さないの?』
『うん。だって四条さんは――』
あの頃は学友がいないというわけではありませんが、話をすれば済むような内容を好んで手紙を書きあうような関係性ではないと言いますか、少なくとも当時のわたしとしてはそういったものを必要としてはおりませんでした。
紙とペンを用意してまで自分の気持ちを相手に伝える。それの何が面白いのか、役に立つというのかが私にはまったく分からなかったのです。
またそれは、同時にわたし自身に他の学友たちと比べて何か大切なものが欠けていることを暗に示されているようで、やがてはひどく不愉快な行為であると感じるようになってしまいました。
なるべく表には出さないようにしていたつもりでしたが、どうだったのでしょう。
一つ言えるのは、気が付けば「お手紙交換」の誘いがぱったりと来なくなったという事実。
それはわたしが望んだ結果で、現実でした。
『好きです。付き合ってください』
一方で、もっと必要としない手紙を受け取ることもありました。
それこそ言葉にするべきではないのか。
わざわざ手紙にして気持ちを伝えることの意味はどこにあるのかと、疑問を抱かずにはいられませんでした。
わたしはそれらにお返事を返しませんでした。
わざわざ手紙を書く必要性も、ましてや理由を丁寧に教えてあげる謂れもありません。
ただただ何もなかったように過ごすわたしに、やがて届けられる手紙の数は減っていきました。
本音を言えば興味を持てずすぐに忘れてしまっただけなのですが、それを冷たく無視されたと感じたのでしょう。
学友たちの間で噂話が悪評に変わるまで、それほど時間を要しませんでした。
『四条さんって冷たい感じがするよね』
『なんか感じ悪ぃよな』
まったくもっておかしな話だと思います。
わたしが一体何をしたというのでしょうか。
ただ一つの、理解できないコミュニケーションを拒んだだけのこと。
それだけの話で周囲はわたしを「悪い子」だと口にするようになりました。
『大丈夫、四条さん?』
全員がそうだったというわけではありません。
理解ある友人もいましたが、クラスが違うことからいつも一緒にいるというわけではありません。
そして、結局子供というのは数の暴力には逆らえないのです。
悪口は陰口へと変わり、やがては小さないじめへと変わっていきました。
ただ、「四条」の名は子供ながら意味を理解しているようで、それが目に見えた傷を作るような事態には発展することはありませんでした。
小さな小さないじめ。
グループから外されたり、陰で笑われたり、休み時間に話をする相手がいなくなっただけの話。
わたしは、ひとりになりました。
その時のことを、いまでもよく思い出すことが出来ます。
わたしの人生においてそれはとてもショックな出来事だったからです。
忘れることなど、出来るわけがありませんでした。
『……これが、いじめ?』
わたしは、なにも感じることが出来ませんでした。
友人だと思っていた人たちが離れていく悲しみを。
仲間外れにされる辛さを。
理解してもらえない理不尽さを。
誰もいない一人になることの孤独感を。
それらの何もかもを、わたしは一切感じることが出来ませんでした。
ただ一つ、胸に残るのは疑問だけ。
なぜ自分はこうも何も感じることが出来ないのかという一点のみ。
『きっと、わたしには感情が欠落してるのですね』
そんな口から零れた事実にすら何の感情も抱くこと出来ませんでした。
それらは今後も変わることのない、四条家の「良い子」になるための人生を歩んでいくことを事実として受け止める。
それが正しい選択なのだと理解し、私はその後もひとりで時間を過ごしていきました。
『お嬢様。今日はお手紙が届いております』
そんな中で送られてきた「四条」の家名ではなく「紅葉」に宛てられた手紙。
裏面に記された送り主の名前に目を通し、記憶の中に眠り一人の人物を思い浮かべます。
その顔も知らない知人が、どういった経緯でこの手紙を送るに至ったのかを確認すべく、自室で文面に目を通すこととしました。
彼からどんな言葉が届けられたのかと、僅かばかりの興味を確かに感じつつ足を進めます。
もらっても嬉しくなかったはずの手紙。
だけどそれはもしかしたら、わたしの「いま」に何か変化をもたらしてくれるのかもしれなくて。
『お嬢様、ペーパーナイフをお持ちしましょうか』
『いえ大丈夫です。これはわたしの手で開きたいのです』
部屋に戻って用意を進めるわたしは、使用人からの申し出を丁重にお断りします。
そんなわたしに対し、使用人は戸惑いの表情を浮かべておりました。
これまでほとんど意見を述べてこなかったわたしが提案を否定したのです。至極当然の反応でしょう。
ただそんな珍しい光景にさえ興味を抱けず、自然と意識は手紙にのみ向けられます。
手紙を破かないようにゆっくりと、封を繋ぎ止める糊を丁寧に剝がして便箋を取り出します。
封筒の中に収められていた便箋は二枚。
それが多いのか少ないのか、わたしには分かりませんでした。
ただ彼からの手紙から伝わる、何かが変わるような予感。
そこにあるのは紛れもなく「四条紅葉」に宛てられたメッセージで、興味はやがて期待へと変わりながら、わたしは手紙を読み始めます。
『まだ見ぬあなたへ』
『早速ですが、あなたは冬という季節が好きですか』




