10問目:友情 / 恋愛 Ⅱ ①
連載を再開します。
加筆修正は順次進めていく予定です。
どの季節が好きであるかと聞かれれば、わたしは冬が好きだと答えます。
冬の寒さが好きなんです。
触れるものの熱が伝わる瞬間に、わたしは生きているのだと実感が出来るから。
雪の儚さが好きなんです。
白い雪が降り積もることで生まれる幻想的な世界は、わたしを感傷的な気持ちにさせてくれるから。
夜の孤独さが好きなんです。
暗い夜空を見上げる一人の時間は、わたしの本当の気持ちをさらけ出してくれるから。
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口から零れた吐息が白く空へと溶けていく。
それがなんだか面白くて、今度は少しお腹に空気を溜めてから大きく息を吐いてみる。
ゆっくりと吐き出された白い煙は、しかし目に見えてから間もなく空気に混ざる。
不思議だなぁ、ちょっと面白いなぁ。
なんとなくの好奇心は抑えられなくて、わたしは人目も憚らずに吐き出す息のタイミングを色々と試してみる。
口を大きく息を吐いてみてはどうなるのか、逆に口を小さくするのはどうなのか。速さは、長さはどれくらい? 連続して吐いてみるのもありかしら。
「……って、わたしは一体何をしてるんでしょうか」
そんな子供の児戯ともとれる幼稚な遊びに一喜一憂している自分をふと振り返り、なんだか少し恥ずかしい気持ちになってしまった。
学校から駅へ向かう通学路を一人歩くわたしの姿を誰か見ているわけでもない。
だけど誰一人気配を感じない夜道の中でさえ、思わず悶えたくなるような羞恥心というのは生まれるものなのだと、わたしは生まれて初めて実感した。
「うぅ、恥ずかしい。でも……」
だけどこれは貴重な体験だとも思う。
こんな夜遅くに一人で歩いている今の状況は、わたしの人生において数えるほどしか記憶にない。
あるいは、ある意味では初めての経験なのかもしれない。
友人の名前を借りてお母様たちを騙してまで今ここにいることが、もしバレでもしたらきっとこっぴどく叱られることになるでしょう。
いや、そうなることは間違いないはずだ。
「悪い子になっちゃった、のかな」
小学生時代にクラスメイトが親に怒られたと愚痴をこぼしている姿を見たことがある。
なんでも友達の家に遊びに行ったまま時間を忘れて、決められた門限を過ぎてしまったそうだ。
それが原因で喧嘩までしたと彼は話しており、そんな周りの友人たちはそんな彼に共感を覚えていたようで、やがては親の悪口へと話が盛り上がっていたのを今でもよく覚えている。
ただそれは、あまり良い思い出ではないという意味にはなってしまうのだけれど。
「……到着、しました」
想いに更けていたわたしは、気が付けば目的地に到着していたらしい。
駅前に人の影はなく、また広場に一つ街灯に照らされたベンチにも待ち人の姿は見えなかった。
鞄からスマートフォンを取り出し時間を確認してみれば、予定よりだいぶ早めに到着していたらしい。
余裕をもって学校を出発したとはいえ、どうやらわたしは想定以上のペースで道中を歩み進めていたようである。
まるで逸る気持ちが行動に現れたかのようで、若干の気恥ずかしさを感じてしまうが、だけど――。
「仕方ない、ですよね」
ベンチに腰を掛け、念のため連絡が来ていないことを確認する。
通知に表示されているのは、件名に『行ってきます』と書かれた友人からのメールが一通のみ。
口元が緩むのを自覚しながらメールに目を通し、一言『がんばって』とだけ返事を送る。
そのままスマートフォンを両の手で包み、大切な友人の恋が実ることを天に願う。
「……大丈夫、ですよ。気持ちは、届くはずです」
そうして少しの時間が経った頃、スマートフォンを鞄にしまったわたしは再びに空を見上げる。
眩い星々が視界いっぱいに映り広がり、いつか覚えた冬の星座を伸ばした手の指先でゆっくりとなぞる。
「あれはオリオン座で、あちらはふたご座だったかしら」
ふたご座の頭に当たる星であるカストルとボルックスへと指を動かし、そしてそのまま腕を下ろす。
ふと昔のことを思い出した。
学校で星座の鑑賞会が企画された時の話だ。
ちょど理科の授業で星座の勉強が始まったころ、先生同伴のもと夜の学校で星座の勉強を目的とした鑑賞会が開かれることとなった。
当たり前のようにクラスのみんなは参加を希望した。
星座に興味を持っていた子もそうだが、どちらかと言えば夜の学校という部分に惹かれた子も少なくなかったに違いない。
普段は見慣れた校舎でも、夜の暗闇というスパイスが加わればその景色は非日常なものに見えるのだ。
特にまだ小さい子供として見れば、修学旅行とまでは言わずとも、それに似た大きなイベントの一つだと数える子もいたことだろう。
勿論、その中にはわたしも含まれていた。
『残念ですが夜の学校なんて許しません』
だけど参加することは許されなかった。
危険だと、もしもわたしの身に何かあったらどうするのかと、そう心配してくれるお父様とお母様の姿に、わたしは何とも言えない感情を抱いていた。
先に断っておくと、わたしはお母様を恨んだりなどしてはいない。
むしろ感謝していたくらいだった。
わたしのことを心配してくれたお父様に、どうしたらよいかを教えてくれるお母様。
二人が行かない方が良いというのであれば、それは間違いのないことなのだ。
夜の学校は危ない、星座の鑑賞会は参加してはいけないものなのだと、わたしはその時に教えてもらったのだから、感謝の気持ちを抱くことはあれど不満を述べることなどありはしない。
だから楽しそうに感想を述べあうクラスメイト達の方こそ間違えているのだと、わたしは心の中でそう結論付けていた。
「だけど――」
だけど、いつも気になることがあった。
お父様とお母様がわたしを見る目が、時折とても寂しそうなものに見えたからだ。
きっとわたしが良い子じゃないから。
もっと物分かりが良くて、お父様にもお母様にも迷惑をかけることのない一人前の大人の女性へと変わらなければいけないのだ。
そうすれば、心配をかけずに済むはずだ。
そうすれば、わたしの身体を強く抱きしめる回数が減るはずだ。
賢くなろう。強くなろう。
わたしは誰よりも出来る子なのだから。
それが期待されているわたしの役割なのだから。
「それこそが、わたしに存在する唯一の価値なのだから。――なんてね」
もう一度手を伸ばし、再び星座をなぞるように指を動かす。
今度は歌を口ずさみながら線をなぞる。
「きらきらひかる、おそらのほしよ」
ゆっくり、何度も、何度も。
かつてなぞることの出来なかった線を、丁寧になぞり続ける。