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2問目:勝利 / 敗北 《前編》

 俺、宮原(みやはら)光輝(こうき)は不良らしい。

 

『ねぇねぇ知ってる? 宮原のやつ、また喧嘩沙汰起こしたらしいよ』

『え~、私が聞いたのは仲間たちとつるんで隣の学校に乗り込んだって話だったけど』

『夜中に女の人とホテルに入っていくのを見たっていう人もいるよね』


 くだらない。実にくだらねぇ話だ。

 俺がいつ誰に暴力を振るったって? 誰とセックスしたって?

 身に覚えがないんだが誰か教えてくれねぇかな。


『宮原、なんで私たちの言うことを聞かないんだ』

 

 どうにも人間ってのは見た目の印象で良し悪しを判断する習性があるらしい。

 例えば俺の派手な茶髪。

 こいつは正真正銘の地毛なんだが、周りの連中にとってはそんなことどうでもいいんだ。

 ただ俺の外観が『不良』に見えるってだけで、そのことだけがやつらの世界で事実ってだけの話。


『宮原くん。何も話してくれないと先生たちも分からないよ』


 中学時代、教師どもが「髪を染めるな」などと毎日のように口うるさく騒ぎ立ててきた時期があった。

 あまりにもうるさいものだから仕方なしと事情を説明してみせた。

 俺の茶髪が地毛であること。

 放っておいて欲しいという俺の考え。


『そうなんだね。でもそれは――』


 まぁ結局のところ俺の話なんてどうでも良いことで、つまるところ連中にとっては結果が全てだってだけのこと。

 要は周りと同じく良い子になっとけって話だ。

 分かっちゃいたが、面倒くせぇと思った。

 周りに合わせることの何が偉いのか。大人の言うことを聞くことの何が大事なのか。

 何一つ心に響かない大人の言葉から一体何を学べというのか。

 俺には何一つ分からない話だった。


『ちっ、どいつもこいつもむかつくやつばっかだぜ』


 だが言われっぱなしってのも気持ちのいいものじゃねぇ。

 教師どもに何を言われようが構わないと思っちゃいたものの、何度も何度も呼び出しを受けるのは非常に面倒だった。

 だから俺は、連中の口を黙らせることにした。

 幸い成績は悪くなかった。

 連中の言う素行ってやつと差し引きしてもプラスに評価される程度にはテストで点数も取っていた。

 嫌いな教師どもの悔しそうな顔はいつ見ても気持ちが良かった。

 答案用紙を返す時のあの表情は実に愉快だった。


『言ってみろ宮原。カンニングしたって言ってるやつもいるんだぞ』


 だが、結局のところ学校ってやつは『不良』を許せないらしい。

 上手く立ち回っていたと思ったら、今度はいつからか学校中に悪い噂が流れ始めた。

 曰く、宮本は迷惑をかけたがる不良生徒だ、という内容だ。

 まぁそこからが面白かった。

 事実無根の噂がどんどん増えていきやがった。

 暴力、煙草、万引き、女遊び、ほか様々。

 別にまるっきり全部が嘘ってわけでもなかったが、誰が流したのかついには他の学校の奴らに噂が届くまで拡散されることとなった。

 それこそ教師どもがおかしなことを言い始めるくらいにだ。


『宮原、今ならまだ許してやる。ちゃんと謝り、反省しなさい』


 思わず笑っちまった。

 誰が許すって? 何を謝るってんだよ。


『何か言ったらどうなの? みんなに迷惑が掛かってるのよ』


 みんなって誰だよ。

 そいつらは俺にとってどれだけ重要な奴らなんだ。

 そんなやり取りを繰り返して過ごした三年間、以上が俺の素敵な中学生活だ。 

 その他にもいろいろあってなんやかんやと今に至るわけだが、それが今度は入学したての高校生活にも影響を及ぼしてるってなもんだ。


「ま、だからってどうでもいいけどな」


 俺は別に胸躍る煌びやかな学校生活なんてものを望んじゃいねぇ。

 将来これといってやりたいこともない俺だが目下の目標だけはある。

 アルバイトをして金を稼ぐことだ。

 金を稼ぎに稼いで高校を卒業したら家を出る。

 それでもってさっさと自立した生活を送る。

 裕福な生活とまで望んじゃいないが、俺としてはそれなりに面白い人生を送れればそれで問題ねぇ。

 適当に出来た仲間たちと馬鹿が出来ればそれでいい。

 てなわけで結論として、悪い噂が飛び交おうが俺の知ったこっちゃねぇ。

 好きにしてくれってもんだな。





 さて、そんな俺の現在だが、少し困った状況から話を始める。

 今俺がいるのは学校の図書館、用事があって足を運んだわけだが、まったくと言っていいほど縁遠いこの場所で俺は道に迷っていた。

 頼まれていた本の返却はカウンターに行きゃいいのは分かる。だが問題はそこではない。

 なんとかって本がないかを確認して欲しいってのがもう一つの頼まれごとだったんだが、それをどこで調べればいいのかが分からねぇ。

 ――不覚にもタイトルを忘れちまったってのが問題だった。


『そうですか。いえすみません、宮原くんには荷が重い頼み事でしたね』


 全面的に俺が悪いところでプライドもへったくれもないわけだが、あいつ(・・・)に頭を下げるのだけは避けたい。

 というか絶対に嫌だ。

 どうにかして思い出せないもんかと辺りを見渡し、ふらふらと歩き回っていた矢先に軽く右肩を叩かれたのが全ての始まり。


「だーれだ」


 ――そうして俺は、あいつに出会った。





 2問目:勝利 / 敗北



 


「だーれだ」


 あー、だりぃ。

 『不良』の俺にどうどうと絡んでくるこいつは一体何もんだよ。


「だーれだ」


 止まることのない呼び声に俺は振り向く。

 無防備に半ば反射で振り向き、気が付いた時には俺の右頬にそいつの指がぶすりと突き刺さっていた。

 

「いや痛てぇよ! なにすんだてめぇは!」


 俺の記憶にが正しければ、『肩とんとん』ってのは叩いた肩にそのまま手を置きつつ振り向いた顔に軽く突っつく程度の可愛い悪戯程度だったはずだ。

 それがあろうことに、こいつは突き刺してきやがった。

 肩にだけじゃねぇ、勢いよく俺の頬を突き刺すつもりかと思えるほどに勢いよくだ。


「だ~れだ」

「知らねぇよ! だれだおめぇは!」


 俺はいますごい顔をしていることだろう。

 いまだ頬に指が突き刺さった状況ではあるものの、何とか相手の姿を視界に映そうと力強く顔を振り向けようと首をひねる。

 だが、案の定というべきかそんな俺の顔から指が離れることはなかった。

 むしろ刺されっぱなしでこいつの顔を拝むことすら出来てねぇ――ってかこいつ力がつえぇ。


「てめぇ! 顔見てやるからいい加減指をどかせや! てか痛てぇんだよ」

「……分かった」


 散々に文句を言った先、ようやく指を離し始める。

 一体なんなんだこいつは。


「ったくなんなんだ。てか誰だてめぇは」

「……だ~れだ?」

「あ?」


 本当に分からねぇ、誰だこいつは。

 自慢じゃねぇが俺はクラスの連中の顔さえよく覚えちゃいない。

 別に友達を作りたいなんざ思っちゃいねぇし他人の顔なんて覚えてなくても困ったことはない。


「……だーれだ」

 

 だがあまりにもしつこく声を掛けてくるこの()は、どうやら俺に自分の名前を思い出させたいらしい。

 

「……よぉ、す、鈴木ぃ」

「……………………」


 違うらしい。

 てか全くもって記憶にねぇ。誰だこいつは。

 しかたないとばかりに、じっとこちらを見つめる女の顔を真っ向から観察することにする。

 身長は、少し低いくらいか。俺との身長差を考えればさっきは背伸びでもしてたんじゃねぇかってくらいには小柄だ。

 顔を見てみれば、まぁ良く整っている部類だ。

 なんとなくだが容姿だけは良いあいつに似ている気がする。

 そして何よりも目を引くはその髪の長さだ。

 低い身長も相まってか特徴的に見えるが、あと数年もすりゃあ地面に着くんじゃねぇかってほどに長い。

 こいつもまた男に好かれるタイプの女なのだと見える。


「……だ~れだ」


 だからこそ分かるが、俺はマジでこいつのことを知らねぇ。

 一目見て忘れない、なんて断言することは出来ねぇが、少なくとも今の俺の記憶の中にはいない。

 こんな特徴的な女を忘れるほどに物覚えは悪くなつもりだ。


「俺たちどこかで会ったことあるのか? わりぃけど、あんたのことなんて知らねぇよ」

「……………………」


 がっかりさせるかもしれねぇが嘘を言っても仕方ない。

 正直に知らないと言ってやった方がためになるだろうと事実を伝えてやるが、相も変わらず反応はない。

 というか、表情がない。


「……おい、聞いてんのかよ」

「……………………」


 無表情、というべきか。ことごとくあいつによく似ている。

 だが、その佇まいから感じられる雰囲気は全然違う。

 なんというか、上手く表現できねぇが意志の強さみたいなものを感じさせられる。


「……………………」


 じっと俺の顔を見つめるだけで何も言わず、それでいて何か考え事をしているようにも見える。

 だが結局のところは何も分からねぇ。


「……ちっ、何だってんだよ」


 どうしたもんかと辺りを見回せば、図書委員だろうか。

 受付から上級生っぽい女が俺を怪訝そうな顔で見ていた。

 若干だがこちらを見て怖がっているようにも見えるが、どうなんだかよく分からねぇ。


「……くそっ、もういいだろ。じゃあな」


 これ以上こいつと関わっても時間の無駄だ。

 そう考えた俺はさっさとこの場所から離れようとしたわけだが――。


「……チェス、出来る?」

「あ?」


 今度は制服の肘を掴んで引き留めてきやがった。

 というかなんだ? チェス?

 唐突にこいつは何を言い始めるんだ。


「チェス、出来る?」


 少し勢いが強くなった。

 食い気味に同じ質問を続ける女に俺はどう答えるべきかと頭を働かせる。

 ――まぁ、適当に返事でもすりゃいいだろ。

 

「……あのな、俺は」

「チェス、出来る?」


 人の話を聞きやしねぇ。

 どうしたもんかと先ほどの図書委員に顔を向ける。


『なんとかしろよ、図書委員だろ?』


 案の定こちらを見ていた様子の図書委員に俺はアイコンタクトでそう伝える。

 すると合図に気が付いたそいつは首を横に振る。

 駄目だ。意思疎通出来てねぇ。


「チェス、出来る?」

「……そんなの」

「チェス、出来る?」


 っち、仕方ねぇ。


「あぁ、出来るぞ」

「……そう、良かった」


 良かったってどういう意味だ。

 相手でも探してたってことか?


「対局相手、探してんのか」

「……うん。用意は、出来てる」


 用意は出来てるか。ずいぶん用意周到なことだ。


「……俺以外にも相手なんているだろ。他じゃ駄目なのか」

「……あなたが、いいの」

 

 なぜこの女がここまで俺に執着するかはいまだに分からない。

 だが、この女がただで俺を帰す気はねぇってことだけは伝わってくる。


「……分かった。一局だけ付き合ってやるよ」

 

 それなら後腐れなく付き合ってやった方が話が早いだろう。

 正直こいつのペースに乗せられるのは癪だがこんなところで根競べするような気はねぇ。

 

「……ありがとう」

「で、どこに行きゃいいんだ」

「……あそこの、窓際の席」


 そう言って女が指差した方を見ると、そこには二人掛けの席が視界に映る。

 カフェでよく見るような座る二人が向かい合うような椅子の配置。何より目を惹くのはテーブルの上に用意されているチェス盤とその駒たち。

 誂えたようなその光景に、俺はやや引き気味な苦笑いを浮かべてしまう。


「あんた、あんな私物みたいな使い方して怒られねぇのかよ」

「……うるさくしないならって、許可はもらってる」


 なんとなしに図書委員を見れば首を縦に振って見せる。

 いや、声聞こえてんのかよ。 


「……準備するから、少し待ってて」


 気が付けば女はいつの間にか席について駒を並び始めている。


「はぁ、ったくなんだってこんなことに」


 遅れて席に着いた俺は机に肘をつきながら盤面をぼんやりと眺める。

 小さな手で一つ一つ丁寧に並べられる駒を確認し、その一つ一つ役割を思い出す。

 ポーンにルーク、ビショップとナイト、かつて触れたことのあるそれらの駒を頭の中でイメージし、どう扱うべきかを記憶の中から呼び起こす。

 ――しかし、それにしても。


「……チェスなんて久しぶりだな」


 思わず口にして呟いてしまう。

 少なくとも中学時代に触れた記憶はない。

 一時は毎日のように遊んでいたその光景を、俺は遠い過去のように脳裏に思い浮かべる。

 そういえば、いつから――。


「……あ? おいおい、ナイトとルークの配置が逆じゃねえか」


 ふと駒の配置が間違っていることに気が付く。

 ナイトはチェスの駒の中でも最も記憶に残りやすい駒の一つだ。

 前二マスと横一マス、もしく横二マスと前一マス、と特に特徴的な動きをすることが大きな理由だ。

 また名前が騎士を冠しているが、実際の駒の形が馬の形を模していることも割と印象に残りやすい。

 盤面の並べ方についても慣れているやつであればそれほど間違えやすいとも思わねぇが――。


「……あんた、もしかして初心者か?」

「……そんなことは、ない」


 何事もなかったかのように駒を並べ直すその光景に、俺は隠すことなく大きな欠伸をする。

 時間の無駄、なのは承知の上だがせめて退屈しねぇ時間を過ごしたいもんだぜ。

 

「……準備、出来た」

「そうか。お疲れさん」


 だがまぁ、たまにはこういうのも悪くはねぇ。

 親しい友人を作りたいとは思わないが、強いてあげればこういったゲームが出来る相手くらいは欲しいもんだ。

 その点あいつ(・・・)はお世辞にも付き合いが良いとは言えねぇからな。


「……それでは、お願いします」

「あぁ、よろしく」


 最後に触れたチェス盤の記憶をうっすらと脳裏に思い浮かべながら俺はチェスの駒に手を伸ばす。

 何か邪魔な景色が意識を遮ることはなく、時計の針が刻む音すらも聞こえない。

 静けさ漂うこの空間で、俺は自分の集中力が増していくのを感じる。懐かしい感覚だ。

 向かいを見れば、終始変わらずに無表情のまま盤面を眺める少女の姿が見える。


「……ま、少しは楽しませてくれよ」


 ――願わくば、この時間が俺にとって価値のある時間にあることを祈る。


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