8問目:特別 / 当たり前 Ⅱ ⑤
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「いやー、今日は楽しかったねっ! 来られてよかったよっ!」
結局今日は何かを購入するようなことはせず、いくつかの衣装を写真に収めながらクラスのみんなと相談するという結論に至った。
優木さんは試しに一着買ってみようかと悩んでいたようだけど、自分の財布と相談して今日のところは断念したらしい。
というか買ってどうするつもりだったのだろうか。え、まさか着るの? 優木さんが?
「ねぇ、水戸っち。今日は付き合ってくれてありがとね。おかげで色々と参考になったよっ」
「え、そ、そう? それは良かったよ」
答えの出ない問題に悶々としていた僕に、優木さんは声をかけてくる。
とっさのことに思わず適当な返事を返してしまった。問題なかっただろうか。
「なんていうかさ、水戸っちって普段あんまり絡まないような感じの男子だから。それがちょっと面白かったってのもあってね」
僕と優木さんは、いまショッピングモールを離れて帰路へと付いていた。
いくつかのお店を回って、少しオシャレな食事を共にし、最後に目的に関係のないプライベートな理由でのお店巡りを二人でして、それはまるでどこぞのものがたりに出てくるようなカップル同士のデートみたいで。
「ははっ、僕なんて何も大したことを話してないでしょ。優木さんが勝手に盛り上がってただけじゃないか」
「へーっ、水戸っちそういうこと言うんだ。そいつは頂けないねー」
でも、優木さんに限ってそれはないだろう。
なぜなら、彼女はクラスでもとても「人気者」だからである。
僕といて楽しいという言葉がお世辞かどうかは分からないけど、少なくとも嫌な感情を抱かれているようなことはない――と思う。うん、多分大丈夫だろう。
「ところでさ、どうだった。あそこのパスタ美味しかったでしょっ!」
「もう何回も聞くよね、その感想。だから言ったじゃんか。美味しかったって」
「でしょーっ! ふふん、あそこの店はあたしのイチオシだからね。仕方ないから水戸っちも彼女とか連れてデート行くときに使ってもいいからね」
「優木さんはどの立場からものを言ってるのさ」
実は今日よく分かったのだが、どうやら僕は優木さんのことが好きらしい。
と言ってもそれは決して恋愛的な意味ではない。友人……ではなく人として、というべきだろうか。
その人柄もそうであるけれど、なにより絶対に間違いが起こることがないというのが非常に大きい。
勘違いすることがないのだ。単純に。彼女とは決してありえないのだから。
「えーっ、あたしの経験上いい雰囲気にはなるってばさっ」
「それは今カレの話? それとも元カレの話?」
「元カレの方。二ヶ月くらい前かな? やっぱり一緒に買い物に来てる時にご飯食べたいねって話になってね。そこで見つけたんだけど超美味しくってさっ!」
「……そのさらっと元カレの話を口にする優木さんがさすがというべきか」
「え? そう? 女子同士でもこんな感じだけど?」
「さいですか」
優木さんは優しいし話していて面白いけど、僕とは住む世界が違う住人だ。
クラスの中心で場を盛り上げる彼女が、僕にとってはどうでも良く感じるようなことでも楽しそうに取り組む彼女が、人並み以上に恋をして経験を重ねる彼女――そんな優木さんの道が僕の道と交わることなど決してありはしない。
そして、だからこそ僕は彼女に好意を抱く。
勘違いせずに話が出来る、一生「他人」でいられる彼女に。
「あー、でもどうしよっか。可愛い服も多かったけどもっと色々と見てみたいよねーっ」
「うーん、服の感性は分からないけど、僕的には値段が気になるかな」
「そうなの? 水戸っち結構服のセンス良さそうじゃん。今日のとか似合ってるし」
ふと伝えられた優木さんの何気ない言葉に僕は思わずドキリとさせられた。
出会ってから特に触れられなかった話題だったので不意打ちも良いところである。というかセンスがある? 僕が?
「いやいやいや、服のセンスなんて本当によく分からないよ。今日のだってなんとなく選んだだけだし。……そりゃあ少しは調べたりとかしたけどさ」
「ほら、いいじゃん。そういうのがいいんだってばっ。服みたいな流行りものなんて調べても調べてもキリがないけど、でもやっぱり調べないといけないし」
「……えっと、つまりどういうこと?」
「水戸っちは偉いねーってことだよ。なんとなく適当でいいやーって服装を決める人って多いと思うんだけどさ、水戸っちいま言ってたじゃん。ちょっと調べたんだって。今日のために考えてきてくれたってことでしょ?」
思わぬところから図星を突かれ僕は内心戸惑いを隠せなかった。
なんというか、恥ずかしいというか、むず痒いというか――。
「別にそんなんじゃないよ。ただ出かけるための服を選んだだけじゃんか」
「えーいいじゃん。女の子はそういうの嬉しいと思うんだってさっ! 勿論あたしだって嬉しいよ。ありがとね水戸っち」
「……優木さんはそういうのを口にするのって恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい? なんで? 嬉しかったよーって伝えてるだけじゃん?」
ただ恥ずかしい思いをしたくなかったという僕の行動原理に、優木さんは嬉しかったと喜びの言葉を口にする。
それがなんだか僕にとっては可笑しなことのように感じて、だけどあまり上手く笑うことは出来なかった。
何か黒い感情が湧き上がる――わけではない。なんとなく、ほんの少しだけ寂しさみたいなものを感じてしまったのだ。
一つの事象に対し無機質な感想しか抱かない僕と明るく前向きに物事を捉える優木さん。
そのシンプルかつ埋めようがない差が、僕にとってはとても眩しく見えて――。
「よし、それじゃあ水戸っち。お互いに良さそうなお店を調べて、また一緒に偵察にいこうじゃんかっ!」
「偵察? なにそれ」
「水戸っち、あたしたちにはもうすぐ夏休みって楽しみがやってくるわけだよ。ただのんびり過ごすのもいいけどさ、どうせなら遊び倒したいってなもんじゃない?」
「いや僕は全然そうは思いませんが。夏休みは家で過ごすもんでしょ?」
「ブレないなー水戸っちは。でも残念! 決定事項でーすっ! なぜならあたしたちは文化祭実行委員だからっ!」
いつものように僕の意見を待たずして決定事項と意見を述べる優木さん。
相も変わらず楽しそうに、それが当然かのように振舞う姿はいつみても清々しさを感じる。
「……分かった。付き合うよ。それでいつにするの?」
対してそれに付き合う僕も僕である。
まぁ断る理由もなく、夏休みに優木さんとどこかに出かけるというのは、それはそれで楽しみであることに間違いないわけで。
とりあえず決めたこととして、もう少しファッションについて勉強してみることにしよう。
服装もそうだけど他人にどう見られているのかとか、そういうのを少し気にしてみようかと思った。
それだけで嬉しいと言ってくれる人がいるのなら、その努力は決して悪いことではないはずだ。
そのためにやるべきことは今すでにしていくつも頭に浮かぶけれど――でも、今日のところは特に考えないでいることにしよう。
「そだねー、クラスのみんなと打ち合わせした後に決めたいけど……例えばさーっ」
せっかくの優木さんと過ごす時間なのだ。駅に着くまでの残り僅かな時間を、くだらない話で最後まで楽しもうじゃないか。
僕と優木さんの道が交わることはないけれど、これくらいの贅沢はしても構わないだろう。
どうせ優木さんとは文化祭が終わるまでの関係だ。
ただそれまでの間、彼女との間に何か一つでも多くの想い出を残すことが出来ればと、僕は柄にもなくそう考えていた。
《了》




