8問目:特別 / 当たり前 Ⅱ ③
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「おまたせ―! 助っ人を連れてきたよーっ!」
明石先輩がどこかへ飛び出してから約十分、どうやら誰かを連れて戻ってきたらしい。
その間僕らはと言えば、特に何をするでもなく本を読んだりスマホをいじったりと各々の時間を過ごしていた。
初めて顔を合わせる氷室先輩と挨拶を交わすイベントはあったものの、さらっと言葉を交わす程度で特筆するようこともなく――というか、実際に見るとやっぱり可愛いなこの先輩。
後で宮原くんにしっかり問い詰め――話を聞かねばなるまい。
「おい、引っ張んなって友奈。別に逃げなんかしねぇっての」
「えー、そんなこと言って隙あらばー、とか考えてるんじゃないですかー?」
「…………いや、そんなこと考えてねぇよ」
「え、なんですか今の間は」
ふと「助っ人さん」の声が聞こえる。僕らには見えない位置にいる……男子生徒だろうか。
明石先輩が無理やり引っ張ってきた構図に見えるけど、それはさすがに気まずいというかなんというか――大丈夫かな。
僕は様子を見ながら少し考えた末、丁重にお断りをしようと明石先輩の元へ向かうべく立ち上がる。
「明石先輩。僕やっぱり大丈夫なので、その……無理やり相談に乗ってもらうというのは」
加えてここまで足を運んでくれた「助っ人」の人にも謝りを入れておこう足を運び、そして明石先輩が連れてきた男子生徒と対面を果たす。
――というか、あれ?
「あれ、白柳先輩?」
「……ん? おぉ、水戸じゃねぇか! 珍しいところで会うな」
白柳比呂先輩。
何故か最終学年にして文芸部を設立した変わり者として知る人ぞ知るプチ有名人。
話をした印象としては結構面倒見のいいお兄さんで、僕が数少ない交流を持つ三年生の先輩なのだが――というか、なぜこの人が明石先輩と一緒に?
「あれ、比呂先輩は彼のこと知ってるの? 下級生に知り合いがいるなんて珍しいじゃない」
「言ったことなかったっけか? こいつ、一応文芸部の部員なんだよ。といってもほとんど名前だけだけどな」
そう、実は僕――水戸悠はとある縁で白柳先輩と邂逅し、文芸部に所属することとなった。
当時の僕としては不本意な出来事として記憶されてはいるものの、参加を強要するようなこともされないため結果として名前だけ貸しているような形になっている。
とはいえ基本的に自由気質な部活動と聞いてがいるものの定期的に顔を出すようにはしているおり、そういった際にはこの比呂先輩にお世話になったりしているわけである。
「んだよ、暇なら部室に顔くらい出せよな! だいたい部室にいるのは俺と柊、四条くらいで寂しいもんだぜ」
「うん? あれ、でも先輩受験勉強で部活の参加頻度が下がるって話では」
「あ、あぁ、まぁなんだ、その家で勉強してもはかどらねぇからよ。最近じゃ部室で勉強してることが多くてよ」
「そうなんですか? それだとむしろお邪魔になるのでは」
「ん? あぁ、全然気にしないからいつでも来いよ! たまの息抜きに付き合ってくれたら嬉しいぜ」
僕ら部員の中で一番白柳先輩と一緒にいる時間が長いのはおそらく柊さんだろう。
そんな彼女曰く受験勉強にとても苦戦されているようで、少しとはいえお世話になった先輩に付き合うのは決して悪いことではない気がする。
「分かりました。来週にでも顔を出しますよ」
「おぉ! 待ってるぜ」
「…………あのぅ、話終わりました?」
キリ良く僕と白柳先輩の話が終わったところで、置いてけぼりにされたと思ったのか明石先輩がジト目で白柳先輩を睨んでいた。
――この人、こんな顔も出来るんだな。
「お、おぉ、それでなんだっけ? 困ってるやつがいるとかいないとか」
「そう。そうなんですよ。そしてその人は今比呂先輩の目の前にいまーすっ」
「は? 目の前って……水戸? え、お前の話なの?」
「まぁ困ってるというか……先輩、少しお時間を頂いてもいいですか?」
先ほどまではお断りするつもりでいたが、その相手が見知った比呂先輩であれば話は別である。
明石先輩が頼れる助っ人として連れてきてくれたのであればその筋に詳しいのかもしれない。
ここは正直に話して助力願ってみることにしよう。
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「ひどいわ宮原くん。こんな面白そうな話を私に教えてくれないなんて」
「面白れぇのかこれは。色気づきやがった男の女々しい悪あがきにしか見えねぇんだが」
「聞こえてるから宮原くん」
遠慮なしに不躾な評価を下す我が友人を僕はジト目で睨みつける。
さすがに図書室で話をするわけにもいかず、場所を文芸部の部室へと移した僕たちは、その場に居合わせた柊さんと合流しつつ「相談会」を開催し始めたわけだが、どうにも面白がっている人が数名おられるらしい。なおその数名には興味があるからという理由で付いてきた明石先輩たちも含まれているわけだが。
「なるほどな。デートの服装か」
「そうなんです……いえデートではありませんが」
「え、デートじゃないの?」
「違います。ちなみに比呂先輩はそういう女子と出かける時の服装なんて詳しいんですか?」
「そう聞かれると詳しいって答えるのはのは語弊がありそうだが、まぁ人並みに程度には知識があると思うぞ」
人並み程度の知識という言葉がこれほど頼もしく感じたことなどない。
過剰な期待かもしれないけどここは素直に助力頂けるようにお願いしよう。
「なぁ、ていうか気になるんだが。別に好きでもねぇ女子? 相手に服装って気にするもんなのか?」
「いえ、なんというか、僕は元々外出用の服を持っていないというか」
「外出用の服? いわゆるオシャレ着がないってことか」
「そうです。なんといっても相手が陽キャの女王様みたいな女子なのでダサい服でなんて一緒に歩けなくて」
そこまで話を聞いた比呂先輩は眉をひそめて考え込み始める。
何か今の話で気になることころでもあるんだろうか。
「……なぁ柊、宮原。その優木だっけ? ってどんなやつなんだ」
「そうですね。私自身はほとんど話したことないですけど人柄は良いのではないかと思います。外見だけで言えば金髪の遊び系女子って感じですけど悪い噂はあまり聞かないですね」
「俺も柊と同じでほとんど絡みはねぇっすね。まぁ文化祭の話し合いとか見てて印象だけで言えば悪いやつではねぇかなと思いますけど」
「ふーん、なるほどな」
何か合点がいったような顔で頷く比呂先輩は、机の上に置いてあったスマートフォンに手を伸ばし画面を操作し始める。
「例えば……こんな服とかどうよ。シンプルな上下の組み合わせで色合いもいいと思うんだけど」
「その、あまりよく分からないのですが……良いと思います」
唐突に写真を見せられ動揺する僕は、ひとまずの感想を口にする。
モデルが着こなしているからオシャレに見えるだけのような気もするけど、比呂先輩が選ぶんだったら本当に良いコーディネートなのかもしれない。
「うーん、そういうのもいいけど……こういうのはどううかな?」
「あ、えっと……いいと、思います」
今度は明石先輩が選んでくれたコーディネートを拝見する。
先輩のスマートフォンに映し出されていたのは少しアウトドアな印象を与える身軽そうな服装。
普段の僕であればまず購入しないコーディネートだが、こういう服装が流行だというのであれば悪くないのかもしれない。
「うぅん、なぁ宮原、これはどう思うよ?」
「どれっすか? あぁ、どうっすかね。それなら……」
「ねぇねぇ柊ちゃん。これを見てくれる?」
「どれでしょうか。……なるほど。その組み合わせでしたら」
やがて、ついにはコーディネートの発表会が始まってしまった。
どんな組み合わせがいいのか、色合いが似合うかなど僕をそっちのけで話し合う先輩たちの姿。
ただそれは疎外感というか……なんだか見ていて笑ってしまった。
いつかテレビで似たような光景を見たときは服装ごときに何を熱く語っているのかと冷めた視線を向けていた記憶があるけれど、いざこうして親しい友人たちが同じような討論を繰り広げている姿を見ていると、ほんの少しだけ胸の奥が温かくなっていく――気がする。
「……それなら、僕も」
これまでも、そしてこれからも興味を持てないかもしれないけれど、努力はしてみようと心に決める。
恰好を付けるためでもあれば、友人たちと「バカ」をやるためにも必要だと思ったからだ。
「おぉ、ほら水戸がなんか選んだぞっ!」
「大丈夫よ水戸くん。例えアニメキャラが中央にプリントされたシャツを見せられても笑ったりしないわ。私はちゃんと受け入れる」
「おめぇは誰なんだよ」
少し怖いけど、大丈夫。
僕はこうしてまた、彼らに手を引かれ小さな一歩を踏み出すのだ。