8問目:特別 / 当たり前 Ⅱ ②
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「あ? 服のコーディネートを頼みたいだぁ?」
「頼むよ! 宮原くんなら最近の流行とか詳しいんでしょ?」
あれよあれよという間に決まってしまった優木さんとの休日お出かけ。
曰く文化祭で着用するための制服の下見をしたいということらしい。
それならばなぜ僕が? と聞いてみたところ――。
『同じ文化祭実行委員じゃんか! 信仰深めようぜっ!』
とのこと。
定期的に開かれる文化祭の打ち合わせを通じて幾分親しくなった優木さんではあるものの、それはあくまで学校の中の話であり、私服で一緒に出掛けるとなるとハードルはグンっと上がってしまう。
特に相手がなんと言ってもあの優木さんである。
およその第一印象が特徴的であるド派手な金髪ロングヘア―に向けられるものの、その次に意識させられるのは均整の取れたモデルと見まごうほどのボディライン。僕みたいなリアルに興味の薄いオタク男子ですら意識してしまうほどに魅力的で、学年問わず男子人気が高いと噂されていることにも納得がいく。
うちの学年で誰が一番可愛いかと聞かれれば柊詩乃さんと答える人が多いと思うが、誰が綺麗かと問われればほぼ全員が口をそろえて優木さんと答えることだろう。
そう、それほどに「美」を意識させられる優木さんとのお出かけである。
分かるでしょう? 分かるよね。 分かって欲しい。 分かってくれ。 そう――。
「だって宮原くん。お出かけ用の服を買いに行く服がないんだよっ!」
「そうか。じゃあ学服でいいんじゃね?」
ひどい。僕の友人はこんな薄情な男だったのか。
「いやそもそも俺はそんな服なんて詳しくないぞ。見た目なんざ意識してねぇし、一着ウン万するような贅沢をする余裕もねえよ」
「そうなの? てっきり宮原くんみたいな人って服装に命を懸けている人が多いのかと思ってた」
「てめぇ水戸。最近結構言うようになったじゃねぇか。俺みてぇなやつってのはどういう意味か分かりやすく説明してくれよ」
「え? ヤンキー」
「それがてめぇぇぇぇ! 人にものを頼むときの態度かぁぁぁぁぁ!!」
やべぇヤンキーがキレた。
と、冗談はさておき宮原くんがあてにならないとはどうしたものか。
胸ぐらをつかまれ身体を持ち上げられている僕は、ちらりと隣の席が無人であることを確認する。
もう一人の友人は昼休みに入って早々にどこかへ出かけてしまったらしく、今は相談することも出来ない。ただいずれにしても彼女が男性のファッション事情に精通しているかと聞かれれば首をかしげざるを得ない。なんだったら宮原くんと同じく服装に無頓着なタイプですらあり得るだろう。
「はぁ、どうしたもんかな……」
「……ちっ。なんだよマジで悩んでんのかよ」
やる気を削がれたのか僕の身体を下ろす宮原くん。
思っていたよりも深刻そうに悩む僕の姿に同情してくれたのだろうか。
「そもそもなんでそんなに悩んでんだよ。服装なんざ気にするもんでもねぇだろ」
「いや、そうは言うけど優木さんとのお出かけだよ? やっぱりどうしても意識しちゃうっていうか……」
「あ? 優木? よく分かんねぇけどあいつと出かけるための服が欲しいってことか?」
「あれ? 事情を話してなかったっけ?」
僕としたことがうっかりしていたらしい。
別段隠すようなことでもなく綺麗さっぱり一切合切を宮原くんへ伝える。
「そういやぁコスプレ喫茶に決まったんだっけか? ははっ、水戸が好きそうなやつじゃねぇか」
「黙りなよヤンキー。僕にもいろいろあるから追々その誤解は解くとして、そういうわけだからなんとか協力してほしいんだよ」
「あー、って言ってもなぁ。マジで俺詳しくねぇしな。……あぁ、そうか」
一人何かに頷く宮原くんに、僕は思わず期待の視線を向けてしまう。
「え? なんかいい方法とか思いついたの?」
「いい方法っていうか、詳しそうなやつに聞きゃあいいんだろ? 今日放課後時間あるか?」
「うん。もちろん大丈夫だけど……どこに行くの?」
「あぁそれはな、図書館だ」
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「あれ、金曜日に珍しい。今日も桜ちゃんに会いに来たの?」
来る放課後、僕は宮原くんに連れられて普段あまり来ることのない図書館へと足を運んでいた。
「……そう、なの? 今日は、予定があるから、ごめんね?」
驚いた。二年生の中でも有名な三大女子生徒が一堂に集結している光景を、まさかこんなところでお目にかかることになろうとは。
そのテニスの腕もさることながら物怖じしない明るい性格が人気の明石友奈先輩。
普段あまり口を開かない無表情系天才美少女の氷室桜先輩。
それともう一人――。
「あれ、そこにいるのは水戸くんじゃないですか。こんにちは」
「あ、こんにちは。四条先輩」
我が校が誇る正真正銘のお嬢様系美女、四条紅葉先輩。
基本ぼっちな僕ですら耳にするほどの先輩たちを目の前に、僕は少しの間頭の仲が真っ白になっていた。
先輩たちの尊さに中てられたというのもあるが……いや、それ以上に嫌な予感がしてたまらない。
「わりぃな、今日は別件なんだが。こいつ、水戸のデート服を見繕って欲しいんですわ」
うっそだろお前! マジか!
「いやいやいやいや宮原クン、なにを言ってるの!? 嘘でしょ!?」
「いやだってお前、服に詳しい人って聞かれたら……なぁ?」
「なぁじゃねぇんだわ!! 美人とお出かけする服を買いに行くのに別の美人に頼むってどんな了見よ!?」
「こらこら二人とも。ここは図書館だぞ! もう少し静かにしなさいな」
思わず騒ぎ立ててしまった僕らを注意するように立ち上がる明石先輩。
四条先輩も苦笑いしながら困った様子でこちらを伺っており、少し申し訳ないことをしたという罪悪感が芽生え始める。
「それで、どうしたの? 何か用事があるんでしょ」
「ん? あぁ、それが……」
とりあえずは宮原くんに言うとおりにしてみようと傍観を決め込み、彼の説明が終わるのを待つ。
というか、宮原くんがこんな先輩たちと親しい関係であることにも驚いたのだが、それはまた別の機会に追及してみることとしよう。
「なるほどねー。男子の服かー」
そう呟き、明石先輩はちらりとこちらを見る。
僕は身長はそれほど高くなく、どちらかと言えば年の割に小さい方だ。
趣味がインドアの割に太っていないことはちょっとした自慢であるものの特段他人に見せられるような身体つきをしているわけではない。
口うるさい妹にはよくファッションについて指摘されたことはあるものの、今日の今日まで必要性を全く感じてこなかった。
つまるところ、僕は今人生で初めてファッションに強い関心を示しているということになるのだ。
「あれ、二人は休みの日とか遊びに行ったりしないの?」
「たまに出かけるくらいですけど、お互い服装なんて気にもしねぇから」
「へぇ、男子ってそんなもんなのかね? わたしたち女子なんて常日頃から視線を気にしすぎてどうかしちゃいそうなくらいなのに」
「……それは、言い過ぎ、じゃないかな」
大袈裟な明石先輩の力説にツッコミを入れる氷室先輩。
見ていてなんだか和むやり取りに心癒されつつ、思い切って気になることを聞いてみることにする。
「あの、少しお伺いしてみたいのですが。やっぱり女性の方って一緒に歩く異性の服装なんかを気にされるものなのでしょうか」
「そだねー。気にする……かな。やっぱり。うん」
「……やっぱりそうですよね」
はぁ、まぁ分かっていたことではある。
こうなったら背に腹は代えられない。恥ずかしいなどと言ってる暇はない。素直に頭を下げて協力願うことにしよう。
「……あ、待って。そういう話なら適任がいるかも」
「……え?」
観念し話を切り出そうとした僕の行動を遮るように、明石先輩は何かを閃いたように立ち上がり図書館の外へと移動する。
「……適任って、誰の、ことだろう?」
「さぁ、どなたでしょうか?」
氷室先輩と四条先輩、それに宮原くんと僕。
残された四人は互いに顔を合わせ、とりあえず明石先輩の帰りを待つこととなった。




