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8問目:特別 / 当たり前 Ⅱ ①

「ごめーんっ! お待たせ水戸(みと)っち! 時間大丈夫ー?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ほら、待ち合わせ時間ぴったし」


 学生にとって大切かつ貴重な休日に、僕――水戸(みと)ゆうはクラスメイトと待ち合わせの予定を立てていた。

 と、そんな語りを入れてみたものの、実のところ僕自身驚くべきことに、それ(・・)自体は珍しいことではなかった。

 最近になり友人を得た僕は時折「友人と外に遊びに出かける」などというプチリア充体験を幾度となく経験しており、なんだったらそれが僕の「日常」とすら呼べるようになってしまっている。

 高校入学当時では休日なんてアニメとゲーム、その他趣味に費やして学生生活を終えるものだとばかり思っていた。

 誰かと時間を共有することなど考えたこともなかったけど、案外そういうのも悪くはない。


「え、ホントに時間ぴったしじゃん! さっすがあたし! すごくない? ねぇ水戸っち、あたしすごくない!?」

「え、えっと……すごいね?」

「もぉーっノリ悪いぞ水戸っち! そういう時はちゃんと褒めてくれなくっちゃ!」

「いや分からないって、そんなの」


 まぁ、ただこと今日に関して言えば珍しい出来事ではある。

 なにせ、待ち合わせ場所に現れた彼女とは今まで一度たりとも遊びに行った記憶などはないからだ。


「まぁいいやっ! じゃ、いこっか水戸っち」

「はいはい。今日はよろしく優木(ゆうき)さん」


 クラスカースト最上位に君臨する金髪陽キャ女子――優木(ゆうき)美奈みなさん。

 普段ほとんどかかわりを持たない彼女となぜこんなことになったかと説明すれば、話は数日前まで遡ることとなる。





☆☆☆☆☆☆☆☆





 文化祭と言えばアニメや漫画なんかにおける重要イベントの一つだ。

 学園を舞台にした物語であればほぼ確実に主人公を振り回すイベントであり、あるいは彼らの友情、恋愛関係を進展させるための舞台装置として用意されているほどである。

 あまり見ないがドラマなんかでも同じではないだろうか。

 メディアを問わず物語のクリエイターからすれば、時間の大半を座学に費やす学園生活における刺激的な要素として、ある意味ではこれ以上なく扱いやすいイベントなのかもしれない。

 ――まぁ、それはあくまで創作物の話だということを現在思い知らされているわけなのだが。


「あのさぁ男子ども。華の文化祭で焼きそば屋って、そんなの面白いと思ってんの?」

「はぁっ? そばを焼くだけなんだから簡単だろ? 逆にお前らの言う喫茶店って何するんだよ!」

「それをこれから話し合うんでしょうが! とりあえず、こう衣装とか用意してさ。メニューとかは拘りとかないけど」

「いやいや、お前ら文化祭を楽しまないわけ? そんなのやっちまったら遊びに行く時間がないじゃねぇか」

「だーかーらー! そういうところも話し合うって言ってんでしょ! いいじゃない、ねぇみんなっ!」


 男子VS女子、なんて構図リアルで初めて見た。

 勿論それがクラスの総意というわけではなさそうだが、それでも流れは男子(僕は含まない)の発案である焼きそば屋と、女子が口をそろえて意見する喫茶店のどちらかで決定するような雲行きである。

 何って? クラスの文化祭の出し物だよ。


「いやーっ白熱してるね! こういうのは嫌いじゃないけど、どうしようか水戸っち」

「……それを僕に聞く?」


 六月も半ばに入り高校生活初めての期末テストが近づきつつある頃、僕らは未だに文化祭の出し物を決められずにいた。

 委員会での進捗報告を聞くに、他のクラスはほとんど出し物を決めていた。

 喫茶店、団子屋、お好み焼き屋、それに焼きそば屋などと食事処を出店するクラスがほとんどだったが、それ以外にもお祭りのような屋台を開いたり、盛り上がっているところではクラス合同で出し物を披露するような計画を立てているような話もあった。

 ちなみに余談だがそれを知った時の僕の感想はこうである。あぁ、お化け屋敷もメイド喫茶なんてものもないんだなぁ、と。

 いや分かるでしょ、この気持ち。


「どうしようか。黒崎(くろさき)先輩に今週中に決めて欲しいって頼まれてるんだよね」

「今週中って水戸っち、今日は木曜日だよ。時間なくね?」

「なくね? じゃなくてないんだよ」

「あっは、ウケる」


 ウケないわっ!

 とはいえ、この状況は非常によろしくない。

 こうして優木さんと話をしている間にも男子VS女子の戦いは激しさを増していく。

 正直僕としてはどちらでも良いわけで。言ってしまえば双方の主張がいまひとつ心に響かずにいるわけで。


「……そうだ。優木さんはどっちがいいと思うの?」

「え、あたし? そうだねー。焼きそば屋でも喫茶店でも楽しめそうだからいいんだけどさ。うーん、どっちがいいかと聞かれれば迷うかなー」


 顎に手を当てて考えていますアピールを全身から漂わせる優木さん。

 うーんと唸り続けていた彼女は、ふと何かを思いついたかのように手を打つ。


「コスプレ喫茶、みたいなのとかどうかな! メイド喫茶? みたいなやつとか」

「……………………え?」


 思いもよらない優木さんの発言に僕の脳内コンピュータはフリーズする。

 なんて言った? コスプレ喫茶? あの優木さんがっ!?


「コスプレ、喫茶?」

「そ、コスプレ喫茶! あれ水戸っち知らないかな? あたしの読む漫画とかだと出てくるんだけど文化祭の定番っていうかさ。ん? あたしの勘違いか?」

「いやそれは分かるんだけど。その単語が優木さんの口から飛び出してくるとは思わなくって」


 コスプレ喫茶、か。どうだろう、正直僕は反対なのだが。

 いや、同級生のコスプレって見ててキツいのではないかと思ってしまうわけですよ。

 ああいうのはアニメや漫画のような創作の世界だから許されるのであって、実際にリアルに持ち込まれたらなんともリアクションに困ってしまうような気がしてならない。


「ふぅー。これでよしっと」

「……って、何を書いてるのさっ!」


 ふと目を向ければ黒板に書かれている「コスプレ喫茶」という不穏な六文字。

 「焼きそば屋」、「喫茶店」ときて「コスプレ喫茶」である。え、文化祭ってこんな感じなの!?


「え、美奈……コスプレ喫茶って……」

「おいおい優木、それなんだよ」

「あー、これ? あたしと水戸っちの意見ね」


 うおおおぉぉいっ! なんてこと抜かしとるんじゃ!


「ち、違うよっ! これは優木さんが勝手に……!」

「コスプレ喫茶……悪くないかも」

「……………………は?」

「あぁ、悪くねぇかもな……」


 なんだこの空気は。

 文化祭の話題において初めて見せる緊迫した雰囲気。

 クラス一人一人が頭に手を当て真剣に悩んでいる姿に僕は思う。こいつらアホなのではないだろうか。

 

「でしょでしょ? コスプレ喫茶よくない? 女子は可愛い制服が着られて、男子はそんな姿を見ることが出来るっ! これぞWin-Winな関係ってやつよ!」


 一人勝ち誇る優木さん。

 先ほどまで口論を交わしていた我がクラスメイト達もうなだれていた顔を上げ、敵陣営へと歩みより――そしてついに握手を交わした。

 男子VS女子の戦い、ここに終戦したり。


「って、本当にコスプレ喫茶になっちゃうわけ!?」

「あれ、水戸っちこういうの嫌いなの? むしろ好きなのかと思ってたけど」

「……嫌いではない、けど文化祭の出し物としてはどうなのかなとは思うよ」

「えーそうなの? あたしは良いと思うんだけどなぁ」


 ふむっと再び顎に手をあて何かを考える始める優木さんを脇目に、しかし僕は心の中で彼女のことを少しだけ尊敬し始めていた。

 なんというか、行動力が凄いのだ。優木さんは。

 普段もそうだが今なって特に顕著である。

 あれだけ騒いでいたクラスメイトをまとめるわけでもなく、ただ自分が思ったことを行動することで形に現わし、それを伝える。

 頭で理解してやっていることかはさておき、そんな風に考えを形にすることは誰にでもできるようなことではない。特に僕なんかはそういうことがすごく苦手だ。


「ま、結局意見すら浮かばない僕なんかが否定するようなものでもないよね」

「ん? 水戸っちなんか言った?」

「いやなんでも。それよりもさ、いいんじゃない? コスプレ喫茶」

「え、いいの? 水戸っち」

「うん。少し考えたけどみんなが納得するならそれでいいんじゃないかな」

「おぉ! 話が分かるじゃんか水戸っち! ってことでみんな、どうよっ!」


 その優木さんの問いかけに、結果として大多数のクラスメイトは賛同の意を示していた。

 まさかリアルでそんなネタ枠(・・・)をうちのクラスが引き受けるとは思わなかったが、まずは出し物が決まったことに一安心すべきだろう。


「それじゃあ優木さん、まずは黒崎先輩に報告に行こうか」

「そだねー。あ、そうだ水戸っち。週末って暇?」

「週末? 特に予定はない、けど?」

「そうなんだ。じゃあさ、あたしとお出かけしようよ!」

「え?」


 出し物が決まったことには、一安心すべきだろう。

 ――で、その次はどんな反応を見せればよろしいのかな?

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